エンターテイメントにして攻撃的
エスノアの魔法修行により一日延びた滞在は、ハクにとっても少しばかりありがたいものだったりする。
元々予定していた街の観光ができたからだ。目的地のないこの旅の中ではそれぞれの街の観光はやはり外せないとハクは思っている。
前回の街であるアルベンに比べても明らかに大きいこの街の光景を覚えておくのは、この旅を彩ることになるだろう。
「ふむ、ギルドは今日も人が多いな」
そんな中、ハクは街に来た初日以降一度も足を向けなかったギルドの正面を通り過ぎた。そこは前来た時と同じような活気に溢れていて、見るだけでこの街の豊かさがわかるというものだ。
だが、一筋の視線がハクの足を早めることとなった。できる限りさっさと離れてしまおうと、あのハクが思ってしまうほどの視線……
「おう、狐の兄ちゃん。まだ街にいたのか」
視線の主は目敏くハクの姿を見つけ、ハクの背中から声をかけてきた。
日本人的感性により、まったくの無視という判断ができないハクは、諦めて振り返った。
「ああ、ちょっと予定が変わってね」
「今ならちょっとした儲け話があるぜ」
初日に、ギルドで魔石を買いたたかれたハクとエスノアに声をかけてきたスキンヘッドの男性である。
まるで門番のようにギルドの前で通りを眺めていた彼は、ハクを見つけるとまるで親戚のような雰囲気で近づき話しかけてきたのだ。あまりにも自然な体運びをしたので、さしものハクも舌を巻かざるをえない。
スキンヘッドの男性は、ポケットから一枚の紙を取り出してハクの手に無理やり握らせた。ドラマでは見たことあるけど、実際にやられることになるとはなんてことをハクは思っている。
「金がなかったりするんじゃないか?ここに書かれたところに来てくれたらいい話を教えるぜ」
あの時も見るからに怪しいと断ったわけだが、やはりその判断は間違っていなかったとハクは思った。
この手のやり口は、人気のないところまで対象を呼び寄せて仲間と共に袋叩きにして身包みを剥がすというシンプルかつ残忍な結果となることが多い。この街は大きさの割に守衛の数が足りておらず、路地裏などの人の目がない場所が多いのも、この手の輩が減らない原因だろう。
とはいえ。
ハクとしては、余興として巻き込まれてみてもいいかな、なんてことを思っている。
この場にエスノアはいないので、彼女を巻き込む心配はない。殺人をしてしまえば流石に足がつくのでせいぜい半殺しにされるだけだろう。そして、ハクは今奪われて困るようなものは何も持っていない。
適当に路地裏の石をこっそり金貨っぽいやつに変えて渡せば満足するだろう。バンカの忠告もあったので相手の目の前で変化させるなんてことはしないけれど、こっそり金貨にするくらいはいいだろう。
「いい返事を待ってるぜ」
「ああ、考えておくよ」
スキンヘッドの男性はやたらとニヤニヤしながら、まるでそこが定位置であるかのように、ギルドの入り口に戻っていった。
ハクが手元の紙を見ると、とあるバーの名前と地図が書かれていた。店名や位置的に普通に営業しているような店だが……と思ったところで、ハクは気づく。
どうやらそのバーは完全紹介制であり、限られた人しか入店することができないらしい。
やはり、きな臭い。何かに巻き込まれる予感しかしない。だが、それもまた旅だ。
「今日は暇なんだ。同じく暇な人たちに付き合ってもらおうか」
……
「いい?魔法っていうのは組み合わせと創造性よ。本から読んで手に入れるだけの魔法じゃ人々を楽しませるなんてことはできないんだから」
「楽しませるとかはいいんですけど……」
「要は意表をつくってことよ。相手が知らない攻撃をすることができれば、それだけ有利になるってことなんだから」
バンカは、ハクが思っていたよりも圧倒的にしっかり魔法について講義をしていた。
ハクは知らないことではあるが、バンカはしっかり色々と魔法が使えるのである。ハクがプイに教わった半感覚的魔法であるとするならば、バンカは徹底的理論魔法だ。
本の虫にもなるエスノアからすると、バンカの理論式魔法というのは、とても相性が良かった。
「さあ、まずは理論からよ。私の魔法陣を確認しながらやりましょう」
「は、はい!」
どうやらバンカは広場でショーをするような、いわゆるエンターテイナーであるということをエスノアも理解していたが、魔法の腕にはそこまで期待していなかった。
