エルフの保護区
検査ののち、ハクたちは本当に迷子であると判断された。決め手は、まだ登録して間もないギルドカードと、だというのに持っていない地図である。
エスノアのギルドカードは登録してから時間が経っていたものの、その活動実績の少なさから初心者であると判断されたらしい。
「この森に入るならば地図を用意しておくことをオススメする。班によっては攻撃をしてしまうからな」
「肝に銘じておくよ」
エルフたちに連れられ、ハクたちは森の中を歩いていた。所謂、護衛である。
エルベスを含めた三人が護衛として残ったほかには、エルフたちはいなくなっていた。どうやら哨戒任務へと戻ったらしい。
エルフの領域は他国とも相互に理解し合って決められている、きちんとした国らしい。そのため、無断に国境を跨ぐと無断入国となってしまうらしい。エルフの法律によると、密入国は十万イガラの罰金である。
法律を知らなかったでは通じない世界ではあるものの、迷子に無暗に罰金を科すほど狭量ではないとのこと。十万イガラなんてハクもエスニアも払えないので、助かった。
「そもそも、地図もないのになぜこの森に入った」
「私たちは目的地もなく旅をしてるんだ。地図がなくても大丈夫かと思ったのだけど……」
ハクの想定では、長くとも二日ほどで森を抜けることができると思っていた。実際、同じ方向に歩き続ければ抜けられるほどの大きさの森だからである。
しかし、森の中はハクたちの想定していたよりも方向感覚を失うようになっていた。森の中で生活していたハクですら迷子になってしまうので、よっぽどである。
「しかし、地図を持っていても一度遭難してしまえば迷子になってしまうのでは?」
「地図にはこの森で迷子になったときの対処法なども書いてある。それに従うように行動していれば、私たちだって攻撃しないさ」
ふむ、その割に食事中に襲ってきたなとハクは思う。迷子になったとて、まさか対処法に食事を摂らないなんてことは書いて無かろうに、なぜ食事中に襲われたのか。
襲われたと言っても、ただ警告と警戒のために出てきただけだが。実は、ハクとエスノアが気が付くより前から、しばらくエルフたちはハクたちを見ていたことを、二人は知らない。
ハクはずっと尻尾を掴んでいる仲間に目を向ける。
「エスノア、大丈夫かい」
「は、はい。もう落ち着きました。ありがとうございます」
しばらくエルフたちとハクの殺気にやられて震えていたエスノアだったけれど、ハクが尻尾で何度かモフモフしたら正気に戻った。街で泣いたときも尻尾で落ち着かせたので、ハクは自分の尻尾がエスノアに特攻であることを理解している。
とはいえ、エスノアも完全に落ち着いたわけではなく未だにドキドキしているので、ハクの尻尾を掴んで落ち着かせているところだ。エスノアも、自分が尻尾に弱いことを理解している。
そんなエスノアがエルフたちを見る。
エルフの魔力は人によって違い、多い人もいれば少ない人もいる。隊長とされたエルベスは、一般的とされる程度の魔力しかない。
だが、エスノアには知識がある。エルフの強さは、森の中での機敏性であると。
エルフは毎日のように森の中を歩き、些細な変化も見逃さないように目を光らせている。そのため、森の土地勘がずば抜けており、ただの弓であろうとも、まるでスナイパーライフルのように正確な射撃を行う。ただし、森から抜けると平均よりも精度がいい程度の弓にしかならない。
エスノアは、森の中でエルフと敵対することが悪手であると知っていた。だからこそ、エルフに殺気を向けられたときにあそこまで震えたのである。
「ふむ、暗くなってしまうな」
「私たちも夕食を食べ終わったところだったからね」
空を見れば、木々の隙間から見える空模様が、月の訪れを示していた。
流石のエルフも、夜の森の中を歩くのは危険らしい。それに、森の外まではまだそれなりに距離がある。
エルベスは幾分か悩んだあと、進路を変更した。
「お前たちを保護区へと連れていく」
「保護区?」
「来賓向けの場所だ。そこで一晩を過ごしたのちに森を出てもらう」
保護区とは言うが、その実態は隔離エリアだ。
エルフの国が、他国からも国として認識されている以上、国交をする必要がある。その時、エルフの森に他国の者を招く必要もあるのだ。その時に使われるのが、エルフの保護区と呼ばれるエリアである。
このエリアはエルフの都市からそれなりに離れた位置に存在しており、エルフによる管理のもと、エリア外に出られないように徹底されている。エリア内に購買できる店や娯楽は用意されているものの、このエリアで生活した者は口をそろえてこう言う。
まるで、刑務所にいる気分だったと。
「見ろ。あれが保護区だ」
高い木の壁に囲まれた場所が、ハクの目にも映る。
材質が木であること以外は、先日までいた街とそこまで雰囲気が変わらない。だが、衛兵と思われる者の威圧感が凄まじい。少なくとも、衛兵に自ら進んで話しかけようという気分にはなるまい。
護衛についていたエルフは皆弓を装備していたが、保護区の衛兵は槍と盾を装備していた。森の中を駆けるならば弓の方が機動力が確保できるが、やはり武器としては槍の方が強いということだろう。
もしここで戦いを起こしたら盾を持った槍兵に囲まれ、遠くから弓で攻撃される……たとえ魔法が十全に使えようとも、制圧されてしまうのは間違いない。
客人を招くとは思えないような立地と、物々しい衛兵たちの様子は、本格的に刑務所のような雰囲気を醸し出していた。
「中に入れ。部屋は同室、カレハの部屋を使え」
まるで囚人のように中に促され、保護区へと入る。同時に、衛兵から鍵を貰って、あとは放置。
こうして保護区の中に入ったハクたちではあったが、やっとあの殺気だっているエルフたちの護衛がいなくなったから、エスノアは大きく息を吐きだした。
「はぁ……怖かったですね」
「なんとも、雑な対応であったね」
エルフたちの領域に入ってしまったのはハクたちなので、そこで文句を言うことはできないだろう。しかし、ここは他国の客人も招き入れる場所のはずなのだ。もしかして、他の人もあそこまでぞんざいに扱われているのだろうかと邪推してしまう。
「カレハの部屋ですね」
「まあ、部屋で寝れるだけでもありがたく思うとしよう」
しばらくずっとキャンプ式で寝ていたので、それを思えば雑とはいえ部屋で眠れるのは行幸である。
二人で探し回り、やっと見つけたカレハの部屋は、二人で眠るには随分と狭い場所であった。どうやら、ここはあまり普段から使われていないらしい。
「ははは……」
「ふむ、だがまあ、それでもマシだと思おう」
触ってみた感じ壁も天井も頑丈に作られており、そう簡単に崩壊するような作りにはなってない。ちょっと部屋の中を掃除する必要はあるかもしれないが、建物としては十分な頑丈さがあった。
「なに、明日には出れるんだ。食事もしたし、さっさと寝よう」
「そう、ですね……」
軽く魔法で部屋の中を綺麗にしたのち、部屋に置かれていたマットを床に敷いて、その上で寝転がる。二人で眠るには若干狭かったが、体を寄せ合うことで解決した。
ハクは、人の体と狐の体はどちらの方がコンパクトなのか考えたが、狐姿はあれでも数メートルあったので、人の方がいいと結論付けて、大きな尻尾を消して眠りについた。
エスノアは獣人の尻尾が自在に消せるものではないと知っているが、眠気とハクに密着するという状況だったので深く考えずに眠りについた。
そうして、朝。
二人は大きな音で目を覚ますのであった。




