森の脅威を知る
一人になってからは、酷い生活だった。
今まで親に頼っていた獲物の狩りも、魔法の練習もすべて一人ですることになったからだ。消費量が減ったので、狩りをする量も減ったが、それでもやはり大変なものは大変だった。
白狐はまだ子供だ。魔法という道具と、謎に大きい狐という種族により、ある程度森の中でも苦労なく移動することができるが、それでも子供だからか魔物によく狙われるのである。
他の魔物からすれば、親のいない子供など狙いやすさの頂点である。狐を食べるような動物や魔物がこの森に多いのも、白狐を悩ませる原因でもあった。
「キュウン」
そして白狐は、森を出ようと思った。
この森は果物も動物も多いので、食糧には事欠かない。しかし、それ以上に自分が食料にさせる可能性があるのだ。快適な生活とは程遠いだろう。
失って初めて、親の大きさを知るのだ。魔物に敗れたとはいえ、白狐にとっては最強の親だった。実際、巣穴に近づく魔物はほとんどを親が退けてくれたし、肉を狩るのも一瞬であった。日本という平和の場所とは全然違う環境でも生きてこれたのは、親のおかげだったのだ。
白狐は親から、最も熱心に教えを乞うていた狐であった。親がいなくなることを想定していたわけではないが、いつかは独り立ちするのだということを、日本での生活で思い知っていたからである。
他の兄弟たちは、ずっと子供生活が続くかのように思っていた節があるが、白狐は自分の立場をはっきりと認識していたのである。
「キュン」
白狐は森から出たことはないし、そもそもこの森がどれくらい大きいのかも把握していない。出るまでの時間がかかればかかるほど、白狐の命は危うくなる。
巣穴という、比較的安全な場所を失うというのは、白狐にとっても恐怖感を大きく覚えさせることではあったが……白狐は、兄弟と親の温もりを失ってしまった、かつての巣穴に背を向けて、森の中を走り出した。
一日で森を抜けることはできなかった。ある程度予想していたことだ。狐の勘で真っすぐ進んでいたとしても、なんとなく一日では抜けることはできないと思っていた。
体が大きい狐だが、睡眠リズムは人間だった頃とそこまで大きくは変わらない。夜になれば眠くなるし、眠くなればパフォーマンスが下がる。
だが、この森の中で、安全に眠れる場所なんて巣穴以外にない。茂みの中で寝ようものなら、夜行性の魔物が隙だらけの狐肉に食らいつくことだろう。
「はぁ、はぁ……」
故に、眠ることなど許されない。死にたくなければ、走れ。
丸二日、白狐は走った。この世界では、魔力が生命力の代わりにもなるのか、時間が経って意識が朦朧としたとき、魔力がごっそり減って、意識がはっきりとした。
そうして、今まで培ってきた様々なことを生かして、白狐は森を抜けた。
「……キュン」
そこには平原があった。さらりと抜ける風が、白狐の毛並みを揺らす。森の中の陰鬱な空気に慣れてしまっていた白狐は、平原の解放感にしばし圧倒されたのだった。
森よりも圧倒的に見通しがよく、遠くには大きな魔物の姿も見える。そして、その足元には、魔物と戦っている誰かの姿。
「キュウン!」
考える前に、白狐は走り出した。狐の視力は非常によく、ここからでも状況がはっきりと見えた。
魔物の方が優勢で、このままではあの魔物に、誰かは殺されてしまう。あの親のように、無残に魔物に食い殺されてしまう。
それを認識した瞬間に、走り出したのだ。それは、日本人的な人助けの精神も理由だが、それ以上に、もうあの無残な死体をみたくないという、一種のトラウマが原因であった。
森の中では発揮されなかった、狐の脚力が光る。魔物との距離をぐんぐんと詰め、大きな魔物の背中に食らいつく。
大きな魔物は、本で読んだゴーレムのような見た目をしている。噛みつき攻撃が効いた様子は見られない。だが、ゴーレムはこちらも敵と認めたのか、こちらを振り向いた。
獣のような耳を生やした少年少女と共に、戦闘が始まる。