英雄墓地
次の日。三人は王城近くの大通りを歩いていた。
朝だというのに既に大通りは人で溢れており、商売も盛んにおこなわれている。やはり、この活気のある光景というのは王都ならではと言えるだろう。
「あれが王城です。中に入ることができるのは、王族と近衛兵、そしてこの国で認められた英雄だけなんです」
「英雄……勇者とかのことか」
「ハクさんの言う勇者というのが何かは分からないですけど、強大な魔物やモンスターを討った人は英雄と呼ばれることがありますね」
モンスターは生殖で増えるので、そうそう強大な個体は生まれることはない。しかし、魔物は自然に生まれてくるので、たまに近隣に強大な個体が生まれることがあるのだ。
近衛兵では歯が立たず、ギルドの最高ランクの冒険者パーティが向かい、これを討つ。すると、国から直接褒賞を渡され、英雄として国王と謁見する権利が得られるのである。
ただし、英雄と言えども王城に入れるのはその謁見の時だけである。それ以外の時に王城に入れば、単純に侵入者として対処されるのである。
国の兵士で勝てなかった魔物を討ち取った英雄と相対する時点で、兵士たちは及び腰になってしまうが。
「国王が出てくることはないのか?」
「今代の王様は全く姿を見せないようで……先代はパレードをやっていたらしいですが、最近はそれもなくなってしまったようで」
ハクの頭の中には、とても慎重な人というイメージが浮かんでいた。
国のトップともなれば、国賊やら他国の間者やらに狙われることもある。人の命が軽いこの世界では、暗殺者なんて沢山いることだろう。であれば、できる限り身を隠して狙いづらくするというのは理にかなっているように思える。
そんな風にハクとエスノアが王城を眺めていると、背後から声が聞こえた。
「嬢ちゃん、お金は持ってるのか?」
「お父様が持ってる!……はず」
その声でハクが振り返ると、すぐ近くにあった屋台の前で目を輝かせるファネの姿があった。屋台からは香ばしいタレと肉の匂いがしており、朝食をまだ食べていない人の腹を刺激していた。
ハクが近づき、店主に声をかける。目を輝かせるもののお金を持っていないファネに少し困っていたのだろう。ホッとしたような表情をした店主に、そのままお金を渡す。
「すまないが、三人分頼めるかい」
「あいよ!」
ハクが屋台の中を見ると、見るからに焼き鳥の屋台であることがわかるほどの大きなグリルと、そこに並べられた串があった。
店主が仕上げとばかりにタレをもう一塗りすると、焦げたタレがハクの鼻を刺激した。それだけでお腹が空腹を訴えてくる。
そうして手渡された三本の串。ファンタス鳥の焼き鳥である。
「ファンタス鳥は安心できる」
「ハクさん、ファンタス鳥好きですよね」
「おいしー!」
数少ない、ハクがよく知る動物なのだ。アルベンでマスターのおすすめとして食べたあの時から、ハクは困ったらファンタス鳥という選択肢を取り続けている。
朝から開店している店は少ないものの、既に開店している店は大抵の場合は食事処だ。寄り道として三人は腹を満たしながら王都の大通りを進んでいく。
そうして三人がちょうどいい満足感を得るくらいの頃に、それは見えてきた。王都の一区画を丸々使った石像が並ぶエリア。王都にて崇められ、歴史書に英雄と書かれた人々が眠る場所。
「これが、英雄墓地……」
石像は、それぞれがその英雄の生きざまを表す形をしている。ドラゴンの首を断つ瞬間、雷を操る瞬間、超究極魔法を放つ瞬間……同じものは一つとしてなく、英雄が何を成したのかが見てわかるようになっている。
「実際にここに骨があるわけではないんだろう?」
「はい。あくまでここは英雄たちの石像があるだけです。でも、いつの間にか英雄墓地と呼ばれるようになったみたいですよ」
石像一つ一つの大きさはそこまで大きいものではない。しかし、それが何十個も並んでいると流石に壮観と言わざるを得ない。
ファネは英雄自体には興味がないのか、石像の間を跳ねるように走り回っている。ぶつかった程度でどうにかなるようなものではないけれど、危ないのでやめてほしいとハクは思う。
ここに来たのはエスノアの提案だ。王都にしかない英雄墓地を、一度でも見てみたいと言ったので、折角ならばとメンバー全員で見に来たのである。
「あっ」
ファネが、ふと足を止めた。どこかにぶつけたのかとハクが近寄ると、ファネは一つの石像をじっと見つめていた。
ファンタジーらしくないコートにナイフ。いかにも暗殺者と言えるような出で立ちの女性が、マントを広げた吸血鬼の首にナイフを突き立てている石像だ。成し遂げられた偉業は、吸血鬼の討伐。
「ファネ、この吸血鬼知ってる」
「え?」
ハクが何と声をかけていいか迷っていたら、ファネから出たのはそんな言葉であった。
石像の下には説明文のようなものが書かれており、そこには五十年ほど前に英雄グレナバーグが強大な吸血鬼のブルードを討伐したと書かれている。
「ファネ、この人によく料理を貰ってたの。いっぱい狩ったから、おすそ分けだって」
「なんとも物騒なおすそ分けだな」
「あはは……いつの間にかファネたちの街からいなくなってたんだけど……そっか、死んじゃってたんだ」
涙などはなく、ただ淡々と事実を受け止めているかのような声色。
ハクとしても何を言えばいいかわからない。そもそも、五十年ほど前なのに知ってるって、ファネは一体何歳なのだろうか。
二人が石像を眺めていることに気が付いたエスノアが、近寄ってきた説明文を読む。
「これは、過去にこの大陸で脅威と恐れられた吸血鬼ですね。吸血鬼がモンスターとして扱われるようになったのは、この事件が発端だったはずです」
「そうなんだ。このブルードおじさんのせいで……」
ブルードは、ファネと同じく凝魔術を使うことができた。ファネ以上に強固かつ多彩なその凝魔術は、数多の生物を屠り大陸で恐怖の象徴として恐れられていた。
吸血鬼の寿命は長いので、もし英雄がいなかった場合は現代に至るまでブルードは吸血鬼の恐怖を世に知らしめていたであろう。
「何か思うところがあるかい」
「ううん。おじさんはファネには優しかったから……そのせいで今生きづらいのは、仕方のないことだもん」
ファネはそれだけ言って、石像から目を逸らした。それは、耐えきれなかったというよりも、単に興味を失ってしまったからのように見えた。
「それはそうと……ファネって何歳なんだい」
「んー?人間の間じゃ、女の子に年齢を聞くのは失礼だって聞いたよ」
それはそう。なのだけど、ファネが五十年前の人物と面識があると聞くと、今何歳なのか気になってしまうのは仕方のないこと。見た目は百四十センチ程度の女の子なのだけど、その実……
「ファネは百二十歳だよ。吸血鬼の中ではまだ子供だからね」
「うーむ、異種族という大きな壁を感じる」
吸血鬼の平均寿命は千五百歳くらいなので、確かに百年ではただの子供だろう。とはいえ、前世を含めて自分よりも長く生きているファネは、あまり成熟しているようには見えない。
ファネはその場で踵を返し、英雄墓地の入り口まで戻って行ってしまった。
「ファネちゃん、気にしてるんでしょうか」
「いや、あれは本当に興味がないだけだろう。過去は振り返らないらしい」
特に気分を害した様子もないファネの背中に、ハクはなんとも言えない気分になるのだった。




