エルフの生態・嫌悪
何かが倒れるような音で、ハクは目を覚ました。エスノアはハクほどではないが、身じろぎをしているので、目を覚ましたのだろう。
はて、一体何の音かとハクは部屋を出た。まさかこんな時に限って襲撃などがあるはずもないし……と思っていたら、保護区の近くの木々が倒れたのが、保護区の壁の向こう側に見えた。倒れた木は、すぐに壁に隠れてどうなっているのかは分からない。
致し方なく、ハクは保護区内にいるエルフに話を聞いてみることにした。まだ太陽が昇る前ではあるが、エルフはもう活動を開始しているらしい。
「失礼、ちょっといいかな」
「なんですか?」
今までのエルフとは違い、言葉遣いが丁寧な購買のエルフ。それに少し面食らいつつ、聞きたかったことを質問する。
慌てた様子はないので、少なくとも襲撃などのイレギュラーではないのだろうけど……
「この音は。こんな時間から伐採かい」
「そうですよ。この保護区は伐採地区の中で開けた場所に建設された場所ですから」
木を伐採したあと、植林などをしない限りは何もない空間が出来上がることとなる。そのため、他国との関係性を考えて、この保護区がその空間に作られたらしい。
こんな保護区では保てる関係性も保てないだろうとハクは思うが、エルフが決めたことなので口には出さない。どのみち、ハクが苦言を呈したところで何も変わるまい。
「他国の客人にも同じ音を?」
「そうなんです。私はやめた方がいいと言ってるんですけどねー」
ハクにとっては、この時間で起きることはそこまで苦労することではない。いつもよりも若干早いが、早起きをしたと思えばそう変わらない。
しかし、一般的には違う。特に、国を纏めるようなお役所仕事をしている人々はこの時間に起こされるのは不快極まりないはずだ。接待ができない状況と、接待が悪い状況、その二つに大きな違いはないはずなのだが、エルフの国は接待ができるようにしたあとのケアを何もしていない。
ハクが見渡すと、音によって起こされたであろう人々が建物から出てくるのが見えた。昨日は遅い時間だったのもあって誰とも出会わなかったが、ハクたち以外にもこの区画に寝泊まりしていた人はいるらしい。
彼らは一様に不機嫌そうだ。やはり、木を伐採するあの音で起こされるのは気分がいいものではない。
「外交問題になりそうなものだが……」
「実際、そのせいで絶交を宣言されたこともあるんですけど……その、エルフは人間に興味がないので」
目の前の女性は朗らかに話してくれるが、今のところハクが出会ったエルフは皆人間に対する対応が雑であった。人間に興味がないとなれば、たしかに雑な対応にも理由があるのだと分かる。納得はしないけれど。
ハクたちは密入国者的な立場なので、雑に扱われるのもまあよしとしよう。だが、一括管理されて皆平等に雑に扱われているというのは……
「いつか他国に攻められそうだ」
「そうなんですよ、ルフェ様が戻ってくれば違うんでしょうけど……」
「ルフェ様?」
ここでハクの知らない名前が出てきた。いや、そもそもエルフの国で名前を知っているのはエルベスしかいないけれど。
「ルフェ様は女王様の妹様なんです。人間に友好的で……この区画を建てようと提言したのもルフェ様なんです。ただ、建設が始まる前にルフェ様が留学に行ってしまって、残った人間排他派が区画をここに定めたんです」
どうやら、現在のエルフ国のトップは人間に興味がない人たちらしい。妹は人間に寄り添うような政策をしていたが、完了する前に留学へどこかに行ってしまい、政策の悉くは潰されたり雑に扱われたりしたようだ。
ハクからすれば、どちらが正解と言うこともない。自分とは違う種族を受け入れるのはそれなりに難しいことであると分かっているからだ。かといって、これを続ければ、エルフ国はそう遠くない未来に人間たちから反撃を食らうことになるだろう。
その懸念は、目の前の女性も思っていたようで、少し焦った様子で言う。
「このままじゃエルフ国続きませんよ」
「人間の国に囲まれているからね」
「嘆願書も出したことあるんですけど、残念ながら拒絶されてしまって」
目の前の女性が人間に友好的なタイプのエルフであることは分かる。周囲を見ると、この施設内にいるエルフは総じて客人に対して丁寧に接している。目の前の女性のように朗らかであり、苦にしている様子はない。
ハクは、なんとなくこのエルフ国の気味の悪さを覚えた。きっと、彼らのように人間に対して友好的なエルフはこうしてこのエリアに追いやられているのだろう。そして、人間の接待をさせられている。
それ以外のエルフは、エルフの都市とやらでエルフ中心の仕事をしているに違いない。
人間も似たようなことをするとはいえ、やはり同じ種族の中で思想で完全に隔離してしまうのは、愚かだなぁと思ってしまうハクであった。
「ハクさ~ん、どこ行ったんですか~?」
ふと、ちょっと遠くからエスノアの声が聞こえてきた。どうやら完全に目を覚まし、ハクを探しているようだ。
ハクは女性に別れを告げて、エスノアの元に向かう。
「おはよう、エスノア」
「おはようございます。この音は一体?」
「伐採しているらしい。迷惑な話だ」
エスノアも起きたことなので、ハクは食事をしようと行動を開始した。
この区画の中は刑務所のように完全に隔離されているものの、飲食店も存在している。きっと友好的なエルフがやっているのだろうなと思いつつ、エスノアを連れて食堂に入る。
食堂は、区画内で唯一の飲食店であり、朝早い時間ではあったが結構な人が集まっていた。
食堂に入ると、出入り口のすぐ傍に券売機らしきものがあった。前もって券を取って、それを渡して注文。支払いは後払いのようだ。
「ふむ、結構色々と種類があるな」
ハクのイメージではエルフといえば菜食主義なのだけど、普通に肉料理もラインナップされていた。
エスノアは野菜サラダとパン、ハクはファンタス鳥の煮込みを頼むことにした。よく分からないときはファンタス鳥、とハクは心に決めている。
係のエルフに食券を渡し、料理を受け取って座席に移動。なんだか、少し懐かしい気分になるシステムである。
座席に座ってすぐ、エスノアがハクに話しかける。
「エルベスさんが来るのっていつですかね」
「さあね。昼頃には来ると思うけど」
流石に放置することはないだろう……と思うしかあるまい。まさか自由に出られないこの保護区の中でずっと放置なんてそんな……
「まあ、待つしかありませんね」
そうして、二人は食事を始めた。
そして昼、食事をして、まだ来ないかと待ちながら……夜、食事をして、もう昨日よりも遅い時間だと項垂れる。
ハクも予想していなかった。まさか本当に放置されているなんて。さて、どうしたものか。




