血を飲まない吸血鬼
一人称がメンバーで同じすぎるのでファネに教え込んで修正しました
「私はハク、見ての通り狐だ」
「エスノアです。人間です」
「ファネ!吸血鬼だよ」
火を囲みながら、各々自己紹介をする三人。幼い見た目だが未だに強大な魔力を垂れ流し続けているファネに、エスノアは未だに緊張している。
ファネはニコニコしていて、特に何かするつもりもないらしい。ハクが座って話さないかと提案したら、分かったと元気よく返事をして従ってくれたほどだ。
エスノアはハクに近づき小声で話しかける。
「ハクさん、吸血鬼という種族はこの大陸にいません。吸血鬼は西の島国に生息しているモンスターなんです」
「そうなのか?」
「違うよー!」
エスノアの小声はファネに聞こえていたようで、エスノアの言葉に抗議をする。
まさか吸血鬼の怒りを買ってしまったかと怯えるエスノアに対して、ファネが心配そうに声をかける。
「ごめんね、大丈夫?怖い……?」
「……いえ、その、大丈夫です」
吸血鬼は年齢が見た目に合わないということをエスノアは知っている。だが、見た目だけなら自分よりも幼く見える少女に気を遣わせるわけにはいかないと、エスノアは無理に笑みを浮かべた。
しかし、ファネにはそれが笑顔でないことが伝わっているらしく、所在なさげな表情だ。しばらくの沈黙のあとに、ファネはおずおずと立ち上がった。
「ファネ、もう行くね。ごはんありがとう……」
そうして茂みの中に入っていこうとする。
ファネ自身に人を襲おうなんて意思はない。実際、吸血鬼という種族のことを知らなければ、獣人と同じように迎え入れられるような性格だ。
だが、吸血鬼の過去がそれを許さない。迎合を人々は認めない。
吸血鬼は西にある島国、エスト国の生まれだ。始祖が誰かは文献にも残っていないものの、現在住人全員吸血鬼の島が一つあり、そこが始祖の生まれた土地ではないかとされている。
エスト国はさながらガラパゴス諸島のように、独自の生態系を持っている島が多い。そんな生態系を破壊してきたのが吸血鬼である。人間だけでなく、様々な生物の血を吸い、そして狩ってきたのだ。彼らは一度獲物を決めると、死ぬまで血を搾り取る。そうして生物は死に絶えていく。
一つの島が吸血鬼の家族によって滅んだという話は、エスト国に生まれた人間ならほとんどの人が知っている昔話だ。故に、吸血鬼は人に恐れられ、そしてモンスター認定をされるのである。
だが、ハクにとってはそんなこと知ったことではない。目の前に寂しそうな少女がいれば、手を差し伸べるだけである。
「まあ待ちなさい。もう少しゆっくりしていくといい」
「でも、その人が……」
「エスノア、怖いならしばらく私の尻尾にでも抱き着いておくといい」
そうしてエスノアの目の前に白い尻尾を差し出すハク。エスノアは、ハクの尻尾が大好きだ。
しかし、ハクに迷惑はかけないと誓ったエスノアがその提案を飲むことはない。無理にでも吸血鬼という種族に対する恐怖心を取り去り、目の前のファネを見る。
強い魔力は感じるが、見た目は相応の少女。赤い髪と瞳は血液を象徴しているかのように輝くが、それはただの印象の話。背中の翼は小さく、飛べるような見た目でもない。
それに、隣にハクがいる。なら、大丈夫。
「ふぅ……お気遣いありがとうございます。大丈夫です」
「ならよし」
エスノアの顔色が戻ったのを確認したのちに、ファネの方に向き直る。すると、エスノアのために前に持ってきていた尻尾を目でふらふらと追っている。
「触るかい」
尻尾を少し伸ばしてファネの目の前に持っていく。おずおずとファネが尻尾に触ると、尻尾はゆらゆら。
次第にファネも楽しくなってきたようで、しばらくすれば尻尾を抱いた吸血鬼が出来上がった。
「二人とも落ち着いたなら結構」
「もふもふだぁ~」
立ち去ろうとしていたファネも、ハクの尻尾を抱いてご満悦。ひとまず見捨てるようなことになるのは避けられた。
