親の教え
兄弟が起きてくると、白狐もなんとなく状況を理解する。自分は狐に転生し、そして狐として生きているのだと。
どうやら、先ほど目が覚めたとき、人間でいうところの「物心がついた」らしい。自分が自分であると、さっきの瞬間に初めて理解したのだと、白狐は思う。
親狐は森の奥に向かって歩き始めた。他の兄弟たちが走っていくので、白狐も追いかける。なんとなく、親がついてこいと言っているような気がするけど、鳴き声すらもないので、白狐は正しく判断することができない。
白狐は、自分の名前はなんだろうと思う。親も兄弟も、名前を呼ぶことはなく、必要以上に鳴かない。白狐の名前はなんなのか、それとも、そもそも名前なんてないのか。判断することもできない。日本語を話そうとしても、口から出るのは狐の鳴き声だけなので、少なくとも日本人の頃の名前は表現できまい。
悩みながらしばらく歩くと、目の前に川辺が見えてきた。そういえば、なんとなく喉が渇いていると感じた白狐は、川辺に近づいた。そこをすかさず、親狐が首を咥えて、白狐を川から引き離す。
「キュウウゥ」
白狐の口から、不満を示す声が漏れる。しかし、親狐は離さずに、そのまま更に歩く。川沿いをしばらく進み、洞窟が見えてきたところで、やっと首を放してもらえた。
長く首を噛まれていたことで痛む首元を気にしながら、白狐は親狐を睨む。
「コヤン」
親から発せられた声が意味するところは、危険。
白狐は、元々日本人なので狐の言葉なんて分からない。はずなのだけど、親の言わんとすることを完全に理解することができた。まるで、今までも同じような経験をしてきたかのように。
あの川には魔物がいる、故に近づくと子狐は食べられてしまう。そんな内容の言葉に、白狐は怖がりながら謝罪する。
一メートルを超える子狐を食べるなんて、一体どれだけでかい魔物なのかと思いながら、白狐は喉の渇きを我慢して洞窟に入った。どうやら、寝床はここらしい。
洞窟の中は、お世辞にも広いとは言えず、四人兄弟と母親と共に過ごすには少々手狭だ。奥には動物の死体が転がっており、しばらくの間ここで生活をしていたのだと感じる空間。白狐は覚えていないが、多分今までもここで食事や睡眠をしていたのだろう。
「キャン」
親の鳴き声が意味するところは、飲み物。どうやら、この洞窟の裏に、危なくない湖があるらしい。
親についていくと、そこには確かに広い湖。先ほどの川に比べて格段に広いというのに、こちらの方が安全だという意味が分からないが、白狐は親の誘導のままに湖に近づいて水を飲んだ。
喉を潤したあと、水面に映る自分自身の姿を見た。そこには、他の狐と違って真っ白な狐の姿がある。
自分の腕や尻尾を見て、他の狐と違う毛並みだというのは自覚していたけれど、顔も含めて全身が白いとは思わなかった。ただ、狐として生きてきた覚えていない経験があるからか、自分の姿を見ても特に驚くことはなかった。
自分は突然変異というやつなのだろうと、白狐は思う。たしか、昆虫などは極稀に白い個体が生まれて、話題になっていたと前世の記憶を思い出す。
「キャン!」
親に呼ばれて、洞窟へと戻る。
そこから更に食事をとり(やはり今までの経験からか、動物の死体への忌避感はなかった)、夜が更けるまで近くで兄弟と遊び、そして夜になったら眠る。
朝になると動き出し、親の指導のもと小動物を捕まえたり、木の実を食べたりする。前々から教えられていたのか、小動物を襲うのはスムーズにできた。これができなければ、自然界では生きていくことができない。
たまに見たこともない生き物が出てきて、そこれは親が口から火を放って追い払った。親曰く、魔法なのだと言う。
「クーン……」
意識が戻ってから、一週間ほどが経過した。白狐は、衰弱することもなく日々自然界で生きている。
どうやらこの世界が地球とは違うということ。魔法や魔物というものが存在すること。自分も、地球にいる普通の狐ではなく異世界の狐であることを把握した。
だからといって、すぐに魔法が使えるわけではないし、未だに親の庇護下で生きているが、これはこれで悪くないなと感じる。親はいつか魔法を教えてくれるだろうし、それまでは……
そして、意識が戻って一か月。
親狐は、いなくなった。






