王都の情報屋
ギルドに依頼を確認しに行くと、ハクに向かって目線で合図らしきものを送ってきた女性を見つけた。ハクはその女性に近づくと、一枚の紙を渡された。小さな地図に、一つだけ打たれている点。情報屋の位置だ。
現在エスノアとファネは買い物に行っている。変化で生み出したファネのマントだけでは何かあったときに不安なので、衝撃を受けても消えない衣装を買いに行ったのだ。
故に、今のハクは時間が余ってギルドまでやってきたのだけど……予定ができたようだ。
「今回は……これ、宿か」
ハクが地図に従ってやってくると、表通りに面した超高級な宿にたどり着いた。表に出ている看板を見る限り、二年ほどお金をため続けてやっと一泊できるくらいの値段だ。
入るにはなんとも躊躇うところではあるが、来てしまってから帰ることはなんというか、負けたような気がして嫌であった。
意を決して宿に入ると、内装は宿というよりもホテルというような風貌。カウンターの女性がにこやかにこちらに手を振っている。
「いらっしゃいませ。ご予約ですか?」
「ああ。二百二十二番だ」
ハクがそう言った瞬間、受付の女性の目が細くなり気配が変わる。
今ハクが伝えたのは、ギルドの女性から直接言伝で教えてもらった合言葉だ。紙に書かれていないのは、漏洩防止のためだろう。地図だけなら、ただのメモ書きとして見れる。
受付の女性が指をさすと、そこには一つの扉があった。気だるげそうな清掃員の恰好をしている男性が凭れるようにして立っており、声をかけなければ扉に入ることはできない。
しかし、女性の視線に気が付くと、清掃員はハクを手招きしながらそこから動いた。入れ、ということらしい。
「失礼するよ」
そう言って扉を開けたら、中には前の街でも見たようなバーがあった。そこまで広くはなく、しかし狭いという印象は与えない程度の大きさだ。大理石のような材質のカウンターからは、高級そうな圧のようなものを感じる。
そこの一つに腰かけると、マスターの男性が近寄る。
「いらっしゃいませ。ハク様でございますね」
「ふむ、私を見つけたことと言い、名前を知っていることと言い……情報伝達が早すぎやしないか」
「我々は情報屋故」
前の街のマスターはいかにもがさつと言った印象だったが、ここのマスターは執事のような風貌だ。高級そうな見た目ともよく合っている。
「私を呼んだ理由は?」
「失礼を承知で言いますが、呼んだわけではございません。我々を知るものに、場所を教えているだけなのです」
この言い方だと、今後も情報屋がある街であればこうしてギルドかどこかで誰かに同じことをされそうな気配だ。ハクは時間に追われているわけでもないので、教えてくれる分には何も問題はない。
「さて、何かお飲みに?」
「いや、私は特に……いや待て、聞きたいことがある」
ハクがそう言うと、マスターはにこっと微笑んだ。
ハクの脳裏に過ったのはファネのこと。彼女は今はハクのことを父と呼ぶが、元々の父親を探すのがファネの目的のはずだ。
吸血鬼という種族は多かれ少なかれ目立つ種族である。今のところファネはバレていないようだけど、もし翼を見られたり凝魔術を見られれば一瞬で騒ぎになることだろう。
ファネの父親は人間を狩っているらしいし、どこかで話題になっていてもおかしくはない。
「最近の吸血鬼の情報を聞きたい」
「こちらの酒はいかがですか?」
そう言ってマスターがハクの手元に置いたのは値段の書かれた酒瓶。なんとも成立していない会話ではあるが、しかし、ハクを見るマスターの目が見定めるように細くなる。
それでハクは察する。これは、この酒は対価なのだ。なぜ現金による直接的な交換をしないのかは謎だけれど、この酒を買うということが即ち情報を買うことになるようだ。
ハクが値段を見る。それは確かに高いものではあるが、今日一日ギルドで依頼をこなせば払える程度の額だ。エスノアたちが気づくことはないだろう。
ハクが頷くと、マスターは満足そうに頷き酒をグラスに注いだ。
「最近、エルトロールという街で吸血鬼の討伐依頼があがっています。まだ誰も達成はしておらず、既に十人ほどの冒険者が帰りません」
エルトロールは首都クレニアから一つ街を挟んで東側にある街である。農業都市であり、普段は平和そのものなのだけど、現在は吸血鬼に脅威に襲われ大変な状況にある、とマスターは言う。
「その吸血鬼に特徴は?」
「赤い髪の長身男性のようです。命からがら逃げた冒険者の情報だと、根城に大量の干からびた死体があったとのこと」
特徴を聞く限り、ファネの関係者である可能性は高い。赤い髪というのだから、本当に父親の可能性もある。なぜそんなところで人を襲っているかは不明だけど、何かしら進展がありそうだ。
首都の買い取り価格が低いせいでこれ以上の情報は買えそうにない。しかし、今買った情報だけでもハクにはとても有用なものであった。
「ありがとう、また来るよ」
仄かに赤くなった頬で、ハクは立ち上がる。マスターは恭しく礼をしたのちに、形式的な口上を告げる。
「我々は詮索をしません。またのご利用をお待ちしております」
………
「戻りましたー……ハクさん、なんか疲れてません?」
「おかえり。いや、気にしないでくれ」
ハクは情報屋を出た後、ずっとギルドの依頼を処理していた。自分一人でもどうにかできるモンスターを狩り続けたのだ。道中に見つけた魔物も倒して魔石を集め、今日一日の決算で言えばプラスになったほどだった。
戻ってきたエスノアとファネは今までと装いが変わっていた。
エスノアは白いドレスのような服装だ。だが、動きやすく旅をするにも十分な強度を備えている、冒険者御用達の服屋による作品。
ファネは深緑のケープを羽織り、グレーのブラウスとロングスカートだ。背中が少し膨らんでいるものの、それはケープでいいように誤魔化されている。
「どうですか?」
「かわいいじゃないか。いいセンスだと思うよ」
わーいと喜ぶファネを後目に、ハクは今日の収入をポーチに詰めた。情報屋のことを秘密にする必要はないのだけど、向こうがハクだけを呼んだということは、秘匿した方がいいだろうと考えたからだ。
だから、これはあくまで暇な時間にちょっと依頼をこなしただけだ。情報屋に払った分を除けば、依頼一個分程度しか増えてはいない。
「さて、今日は暇な時間に依頼をしてたんだ。何か美味しいものでも食べに行こう」
「だからお疲れだったんですね」
「呼んでくれたらファネも行ったのにー」
「今日はファネのための買い物だっただろうに」
ハクたちは宿を出ていく。
吸血鬼の情報はいつ話したものか。




