買い出し、余分なものなどなく
次の日、飛び出していったエスノアを横目に、ハクは旅の準備を整えることにした。
変化魔法のおかげで必要なものを極限まで減らすことができているが、それはそれとして買わないといけないものも多いのである。
そういうわけで、ハクは商店街に方にやってきていた。広場は住人らしき人も多かったが、こちらは明らかに旅人と思われる様相の人が多い。建物だけでなく、露天まで出して商売している商人を相手に、旅人たちは思い思いに買い物をしている。
装備品がやはり多く並んでいるが、ハクのお目当てはそれではない。
「店主、塩はあるかい」
「どんくらいだ」
「これに入るくらい頼むよ」
調味料、それが一番の目的である。
旅の道中、エスノアはハクの料理を美味しいと言って食べてくれる。しかし、その味を作っているのはハクの腕前ではなく、調味料のおかげだ。
街に行けば容易に手に入るものとはいえ、旅の道中では貴重品となる塩を、毎回きちんと確保しておかなければいつかエスノアから文句が出るかもしれない。まあ、エスノアが文句を言うような子ではないと言うことは、ハクが一番知っているのだけど。
店主には追加で胡椒代わりになるものや砂糖と言った基本的な調味料を注文する。
この世界では調味料はそこまで貴重なものではないはずなのだが、料理の味に関してはまずまずだ。まずいというわけではなく、なんだか素材そのものを楽しむような味わいである。
元日本人のハクからすればそれでもあまり気にはしないのだけど、やはりちょっと味付けが素朴である。調味料が使えるなら、今後ともふんだんに使う所存である。
「こんなにいっぱい買って……あんた、料理人か?」
「そういうわけじゃないけどね。旅が長いんだ。普通の味にも飽きる」
「違いねえ。いっぱい買ってくれたから、ほら、これもつけといてやるよ」
そういって店主が取り出したのは瓶に入った液体。ドロッとしていて、まるでソースのようだ。
「それは?」
「これはスライムの体液さ。採取するのが難しいから一品物だよ」
ジェルのような質感で、瓶の向こう側まで透き通っている。
魔物は死ぬとそのまま消えてしまうが、モンスターはその限りではない。過去にハクとエスノアが入った洞窟にいたモンスターも死んだあと死体は火葬しなければいけなかった。
スライムの体液も同じく、死んだスライムから採取されたものだ。使い道は今のところない。
「一体何に使えば……」
「さあな。うちも貰ったもんだから」
「えぇ……」
それを不良品処分と言うのではとハクは声に出しそうになって堪えた。
無料でくれると言うので、ハクが損をすることはない。スライムの体液なので魔力が流れていることもあってハクは変化魔法の媒介にすることはできないが、もしかしたらエスノアであれば活用方法を知っているかもしれない。
ハクは商人からスライムの体液を受け取る。瓶を傾けてみると、思ったよりも水っぽい。日本のスライムのイメージがあるハクからすると、スライムよりも水生モンスターのもののように思える。
「まあ、貰っておくよ」
「はいよー、また来てくれ」
ハクは残念ながら目的地もない旅人なので、この世界でもう一度会えるかどうかは結構確率的に低いけれど、一応手を振り返しておいた。
そうして歩きながら、ついでに雑貨屋を見つけたので入っておく。
変化魔法はイメージ力がとても重要な魔法だ。雑貨屋のような色々なものがあればイメージもしやすくなる。ハクにとっては、雑貨屋も一つの博物館だ。
そんな雑貨屋に、興味深いものを見つけた。
「これは……アクアリウムだろうか」
手のひらサイズの瓶の中に植物が生えている。その時ハクの頭の中に浮かんだのがアクアリウムである。
だが、よくよく見てみるとその瓶は蓋はついているものの、水が入っているわけではないようだ。どちらかと言えば、小さい庭みたいなものだろうかと思いなおす。
「店主、これは?」
「それは簡易育成キットさ。ちょっとした魔法がかかっていて、その瓶に入る植物なら育てられる優れものだよ」
ハクが試しに魔力を流してみると、なるほど確かに変化魔法が効かなそうだ。
