詫びと制裁
ちょっとスランプってました。投稿再開します
結局のところ、今日はハクは買い物をしただけで終わったわけだ。
一応将来的に必要なものなので、無駄だったわけではないものの、それ以外の本来するはずだった観光的なことを一切できなかったことに、ハクは少しばかり悔いが残っている。
エスノアはエスノアで、一応少し元気にはなったものの、それでもまだ何かを引きずっているようで、いつものような溌剌さがない。
このままだとエスノアの調子が戻らなさそうなので、半ば強引にハクがエスノアを外へと連れ出した。
「エスノア、あまり気にするな」
「うぅ……」
ハクが声をかけても、俯いたままのエスノア。
エスノアはあまり細かいことを気にしないタイプだと思っていたハクからすると、この反応は予想外である。
実際のところ、エスノアは細かいことは気にしないものの、細かくないことに関しては引きずるタイプなのである。
でなければ、初対面だったハクに対して身内を亡くした悲しみをぶつけたりなんかしない。それが解決するまでは、エスノアの頭の中を占有し続けてしまうのだ。
そういうわけで、現在のエスノアは自責の念で押しつぶされそうになっているのだ。ハクは知らないことだが、エスノアが自責している最大の理由はハクを巻き込んだからである。故に、ハクから慰められるこの状況は、エスノアにとって少しばかり居た堪れないのである。
言い換えれば、エスノアの罪悪感を後押ししているともいえる。
「うん、今日はここにしよう。ほら、エスノア、入るぞ」
「はい……」
これはだめかもしれないなぁ……とハクは思う。少なくとも、今は何を言ってもエスノアを元気づけることはできないだろう。
やはり、エスノアが興味を惹かれるもっと別のことがあればいいのだろうとハクは考える。先ほどのスライムの液体と同じように、何かしらエスノアに知的好奇心を刺激するような物品を用意することができれば一時的にエスノアを冷静にさせることができる。
そんな、奇怪な料理がここにあることを願いながら、ハクとエスノアは座席に座った。
「じゃあ、このファンタス鳥の包み焼き」
「トマトスープを……」
「エスノア、足りるのか?」
「あまりお腹が空いていないので」
そう言って愛想笑いを浮かべるエスノア。随分と拗らせたものだと、ハクは頭を抱えずにはいられない。
表面上は気にしないことに決めたハクではあるものの、いつもの調子が出ないエスノアにハクの気持ちも参ってくる。
そうして両者の間に珍しく居心地の悪い空気が流れたころに、ハクたちのいるテーブルに対して明るい声がかけられた。
「なに辛気臭い顔をしてるのよ。ほら、問題は解決したんだから!」
「バンカ……よくこの空気間の中で話しかけようとしたな」
「こういう空気だからこそよ。全く、まるですべてを失ったみたいな雰囲気を出してると店に迷惑よ」
バンカの言う通り、ハクとエスノアが座るテーブルの周りには人が閑散としていた。見るからに話しかけないでくださいというオーラを出しているので、近くにいると騒ぎづらいと判断した人々が席を移動した結果である。
この店のテーブルには座席が少なくとも四個。知り合いでなくとも、席が空いていなければ相席をするような店だ。そのため、大体この時間であれば座席が空いているということはない。だが、まるでエスノアとハクを避けるように開かれた空間を見れば、確かに営業に影響を及ぼしていると言わざるえないだろう。
バンカはハクの隣に豪快に座り込むと、遠くからテーブルを眺めていたウェイトレスに対して大声で注文し、手荷物であるショーに使われるだろう道具類を地面に置いた。
「その子が旅の仲間?」
「そうだよ。頼りになる魔法使いだ」
ハクのその言葉に、エスノアがビクリと体を震わせる。今のエスノアには、その言葉ですらプレッシャーのように感じる。
と、バンカがおもむろに立ち上がり、エスノアの隣に座りなおした。
「あなた、もしかして昼間あの少女のところにいた?」
「あうっ……はい……」
「それで落ち込んじゃってるわけね。魔法使いの矜持みたいなのを潰されたようなものだから」
バンカが、エスノアの今の心情をつらつらと言語化していく。ずっと、エスノアの中で考えていた色々なことが、バンカによって暴かれていく。
「正直私からすればあれは仕方ないものだとは思うけど……あなたはそれで納得しない。折角の仲間であるハクを傷つけることにもなったなら猶更ね」
「っ……」
エスノアの目に涙がたまる。だが、そんなことはお構いなしにバンカはどんどん言葉を繋げていく。
