目覚める狐
新連載です。不定期投稿です
冷たさを肌に感じて、目を開ける。そこは、白く何もない空間だった。
起き上がろうと意識し、体を動かす前に視点が動いた。目線を下げると、そこにあるはずの自分の体が存在しない。
だが、どうにも落ち着いている。全く焦るような感覚はなく、悲しいとか、苦しいとかもない。まるで喜怒哀楽を失ってしまったような思考で、自分に何があったのかを思い出す。
いつも通り、会社から帰宅している最中、横断歩道で信号待ちをしていたときのこと。突然、後ろから誰かに押され、自分は未だに車が行きかう道路の真ん中に。
そこから先は……想像の通りだ。なんとなく吹き飛んだような気がするけれど、それを意識することもなく、自分は意識を落としてしまったのだと思われる。東京ほどではないにせよ、交通量は多かったので、助かる余地はなかっただろう。
誰が押したのか、気になるところではあるけれど、喜怒哀楽を失った今の自分では、その誰かに対して特に何も抱くことはなかった。怒りとか、憎しみとか、そういうのも一切ない。
悟りを開くとはこういうことを言うのだろうか。死んだら悟りを開くなんて……遅いとしか言いようがない。生きている間にこの思考になれれば、問題も起こらないはずなのだが。
『人間よ』
ふと、頭の上から声がした。目線を上げるが、そこには何もいない。
どうやら、声は空間全体を響かせているようだった。
『不慮に、幸を』
その声は、今の俺のように感情がなく、まるで機械のような印象を受ける。もしかして、神様?
『継ぎ、生きよ』
その声と同時に、周囲の白が強くなり、どんどん視界が見えなくなっていく。
そして、ある時を境に、ブラックアウト。
……
一匹の狐が、群れ中で起きる。
親狐がその狐に近づき、体を嘗めて、また距離を取った。子狐はまだ状況を理解していないようで、周囲をキョロキョロと見渡している。
親狐の大きさは、五メートルは超えている。そして子狐も一メートルほどの大きさがあった。周囲には鬱蒼とした森が広がり、そこが街なんかではなく大自然の中であるということを強く印象付ける。
親狐の周囲には、三匹の茶色の毛の兄弟が寝ていた。一匹が起きたとはいえ、特に気にすることもなく目が覚めることはなかった。
子狐がフラフラしながらも、立ち上がった。そして、大きな鳴き声をあげる。
「キュウウン!」
群れの中で唯一の、白い狐が、今目覚める。