「さて、話を戻そう。ファネは一人かい」
「うん、お父様と一緒にこっちに来たんだけど、お父様いなくなっちゃった」
聞くと、島から父と二人で大陸に渡ったそうだが、空き家で待機しろと言われてから一度も戻ってこなかったらしい。三日もすればおなかもすいて、近くの森に入って果物とかを食べて生活をしていたようだ。
「ファネ、血の吸い方を知らないの」
「む?」
「お父様から教えてもらおう前に、お父様どっか行っちゃったの」
申し訳なさそうに呟くファネ。
ファネは今まで一度も吸血行為をしたことがない。親が狩ってきた獲物から抽出された血液をそのまま飲んでいたので、自分で吸血したことがなかったのだ。
いわゆる箱入り娘のように育てられたファネは、とうとう狩りを学ぶために大陸までやってきた。だが、教わる前に父親は失踪。結局血液をとることができないままに彷徨っているという。
「吸血鬼が血液を飲まないとまずいんじゃないのか?」
「んーん、そんなことないよ。お腹いっぱいにはならないけど、普通の食べ物でも大丈夫だもん」
だから焼き魚を欲しがったのかと納得するハク。
そこにエスノアが補足を入れてくれた。
「吸血鬼の吸血行為は、あくまで自身の力を増すためのものだとされています。吸血しない吸血鬼は強くならないということだとは思いますけど……」
「ファネも成長するもん!胸とか大きい方が吸血しやすいって隣の家のお姉さんが言ってたから!」
吸血鬼は房中術でも学んでいるのだろうかと思うハク。実際は、シンプルに色仕掛けをしたのちに吸血し殺している。対人間の吸血行為は女性の吸血鬼が行うことが圧倒的に多い。
「ファネ、行く宛はあるのか」
「……ファネは一人だよ。お父様がいないもん」
ハクは思案する。ハクが考えていることをエスノアも共有し、ハクを止める。
「ハクさん、流石に危ないですよ。他種族に寛容とはいえ、王都に入れなくなるかもしれません」
「だが……ふむ」
エスノアが分かったように、この世界に吸血鬼を見ただけで判断できる人というのは少なくない。王都ともなれば、行きかう人の中に沢山いるだろう。
ファネ自体は全くの無害だというのが分かったものの、それは道行く人には関係のない話だ。吸血鬼を仲間にしているなんて知られればそれだけ嫌煙されるだろう。
ああ、分かっている。しかし、ハクにはこの少女を見捨てることなんてできそうにない。そうでなければ、先ほど呼び止めていない。
「あの、ハク、嬉しいけど、ファネは邪魔になるようなことはしたくないから」
エスノアとハクの会話から、ハクが何をしようとしているのか理解したファネは、ハクにやんわりと否定の意を示す。
ハクは思う。
この子は聡明だ。エスノアの話だとこの子は見た目相応の年齢ではなさそうだけど、まだ幼さが残る印象。それでも、怖がるエスノアに配慮しようとしたり、ハクの考えを当てて遠慮しようとする。
吸血鬼に危険な要素があるのかもしれない。だが、ハクはそんな過去を知らないし、少なくともファネは危険な子ではない。それになんとなく、ここでファネを放置すると、よくないことが起きるような気がする。
何か、ファネが吸血鬼ではないと分からないような細工を……
「エスノア、吸血鬼っていうのはどこで分かる」
「特徴的なのは翼ですかね。人型で翼が生えている種族というのはそう多くありません。その大概は尻尾が生えていますし、吸血鬼の羽は独特なのですぐ分かるんです。あとは魔力ですかね。ハクさんは感知できていないと思いますけど、ファネさんはとても強い魔力を放っていますから。こんな魔力を持っているなんて、一握りの種族しかいません」
羽は外套なんかを被せてあげれば誤魔化せるだろう。わざわざ服をはぎ取るような輩はいないと信じたい。
だが、魔力に関してはどうしようもない。魔力の流れているものは変化させることができないので、変化魔法も今回の場合は役に立ちそうにない。
