狐、思う。人も、狐も、すべては自由で不自由だ
店の外に出ると、案の定テリシアの姿はなくなっていた。きっともう別のところへと移動してしまったのだろう。空間転移に似た能力を持っているとエスノアは推察をしている。
「不思議な子だね」
「え、あれだけ話して感想それですか!?」
ハクの言葉に驚きを露にするエスノア。
危険思想と言ってもいいぐらいの幸福追求者で、それを他者へと押し付ける。それでいてそれが良いことであると信じ切っており止めることはできない。
そんな少女に対して、ハクは不思議という一言で片づけたのである。
ハクの目には、テリシアが普通の子供に見えていた。いや、実際話を聞いて、その考えと思いを聞いたうえで、やはり普通の子供のように見える。
ただ、他の子よりも少しだけ力を持ってしまったばっかりに、自分の想いを簡単に叶えることができるようになってしまっただけなのだ。幸福を求めようとすることも、他者に幸福になってほしい想いも、子供の無邪気な考えから生まれるものだ。
大人になって、他人に優しくできなくなった人は、自分自身の幸福だけを追い求めてしまうから。
「少しやりすぎてしまっただけだ。それを叱る人がいない環境にいることこそ、あの子が最も不幸なことかもしれない」
「説教って……あれが説教で止まるように思えますか?」
「あそこまで行くとただ叱るだけじゃだめだねぇ。でも、人から悪いことだと言われて、それでも無理に続けるような子ではないと思うよ」
ハクはテリシアとあまり会話のキャッチボールをしなかった。大体、テリシアの言葉を一方的に受け取っていただけだ。
「でもハクさん、話を聞いている間なんだか難しい顔をしていたので……」
「それはそうだ。あの内容を平然と聞き流せるほど感情を捨てていないぞ、私は」
一行は、喫茶店から出て未知の続きを歩き始めた。ここらへんはテリシアが対応したからか、なんだか虚ろな商人が多い。その多くは粗悪品や割高品を売りつけるような人ばかりなので、声をかけられないのは助かることではあった。
こうして、人に迷惑をかけている人に幸福な夢を見させつつ、誰にも迷惑をかけないようにする。その行為がどうして叱れようか。無理やりという点こそ問題ではあるが、迷惑をかけないようになったのだから困る人はそういない。
そう考えることができれば、きっとあの子に共感できるのだろう。
「起こしますか?」
「どうせ面倒なことになるんだ。この街の人に任せよう」
基本的に放置されるようだが、流石に夜の時間になれば警備兵がやってきて連れ去ってくれるだろう。
その時に目が覚めるかどうかは分からないが、少なくともそれまでは誰にも迷惑をかけず、彼ら自身も幸せな夢を見続けることができる。
しばらくすれば、また騒がしい声が聞こえてくる。テリシアはこの道を通らなかったようで、元気な詐欺商人たちがターゲットを探して目をぎらつかせている。
「思ったよりもここは治安が悪いようだ」
元々、この街は中央都市ということもあってしばらく滞在するつもりでいた。だが、ここで生活をするならいつも通りの路銀じゃ到底足りそうにない。
ギルドはあるけれど、あくまで冒険者たちにしか味方をしないので、ここの治安が回復することはない。もしかしたら治安維持の仕事もあるかもしれないが、その仕事はいくら積まれてもやる気になれない。
「明日にはここを発とうか」
「……そうですね」
「期待外れ―」
ファネの言葉が、三人の心情を見事に言い表していた。
アルクリア王国の王都をイメージしていたら、スラム街のような場所に辿り着いたのだ。活気があるときは王都のようになるとはいえ、そうでもない時期にずっと滞在する理由もない。
「ここからだと、どの街が近いんだい?」
「ルーミーという工業都市が近いようです。ドワーフの街みたいですよ」
「ドワーフ!しかし、工業都市か……」
エスノアの言葉に、ハクの脳裏に浮かぶのは蜥蜴獣人に絞り殺されかけた夜のこと。あの時同じ牢屋に入っていた子たちは、きっと今頃……
「だ、大丈夫です!ドワーフは他種族に寛容ですから!」
「調べたのか」
「はい!どこ種族が排他的なのか調べました。あの時の二の舞はごめんですから。その結果、蜥蜴獣人がぶっちぎりで排他的と言うことが分かりました」
比較の仕方が難しいものの、他種族排他的思考に関して言えば、あのエルフよりも蜥蜴獣人の方が強いとされている。エルフと違い、蜥蜴獣人には他種族寛容派閥がほぼいないのも理由の一端だ。
他種族を管理するものの、問題が起きないように隔離して徹底的にすみわけを行うエルフは、確かに他種族に優しくはないだろう。だが、ある日突然犯罪者扱いをしてくる蜥蜴獣人に比べれば幾分もマシと言えよう。
