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狐、生きる  作者: nite
狐、挑む

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一宿一飯

 ハクたちは街の中を歩き回って、ちょうどいい値段の宿を見つけた。アルベンの宿屋ほどの安さはないけれど、最低限のサービスがついていて休息するには問題はない。

 余裕があるわけではないので、二人で一部屋を借りて、中に入った。


「ふぅ……なんだか、ベッドがあると落ち着きます」

「ずっと固い地面で寝てたからね」


 ハクの大きな尻尾を枕にしていたので、寝起きで頭が痛くなるということはなかったものの、野宿という環境もあって、ゆっくり休息するという雰囲気にはならなかった。

 こうして街の中の安全な宿で休息できるというのは、エスノアたちに限らず、冒険者たち全員の心の安らぎである。偏に、魔力鍵による十全な警護があるおかげでもある。


「これからどうしますか?まだお昼ですけど……」


 現在太陽は真上を少し通り過ぎた程度。赤くなるにはまだまだ時間があり、自由行動という選択を取るには十分な時間であった。

 旅している間はあまり食べないが、昼食を食べてもいい。この街にはどんな料理があるのか知りたいので、その下見がてら軽く食事をしてもいいかなとハクは思う。


「いったん地図でも見てみようか」


 ギルドで貰ったこの街の地図を開く。簡易的だが、重要な店や人気な店は名称と位置くらいは分かるようになっている。隣から覗き込んできたエスノアが未知の情報に目を輝かせている。

 自分たちが今いる宿の場所は分からないものの、中央の方に向かえば方向が分かるだろう。そんな中央のところには、大きな広場が存在していた。どうやら出店が多く並んでいる象徴的な広場らしい。


 出店というと普通に食事するよりも圧倒的に高価であるという認識があるハクだが、軽い食事をする分にはむしろ安上がりだったりするし、なにより楽だ。


「一度広場の方に行こうか」

「はいっ」


 元より荷物の少ないハクたちは要らないものだけおいて、広場の方へ向かう。

 この街はアルベンの街に比べると観光客っぽい人が多い。街に入る門の列の長さからすると、圧倒的にこちらの街の方が栄えている。その繁栄の中には、きっと観光業も含まれているのだろう。


 広場の中心には大きな像が立っていた。生憎とハクもエスノアも誰の像なのかは分からなかったが、大きな翼の生えたその姿はとても神々しいものを感じさせた。実際、像の足元で祈りを捧げている人もいる。

 そんな像を中心にして円形に広がったこの場所の外縁には、情報通りいくつかの出店が並んでいた。焼き鳥のようなものを始め、冷やした果物のようなものも並んでいる。


「ここで何か食べていきますか?」

「そうだね。そうしようか」


 元々のハクは一日三食の生活をしていた日本人だ。狐時代に狩りの厳しさと食料の少なさを痛感してからは、昼を食べなくても特に問題はなくなったが、やはりこの時間に鼻孔を擽る匂いがすれば、当然のように腹が減る。

 それに、街では昼食を食べる人も多いらしく、この時間でも屋台には人が並んでいるところもあった。


 ハクが狐だからか、どうしても思考は肉に偏ってしまう。屋台から香る、タレの塗られた肉が焼かれている匂いは、空腹の最高のスパイスとなっている。

 対してエスノアは、ちょっと甘いものが食べたいなと考えていた。旅の間は甘味なんて味わうことがないので、こういったところで食べたいなと思うのも、仕方のないことだ。


 二人は一瞬目を合わせたあと、そのままそれそれ食べたいものに向き直った。


「夜ご飯の頃には宿で合流しよう」

「そうですね」


 エスノアも、しっかりとした子だ。アルベンの街で不安定な部分を見せはしたものの、普通にしていれば十全に魔法も使える強い子だ。ハクが近くにいる必要はない。

 ハクはそう判断して、別れて行動することになった。エスノアにもお金は渡しているので問題ない。ハクは、自らの腹を満たすために行動を始めた。


………


 エスノアは、広場から少し離れた位置にあるベンチで、袋に入った飴を食べていた。この飴は勿論、出店が売られていたものを買ったやつだ。

 この世界で甘さを生み出しているのは砂糖と似た鉱物である。岩塩の砂糖バージョンと言えばわかりやすいだろうか。

 その鉱物は比較的どこでも取ることができるため、どの街でもそれなりに流通している。鉱山以外でも取れるが、採掘するのに特殊な道具が必要になるせいで旅の途中でその鉱物を採取してお菓子を作るのは難しい。


