本、過去を記し、今を語る
ちょうどよく出ていた串焼きに屋台でお腹を満たしたハクは、次の目的地として図書館を定めた。
やはり、ハクはこの世界を知らなすぎるのだ。今しがた食べた串焼きも、一体何の生き物なのか分からなかったのである。知らないというのは、時に知っているもの以上の恐怖をその人にもたらすことになる。
ハクとしては、この世界のことや国、種族形態なんかも知らないので、やはり知識というのが圧倒的に足りないと感じていた。地図を見ると、この街には有料の図書館があるとのことだったので、そこでこの世界について勉強することにしたのだ。
もしかしたら勉強だけで今日一日を使ってしまうかもしれないけれど……今後この世界で生きるのであれば、一日程度勉強に費やしたところで何も問題はない。
少なくとも、「あんたこんなことも知らないのか?」みたいな雰囲気になるのはやめにしたい。村に住んでいた、という言い訳もどこまで通用するかは不明だ。
「ほお、思ったよりも大きいな」
ギルドと同等、デパートの一階部分ほどの大きさがある。これならば、ハクが必要としている知識も大概本として蔵書されているだろう。
入館料として百ガラを払い、中に入る。宿泊費よりも高い入館料とはこれ如何にと思うが、この世界の図書館は維持費を入館料で賄っているらしいので、さもありなん。
「さて、どこにあるかな」
こんな朝の時間帯に図書館にいるような人はいない。司書が眠そうに立っていただけで、この図書館はさながらハクの貸し切りである。
たくさんの本棚が並んでいるだけで、案内板すらない。これでは、どこに何があるのかを探すだけで時間がかかってしまう。必要な知識量が多いので、こんなところで時間を無駄に費やすのは、ハクには避けたいことであった。
恥を承知で、ハクは司書に話しかけた。
小さい犬耳の生えた御老体が、目を開ける。
「すまないが、一般教養の本はどこにあるかな」
「……」
司書が、何も言わずに指をさす。どうやら図書館の奥の方を指しているようだ。
ハクが司書に感謝を告げて、図書館の奥へと歩いていく。ついでに、道中にある本の背表紙を確認して、どんなものが図書館に蔵書されているか確認。
『流れる魔力の抑え方』『魔物は飼えるのか』『北国紀行』……どうやら、結構乱雑に本棚には並んでいるらしい。一応ジャンルごとに分かれているののだけど、たまに全然違うジャンルの本が入っているところをみると、誰かが読み終わったあとに本棚の整理をしていないらしい。
あの司書は、本当にあそこに立ったままなのだ。入口の司書以外にスタッフがいる様子もないので、この図書館はあの人だけで管理されていることになる。
そんなので蔵書は大丈夫なのかと思いつつ、ハクはとうとう最奥までたどり着いた。周囲を見てみると、『世界の成り立ち』『国と国』『種族とは』といった、この世界に関する本が並んでいた。
ここにある本はきれいに並んでいるところをみると、利用者の中にここの本を読む人はほとんどいなかったのだろう。突拍子のない本が並んでいることもなく、一般教養本が整然と並べられている。
「これと、これ。それにこれかな」
ありがたいことに近くに椅子があったので、何冊な本を手に取り、椅子に座る。一度に多くの本を取ることはあまり褒められたことではないが、利用者が少ないことと、そもそも読んでいる人が少ないだろうということで、許してほしい。
ハクは、まず『世界の成り立ち』を読んでみることにした。地球は隕石の衝突とかだったけど、この世界は……
『かつて、神により創世された星々で、この星は魔力を多く含んでいた。故に、神はここに命を宿し…』
「いや、最初から神話」
なんとなく想像していたけれど、星と命が神によりポンと出てきた。この世界に、ビックバンなんて現象はなかったのだろうか。
とはいえ、地球でもビックバンは確実に観測されたわけではなく、あくまで予想なので、地球も神に創造された可能性はあるのだけど。
『命は種となり、国と部族を作った。そして、今もその国々は繋がっている』
因みに、今読んでいる部分は、いわゆる本の要約のようなページだ。実際、次のページを見ると、もともとは虚無だった世界に、神がやってきて……なんてことが書いてある。
