魔法の常識
槍を鬼の脳天に放置したまま、ハクがため息をつく。
「ふぅ、いやはや殴られなくてよかったよ」
鬼の上から飛び降りるハク。巨大な体躯なので、高さが三メートルほどあったが、それでも華麗に地面に降りれたのを見ると、ハクも随分と異世界に染まっている。
「サポートナイスだ」
「いえいえ」
「それで、この死体どうする?」
魔物は体が魔力でできているので、絶命してしまえば魔力が霧散して体が消滅する。しかし、そうでなければ普通の肉体なので、絶命したあとも体が残る。
これが牛とか豚であれば剝ぎ取って食料にすることもできるだろうけど、流石のハクも鬼を食べる気にはなれなかった。
「私が焼きましょうか」
「そんなに火力が?」
「生きていないのであればできますよ」
変化魔法で騒いでいたエスノアだけども、例えば人間の死体は最低でも八百度を超える温度で焼く。もう動かない対象だけだとしても、その火力を出せるのは凄まじい。
「いやいや、それよりも鬼の魔力の秘密を……いや、それよりもハクさんの変化魔法を!」
エスノアの興味の対象が多方向に散っていて、少々混乱している様子。エスノアは一度気になったらそれが解決されるまでずっと考えてしまう性なので、致し方あるまい。
ひとまず、さくっとハクが説明した。
「私の変化魔法はそういうものなんだ。これで満足かい?」
「全然!」
不満を見せつけるように頬を膨らませるエスノア。当たり前である。
とはいえ、ハクもこれ以上どう説明すればいいのか分からないようだった。ハクにとっては変化魔法は最初からこういうものだったし、自分の体だって魔法で構築されているものだ。そのため、普通と違うと言われても魔法理論を語れるわけではない。
そもそもこの変化魔法はプイに教えられてできるようになった術だ。今思えば、適正でなくともある程度の魔法をハクが使えるようになったのもプイのおかげだ。
もしかしてプイがすべての原因ではとハクは思ったけれど、それをエスノアに説明したところでどうしようもないので、ここは一旦そういうものという説明でごり押した。
エスノアはまだ不満そうだったけれど、ハクの困っている表情を見て、何を思ったか少し微笑んだあとに、まあいいですと顔を鬼の方に向きなおした。
「じゃあ次はこの鬼から感じる魔力です。解体でもしますか」
「えぇ……?」
「あれ、ハクさんは血生臭いのとか苦手ですか?」
「そういうわけではないが」
単に、エスノアが解体なんてのをさらっと言ったから引いているだけである。
エスノアの最初のイメージは優等生といういった感じで、実際魔法の腕を見ても優等生なのは間違いない。そんな彼女から血生臭いことが出てきたことに驚いたのである。むしろ、エスノアの方が苦手なように見えるが、人は見かけによらないものだ。
「魔力が体の中から感じるんですよね。この生物に魔力を生み出す器官は備わっていないはずなので、腹を裂いて見てみます」
「エスノアは、その、大丈夫なのかい?」
「こんなので忌避していたら、冒険も研究もできませんよ!」
力強くそう宣言するエスノア。それはそうだとハクも思うけれど、やはりこんな可憐な女性が鬼を解体しているのは想像できない。
「ハクさん、解体に使えそうなのはあります?」
「ふむ」
石を拾い、刃が長めのナイフに変化させる。医者が執刀に使うあれを想像した。
変化魔法をもう一度目の当たりにして、エスノアの疑問が再熱する。
「やっぱりおかしいですよ。全く別のものにするなんて」
「変化元の質量以上のものにはできないけどね」
「全然おかしいです」
ハクからナイフを貰い、エスノアは力いっぱい鬼の腹に突きさした。そのまま体を真っ二つにするようにナイフを足の方にかけて滑らせていく。
鬼の体から血が飛び散るが、エスノアは気にする様子はない。それを見て、若干の恐怖を覚えるハクであった。
十分ほど体を裂いて色々見ていたエスノアだが、ふいに何かを手に掴み引っ張りだす。
「これは……」
エスノアの手の中にあったのは、こぶし大のロケットペンダントであった。宇宙に飛んでいくやつではなく、アクセサリーのことだ。
エスノアが見ると、やはりこのペンダントから魔力が発せられている。それに、その魔力は途切れる様子がなく、鬼が死んだあともずっと魔力を出している。
「一応魔道具っぽいですね」
「ふむ。どういうやつかな」
