山越え、過酷
ハクは現在、登山に興じていた。
地球にいた頃から山登りはしてきたが、今は魔法である程度生活用品や水をどうにかできるうえに、食糧も狐の技術でなんとかできる。そのため、当時に比べて格段に快適な山登りができていた。
野生の勘で、なんとなく疲れない登り方というのも分かり、ハクは息切れすることなく、山を登ることができていた。
途中までは。
「雨は……どうにもならんなぁ」
山の天気は変わりやすい、なんてよく言ったものだが、それは異世界であっても同様だった。
登り始めたときは晴天で、雲もそこまで多くなかったはずなのだが、ちょうど中腹になったあたりで、突如として大雨に降られることになったのである。
「やはり、道なりに進むべきだったか……」
そもそも、獣人の村から最寄りの街までの間に、このような山道は存在しない。途中、山登りができそうな山を発見し、気分転換がてら登り始めたのがそもそもの始まりであった。
今のハクを縛るものは何もなく、魔法という便利なものもある。急ぐ理由もなかったからこその判断だったが、雨に降られるとなればその判断も少し後悔してしまうというもの。尻尾や耳が濡れてしまうと気持ち悪いので、足止めを食らってしまっているのであった。
なんとか搔き集めた木の枝を燃やし、体を乾かす。本来動物は怖がるはずの火だが、魔法で火が生まれるのもあってか、この世界の動物は火を恐れないようで、小さなネズミが近くまで近寄ってきていた。
「まあいい、そろそろ食事時だろう」
そういってハクは、予め狩っておいた猪っぽい生き物の肉を焼き始めた。角の数がやたらと多かったので、ハクが知っている猪ではなかったが、野生の勘で食べられるだろうと準備しておいたのだ。
村で少量の塩を貰っておいたので、それを少し振りかける。例え僅かな塩であっても、食事においてアクセントになるのは間違いない。調味料のありがたみを、今日も今日とて実感するハクであった。
そうして焼きあがると言う頃、洞窟の奥から何かの音が聞こえた。
ハクが今いるのは、洞窟の入口。濡れるような位置ではないが、外が見えるようなところに座っている。奥の方まで行くつもりはなく、奥がどうなっているのかハクは把握していない。
唸り声にも聞こえるような音に、集まっていたネズミたちは外へと逃げて行った。次の保存食にしようと思っていたハクは少し残念そうにする。
「仕方ない。雨はまだやみそうにないし、何かいるならそれを次の食料にしよう」
肉を平らげ、腰を上げる。先ほどよりも強くなる雨音を背に、ハクは洞窟の奥へと進んでいった。
洞窟の中は、いかにも何かが住んでいると思わせるような痕跡が多くあった。入口では見つけることはできなかったが、ハクにとって見慣れたような爪痕すらあった。生憎と見たことのない形の爪痕だったが、森の中で生きてきた経験で、恐れるようなものではないと思った。
親を殺されたあの頃とは違う。プイに教えられ、学んだ多彩な魔法により、いかようにもできる。最悪、いたるところにある石を大きく変化させて道をふさげば逃げることはできる。
危なくなったらさっさと逃げる気満々で奥へと進み、とうとう少し広めの場所に出た。
「グルルルルルル」
「ふむ」
その空間の中心には、敵意むき出しの狼の姿があった。先ほどハクが食べた猪を、この狼も食べている途中だったのだろう。
もしかしたら、ハクは獲物を奪いに来た者に見えたのかもしれない。今のハクは人間の姿をしているので、狩人に見られた可能性もある。
「一匹狼か。食料にさせてもらうよ」
「ワオオン!!」
咆哮、そして、突撃。
狼は、躊躇うことなくハクへと突進してきた。
ハクは軽い身のこなしで回避。すれ違いざまに、氷の魔法を狼の顔面に吹き付け、狼の顔が物理的に凍る。
突然氷に閉ざされた視界をどうにかするために狼は頭を振るが、ハクの得意魔法である凍結は、そう簡単に砕けたりはしない。壁に頭から体当たりすれば衝撃で割れるかもしれないが、それを思いつくほどの脳は狼にはないようであった。
ハクは氷をなんとかしようと必死の狼に背後から近づき、落ちている石を回収。変化。
剣を手に入れたハクは、その手を大きく上に振り上げ……
……
「お、雨がやんでいるね」
食料を手に入れて満足げなハクは、山登りを再開した。雨がやんだとはいえ、ここで下山するという選択肢は、今のハクにはないようだ。
そうして登頂した山の上からの景色は、ここが異世界であると、鮮烈にハクに突き付けた。
遠くに見える街は石の壁に囲まれ、現代日本では見ることがないような様式をしている。更に遠くには、氷山のようなものが見えるし、飛行機でも飛行船でもない、何かが空を羽ばたいている様子も見える。鳥なんてことはないだろう。
なにより、広大な自然というのが、この世界にまだ未開発地域が多いことを示していた。世界遺産に登録されているようなところもでないと、日本でこんな大自然を見ることも少ないだろう。どれだけ森に見えても、現代日本ではどこかに道路が走っているものである。
「さて、私はここで何をしようか」
雄大な景色を眺めながら、ハクはそんなことを呟いた。