神って何者なのだろうとハクは思うが、そういえばここに転生するときも神様っぽい人に会ったなと思い出す。もしあれが神なのだとしたら……なんと、人の気持ちが分からない神であるか。何も聞かずにこの世界に転生させた神のことを、少しばかり疑っているハクである。
一応そこから先の詳細のページを読んでみるが、長々と書かれているけれど、やはり要約だけで事足りるようなものであった。少なくとも、歴史の学者にでもならない限りはいらない知識であろう。
そうしてハクは、次なる本を手に取った。『種族と魔物』という本だ。
『神が与えた命は、人と獣に分かれた。そして、力が分かれずに生まれた命である獣人という種も生まれた。人間は生まれつき豊富な魔力を持ち、獣は魔力が極端に少ない。故に、人は獣を管理し繁殖させる』
なんというか、狐であるハクからすると少々気分が悪くなる書き方である。
それに、人が魔力豊富というには、魔法が使える人が少ないようにも思える。もしかしたら、使わないだけで火の玉出すくらいは誰にでもできるのかもしれないけれど。
『魔物とは魔力の塊。有り余った魔力を吸収するための、この世界の機構とされている。魔物を吸うために生まれ、周囲の生物から魔力を奪うために暴れるのだ。魔物の核が魔石であり、魔物の原動力と魔力吸収の性質を兼ね備えている』
「ふむ、魔物が生物を襲うのは、生きるため」
あれが意思のある生物かどうかは不明だが、少なくとも魔力を持って生まれたからには、魔物に敵対されてしまうと考えていいだろう。
魔物が生まれるメカニズムや、機構の意味はまだ解明されていないらしく、作者の考察と他者の論文が引用されていた。どうやら、この世界の書籍はそれなりにしっかりとした研究に基づいて記述されているらしい。
次の開いた本は、『獣図鑑』という本。今までのような論文ではなく、写真や図などで動物のことを書いてくれている図鑑だ。
これでやっと、ファンタス鳥がどんな見た目をしているのかが分かる。鶏みたいな見た目をしてくれていたらなお良い。
図鑑を最初の方から順番に読み、どんな動物がいるのかを確認する。中には、昨日の居酒屋や今朝の屋台で見かけた動物の名前もあった。ものによっては図がないものもあったが、ありがたいことにファンタス鳥は写真が入っていた。
白黒なので色は分からないが、柄のない牙の生えたフラミンゴであった。なぜ嘴じゃなく牙なのか、甚だ疑問ではあるものの、食べることにあまり忌避感のない見た目をしていたことは感謝すべきだろう。今後もファンタス鳥は食べることにする。
そうして本を読んでいる間に、狐種のページを見つけた。そこには、兄弟によく似た狐の図も入っている。説明文も書いてあるのだが、マカクが言っていた通り少し珍しい種類のようで、発見例も非常に少ないらしい。
ハクは自分の尻尾を前に持ってきて、観察する。兄弟たちとは全然違う、真っ白な毛並みと、兄弟とは違う氷魔法。マカクはハクのことを突然変異だと言ってたが、それを裏付けるように図鑑にはハクに似た狐の姿は載っていなかった。
「……身寄りなし、か」
小さくため息を吐いて、図鑑を閉じた。
突然変異というのも、まったく違う生き物になっているわけではなく、ある程度規則に沿って変異している。そのため、たくさんの試行回数を重ねればハクと同じ種族の狐が生まれることもある。
だが、それがいつかは分からない。この世界に既にいるのかもしれないし、何百年も待たないと生まれないかもしれない。
ハクはそれを寂しいことだとは思わない。元より地球で死んだ身であり、そして肉親もいなくなった。同種が増えないというだけで、これ以上減るわけではないのだ。天涯孤独の辛さなど、森の中で生きて乗り切った。
それに、死んだときの悟りの感覚が残っているのか、妙に達観して物事を見てしまうのだ。喜怒哀楽はあれど、それが強く出ることはない。
「ふむ、まだ学ばなければいけないことは多いんだ。止まっていられない」
そうしてハクは、別の本を取りに行く。
その一言は、自分に言い聞かせているようにも、この世界での目標でもあるようにも聞こえた。




