素晴らしいショータイム
人混みに入ると、それだけ異常性が分かった。
人を押しのけると、全くの抵抗もなく倒れてしまうのだ。中には頭をぶつけてしまっている人もいるが、ハクは心の中で謝りつつ中心に急ぐ。
「紐とかは用意あるか?」
「演目用の麻紐なら。でも人を拘束するのには使えないわよ」
「それで十分だ」
バンカから紐を受け取り、変化魔法で変化させる。変化後の物質の耐久性は変化前の耐久性を引き継ぐので、頑丈にすることはできない。
だが、質量が同じかそれ以下であれば紐であっても箱にだってできる。
ハクの変化魔法で出来上がったものは、大きめのハンカチ。光を通さない真っ黒な布地だ。元々の紐がそれなりの長さがあったために、ハンカチも結構な大きさがある。
これならば水晶を包みこむこともできるだろう。
「昨日も思ったけど、あなた変化が早いわね」
ハクはバンカの声を後目に、人混みを抜けた。そこにはやはり怪しい光を放つ水晶があった。
「あらら、あまり近寄られると困りますので……」
「困るのはこっちよ!危ないショーなんかしちゃって!」
同じく人混みを抜けてきたバンカが叫ぶ。
バンカにとってはショーの観客は皆大切な客である。そんな人たちに危害を加える可能性もあるショーを許すことはできないのだろう。
ハクにとっては一般の人々であるが……と見渡して気が付いた。そこに一人、見知った顔が並んでいる。
長く白い髪に、短いワンド。ここまで旅を続けてきたエスノアが、虚ろな目で水晶を持つ女性のことを眺めていた。
その瞬間、ハクの中に熱がわき上がり……そして落ち着いた。一瞬沸点まで届いた怒りという感情は、一瞬にして鎮火した。それでも、衝動的なものが収まっただけで、この女性に対する強い敵意というのは依然として残っている。
「なんの真似かな、これは」
「ふむ、あなた方にはこの崇高な光が届かないようで……その不思議な魔道具のせいですかね」
ハクの質問には答えず、ただ一方的に話す女性。いや、女性というよりも少女と言った方がいい背丈だ。
その瞳は通常のものであり、そして、この広場の状態を見て尚正常であるということの証明でもあった。ハクからすれば、こんな状態になっておきながら平然としているのは正気の沙汰ではないのだが。
少女はその手の水晶を高く持ち上げながら、高らかに叫ぶ。
「もったいない!ああもったいない!この光は、あなたを希望に満ち溢れさせるのです!その光を浴びないなんて、ああなんともったいないことか!」
少女は恍惚そうな表情で、しかしその目は未だに正常なままそう宣言した。
光の正体が何にせよ、ハクとバンカは水晶を取り上げ、あわよくば破壊することを目的としていた。女性が何を言っているのかもあまり理解せずままに、水晶を回収するためにじりじりと近づいていた。
だが、その少女はそんなハクとバンカに気づいているのかどうなのか、水晶を持ったままくるくるとその場で回転する。
「私はあなたたちにもっと幸せになってほしいだけなのです。そう、それが私の願いなのです!」
ただ幸福を願うその姿は、まるでどこかの聖女のよう……その幸せな光とやら人々を虚ろにしていなければ、だが。
少女はハクの目の前でくるくると回っている。隙と呼べるものなのかは不明だが、水晶を奪うなら今しかない。
そうハクが思ったその時、水晶が今までの倍以上の明るさで輝き始めた。
水晶を奪おうと近づいていたために、ハクはその光を強く正面から受け止めてしまう。いかにサングラスがあれど、至近距離で光源を見れば、その光に目を焼かれてしまうのは自然法則である。
「っ……あっ……うぐ……」
途切れそうになる視界。薄れそうになる意識。混濁する自我。
そのすべてを、ハクは舌を全力で噛むことで制御した。強い力で噛んだ影響で血が噴き出るが、今はそれどころではない。
ハクが後ろを向くと、バンカは完全に倒れ伏し動かなくなっていた。殺すような効果はないはずなので、死んでいるというわけではないとは思うが、水晶をどうにかするまで起き上がることはないだろう。
「あらら、だめですよ。幸せにならなければ。私の望みを叶えてください」
まだ自分を保つハクに、少女は聖女のような笑みを消し、ハイライトが消えた目で語り掛ける。
少女にとって、ハクはいうことを聞いてくれない子供のようなものだ。光を見ても自我を失わず、幸せな夢を見ることもない。
言うなれば、聞かん坊。
「さあ、この光に祈りなさい。幸せを、乞うのです」
少女が水晶をハクの目の前に持ってくる。水晶からの光は、更に強くなり、ハクの意識を飲み込む。
「さあ、おやすみなさい」
………
……
…
いつもと変わらぬ日常、明るい日常、現代日本のただ幸せな……
違う。そうではない。社会とは、そんなものではない。
…
……
………
「ぬあああ!」
今まで出したことのない声で、ハクは覚醒する。手の中のハンカチなんて放り捨てて、少女へと襲い掛かる。
「なぜっ」
ハクは完全に一瞬意識を閉ざした。頭がガクッと落ちたのを、少女も認識している。そんな状態から戻ってきた者など一人もいなかった。
故に少女は油断をしていた。もう聞かん坊なんていないのだと勘違いした。
「ふんっ!」
ハクの腕が思いっきり振るわれる。少女は咄嗟に体を捻って回避しようとしたが、その手は僅かに水晶へと届く。
その弾みで水晶は少女の手から吹き飛び、地面に落ちる。水晶の砕ける音が、虚ろな人々に囲まれ音のなくなった広場に響く。
「ふぅ……ふぅ……」
「あなたは、なにを」
「幸せを、甘く見るなよ」
口から滴る血は、まるで獲物を狩った獣の如く。
初めて怯えの表情を見せる少女を前に、ハクは瞳を光らせて薄い笑みを浮かべた。




