変化魔法は特殊魔法
朝、日が昇る少し前に、ハクは目を覚ました。この世界に来てから、ハクはこうして早寝早起きな生活をしているのだ。
モーニングコールなんてものはない。サービス類は何もないので、当たり前である。
ハクはガラ硬貨の入った袋を持って、部屋の外に出た。袋は服のポケットに入れておく。
「さてと」
他の人が泊っているかは分からないが、できる限り音を出さないようにしつつ、表に出てきた。やっと太陽が地平線の向こうから顔を出し始めた頃合いで、ハクにとっては気持ちの良い日差しだ。
「今日はどこへ行こうか」
街の散策、一日目だ。昨日は食事処を探すためだけに外に出たので、まだまだ散策していないエリアが残っている。
とはいえ、まだ朝早いので、行き交う人はそこまで多くはなく、閉まっている店も多い。ハクはひとまず適当に歩くことにした。
ポーションが置いてある道具屋、日差しに照らされて輝く剣を飾る武器屋、既に開店準備を始めている保存食屋など……
日本では見ることのないような商品が並ぶ大通りは、少なからずハクの心を躍らせるものであった。自らが異世界に来たと言う実感を強く感じる街並みは、さながらゲームの世界である。
そうしてしばらく歩くと、変化屋という店を見つけた。店頭に貼られている紙によると、読んで字のごとく変化を請け負ってくれるお店らしい。今はまだ開店していないようだが、中からガサガサ音がするので、きっともうそろそろ開店するだろう。
ハクにとっては、変化魔法はもう十八番であり、氷の魔法よりも得意かもしれないと思っている。落ちているものや荷物を変化させて軽くしたり道具にしたりできるのは、本当に便利だ。この魔法さえあれば、武器屋や道具屋は必要ないのではないかという気持ちにすらなってくる。
変化屋、一体どんな稼ぎをしているのだろうかと思っていたら、ふと後ろから声をかけられた。
「メタモに御用ですか?」
「メタモ?」
ハクが顔を上げる。そこには店の看板として、メタモの文字。
「ああ、いや、ちょっと気になってね。私は最近まで村住みだったから」
ハクが振り返ると、そこには長い黒髪を靡かせた少女が立っていた。若干ハクの揺れる尻尾を目で追っているのが、幼さを感じさせる。
ハクは邪魔してしまったかなとも思ったが、扉の前に立っているわけでもなく、壁に貼ってあった紙を読んでいただけだ。人通りの少ないこの時間帯で邪魔になろうはずもなく、純粋に少女が話しかけようと思って話しかけてきたのだと判断した。
「まあたしかに変化魔法を使える人は少ないですから」
「そうなのか?」
「ええ。変化魔法は主属性に含まれない特殊魔法なので。使い方が分かる人もいないんですよ」
その割にはプイは平然と選択肢に挙げていたような……とハクが思っていると、少女が更に口を開く。
「変化魔法があれば、手荷物を小さくして持ち運びしやすくなりますよ」
「ふむ?それって変化じゃなく縮小では?小石を道具とかに変えるとか……」
「そんなことできませんよ。変化魔法は、そんなに万能じゃありません」
おかしい。ハクは非常に簡単に、その万能なことをやっている。
特に魔力消費が多いわけでも、苦労をしたわけでもない。そもそも、自分の狐の体を人間にすることの方が何倍も難しかった。
「変化魔法っていうのは、あくまでそれだけなんです。でも、便利なので、お兄さんも使ってみてください」
「……考えておくよ」
客引きのつもりなのかもしれないが、少女には悪いけれど、ハクはそんなこと簡単にできる。
ハクの物を別の物に変化させる魔法は、確かに色々と制約がある。例えば、変化させたあとの物は変化前の物の特性を引き継ぐ。石で作った剣は石と同じだけの強度しかないし、鉄で衣服を作れば鎧のように凝り固まった布しか作れない。
とはいえ、やはり変幻自在に物質を変えることができるのは事実であり、その点において、やはり変化魔法は万能だという認識をハクは持っている。
店の鍵を開けて中に入っていく少女に別れを告げ、ハクは更に街を歩く。
「うーむ……狐だからか?」
なんとなく、考察を呟いてみた。
狐といえば、日本においては狸に並ぶ化けの天才だとされている。化け狐は数多の物に化け、時に人間にすら化けて人間を誑かす。故に、狐という種族自体が変化魔法に長けていると言う可能性がある。
とはいえ、ここは日本ではなく異世界だ。狐が化けの天才だなんていう噂は今のところないし、狐姿を見ているプイやマカクもそんなことを言っていなかった。
ハクが疑問を積み重ねていると、そんな狐の鼻が匂いを捉えた。
「朝食の時間か」
依然として鍛冶屋などが稼働している様子はないけれど、既に街にいい匂いが漂い始めた。食堂やお食事処は、稼働を始める時間らしい。
その匂いにつられて、ハクのお腹がクーと鳴く。早起きで何も食べていないので、こんなに歩けばお腹も減る。
ハクは、朝食になりそうなものを求めて、匂いを頼りに街を歩き始めた。