「二人とも、嬉しいけど、ファネは本当に大丈夫だから……」
じりじりと茂みに近寄るファネ。それは嫌がっているようにも見えるが、しかし、ハクの目はファネの瞳に映る寂寥をしっかりと感じ取っていた。
「そういえばエスノアは過去に私のことを大魔法使いと誤認していたな」
「へっ、まあそうですね。随分な魔力を放っていたので」
エスノアにとっては少し恥ずかしい思い出だけれど、今はその経験が打開策になるような気がする。
魔力があるだけなら、ただただ強い魔法使いという可能性だってあるのだ。見るからに魔法使いだという姿になれば誤魔化すこともできるのではないか。
「ファネ、ちょっと待つんだ。すぐに終わる」
「へ?」
ハクは近くの茂みに入る。服は前にも変化で作り出したことがあるので、やり方はわかる。
この世界の魔法使いは、結構衣装が自由だ。少なくとも、地球の創作物のように魔女の帽子に長い杖のような典型的な見た目をしていることは少ない。
ならば、羽だけは隠して、あとはむしろ堂々としていればバレはしないはずだ。
「ファネ、これを羽織ってくれ」
用意したのは髪と同じく赤い外套。フード付きのマントのような見た目をしている。
外套を受け取ったファネはおずおずとそれを身にまとう。採寸はせず見た目だけのサイズで作ったが、ファネは外套にすっぽりと収まった。
「動きづらくないか」
「うん、大丈夫だよ」
外套の下でファネの羽が小さくパタパタと動くが、外からそれは分からない。創作物で見る吸血鬼のような鋭い歯を持っていないので、今のファネは人間とそう変わらない見た目をしている。
「さて、ファネ、一緒に行かないか」
「うっ、でも……」
外套は受け取った。心は揺れている。
でも、ファネはハクたちに迷惑がかかってしまうことをずっと心配しているのだ。
ファネが一人になったとき、森の中で果物を食べたりしていた。魔物を倒して魔石を手に入れて、それで冒険者から食べ物をもらうこともあった。
だが、途中で誰かが気が付いたのだ。この子は吸血鬼だと。
ファネは知らなかった。吸血鬼は人類、すべての生物として敵対していて、世界ではモンスターと同じように扱われているのだと。
少しずつファネは身を隠すようになった。吸血鬼の身体能力は凄まじく、バレても全力で逃亡すれば逃げ切れる。だから、ファネは冒険者に話しかけては、魔石で食べ物を貰い、バレたら逃げるということを繰り返した。
ファネが一緒にいると、ハクたちも吸血鬼の仲間だと思われるのは間違いない。それくらい、ファネにもわかる。
「責任は私がとる。一人じゃ辛いこともあるだろう。それに、私の気持ちとして君をこのまま放っておくのができないというのもある」
「なんだかハクさん、保護者みたいですね」
「確かにそうだな……私を父親のように見てくれても構わない。さて、どうする」
少し意地の悪い言い方をしながら、ファネに手を差し出すハク。
「……邪魔じゃない?」
「何がだ。邪魔になることなんてない」
「ファネのせいで攻撃されるかも」
「責任は私がとろう。君が矢面に立つことはない」
「そもそも、なんで……?」
「ただの感情論さ。幼い少女を、森の中に置き去りにするような生き方はしていない」
ファネは少しずつ腕を伸ばす。
ハクは、少し強引に手を伸ばし、そのままファネの手を取った。もう拒否はさせないと言わんばかりに。
「君のお父さんを探そう。私たちは今目的がなくてね」
「っ、ううぅ」
ファネの目に涙が浮かぶ。それは静かに頬を伝り、地面に落ちる。
少女のような見た目で、随分と静かに泣く子だとハクは思った。もしかしたら、箱入り娘のような知識は、大切に育てられたということ以外にもあるかもしれない。
「よろしく、お願いします……」
「ああ、任せろ」
ファネの言葉にハクが強く頷く。
その後ろで、エスノアは小さくため息をつきながら、ファネを迎え入れるように笑みを浮かべた。




