魔物とモンスター
「おはよう、エスノア」
「おはようございますふわあー」
欠伸と共に起きるエスノアを眺める。動物的生活により、日が昇るよりも先に目が覚めるハクは、エスノアよりも圧倒的に早く起きて、朝ごはんの準備をしていた。
エスノアが寝ている間に、洞窟を出て近くの動物を狩ったのだ。親狐に教わった食べられる菜っ葉を添えて、肉スープを作ったのである。朝からお肉のスープは胃に優しくないが、この世界では結構ありきたりな献立である。
エスノアがぐっすりだったことを見るに、夜中の間に何かが結界に近づいた気配はないらしい。寝ぼけ眼を擦りながら、配膳されたスープをエスノアが飲む。
ふと、一緒にいるらしいあの子は結界に反応するのだろうかとハクは思った。幻なのか幽霊なのかは分からないし、あれ以降姿を見てはいないけれど、ちょくちょくいるような気配を感じるので、周囲にいるとは思うのだけど……
「ふぅ……落ち着きますね」
「それはどうも」
エスノアの一言で、現実に戻ってくる。考えたって益のないことなので、これ以上考えるのをやめた。
そうして朝を迎え、頭がしっかりと動くようになってから、二人は行動を開始した。
エスノアは完全な魔法使い。ハクも魔法が主体ではあるが、変化による近接武器が使える。故に、洞窟探索はハクを先頭にして進めることにした。
奥に進み、周囲が暗くなったところで、エスノアが魔法を唱えた。
「輝け」
そうして生み出されたのは光の玉。ふわふわと浮かんでおり、半径五メートルほどの範囲を照らしている。
「これはいいな」
「ハクさんは今までどうやって洞窟を?」
「目はいいんだ。暗くてもある程度動ける」
とはいえ、明るい方が動きやすいのは事実だ。やはり細かいところを見逃すことはあるし、暗いというだけで心理的に大きく動きにくい。
このように明るくなれば、何かと敵対することになってもいつも通り対応できるはずだと、ハクは少し緊張を緩めた。
「魔力はもっと奥かな」
「はい。それにしても、本当に魔力見えないんですね」
エスノアの目には、ハクの体の中にある膨大な魔力が見えている。エスノアは、こんなに魔力があるなれば、魔法使いともあれば自然に魔力が見えるようになっているはずだと思っているが、ハクはそんな素振りが見えない。
一体どういうことなのだろうと、エスノアは日々不思議に思っている。
二人が雑談をしつつ、足元に気をつけながら奥へと進むと、ふと、明るい場所に出た。どうやら、壁一面にびっしりと繁茂しているコケが僅かながら発光しているらしい。
「ここは……あの魔物の住処かな」
「みたいですね。ただ、あれは魔物ではなくモンスターですね。魔石を持っていない化け物をモンスターと呼ぶらしいですよ」
部屋の中心で、コケのベッドの上にて眠っている何か。頭に角が二本生えていて、体が赤くなっているので、ハクは鬼みたいだと思った。
この世界の種族区分では、動物とモンスターの区別は友好的になりうるか否かだ。家畜として飼うことができる生き物を動物と呼び、飼えない生き物をモンスターと呼ぶ。
そういう意味では、日本の森の中にいる野生の熊はモンスターと呼ばれるし、日々人間の血を吸っている蚊などもモンスターになる。この世界、結構モンスターと呼ぶ生き物の範囲が広いのである。
「どうします?図鑑を読んだので、あれがモンスターなのは知ってるんですけど……」
「戦うメリットは?」
「ないです。魔石は出ませんし、いたずらに命を減らすだけですね。あれが近隣の生態を破壊しているのであれば考えてもいいんですけど、どのみちそういうのは冒険者が依頼で討伐します」
部屋をぐるりと見渡し、ここが最奥であるということを認識する。それと同時に湧く疑問。
「ふむ、なら魔力の出所はどこだろうね」
「あれ、そういえばそうですね。うーん……」
エスノアが部屋全体を注視する。魔力の流れをじっくりと観察するためだ。
しばし部屋を見て、エスノアは結論を出した。
「魔力の出所はこの部屋。供給源はあのモンスターといったところですね」
「モンスターは魔力を持たないのでは?」
「どの生物も僅かに魔力を持ちます。ただそれでも、供給源になるほどの魔力はないはずなんですが……あのモンスターからは魔物と同等以上の魔力が発せられていますね」
