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狐、生きる  作者: nite
狐、背負う

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あの子の行方

「あの、ハクさん!」

「ん、どうしたんだい」


 街から離れてからしばらく。

 大きな木の根元で休んでいると、エスノアがハクに話しかけた。エスノアも、自分が思っているよりも大きな声が出てしまい、両者とも驚いてしまっている。


 ハクの方に身を乗り出す形で硬直してしまっていたエスノアは、その身を正して、食事として作っていたスープを手元のお椀に注ぐ。


「えっと、ハクさんの今までのことを教えてほしいなって」

「今まで?」

「そうです。私と会うまで何をしてたのかとか……」


 もじもじしながらそんなことを言うエスノア。一世一代の告白のような雰囲気であるエスノアに対して、ハクは微妙な表情をしていた。


 ハクは生まれてからここまで、特に何か言えるような面白い話はない。むしろ、親が死んだりとか兄弟たちが死んだりだとか……正直、あまり話したくはない内容が多い。

 せいぜい獣人の村で、プイやマカクに助けてもらったくらいだろう。もちろん、日本でのことなんて言えるはずもない。


「君も知っているだろうけど、私はただの狐さ。狩りをして、食べて、寝る。それだけだよ」

「いえ、ただの狐は人の姿になりません」


 真顔でそう告げられるハク。ぐうの音もでまい。

 ハクはこの世界の常識に疎い面があるが、それでもやはり、動物が人の姿になるというのはイレギュラーであることはわかっている。だからこそ、エスノアにも狐の姿を見せなかったわけだ。


 ともかく、言い切られたとしても、ハクとして話すことなどほとんどない。狐の姿になった方法などは、エルフの森から脱出したときに話している。


「とはいえ、本当に話すことはないんだ。エルフの森を抜けたときに、話せるようなことは大概話してしまったよ」

「うぅ……そうですか」


 見るからにがっかりしているエスノアを見て、若干の申し訳なさを感じてしまうハク。だが、今までの人生の内容に関してはどうしようもないので、今のところは何もできない。

 途切れてしまった会話を持ち直すために、今度はハクから話しかけた。


「ならエスノアの話を聞かせてくれ。妹さんのことも含めてね」


 素朴な疑問ながら、今更な質問である。

 今まで旅をしてきた中で、そういう話をしたことはあった。だが、それはいわゆる表面的なことばかりで、深いところを追求するようなものではなかった。


 しかし、先日の事件でエスノアが深く落ち込んだことを知っている。妹のことも、まだ少し引きずっているのも分かった。ならば、ここで一度、エスノアのことをより知ろうとハクは考えた。


「……わかりました。なら、私がお話しましょう」


 神妙な面持ちから一転、少し恥ずかしそうにするエスノア。


「その、あまり期待しないでくださいね」

「私が既に期待を折っているんだ。話してくれるだけで、期待以上のことをしているよ」


 少し自虐しつつ、ハクはエスノアの話に耳を傾けた。


 ふと、横に誰かの気配がしたような気がした。


「私とシウィン……妹は、生まれた時からあまりいい待遇を受けませんでした。前にも言ったと思いますけど、私たちの兄が家を継ぐからと、私たちはいい顔をされなかったんです」


 エスノアの家系は北の大地の貧しい街にある。小売業を営む実家では、そこまでの人手を求められてはいない。むしろ、人が多ければ出費が重なり不便な暮らしを強いられる。

 だからといって虐待をするような家庭ではなかったものの、エスノアとシウィンは家族から若干の疎遠な育てられ方をしていた。


「私たち、なんとなく居心地悪いなと思っちゃって」

「そう言っていたね」

「だから飛び出したんです。家にいても、何もできないなって」


 エスノアはシウィンを連れ出して外に出た。先に声をかけたのはエスノアの方だった。


 何も知らない二人が北の大地から出るのは、相当な困難を極めた。普通に考えて、二十歳にもならない少女が二人で自然に飛び出してうまくいくはずもない。

 お金は二人で合わせて数千ガラ。魔法の才はあったものの、単独で戦えるほど熟練しているわけでもない。そんな二人が自然の前に打ちひしがれてしまうというのも、不思議な話ではなかった。


「私が連れ出したんです。だから私が守らないといけなかったのにっ……」

「責任感を持ちすぎてしまうのは、エスノアの悪い癖だよ」

「責任感じゃないんです。私は、あの子の姉なんですから」


 お椀をぎゅっと握り、少しばかり瞳が潤むエスノア。


「私、あの子に胸を張れる旅ができてるでしょうか」

「私はとても助かっているよ。それで君が胸を張れるかどうかは……君次第だ。君が知っているシウィンは君を見て、どう思うかな」


 そう言っておきながら、あの子は何も気にしていないだろうなとハクは思った。

 あれがなんだったのかは未だに分からないけれど、アルベンで出会ったあの子なら、きっと姉がどんな旅をしたとしても気にしないだろう。


「シウィン、私は旅を続けるからね」


 遠いところを見ながら、祈るような表情をするエスノア。旅を続けることは、エスノアの願いであり使命なのだ。


「私は君もシウィンも旅の仲間だと思っているよ」

「えへへ、ありがとうございます」


 ふわりと笑うエスノア。それと同時に、隣から別の小さな笑い声が聞こえた。


「私の人生はその程度です。それだけなんです」

「シウィンのことを聞いてもいいのかな」

「……それはまた別の機会に」


 エスノアは立ち上がり、スープを飲み干した。まだ、ハクとエスノアはそこまでの関係を築けていない……というわけなのだろうか。


「さあ、行きましょう」

「出発しようか」


 ハクは、お椀も何もかもを石に戻して片づける。変化魔法はこういうときにとても楽である。


 エスノアとハクは並んで歩きだした。ふと、ハクは、君はどう思ってるんだいと宙に視線を向ける。

 姉が幸せならいいんです、そう返事が聞こえた気がした。

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