「ただ魔力を出すだけなんですが……しかし、これすごいですよ。もしかしたら永久機関も」
エスノアの呟きで、ハクも魔道具がすごいものであることを認識する。なんせ、永久機関なんてのは人類の命題のうちの一つであり、科学技術が発展している地球ですら、ハクが死ぬそのときまでついぞ実現しなかったことだからだ。
たしか熱力学の云々だったとハクは覚えているが、魔力のようなわけわからないものが多いこの世界では物理学も変わるので、永久機関も生まれるのだろうと考えている。実際のところ、異世界であっても永久機関はそう簡単に生まれない。
「ともかく、まだ無事そうなので、こちらは持っていきましょう。この魔力を運用できるようになれば、私も魔力切れを起こさないですし」
「できるようにって、今はできないのかな」
「こういったところから放出される魔力は、自分で扱えるような魔力とは違うんです。あくまで、魔力と呼ばれるものを放出してるだけのものですね」
簡単に言えば、産地の違う水のようなものだ。どれも水であることには変わらないが、阿蘇の天然水と呼ばれるものは阿蘇から採れた水だけであり、他のところから採れた水は阿蘇の天然水とはならない。
魔力も同じで、ハクから出ている魔力とエスノアから出ている魔力は、どちらも同じ魔力という括りではあるのだが、違うものである。魔道具から放出されている魔力は、そう簡単に操れないのだ。
「であれば他の人たちはどうやって魔道具を?」
「そもそも魔道具って、魔力を含んでいる高度な道具のことであり、こうやってただ魔力を放出しているだけというのは変なんです。普通は何か機能があるんですけど……」
ペンダントを色んな方向から見て、中身とかも見ようとして、そして最終的に諦めた。壊せばもしかしたら中身が見れるかもしれないけれど、それをしたときこの魔道具がゴミとなってしまう可能性が高いので、エスノアはたとえ好奇心のためとはいえ壊すという選択は取れなかった。
そうしてこの洞窟にて、エスノアはただ謎を増やしただけで終わった。どちらも今すぐ解決しなければいけないものではないとはいえ、やはり謎として残ってしまうとエスノアとしては気になってしまう。
「次に行く街に研究機関とかあればいいんですけどね」
次の行く街がどういうところなのか二人とも知らない。そもそも次の街までどれくらいかも知らない。そういう施設があるかどうかは運頼みだった。
エスノアはロケットをポケットにしまい、ハクに離れていてと伝えて、鬼の死体を業火で燃やした。熱を周囲に撒き散らさないように意識しても漏れ出てくる熱量に汗をかき、最終的に火の跡に残ったのは炭だけであった。
ハクは、静かに黙祷をした。
そうして二人は洞窟の外に向かって歩き出した。あのモンスター以外何もいなかったこの洞窟が、どういう洞窟だったのか、エスノアが考察する。
「普通の洞窟は最後にあんな広い空間が生まれることはありえません」
「そうだろうね。私もあまり洞窟の経験というのはないけれど、あの広くほのかに明るい空間は不自然だ」
「なので、多分ここは何かのために人工的に掘られたのでしょう」
壁を見ても、人工的に掘られたようには見えない。支えも光源もないので、誰かがここにいたとは考えられない。
しかし、あの空間だけが謎なのである。あの空間は、何かしら人工的に掘られた可能性が高い。尚、二人は知らないことだが、この山は火山ではなく地中湖も存在しないので、あの空間が自然できる要因は存在しない。
「そして、このロケットがそれに関連してると思うんですが……」
「まあ、考えてもどうしようもないね」
結局、ここまでしか考察はできない。誰が、何のためにと言った情報を何一つとして二人は手に入れていないのである。
少なくとも何か厄介事に巻き込まれたとか、そういったことはなさそうなのでハクは安堵した。モンスターや魔物と戦うだけであれば、ハクとしても安心できる。
「さて、じゃあ旅を再開しようか」
そうして洞窟の出口までたどり着いたとき、二人は足を止めた。
実際、歩いているときに妙な音が聞こえて嫌な予感はしていたのだ。その目で見るまでは信じたくはなかったが、こうして目の当たりにするなら受け入れなくてはならない。
「その前に、雨宿りだね」
「ですね」
土砂降りとなった外の光景に、ハクは思わず天を仰いだ。




