市壁、堅牢に立つ
山を下り、時々寄り道をしながら、歩くこと、二週間。
当初の予定よりも随分と時間がかかってしまったが、ハクが自分で選んだことなので、特に後悔はない。急ぐ理由がなかったというのは、やはりここまで寄り道してきた最大の理由だろう。
ハクが来た街は、思ったよりも大きな場所であった。山から見えていた街であったが、近づいてみると、なるほど、なんとも堅牢そうな壁である。
唯一開いている門のところには、衛兵のような人物が立っており、街に入るひとのチェックをしている。
この堅牢で巨大な壁を破壊するか、門番である衛兵をどうにかしなければ、魔物は街に入ることはできないのだろう。魔物が多く生息し、魔物でなくとも狂暴な生物が多いこの世界では、確実に安全な場所というのは、どこもこうなっていることは想像に容易い。
むしろ、ハクが生活していた獣人の村は、塀で囲まれていただけの場所だったので、今思い返してみると、少々不安が残る場所だった。
「さて……」
ハクは門へと近づいた。流石に言語が違うということもないだろうし、特に心配することはない。
「次の者!」
門はちょっとした列になっていた。獣人の村から街に来る途中で誰ともすれ違わなかったが、意外と街に入ろうとする人物は多いようであった。
門には二つの入口があり、人が並んでいない方は顔パスで通れるような人用らしい。この街の住人や、重役のためのものだろう。街に帰ってくるたびに並ばされていては、ハクならストレスが溜まってしまうだろう。
「次の者!」
そんなことを考えながら待っていたら、とうとうハクの番になった。衛兵は厳しい目つきで、ハクの全身を見る。
「獣人か。この街には何の用で?」
「観光さ。私は旅をしているんだ」
もっとも、旅を始めてまだ一か月も経っていないが。
「持ち物確認を行う」
ハクの全身をくまなく触り、危険物がないか確認する衛兵の男。どうやら、この世界には危険物を探知する魔法なんてものはないらしい。
そうして全身を確認したのち、衛兵は首をかしげる。
「こんな軽装で、よく旅なんてしていられるな」
「魔法が使えますから」
「そうか。優秀なようだな。しかし、街の中での魔法の使用は禁じられている。くれぐれも注意するように」
そういって、衛兵は門を通してくれた。ハクの背中で、衛兵が「次の者!」と呼んでいる声が聞こえる。
魔法を使えるだけで優秀だなんて、意外とこの世界の魔法使いは少ないのかとハクは訝しんだが、街の中を歩くいかにも魔法使いという見た目の人を見て、純粋にあの衛兵が魔法が使えないのだろうと結論付けた。
「さてと、まずは……」
ハクは木の葉を変化させて作ったバッグの中に入れておいた魔石を見る。
まずすべきなのは、手元にある魔石の変換だ。獣人社会だと物々交換が主に行われていたが、人間社会ではそうもいかないだろう。
実際、街の看板には見たことのない単位で書かれている広告が書かれている。そこには確実にハクの知らない文字列があったのだが、なぜかハクには理解することができた。どうやら、剣のエンチャントの広告らしい。
やはり、この世界で使われている言語は日本語ではなく、書かれている文字も日本語ではない。しかし、そのどちらもハクは理解することができるし、無意識に使いこなすことができる。
きっと神様が与えてくれた力だろうと自己完結し、ハクは近くに貼ってあった地図を元に、換金できそうな場所を探した。
ハクにとっては創作物の知識ではあるが、やはり、魔石の交換と言えばギルドとか冒険者協会のような場所を思い浮かべる。
だが、この世界の魔石はエネルギーとして街に供給されているとマカクが言っていたことを考えると、役所で交換する可能性も捨てきれない。この街にはギルドと役所の両方があるので、絞り込むことができない。
なんとなく、勘でハクはギルドへと向かった。野生の勘ですらなく、本当になんとなくである。
「ふむ、ここがギルドか」
ギルドの前には人が多く、剣や弓を身に着けている人が多い。酒を飲んでいる者をはじめ、会議をしている者、喧嘩をしている者、そして折れた剣に酒をかける者……
ギルドには多くの人が集まっている。目的はそれぞれであろうが、この場所がこの街の一つの中心地であることは、誰の目から見ても明らかであった。
ハクは白い尻尾を揺らしながら、ギルドの中に入る。獣人の冒険者も少なからずいるようで、ハクが中に入っても怪訝な目で見るような人はいない。
買い取り、という看板がついている窓口に行くと、受付の男性が笑顔で迎えてくれた。
「いらっしゃい。依頼完了かい?」
「ああいや、私は旅人だ。道中で魔石を手に入れたので、売れないかなと」
「なるほど……じゃあギルドカードを出してくれ。処理しちまうから」
「ギルドカード?」
ハクにとって知らない単語が突然出てきた。日本語のように処理できているので、意味は分かるけど、ギルドカードなんていう単語はハクの辞書には登録されていない。ギルドのカードというからには、会員証のようなものだろうか。
