中央都市
中央都市にはあまり定住人口がいない。だが、管理をする人がいないというわけではなく、常に中立かつ安心できる環境を構築するため、複数の種族により構成された自警団が存在している。
トップも複数の種族が任命されており、小さいバンガロンドとも呼ばれている自警団である。
今回の門番は、額に一本の生えている赤い皮膚の男性であった。
止まれと槍を構えられ、質問がなされる。その手元には、一枚の紙があった。
「目的は」
「観光かな」
怪訝そうな顔をされたが、それ以上の反応はなく顔はまた紙の方を向いた。その紙は、門番として街に入る者たちに問うべきリストであった。
「お前たち、種族は」
他の都市では聞かれなかった質問。他種族国家かつ中立なこの土地であるからこその質問。
「獣人だよ」
「人間です」
ハクとエスノアはすらりと答える。実際のところはハクは獣人ではないが、狐の耳と尻尾を残した状態で獣の方が本来の姿だと言われて信じる者はいないだろう。
問題はファネ。まさか吸血鬼と答えるわけにもいかず、それでいて人間だというにはその身に宿る魔力が多い。もし人間と答えてローブを外せと言われたらさらに面倒な問題になる。
「えっと……」
「この子は私の妹です。どちらも魔法使いなんです」
ファネが言い淀んだ瞬間に、エスノアが割り込んだ。髪の色はまるっきり違うが、その程度のことはこの世界でもよくあることだ。
親がハクではないことは明白だが、それもまたこの世界ではよくあること。姉妹の冒険者は少しだけ珍しいが、それでも少しだ。門番はそれ以上追及することもなく次の質問へと移動した。
どうやら、質問には質問以上の目的はなく、無理に被り物を外させたり詰問をしたりということはないようだ。
「ここは中立の街だ。その意味が分かっているな?」
「ああ」
「はい」
「うん……」
「ならいい。いけ」
三人は道を通される。果たして、何のための質問だったのか。
「ありがとう、お姉様」
「いいの。怖かったね」
よしよしとフード越しに頭を撫でるエスノア。突然種族を尋ねられるとは思っておらず、ハクも少し緊張をした。
ファネに至っては緊張しすぎて羽が動きそうになり、必死に押しとどめていた。人間だと言い張るなら、少なくとも羽だけは動かすわけにはいかなかった。
「何か他の種族に偽装した方がいいんでしょうか」
「ふむ。だが、パーティの種族が増えるとそれはそれで変に思われるんじゃないか?」
「それもそうですね……」
現在は、対外的には獣人一人と人間二人のパーティだ。人間二人が非常に幼いが、この世界ならこの年齢で旅をしていることも少なくないことなので、その点で不思議に思われることはない。
だが、ここで獣人と人間と別の種族の三人パーティとなると、種族軋轢などを考慮しないといけない。それに、偽装する種族のことをよく知っておく必要があるうえ、吸血鬼が偽装できる種族があるならとうに偽装されている。
吸血鬼という種族は、その特殊性故に生き残り、迎え入れられなかったのだ。
「少なくとも、この他種族国家にいる間は大丈夫だろうさ。種族問題に敏感だから、むしろ詮索されない」
この国に入ってからボディチェック系の審査が一度もない。それは、種族によって見られてはいけない場所や触れられてはいけない場所が違うため。配慮するためには、せいぜい質問をして敵意がないことを確認するほかない。
もし問題を起こした場合、その種族が丸ごと出禁になることも稀ではないので、誰もが問題を起こさないように生きているのだ。性善説により成り立っている街の警備である。
「ファネたちはどこでも出禁だね」
「そんな楽しげに言うことじゃないよ」
ファネは、吸血鬼という種族がすべての国、すべての街で立ち入り禁止扱いであることを知っている。既にその点は飲み込んでおり、悪く思ったり嫌に思ったりすることはない。