だが、バンカはエスノア以上に魔法のことを理解していた。既存の魔法の一部を改変し、違うものにしたり応用したりなんてことがとても上手なのである。
エスノアはすでに、バンカに対して魔法の師のようなイメージで接していた。少なくとも、先生ではあったので、師匠という立場というのもそこまで的外れなものではないだろう。
「旅なんて何が起きるかわからないじゃない。応用できるってのはとても重要なことなのよ」
「でも、水の魔法を改変して氷の魔法にするなんて……」
「純粋な氷の魔法に比べると威力は落ちるけど、その代わり自由な形を作ることができるわ。私もショーの準備でよく使ってるけど」
バンカはショーの途中で魔法を使うようなことはしない。ショーの間はすべて手業でどうにかしている。
ただ、その準備のためには魔法をたくさん使う。変化魔法をはじめ、何かと作り出すタイプの魔法に長けているのである。
例え不可能を可能にするとされる魔法であっても、無から有を生み出すというのは難しい。勿論魔力という代償を支払っているので、完全な無というわけではないのだが、それでも高等魔法の分類になる。
それをショーのために使っているのを見ると、エスノアはなんともいえない気分になる……隙もなくバンカの講義が続く。
「今はハクのことなんか忘れなさい。あなた自身が何をしたいか、何ができるのかを考えるの」
「私が何をするか……」
「自分ができることの中からハクのためにできることを考えなさい。できないことを考えたってどうしようもないんだから」
エスノアにできること、それは魔法を覚えること。魔法がいっぱい使えること。
ちょっとおかしい変化魔法が使えるハクに勝ることといえば、それだけだ。エスノアはそう思っている。
故に、エスノアは魔法を学ぶことをやめることができないのだ。それは知的探求心ということ以上にハクのためにというのが、今の原動力であった。ハクと出会うまでは妹のためだった。
「魔法を、学ぶこと」
「なら徹底的に教えてあげるわ。先生みたいなことはできないけど、助言くらいならできるわよ。そんな若いのに人のことばかり考えてたら悩んじゃうわよ」
エスノアはバンカを見た。
バンカは、そんなエスノアに対して大きく笑いかけた。
……
ハクは地図に書かれた通りの場所にやってきた。
扉に入るときに、紙に書かれた通りの合言葉を言うと、内側でガチャリと音がしたと同時に勝手に扉が開く。
「いらっしゃい」
扉の近くにいるドアマンに恭しく礼をされたあとに、奥のカウンターにいるバーテンダーに声をかけられた。
街の浮浪者にたかられて袋叩きにされると思っていたハクは、店内がしっかりと店として機能しているらしいことに驚いた。ドアマンもバーテンダーも、ちゃんとその手の職業に就いている普通の人であることがなんとなくわかる。
表向きは……というパターンもあるので、まだ警戒心を完全に解くつもりはないけれど、少なくとも普通にしている間は襲撃なんてことはされないだろう。
ハクがカウンターに座ると、バーテンダーは一枚のメニューをハクの前に置いた。その紙に書いてあるものしか提供していないらしい。
「ここは?」
「なんだ。知らずに入ったのか。誰から紹介を受けた」
「ギルドのところに立ってるスキンヘッドの男の……」
「あぁ……あいつ、見るからに怪しいから誰も紹介できたことがなかったんだが、説明が足りていないってのも理由にありそうだな」
ハクが、スキンヘッドの男のことを伝えると、バーテンダーは小声でぶつぶつと呟く。勿論、狐であるハクには聞こえていたけれど。
しかし、それもすぐに終わりハクのことを向きなおした。
「うちは情報屋だ。街の内外構わず仕入れてる」
ハクはそこまで聞いて拍子抜けをする。
どうやら、ハクの邪推のしすぎだったようで、この店は普通……いや、普通というと少しばかり語弊があるものの、ハクが最初に思っていたような店ではなかったようだ。
「お前を紹介したあいつはまだ新入りなんだ。怪しい風貌だけど許してやってくれ」
「それは別に気にしていないんだが……」
ただし、それはハクのことを騙しているわけではないというだけであり、怪しい店であり怖い店であることには変わりない。
