自由のない生活
次の日、またもや伐採の音で目を覚ました。目覚ましとしては効果的かもしれないが、目覚めは最悪である。
今日はハクと同じタイミングでエスノアもきちんと目を覚ましたらしい。寝ぼけ眼ながら、ハクに挨拶をする。
「おふぁようございあす……」
「おはよう、エスノア」
むにゃむにゃと立ち上がるエスノアを見つつ、ハクは思案する。
エルベスの話では、昨日この区画を出て森を抜ける予定だった。エルベスからそう言われたし、ハクたちもそのつもりであった。しかし、昨日エルベスはこの区画に訪れなかった。
まさかハクたちを見つけられなかったわけではないだろう。この区画は広いとはいえ、街と言えるような大きさではない。エスノアはともかく、ハクの大きな尻尾は目立つはずなので、エルフたちが見つけられないはずはない。
となれば、やはりエルベスは昨日この区画には来ず、ハクたちは見捨てられたと考えた方がいいだろう。
「エスノア、少し出かけてくるよ」
「あ、待ってください。私も行きます」
いそいそと髪を整え、ワンドを持ってエスノアが準備を整える。
エスノアを連れてハクが向かったのは、区画門。もしかしたら本当にエルベスと入違った可能性も考慮して、一応聞いてみることにしたのだ。
「すまないが、少し話を聞いていいか」
「……」
「ふむ……エルベスが昨日来なかったかい。私たちを護送する予定だったのだけど」
「……」
衛兵は、何も喋ろうとしない。聞こえていないはずないのに、目を合わせることも身動き一つすることもない。
ハクもこの態度には参ってしまって、衛兵に質問するのは諦めた。代わりに、この門の近くで生活しているらしいエルフに話を聞いてみることにした。
「すまないが、ちょっといいか」
「はい、どうしました?」
衛兵との対応の差に、少しばかり感動してしまうハク。やはり、人と接するときは丁寧に対応されるのが心地が良いというものだ。
「エルベスが昨日ここに来なかったか?」
「エルベス隊長?いえ、私は見てませんが」
「そうか、ありがとう」
エルベスは、本当に来ていなかった。一抹の希望すらも、無為に消えていくのを感じる。
この区画から勝手に出ることは許されていない。出ようものなら衛兵が止めてきて、押し出ようとすれば槍が飛んでくる。
ハクたちは今、この保護区と呼ばれる監獄に閉じ込められてしまったのだ。
「ここから出る方法ってありますか?」
「出る方法ねぇ、普通は滞在期間が決まってるからその時になれば外のエルフが来るはずだけど」
エスノアの質問もまた、希望を砕くような答えで返ってきた。外のエルフによる干渉以外で、この区画を出ることは叶わないらしい。
これは、ハクたちにとって死活問題である。なんせ、ハクたちはそこまでのガラを持っていないのだ。一応街で使い切らなかったので、ちょっとはまだ残っている。魔石も……もしかしたら買い取ってくれるかもしれない。
しかし、これ以上魔石を手に入れることができない以上、総財産が決まっているのだ。宿泊にお金を使わないとはいえ、毎日の食費で少しずつ減っていくことを考えれば、長居はそもそもできない。
「分かりました。ありがとうございます……」
エスノアも気落ちした様子で、話を終える。少し考えるためにも、ハクとエスノアは食堂へ。
「どうしましょうか」
「ふむ、問題はそこだ」
パンをモグモグしながら、エスノアが尋ねる。食べながら話すのは行儀が悪いが、今更行儀を咎めている場合ではない。
一番現実的なのは、エルベスを呼ぶことだ。あの何も聞くつもりがなさそうな衛兵に何とか頼みこんでエルベスを呼ぶことができれば、それで出ることができる。ただ、あの衛兵、本当に何も聞くつもりがなさそうだ。
あとは、脱出するという方法。狐姿となれば、この区画の壁くらいなら駆け上がれることを、ハクは理解している。そこから、狐の敏捷性を存分に使って森を走り抜けることができれば……エルフの追跡からは逃れることができるだろう。エルフは、森の外ではエイムがいい弓兵にしかならない。
一応選択肢にここで朽ち果てるというのがあるが、それを選ぶことはない。
「ひとまず、外部と連絡を取る方法を考えよう。衛兵でなくとも、エルフであれば外に出てエルベスに連絡ができるかもしれない」
それに、エルベスでなくとも、誰かしらハクたちを森の外まで連れて行ってくれたらそれでいいのだ。なんなら、この区画内にいるエルフに護衛代わりをしてもらえるのであれば、それでもいい。
ハクもエスノアも、ここで止まるつもりはない。目的地のない旅ではあるが、停滞を求めているわけではないのだ。
朝食を終え、ハクたちは区画内を歩き回ることにした。区画内にいるエルフも多いはずなので、誰かに助けを求めるのだ。
「ごめんなさい、私、森の外に行ったことなくて……」
「外出の許可が出てない人を連れ出すと私も罰せられちゃうから……」
「衛兵さんに頼んでください」
しかし、返ってきたのはこういったことばかり。同じエルフと言えど、この区画内に生活しているエルフはその行動を制限されているのだ。
それに、森の外に出たことがあるエルフというのは全体の一割程度しかいない。それを考えれば、ハクたちが外まで案内できるエルフに会うことができなかったのも納得できるものだろう。
そういうわけで、ハクとエスノアは若干途方に暮れてしまったのだった。
「どうしましょう」
「エルベスを呼んでもらおうとしたけど、それも断られるとは……」
というのも、エルベスというは隊長ということもあって忙しい。特に、昼間の時間帯は外を歩き回って哨戒任務に務めている。故に、同じエルフと言えどエルベスには中々会えないのである。
なら代わりの偉い人でも呼んでもらおうと思えば、それはそれで問題があるとのこと。というのも、エルベスがどういった名目と名義でハクたちのことを区画に入れたか分からないのである。そのため、許可証を発行することもできないのだ。
「まさか、ここにきて手詰まりか……」
ハクの尻尾が垂れさがる。
何が悪かったのかと言うと、一番最初、地図も持たずに森の中に入った二人が悪い。領域侵入は明確な違反行為なので、エルベスがハクたちを護送しこの区画に連れてきたのは悪くない。放置していることは悪いが、それも結局ハクたちが不用意なことをしなければよかっただけだ。
ハクが悔やんでいるのは、一番最初に夜でも大丈夫だと森を抜けるまで強要すべきだったかということだ。あの時、エルベスは夜で暗くて危ないからとこの区画に誘導した。しかし、既に森で数日過ごしたあとだったので、夜の森というのに慣れていた二人だ。
あの時強行して森を抜けてしまっても特に問題はなかっただろうと、今は考えている。ちゃんとしたところで寝れるならばと靡かれてしまった自分を恨めしく思うだけである。
「どうしますか?」
「ふむ……なに、やりようというのはあるものだよ」
ハクは高く聳え立っている壁を見る。やはり、あれくらいならば狐姿ならば超えられるだろう。
「エスノア、私に命を預けられるかい?」
「……ふふ、もちろんです!」
そもそも、束縛されるのがハクは嫌いなのだ。なんのために旅を始めたのだと思っているのだろうか。
今後エルフ国とは色々と不和を起こすことになるかもしれないが……ハクは厳密には獣人ではないし、どこに所属しているわけではない。ギルドは例外。
ハクは、ここらへんで一つ、本気を出すと決めた。