ハクが、そんなものは知らないという分かりやすい反応をしたので、受付も怪訝そうな顔をする。
「まさか、ギルドに来るのは初めてか?」
「そうなんだ。最近まで、村で生活していてね」
本当は森だが、村にもいたので嘘はついていない。
「そうか。ギルドでものを売るときは、管理とランクの授与のために、ギルドカードによる処理が規則になってるんだ。あっちにギルド受付があるから、まずはそっちでギルドカードを貰ってから来てくれ」
そう言って男性が指さしたのは、ギルドの入口のすぐ横にある小さな窓口。周囲に人はいるものの、その受付を使っている人は誰もおらず、受付の人もどことなく暇そうだ。
男性に感謝を告げ、ギルド受付の窓口まで移動する。受付をたらいまわしにされるのが、なんとなく日本の役所のようだと思いつつ、ハクは受付の女性に話しかける。
「失礼、ギルド受付はこちらであってるかな」
「え?あ、はい!新規ギルドメンバー登録ですね!」
さっきまで気だるげな表情をしていたというのに、ハクが話しかけた途端に元気になった。やはり、受付を使う人がいなくて暇だったのだろう。
その勢いに、若干ハクが気圧されながら会話を続ける。
「受付はどうすれば?」
「こちらの書類に記入してください。記入された情報はギルド本部に送られ、一括で管理されることになります」
女性が差し出した書類には、名前や年齢。魔法の適正などを書く欄に加えて、持っているならばと家や伴侶の記入欄もある。
残念ながらハクには家も伴侶もいないで、必要最低限の記入に留める。
記入中、受付の女性が注意事項を更に挟んできた。
「魔法適正欄は偽らないことをおすすめします。なにかと魔法適正というのは見られますので」
「分かったよ」
使えるは使えるけれど、適正という言い方をするならやはり氷だろう。いくつかの属性から選べるようだったので、取り敢えず氷に丸をつけておいた。
年齢に関しては、二十であると偽った。実際のところ物心がついて一年も経過しておらず、それよりも前に生まれてからの期間があったとしても、多く見積もっても三歳ほどとなってしまう。ギルドも三歳を受け入れるはずがないし、こんな見た目をしているのに三歳だなんて詐称しようとしてるとしか思えないので、二十としたのだ。
この世界に正確な年齢を計測する方法はないようなので、偽ったとて特に問題はない……はずだ。
「お待たせしました。こちらがギルドカードです。紛失した場合、再発行の手続きが面倒ですので、肌身離さず持っておくことをおすすめします」
「ありがとう」
書類を提出したあと、しばらくして女性から受け取ったのは、運転免許証程度の大きさのカード。なにやら魔法でコーティングされているらしく、材は薄い紙だというのに固い。
カードには、名前と年齢が記入されていた。右下に炎や水のマークがあるが、これが適正を記しているようだ。ハクのカードには、氷のマークだけが明るくなっており、他のマークはブラックアウトしている。
こうしてギルドカードを手に入れたのち、また買い取りの窓口に戻ってきた。
「おう、終わったようだな」
「あんな簡単なものでいいのかい?」
「冒険者ってのは簡単にくたばっちまうからな。長ったらしく書いても意味がないんだよ」
どうやら、冒険者が危険を伴う役職であるというのは、ゲームでもこの世界でも変わらないようだ。ハクとて、自ら危険なところに行くようなことはしないが、旅の中で危険だったことも多いので、なんとなく意味が分かる。
ギルドカードを男性に提出し、ついで魔石もカウンターに出す。
魔石を一つ一つ見ていき、最終的に男性は小さな紙を取り出した。
「値段はこれくらいだ。どうだ?」
「ふむ……この街で言うと、どれくらいになるのかな」
「物々交換の村だったのか?そうだなぁ、まあ四日くらいなら仕事せずに生活できるだろうな。勿論、武器や道具を買うなら、その限りじゃないが」
ハクには武器も道具も必要ない。いや、道具くらいは買うかもしれないが、少なくとも、大量にお金を使うことはないはずだ。
この世界の相場もよく分からないが、男性の表情が、ハクが田舎者だからと安く見積もっているようにも見えないので、ハクは提示された値段で了承した。
「値段も知らないなんて、本当に田舎の方なんだなぁ」
「獣人の村出身なんだ」
「東のあの村か?そりゃまあ、遠路遥々」
方角は分からないが、近くに他の獣人の村はないとマカクが言っていたので、多分その村だろう。
ハクは魔石の代わりに銅貨の入った袋を貰った。一応試してみたけど、銅貨には魔法がかかっているみたいで、変化で偽装することはできないようだった。
やっとある程度のお金を手に入れたハクは、ギルドの中に貼ってある街の地図を見て、呟いた。
「それじゃあ、宿を探そうか」