「いやー、あれには私もしてやられた。私も魔法が使えるけど、あんな魔法は見たことがない。きっと闇の魔術とかそんなのだよ。まあなんにせよ、これであなたはハクに対して魔法という分野で恥を晒しちゃったわけ」
「うぅ……」
「バンカ、いい加減にしないか」
ハクが諫めるように声をかけても、バンカは止まらない。
料理を持ってこようとしているであろうウェイトレスも、テーブルの雰囲気に近寄りがたそうにしている。さて、料理が冷めてしまうのが先か、バンカの会話が終わるのが先か。
「そりゃあショックでしょうねぇ、頼りになるなんて、そんな言葉が嘘みたい」
「バンカそろそろ私も……「わかってますよそんなこと!」」
ハクが止める前に、エスノアがとうとう爆発した。目に涙を浮かべながら、我慢できなくなったかのようにバンカに対して大声をあげる。
「私だって、あれは仕方のない魔法だって思ってますよ!でもだめなんです!私が無理を言ってハクさんについてきてるから!私だけはハクさんの足を引っ張っちゃうなんてことはしちゃいけないんです!」
エスノアが、ハクにも言ってこなかったことを、初対面のバンカに叫ぶ。それは、些細なことならずっと引きずってしまうエスノアが感じていたことだ。
すなわち、自分がハクの足枷になっているのではないかという恐怖。
「私はハクさんの役に立つことをしないといけないんです!ハクさんの邪魔をしてしまうなんて、そんなの、そんなの…私が、仲間だなんて、烏滸がましいじゃないですか……」
冷静になったのか、それとも自らの言葉にやられたのか、段々と尻すぼみに小さくなっていった声は、とうとう鳴き声として何の意味もなさないものへと変化した。
自分よりも小さい子、それも仲間である女の子が泣いているという状況に困り顔を浮かべるしかないハクは、ちらりとバンカのほうを見た。そこには、したり顔をしたこの状況を作り出した張本人がいる。
ハクが何かを言う前に、バンカが再度口を開いてエスノアに言った。
「ハクがそんなことを気にするような狐に見える?そんなに自分を追い詰めなくてもいいじゃない」
「私が……ぐすっ、気にするんです」
「難儀な性格してるわねあなた」
そう言って、バンカは床に置いた道具類の中から、一本のステッキを取り出した。
ハクからするとテレビなんかで見たことがある、マジシャンがよく持っている白黒のステッキだ。
「ほら、よく見てなさい。せーのっ、ぽん!」
バンカの掛け声とともに、ステッキの先に花が咲く。
元々日本でこういったマジックを見てきたハクにとっては、タネがわかりやすいマジックだ。多分、ハクも同じことを簡単に再現できる。
だが、バンカはまるでとっておきを見せたかのような表情をして、ステッキをエスノアに渡した。
「私が知ってる限りの魔法を教えてあげる。それで、ハクのことをまた驚かせてやりなさい」
「え……?」
「挽回なんていくらでもできるんだから。今まで以上に役に立てば、それでチャラ。ね?」
エスノアがステッキを振っても、花は出てこない。ネタはわかりやすいけれど、知っていなければ気づけないようなものなのだから。
だからこそ、エスノアには未知なものに見えた。まだ知らない魔法について知ることができるのだと認識した。
「ハク、あなたいつまで街にいるんだっけ?」
「明日には出るつもりだったけど……」
「一日延長よ。明後日までにこの子に魔法を教えるから、それまではこの子を借りるわ」
まるで状況が飲み込めていないエスノアも、どうやら自分は魔法を教わるのだと理解した。それと同時に、ハクの旅の予定をまたも壊してしまったことも。
「だ、だめです!それでは予定が……」
「私はいいから。存分に学んできなさい。バンカはきっと知らないことを教えてくれるはずだ」
「そういうこと。ハクがいいって言ってるんだから諦めなさい」
少しずつ和やかになってきたテーブルの雰囲気に、やっとウェイトレスが安心して料理を運んできた。
流石料理のプロか、ファンタス鳥は熱々である。
「ほら、この道具は貸してあげるから元気になりなさい」
そこまで言ったら、バンカは今度ハクのほうを向きなおした。
「どういうつもりだい」
「まあまあ。この子は元気になったからいいじゃない」
はしゃぐように笑うバンカに、ハクは文句を言うことはできない。少なくとも、エスノアが目に見えて元気になったのは事実だからだ。
「それに言ったでしょ。昨日払ってもらった分のショーを見せるって」
「ああ、有耶無耶になってしまったけどな」
「それをこの子が見せてくれるわ。それでチャラ、いいわね?」
「はぁ、分かった。いいだろう。それで貸し借りなしだ」
きらきらと目を輝かせるエスノアを尻目に、ハクは小さくため息をついた。