「なんでもいけるのか?」
「ああ、植物ならなんでも。ただその瓶の中で育つものに限るけどな」
そこでハクは思いつく。この瓶の中で調味料を育てられないだろうかと。
この世界ではまだハクは見ていないが、地球にはステビアやオリーブなど、そこまで大きくならなくても調味料として使うことができる植物が存在している。
ハクが見る限りこの瓶は一点物のようで、他の店で手に入るかもわからない。
「店主、これも」
「はいよ」
もしかしたら無駄遣いになるかもしれないが、しかし、旅費はそこまで深刻に考える必要はないのだ。最悪、エスノアが街にいる間にしれっと外に出て魔物でも狩ろう。
ハクはそうして色々と買い物をした足で、広場に向かう。その道中で、見知った顔を見つけた。
「む?バンカ!」
「ハクじゃない、どうしたの?」
何事もないように言うバンカ。何もなく声をかけたわけではなく、ハクは明確な理由がある。
「昨日の分の支払いを返してもらうよ」
「なんのことかしら」
「ほとんどを君が食べたにも関わらず私に払わせただろう」
ハクが問い詰めてもとぼけるバンカ。しかし、ハクの手持ちが減った一因は確実にバンカなのである。
自分が飲み食いしたのであればいいが、そうでもないならハクが払う必要はない。例え同伴したものだとしてもだ。
色々と言って、やっと諦めたバンカは手に持っているものをハクに見えた。
「そこまで言うなら、今からその値段に見合うショーを見せてあげるわ」
「……はぁ、じゃあ期待するよ」
バンカはこの街でもそれなりに人気のマジシャンらしく、つまらないということにはならないだろう。
ハクとてそこまで強く返金を求めているわけではないのだ。チャラにできる何かがあるのであれば、それが物でもなくても受け入れる器量はある。
「広場でやるからついてきて」
そうしてバンカと共に広場へと向かう。
ハクが買ったものについて色々話しているうちに広場へとたどり着いた。そこには、既に人だかりができている。
「あら、何かしら」
「ふむ、先に催し物をしている人がいるみたいだね」
ハクが近くにあった箱の上に乗って高いところから見てみると、そこには人だかりの中心には一人の女性が立っていた。
そして女性が持っている玉は薄い緑の光を放ち……
「っ!」
その瞬間、足元のバランスが崩れて、ハクが転落した。打ち付けた腰の痛みを、しかし今は助かったと思った。
「バンカ、この広場にショーの規定はあるか」
「好きな人がやってるわよ」
日本の路上パフォーマンスのような規定はないということ。それはつまり、何かを企んでいる人がいてえも自由にできるということ。
「あれはまずい。早く止めなければ」
ハクは焦燥に駆られる。
あの薄い緑の光を見た瞬間、一瞬ハクの意識は漂白されたのだ。何も考えられなくなり、そして意思がなくなった。故にこそバランスを崩して転落してしまったわけだが。
あれは明らかに何かしらの魔術だ。人だかりを見ると、もれなく人々は生気が抜け落ちてしまったような顔をしている。
ハクが指をさして、バンカも人だかりの異常さに気が付いたようだ。
「なによあれ……」
「警備隊とかは?」
「街の中の揉め事には基本関わらないわ」
「じゃあ私たちでどうにかしないといけないわけだ」
人混みの中から漏れてくる光を見るだけで、少し意識が漂白される気分だ。何も考えないというのは妙に気分がいいが、この感覚はハクが死んで変な空間で悟りを開いたときの感覚に似ている。
あれは、そのままにしておくとまずい。
人混みを見ているバンカの視線が若干怪しい。きっと漏れ出た光にやられたのだろう。
「これをつけろ」
落ちていた枝を拾い変化させる。それはサングラスであった。
魔術的なものをサングラスで防げるかは分からないが、一応サングラス自体に魔力が流れることになるので無意味ではないだろう。
ボーっとしているバンカに無理やり装着させ、自分にもつける。
「えっ、なにこれ」
「特殊な眼鏡だ」
説明もほどほどに、バンカを連れてハクは人混みに向かっていった。




