空に架ける
バンカの家でエスノアは眠り、ハクはエスノアに気づかれないように街の外で眠った。
いつもならそんなことをするとエスノアは怒るのだけど、今日は練習の疲れとハクの言葉による安心からか、魔法のショーのあとすぐに眠ってしまったので、こっそり外に出ることも容易だったのだ。
バンカはハクも家に泊めようとしたものの、ハクが女性の家で寝ることをよしとしなかった結果こうなった。一晩とはいえ宿泊費を払える貯蓄もないので、ハク一人で最も安上がりな野宿という選択をしたのだ。
ハクにとって誤算だったのは、街の治安維持のために街の近くの森の中などで寝ると衛兵が来ることであった。例え狐姿でも衛兵に追われてしまうので、結局数キロ離れたところで寝ることになってしまったのだ。
そうして朝、人の姿に変化しなおしたあとに街に戻ってきたハクが見たのは、怒り顔のエスノアであった。
「どうしてハクさんは自分のことを大切にしないんですか!」
「いやいや、野宿という選択をとったんだから保身していると言えるだろう。一晩起きたままでいるほうがよっぽど自分を大切にしていない」
「そういう話じゃないんですよ!」
エスノアは頬を膨らませたまま、ハクのことをしかりつける。ハクは苦笑いをしながら、あまり反省している様子はない。
ハクにとっては森の中で眠ることなどただの生活の一部だ。元々危険溢れる森の中でサバイバルをしていたことを思えば、街の近くで眠ることができるだけで十分だと思っている。
「心配してくれる女の子の言うことは聞いておくものよ」
「ちゃんと聞いてるさ。ただ、私には私の、エスノアにはエスノアの感性があるってことだよ」
バンカからの忠告も聞き流すハク。
エスノアはハクが元々野生の狐であることを知っているが、それでも人間として生活している以上野宿などはしてほしくないのだ。
悲しいかな、ハクにはまったくその気持ちは届いていない。
「バンカ、色々と感謝するよ。エスノアもこうして立ち直れた」
「いいのよ。私も迷惑かけちゃったし」
バンカはハクに奢った分のお礼を返すという名目ではあったが、あの時にハクが払ったお金以上の価値があるとハクは思っている。少なくとも、バンカがいなければエスノアはもう少し立ち直るのが遅かっただろう。
それに、エスノア一人とはいえ家に泊めてくれたわけだし、魔法の先生も務めてくれた。一般的な価値でいえば、ハクの払ったお金というのは圧倒的に足りていない。
「この街のいい思い出になったら嬉しいわ」
「ああ、そうさせてもらうよ」
今日はこの街を発つ日だ。バンカは今後もこの街でショーを続けていくらしい。
エスノアとハクは、少女のことは気になるものの、今までと同じように旅を続ける。
この街で事件はあったものの、旅には何の影響もない。今までと同じように、日常は流れることとなる。
バンカと共に家から離れ、街の正門に移動する。まだ朝早いので、正門には門番以外の姿はない。その光景を見て、アルベンの街もそうだったなとハクは思い出した。
門を通る前に、バンカは二人に話しかけた。
「見送りが私だけなのは寂しいかしら?」
「いえ、バンカさんのおかげで私も魔法を修練することができました」
「私からも、改めてお礼を言おう。色々と助かった」
ついでとばかりに服の内側から何かが入った瓶を取り出すバンカ。そこにはキラキラした粉が太陽を光を反射していた。
「これは?」
「魔法の粉よ」
睨むような視線二つに刺され、バンカが矢継ぎ早に説明を続ける。
「本当に魔法の粉なのよ!私もよく分からないんだけど、それを食べ物に振りかけると好みの味に変化するの。調味料が足りないって聞いたから、折角だからあげるわ」
「貴重なものじゃないのか?」
「んー、でも私は基本的に外食しかしないし、好みの味なんて自分で作り上げてこそでしょ」
有り体に言えば、いらないものを押し付けられたような気もするが……元々荷物が少ないハクたちにとっては、小瓶一つ増えたところで特に気にするようなものでもないので、ありがたくもらっておく。
「じゃあ、またどこかで会うことがあれば」
「ええ、また会いましょ。その時は、エスノアちゃんの魔法も凄くなってるわよね」
「頑張ります!」
そうして二人はバンカに別れを告げて、門を抜けた。
朝の涼しい風が二人の間を吹き抜ける。ふと、この世界に季節という概念はあるのだろうかとハクは考えた。
時間の流れとかそういうのを意識していなかったけれど、どこかでエスノアに聞かなければいけないだろう。でなければ、再会のときに適した言葉を見つけることができそうにない。
「では行こうか」
「はい!もっとハクさんのお役に立って見せます!」
「そう力まなくていいからね」
歩き出す。
堅牢な市壁は、今日も内と外を厳しく隔てていた。