ハクは鬼のようなモンスターを見る。やはり魔力の流れというものは見えないが、こんなところで一人で寝ているということは何か特別な理由があるのではないかという気分になる。
エスノアがハクの腕を引っ張った。釣られてハクはエスノアに目線を戻す。
「倒しましょう、あれ」
「メリットがないんじゃないのかい」
「この疑問を解決できるじゃないですか。メリットありますよ」
好戦的になっているエスノアを見て、少々不安に思うハク。
エスノアはただ魔力の謎を解きたいだけで戦わないで済むならそれでいいと思っているものの、ハクからするとエスノアが戦いたがっているように見える。
ハクが密かにエスノアをもっと落ち着いた子に育てようと思っていることを、エスノアは知らない。
「私が仕掛けますね」
「……はぁ、分かったよ」
謎が残ったままここを去るのは、ハクとしてもモヤモヤが残るのでそれはいいのだけど、戦うこと自体そこまで好きじゃないので、ため息をつきながら了承する。
森時代に生き残るための狩りと戦闘を重ねたので忌避感はないけれど、やはり日本人的感性があるので戦うという行為自体慣れたものではないのだ。早いところ慣れないと大変だと、ハクも思っている。
遠距離攻撃により先制を取ろうと思ったエスノアが、ふと詠唱を止めた。
「そういえばハクさんが戦ってるところを見てないですね。魔法使い、ですよね」
「魔法も使うけど、君ほどじゃないよ。それに、エスノアが後衛をするなら、私は前衛をするしかないだろう?」
どちらも後衛魔法使いなんて編成は、戦いを嘗めているとしか思えない。この世界の詠唱は創作でよく見るものに比べて短いのはありがたいことだが、それでも詠唱が必要なのだ。近づかれたら蹂躙されてしまうのは変わらない。
ハクはいつも通り近くに落ちていた石を拾い上げ、変化させる。ずっと剣を使っていたけれど、剣よりも槍の方が使いやすいのではないかと、今回は槍へ変化。
そうしてハクの手元に槍が出現したのを見て、エスノアが声を荒げる。
「はっ!?え、どうやったんですか!?」
「ん?普通に変化を使っただけだよ」
「変化魔法はそんな万能じゃないですよ!そんなことができたら皆大金持ちになっちゃいます!」
そんな風にエスノアが騒ぎ立てるものだから、コケのベッドで寝ていた鬼の肩が揺れる。
瞼を開き、ゆっくりと体を起こし立ち上がる。周囲を見渡したのち、空間の入口にいるハクとエスノアの姿を発見。
一拍
「グアアアアア!!」
「エスノアが騒ぐから起きてしまったじゃないか」
「ええ?!私が悪いんですかこれ」
そんなことを言っている間に、鬼はハクたちの元へ走っていく。武器は何も持っていないようだけど、そのごつごつした腕に殴られれば致命傷になってしまうことは簡単に予想できた。
「ひとまずやるよ」
普段はのんびりしているから見せない、狐の俊敏。エスノアを置き去りに、走っている鬼へと肉薄し、刺突。
石と同じだけの耐久性しかない槍ではあるが、しっかりと鬼の体に槍がぶっささる。それと同時に槍の長い柄が折れてしまう。どうやら刺さるところまでは行けたが、それ以上の衝撃には耐えられなかったらしい。
槍が折れた瞬間、槍は割れた石に戻ってしまった。変化させたものが壊れたら戻るのか、なんてことを思いながらハクは鬼の突進を回避し、鬼の背中側へと回り込む。
「んー……『瞬け、閃光!』」
ここでエスノアの魔法が発動。エスノアの頭上に光の玉が出現し、それは太陽と同等以上の光を一瞬放出した。閃光弾である。
エスノアの方を向いていた鬼はその一瞬で網膜を焼かれ、その場に仰向けですっころぶ。ハクは鬼が盾になっていたおかげで眩しいとしか感じなかったので、エスノアの策略の良さを実感する。
動けなくなっている鬼に攻撃を仕掛けるため、ハクは落ちていた別の石を拾い、槍へと変化させる。割れた石でも変化できると思うけれど、多分質量が足りない。
ハクは転がっている鬼の腹の上に立つ。鬼は未だに目の痛みが消えないらしく、瞼を抑えて暴れている。
「攻撃的なのが悪いのだから、恨まないでくれよ」
その一言と共に、槍を鬼の脳天に突き刺した。抵抗があるかと思われた槍は、しかし、何に阻まれることもなく鬼の頭を貫通した。
しばらく暴れた鬼ではあったが、すぐにその四肢は力を失い、最終的に動かなくなる。今ここに、鬼退治がなされたのであった。
長くなったので分割します




