森の道、殺気
ハクとエスノアの二人は現在、森の中を彷徨っていた。端的に言えば、迷子である。
地図もなく、目的地も決めずに歩いていればいつかこうなると、ハクは理解をしていた。ただ、それは自分一人であれば彷徨ってもどうにかなるという自信だからであり、エスノアという同行者がいるときに彷徨うことになるのは考慮していなかったのである。
「そういえばハクさん、この森をご存じですか?」
「何かあるのか?」
「名前がついているというわけではないみたいなんですが、どうやらこの森にはエルフが住んでいるらしいです」
それを聞いて、ハクは耳が長い弓を使う種族を思い出した。ゲームなどの創作物に出てくる、森の中で動物と共に生きる種族のことだ。
そういえば、街でエルフと出会わなかったことを思いだす。もしかして、この世界のエルフは森の中から出てこないような生活をしているのかもしれないと推測するハク。
「もしかしたらエルフに助けてもらえるかもねぇ……」
「だったらいいですね……」
それっきり会話が止まる。
既にこの森に入ってから数日が経過している。森という環境のおかげで食料に関してはあまり困らないものの、洞窟などがないので、基本的に開けているところに野宿である。
今のところ雨には降られていないものの、早いところ森を抜けたいのがハクの本音であった。ある意味、ハクにとって初めての急ぐ理由である。
この森は、ハクとエスノアが出会った街と、最寄りの街の間に広がっている広大な森だ。近隣のギルドは、基本的にこの森の中の治安確保および護衛の依頼を出している。そのため、冒険者であればある程度この森に詳しい。
しかし、エスノアもハクも地図を持っておらず依頼も受けていない。地理情報が何一つもないなかで、ひたすらに歩き続けている二人の姿は、非常にみすぼらしいものであった。
「はぁ、今日はここらへんにしておこうか」
「そうですね」
エスノアが魔法で簡易的な茂みを作る。雨風を凌げるようなものではなく、ただ拠点であるということが分かる程度のものだ。
がちゃがちゃと準備をしているとき、ハクはふと、そういえばあの子の視線を感じないなと思った。
いつもエスノアのことを見守っているあの子である。どういう原理か知らないが、未だについてきているらしい。
そんなあの子の視線を、昨日くらいから感じなくなっていたのである。こんなところで成仏してしまったとは思えないので、もしかしたら出口でも探しに行ったのかもしれない。今のあの子は、魔物にもモンスターにも襲われない存在である。
「どうしたんですか?」
「いや、もしかしたらもう少しで森を抜けられるかもしれないと思ってね」
戻ってきたあの子がどうやってハクたちに伝えるのかは不明ではあるが……あの子が戻ってきたら森から出られるだろうと、ハクは信じていた。
何も知らないエスノアは首をかしげるばかり。ハクには知覚できるのに、実の姉が知覚できていないのは非常に残念なことはではあるが、ハクからしてもよく分からないし説明する気にはなれなかった。
そうして料理をし、二人で倒れた木に座って食事。今日も今日とて動物の肉を使ったスープである。
「ふぅ、これを飲むと落ち着きます」
「それはよかったよ」
連日このスープを飲んでいるが、エスノアは文句も言わず飲んでいる。なんなら、最近はエスノアにとって味噌汁のような存在になっているようだ。
温かい飲み物というだけで心が落ち着くのをハクも感じているので、旅の中でも食事は重要であると再認識している。
談笑しながらスープをあらかた飲んでしまったとき、草を擦る音をハクの耳が捉えた。風で擦れるときの音ではなく、何者かが通ったときに聞こえる音である。
集中すると、足音も聞こえてきた。ハクの狐の耳は、野生の生活をしている間にとても極まっているのである。
「エスノア、杖を持っておいてくれ」
「は、はいっ!」
エスノアがワンドを持って構える。
相手が魔物なのか動物なのかモンスターなのかは分からない。この世界の生き物はどれも焚火程度は恐れないので、近づいてきているからといって判断はできない。
ハクは殺気を飛ばす。その瞬間、隣に座っているエスノアの体がビクッとした。
どうやらハクが殺気を出しても近づいてくるらしい。これで動物という線は消えた。二人を狙う魔物か、モンスターか、それとも盗賊でもいるのか……
しばらく睨み合いのような時間が続き、エスノアの顔が強張り始めた頃、ハクが後ろを向いて声を張り上げる。
「知性あるなら出てこい!反応がなければ攻撃する!」
叫んでいるわけではなかったが、その声には殺気が十分に含まれており、言葉を向けられたわけでもないのに、その声を聞いたエスノアはヒャッと小さな声を出して頭を抱えた。
そうして目の前の茂みがガサガサしたかと思うと、耳の長い黄色い髪の、この世界のエルフを知らないハクからしてもエルフだとはっきりわかるような見た目の人物が現れた。その手には弓が握られているが、降伏を示すように両手を挙げている。
「攻撃はしないでくれ。困る」
「私も無暗に攻撃するつもりはないよ。ただ、静かに近寄ってきていた理由は問いただすけどね」
ハクがエルフを睨んだそのとき、ハクの耳が更なる音を捉えた。今度は、頭上。
ハクがすぐさま見上げると、木の枝の上に、弓を構えた他のエルフがこちらのことを狙っていた。いつの間に来たのか、既に三人ほどが枝の上でスタンバイしているのが見える。
手を挙げて出てきたのは囮だったかと考えつつ、ハクは殺気を強める。
「そちらは攻撃するつもりじゃないか」
「我々の領域に入られて、神経質にならない者はいない」
敵意は感じないが、殺気は感じる。
どうやら、ハクとエスノアはいつの間にかエルフの領域に入っていたらしい。それと同時に、この森すべてがエルフの領域ではないことを理解する。
「とはいえ、いきなり弓を番えるのは失礼であったな。全員!弓を下げよ!」
唯一地面に降りているエルフが声を張り上げると、木の上にいたエルフたちは一斉に弓を下げた。どうやら、非常に統率が取れている集団であり、かつ目の前のエルフが指揮官であるということをハクは理解する。
エスノアはずっと殺気で震えている。色んな方向から殺気を浴び過ぎて参ってしまったらしい。
「ふぅ……」
周囲からの殺気が薄くなり、ハクは大きく息を吐く。ハクとてこんなに殺気に晒されたのは久しぶりなのだ。
森の中で生活しているときに、魔物の群れに囲まれたことがあって、あの時は親狐に守ってもらった。ハクは親に対してとても安心感を覚えたので、ハクもエスノアに安心感を与えられるように立ち回ったのだ。
「私はハク、こっちはエスノア」
「こちら偵察班隊長エルベスだ」
ハクの目の前に立っている女性がこの集団の隊長であり、領域に侵入してきたハクたちを偵察しに来た者たちであるということを教えてもらった。
「貴様ら、何用だ」
「何用もなにも、ただの迷子だよ。お恥ずかしいことにね」
必要なら手荷物検査もしてくれと、敵意はないことを態度で表す。
ここがエルフの領域であるならば、ここでエルフと敵対してしまうと一瞬で囲まれてしまう可能性がある。エルフと敵対する理由はないし、敵対したら即殲滅されてしまうことを理解しているので、ハクとしてはエルフと友好的でいたいのだ。
尚、エスノアはまだ震えている。
「ふむ、ひとまず検査させてもらおう」
そうして更に森の奥から出てきた二人のエルフによって、ハクたちの手荷物は検査されることになった。
ハクは、どうしてこうなったと、ため息をついた。