蜥蜴獣人には関わらない。そう決めた三人である。
「ルーミーの近くには、マランという街があって、そっちは竜族が住んでいるようです」
「竜族って言い方をするってことは獣人の一種か」
「そうですね。空を飛び輸送を行う種族のようです。この世界で数少ない空を駆ける種族ですね」
竜族が空を飛ぶと聞いて、目を輝かせたのは同じく空を飛ぶファネ。
吸血鬼であることを隠さないといけないため日頃は好きに飛び回ることはできないが、ファネ自身空を飛ぶことは嫌いではないのだ。最近は歩くことの楽しさというのも分かってきてあまり飛ばなくなったが、暇な休憩時間に空を飛ぶことも少なくはない。
「さっさと移動した方がいいかもしれないな」
「ですね……ルーミーは北の方向ですので、準備をした方がいいかもしれません」
「冷えるか」
「山ですから」
中央都市の規定範囲に他種族の街は存在していない。そのため、最も近い街であれど結構歩かなければいけない。
山の中にあるということを考えれば、冷え込むことは容易に想像することができた。
「毛布などを用意すれば、そのまま変化で作ってしまおう」
この街で既製品を買うと高くつくから、とハクは提案をした。
「お、毛布って言ったかい!これを買いな!」
目敏く、いや耳敏く話を聞きつけた商人が毛布を見せてくる。それは見た感じ整えられたもので手触りもよさそうなもの。
だが、日頃ハクの尻尾を撫でて本物のモフモフを知っているエスノアとファネには、それがあまり手触りがいいものではないことが見抜かれていた。
「よくもこんな……」
「まあ待てエスノア。また厄介ごとになる」
エスノアがまたもや商人に食って掛かろうとしたので、それをハクが急いで止める。テリシアに会う直前、同じような理由で商人に襲われかけたのを忘れたわけでもあるまい。
「この毛布はいくらだい」
「へっへ、こいつは十イガラでいいよ」
「ふむ」
一イガラは千ガラである。そして、一般的な食費は一人当たり五百ガラである。日本人的に言うならば、この毛布は十万円ということになる。
「ふむ、だがね、獣人の私はそこまで大層な毛皮は必要ないんだ。私の尻尾はフワフワでね、この子たちを温めるくらいなら造作もない」
今は邪魔になるので隠しているが、ハクは現在尻尾は三本も生えている。ある程度伸縮できることも考慮すれば、ファネとエスノアを尻尾で包むくらいは簡単なのだ。
「まあまあ、それでも寒さに震えさせるわけにはいかないでしょう?」
「ははは、だがその毛布で本当に温まるだろうか。私のものよりも良いものだと?」
「そりゃ勿論。高級ですがね、高級には高級な理由があるってもんですよ」
「なるほど、しかしいまいち魅力が……」
そう商人とハクが話している間に、ハクは尻尾でエスノアとファネを押し出して遠ざけようとした。ぐいぐいと押されて、エスノアはファネを伴って商人から離れる。
声が聞こえなくなったところで、突然商人は顔を大きく下げ、ハクが毛布を受け取った。支払われた額は、たったの百ガラである。
「これでいいだろう。粗悪だが質量があれば私の変化でどうにでもできる」
「え、あの、ハクさんなにしたんですか。商人、青ざめてますけど」
「ははは、大人には大人のやり方があるんだ。二人はまだ知らなくてよろしい」
この世界にはあまりないようだけど、ハクの元の世界、地球には脅しの手段などいくらでもあった。例え初対面であろうとも、脅迫などそう難しいことでもない。
かつての上司を思い出しながら行ったそれは、商人を脅すのに効果的過ぎたようである。
「お父様、悪いことしちゃだめだよ」
「悪いことじゃないさ。これも手段ってことで」
後ろめたさがないこともないが、粗悪品を売っていたのは向こうだ。それに、ただ逮捕をちらつかせただけだったので、脅迫らしい脅迫でもない。
ただ、少し恐怖を演出したというだけで。
「んー、お父様前よりものびのび!」
「のびのび?」
「うん。お父様は前よりも自由に見える。変化が上手になったからかなぁ」
ハクはあまり意識していないこと。だが、よく父を見ているファネなら気づけること。勿論、エスノアだって気が付いている。
「ハクさん、変化の扱いが上手になりましたよね。正直、変化魔法でどうやって地面などを組み替えているのか分かりません」
「化かしているだけさ。狐らしく、ね」
ハクは小さく息を吐く。
自由、自由か。私は本当に、前よりも自由なのだろうか。ハクは前世のことを忘れつつ、そう思った。




