自らで考えるということ
白狐が、少しだけ魔法を覚えてきた頃のことだった。
原理は分からないが、なんとなく口から氷柱を飛ばすことができるようになり、その練習をしていたとき。森の奥から……
「キュウウウン!!グアア!」
今までに聞いたことのない声。たしか親は今餌を狩りに行っていたはず。
白狐は、周囲のいる兄弟と目を合わせ、みんなで声がした方へと走り出した。兄弟たちも少しだけ炎を吐けるようになっているので、きっと大丈夫……
一抹の不安を覚えながらも、急いで声がした方に走る。体が成長し、既に二メートルにもなろうとしている体では、森の中を走るのも一苦労だ。
白狐が先頭になって、開けた場所に出た。森の中でぽっかりと空いた空間は、まるでミステリーサークルのようにきれいな円形になっており、草木が一本も生えていない。見晴らしがよく、それはすぐに見つかった。
倒れ伏す母親と、その体を抉り血肉を掻き出している魔物の姿。
母親は見るからに絶命している。犯人は、間違いなくあの魔物。こちらに背を向けていて、まだ白狐たちが来たことには気が付いていないようだ。
「「「「キュアアアア!」」」」
白狐と同時に、兄弟の狐たちも共鳴し、魔法が発動する。あんなに強かった母親がやられた相手であり、その強さは計り知れない。しかし、ここで敵を討たなければ……理性を飛ばし、炎と氷が魔物の背中に突き刺さる。
渾身とも言えるその魔法攻撃は、今までで最も高い攻撃力を持っていた……だがしかし、その魔法は魔物の背中に弾かれる。何事もなかったかのような背中で、魔物は顔だけこちらを振り向いた。
「ギュア?」
白狐は、熊のような魔物だなと思った。大きな図体に、茶色の体。熊と違うのは、その顔に入っている稲妻のような痕と、本来耳のところに生えている、鋭い角。
狐と熊、強いのはどちらかと言われたら、ほぼ間違いなく全員が熊と答えるだろう。その答えは、間違いではない。
「グアアアア!!」
熊の咆哮。それだけで、狐たちは皆体が竦んで動けなくなる。
熊が立ち上がる。どうやら今まで座っていたらしい。立ち上がったときの巨体は、親狐が霞むほどに大きく、存在感を放っていた。
熊は体を低くし、角をこちらに向ける。あの角に刺されたら、一溜りもないだろう。
「キュウン!」
白狐が、避けろと声をあげる。しかし、咆哮によって劇的に動きに精彩を欠いた兄弟たちは、熊の攻撃の射線から逃れることができない。
白狐とて、物心がついてから一か月兄弟と過ごしてきている。助けたいのは山々だが……熊の魔物の攻撃を目の前にして、そこまでする余裕は白狐になかった。
「ガアアア!」
熊の突進。巨大な図体による足音は、さながらトラックのエンジン音のようだ。
白狐は、なんとかギリギリのところで回避する。そして、そんな白狐の背後から聞こえる、兄弟たちの凄惨たる悲鳴。
白狐の半ば無理をした跳躍により、白狐は茂みの中に入り込んだ。
熊は突進を終え、体を起こし周囲を見渡すが、白狐の姿が見つかることはなかった。動かなくなった兄弟たちを後目に、熊は親狐のところまで戻り食事を再開する。
今見つかったら、確実に殺される。その一心で、白狐は呼吸すらもやめてしまうほどに動きを止めていた。
そして数分後、熊は死体を引きずって森の奥へと消えていった。森の中で大きな獲物を手に入れることが少ないので、熊は巣に戻り保存してあとで食べるのである。
白狐は早くなる呼吸と共に茂みから出た。聞こえるのは、自分の呼吸の音だけ。
「キュン!」
白狐は、無造作に取り残されていた兄弟たちに近づき、声をかける。
返事はない。呼吸もなく、心臓が動いているような気配すらない。一撃による、命の簒奪。
この世界には魔法があるから、蘇生の魔法もあるかもしれない。しかし、白狐はそんな魔法を知らないし、その余裕もない。
できたのは、土を被せて、他の魔物の餌とならないようにすることだけだった。
そして、白狐は一人になった。