そもそも、なぜハクに声をかけたのかとか、色々と気になることもある。信頼できる情報筋というわけでもないので、ここを利用する理由がない。
ただし、今のハクは暇なので、じゃあさよならという結論には至らない。
「どんな情報を扱ってるんだ?」
「知りたいことを、知りたいだけ」
寡黙なマスター……バーなので便宜上マスターと呼ぶが……は、その情報に信頼を持っているらしい。試しに、エルフの森について聞いてみたら、一昨日バンカのためにハクが支払った値段と同じくらいの額を請求された。
少なくとも、食事代と同等を支払わなければいけないくらいには、情報料というのは安くはないようだ。
そこまでお金に余裕があるわけではなく、そもそも儲け話はどうなったのかと思い、やはりあのスキンヘッドの男は信用できないなと考えつつ席を立った。
バーに来て何も頼まないというのも少々心苦しいハクではあるが、金がないので仕方ない。
「うちと同じ系列の店ってのは街のどこかにあるもんさ。合言葉は一緒だから、別のところに行ったら探しな」
「ふむ、一つだけ質問なんだが、なぜ私なんだ?」
「情報というのは街の人に聞いても新鮮なものは手に入らないからさ。旅人らしい人に話しかけて、うちの顧客と情報源になってもらうのさ」
例え一人から聞いてもどうしようもないが、複数人の旅人から聞いた情報を精査し、そして人々に売る。そうして経営している情報屋なのだそうだ。
街で見たことのない人に話しかけるのは、スキンヘッドのような人らしい。あれも悪い人とかではなく、しっかりお金で雇った正規の人らしい。
「今後とも、ご贔屓に」
ハクが外に出るとき、ドアマンからそう囁かれた。
多分自分が使うことはほぼないだろうなと、ハクはぼんやりと考えながら外へと出た。
……
「さあ、エスノアちゃん、見せてあげなさい」
「は、はい!」
夕方、街でフラフラしていたハクをエスノアが見つけ、バンカの家に呼ばれることとなった。周囲に散乱している様々な物品により、さっきまでここで魔法の練習と講義をしていたことがわかる。
エスノアは緊張した面持ちで、対するバンカは自信ありげな表情をしている。
「では、いきます。『咲き誇れ、花弁よ』」
エスノアは自前のワンドを取り出して、軽くその場で振った。
すると、ワンドの先端から花吹雪が飛び出して、ハクの視界を染め上げる。その間にもワンドの周囲には光が満ちて、イルミネーションのように輝きだす。
その情景はさながらショー……しかし、バンカのように小手先のマジックをするのではなく、しっかり魔法により生み出されているショーだ。
エスノアが元々使える魔法をすべて把握しているわけではないハクだが、ここまでの魔法を使えるようになるために今日一日頑張っていたのだろうと心の中で労う。
「『裂断せよ、光は高く聳える』!」
エスノアのワンドから光が放たれて、それは自由な形を作り出す。
最初は大きなナイフのような形だったが、次第にそれがハンマーのようになり、そして狐の形へと変化したあとに霧散した。
「えっと……どうですか」
一通り魔法を見せたあと、まるで告白の返事を待つように小さな声でハクの感想を求めた。
ハクからすれば、魔法をここまで多彩に使いこなせるだけでも絶賛ものだ。ハクにはできないし、しようとも思えない。
故に、それらをまとめると凄いという一言にまとまってしまうわけだが、きっとエスノアにそんなことを言えばむしろ自信を無くしてしまうことだろう。
エスノアに言うべき言葉は、しっかりとした返答だ。
「感嘆した。私にはできないことをするエスノアに、私は尊敬の気持ちすら抱く」
「うぇ?」
おっと、少々オーバーだったか。
「私は魔法の基礎しかないからね。魔法という分野に関して、エスノアに勝てる気がしない」
「そ、そんな!ハクさんの変化魔法のほうがよっぽど」
「いやいや、私はの変化魔法はちょっと変らしいからね。堂々と使える魔法となれば、やはりエスノアに頼むしかない」
そこに付け加えて、そもそも……と続ける。
「私がエスノアを頼りにしなかったことなど一度もない。自分の思うままに学び、生きてくれ。それがエスノアらしいと、私は思うからね」
ハクがそこまで言ったとき、エスノアの目から一筋の涙が零れた。
それに気が付いたエスノアは急いで拭うが、拭えば拭うほどに涙は流れてくる。
そんなエスノアの様子を見て、バンカは満足そうに笑った。