「だが、そんな街でもいつも通りやっているギルドにありがたみを覚えるよ」
ハクたちはギルドへと辿り着いていた。魔石を換金し、依頼を少しだけ確認したのち、宿へと移動し数泊できるだけのお金を払う。
新しい街に来た時にやるルーティンのようなものであり、一般的な冒険者が行うことでもある。
「宿を取ったら観光、ですけど……」
「ふむ、門番に怪訝そうにされた意味が分かる」
大通り、人通りはまばら。店、店内が暗いところも多い。出店、どうにも割高だったり粗悪品だったりが多く並んでいる。
「この街の平時は随分と寂れてるんだねぇ」
建物自体は多いので、会議などで多くの人が集まるときはとても賑わうことは察することができる。それこそ、お祭りのような雰囲気になり、この大通りも多くの人が行きかう中央通りとなるのだろう。
それに対比し、現状の街の様子はさながらゴーストタウンである。ガラの悪い人たちが裏路地にいるのもそれらしい。
「一応見てみるけど、二人とも私からあまり離れないように」
「はい」
「ん!」
エスノアがハクの袖をつまみ、ファネはハクの尻尾に抱き着いた。
エスノアは幼く見た目がいい少女。ファネはフードをしているが顔は見えているため、これまた整った顔をしていることが外から分かる少女。
まともに国際法も憲法も存在しないこの世界で、二人が誘拐されてしまう可能性を考えるのは当然のことであった。
尚、エスノアはともかくファネを誘拐するのは相当骨を折るだろう。
「旅の支度も進めながら行きたいが、この街じゃ平均価格が高い」
「質も悪いですね。旅の途中で現地調達してもいいかもしれません」
出店に並ぶ人々は、どうにも信用できない雰囲気をしている。みすぼらしい見た目をしていて、正規の商人などではないことは一目瞭然だ。
砂漠の街で、整然と作られた出店通りを見たことがあるため、猶更この街の出店が粗悪に見えてしまう三人。ここで買う気には、お世辞にもならなかった。
「嬢ちゃん、この魔道具いらないかい。とっても貴重だよ」
ハクにくっついているエスノアを見ながら、とある商人のような出で立ちの男が声をかける。周囲の店の店員よりも整った服装をしている彼のその手には、時計のようなものが置かれていた。
エスノアの目には、確かにそれに魔力が籠っていることが分かった。だが、本物も魔道具を見て、また日頃から多くの知識を吸収している少女のことを騙すには、それはどこまでの質が悪い。
「ただの時計に魔力を込めただけですね。時計の針が少し早く回るように細工をしているようですが、それだけでは本物の魔道具だったとしても価値はありませんね」
エスノアの言葉はすべて的を得ていた。男が手に入れた懐中時計に細工をしただけのもの。魔道具などではなく、むしろ正しく時間を刻まないだけ普通の時計にもならない。
だが、ただの少女が平然とそう言い張るものだから、男の逆鱗に触れた。
どの世界にもいるのだ。見下している相手から正論を突きつけられると、内容がどうであれ逆上をしてしまう者は。
「んだとてめえ!」
エスノアに向かって飛び掛かろうとした男に、ハクは身構える。騒ぎにしてしまうと大変だが、尻尾で地面にたたきつけるくらいは……と、ハクが尻尾を揺らす必要はなかった。
男はハクたちの目の前でうつ伏せに倒れ、眠り始めたのだ。その顔は、先ほどまで怒っていたとは思えないほどに幸福そうだ。
「ああ、怒りなんて鎮め、幸福になりましょう。私がその手伝いをいたしますよ」
不覚。
三人が全く意識をしていなかった背後、そこに一人の少女が立っていた。
桃色の髪、水晶のようなものを持ち、青色のマントをしている。ある日エスノアを含めた多くの人を巻き込んだ事件を起こした張本人。
砂漠の街でテリシアと呼ばれていた少女がそこで静かに微笑んでいた。