「魔法でどうにか……」


 エスノアの今の目標の一つは、その鉱物を魔法で採取できるようにすることだ。魔法は物理的な精密作業に向かない。魔力を制御するというプロセスを踏む関係で、細かな制御は難しいのである。


 この旅はエスノアにとって、妹と見れなかったものを見に行く旅だ。ただ、その中で自分のために、そしてハクのためになる魔法を開発することも、今のエスノアの目標となっていた。

 故に、もし道で魔法を使っている人がいると、その研究のために目を向けてしまうのだ。


「あれ、魔法使い……?」


 顔を上げたエスノアの視線の先に立っていたのは、広場の端っこで帽子を浮かしている女性。中には何も入っていないように見えるが、しかし、女性が呪文を唱えると帽子の中から鳥が現れて飛んで行った。

 魔法ではなく、典型的なマジックである。魔法が主流のこの世界では、何もないところから物を生み出すというのはそう難しいことではなく、帽子の中から大量の石が出てきても、ただの岩魔法であったりする。


 しかし、その女性のマジックに、エスノアは惹きつけられた。

 マジックの肝は所作だ。例えコインを消すだけの簡単なマジックだったとしても、見せ方によって十分人を楽しませることができる。魔法の技術発展の影響でマジックがそこまで有名ではないこの世界では、中々の人数を楽しませることができていた。


 エスノアは立ち上がり、女性を囲む輪に入る。その目は羨望と興味に溢れていた。


………


 ハクが十分にお腹を満たしたとき、広場の端っこに何やら片づけをしている女性がいることに気が付いた。タキシードのようなものを身に着けており、如何にもな服装である。

 そしてハクは気づいた。これは、日々使い続け、そして自分自身すら使っているハクだからこと気づけたことだ。


 彼女は、変化魔法を使っている。


 変化魔法は、その魔法の性質上物質の中に魔力を十全に流す必要がある。本人の魔力の流れのせいで気づきにくいが、変化魔法というのは意外と分かりやすいものなのだ。

 片づけている小道具のそのほとんどが変化魔法による産物なのが、今のハクには分かった。帽子も、杖も、服すらもすべてが変化魔法によって変化しているものだ。


 変化魔法をこのように使っている人はいないとエスノアに言われていたが、やはりハクのほかにもいたのだ。興味をそそられて、ハクは女性に近づく。


「失礼、ちょっといいかな」

「あら、ごめんなさいね。もう終わっちゃったのよ」


 女性が申し訳なさそうに言うが、ハクはあまり何をしていたかは興味がない。


「その小道具類、変化魔法で作ったやつだろう」

「っ!」


 ハクが指摘した瞬間、女性の顔が強張る。まるで目の前に爆弾を設置されたかのように、神妙で怖がるような顔をしている。

 ハクもまさかそんな顔をするとは思わなくて、安心させるために手元の食べ終わった焼き鳥の串に魔法を使う。


「安心してくれ、私も同類だ」


 そう言ってハクは一輪の造花を生み出した。焼き鳥串で変化させられるものは、質量の問題でこれくらいだ。

 ハクの変化魔法を見た女性は、大きく息を吐く。


「なんだ、びっくりさせないでちょうだい」

「まさかそこまで驚かれるとは」

「当たり前よ。あなたも気を付けた方がいいわよ。それ、危ないから」

「危ない?」


 女性から出た言葉に少々驚いてしまうハク。今のところ何もないけれど、もしかしてハクの知らない代償でもあるのだろうかと思っていたら……


「悪い人に利用されるわよ」

「ああ、そういうことか」


 変化魔法のこの使い方はこの世界では一般的ではない。だが、もしこの魔法で宝石を作ったり武器を作ったりできると知れば、それを金儲けに使おうとする人もいるだろう。

 もし術者に身を守る術がなければ、誘拐などもあり得る。この魔法が世界の物流を破壊してしまうこともあるのだ。


「ご忠告どうも」

「どういたしまして。こんなところもなんだし、何か話があるなら酒場にでも行きましょ」

「ふむ……」


 ハクはただ興味があって話しかけただけであり、特に話したいことがあるわけでもない。しかし、ここで誘いを断るのはなんとなくハクにはできそうになかった。

 昼間から酒を飲む習慣はないけれど、別に酒場だからと言って必ずしも酒を飲まなければいけないというわけでもないだろう。


「ではご一緒させてもらおうか」

「ええ、ついてきて」


 そうしてハクは女性についていくことにした。酒場の場所なんてハクは知らないからだ。

 そういえば、彼女の名前を聞きそびれたななんて思いつつ。



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