Ep2-1 新学期
「おはよー」
「おはよ!そうそう、昨日Brave Tubeでさ〜」
ざわざわと騒がしい教室内。時刻は朝の8時12分。大体の学生諸君が続々と登校して来る時間帯である。
どうも、1年A組、坂富 志衣奈。ピカピカの高校一年生です。出席番号は18番です。
⋯⋯そう、高校生なのだ。すっかり忘れていたが、学校に行かなければならない。
新学期特有の雰囲気でキャッキャと騒ぐクラスメイト達を他所に、俺はここ最近の怒涛の出来事を思い返していた。
× × ×
「そう言えばお兄、学校はどうするの?」
きっかけは風兎の些細な一言だった。
「どうするってそりゃ普通に、⋯⋯あ」
「でもお兄、今女の子だよ?」
そうだった⋯⋯。俺が高校受験をしたのは勇者になるよりも前なので、男だった時の話である。
⋯⋯つまり、今の俺だと駄目なのでは?
「どど、ど、どうしよう⋯⋯?」
「そもそも勇者なら普通は勇者学科だし。お兄が受かったのって普通科だよね?」
勇者とそれ以外の者では受験の段階で既に分けられる。まず、精霊や神と契約している状態で国に申請すると貰える『勇者証明証』を提示すると受験資格が得られる。
普通科と同じ試験を受けた後、基礎能力の測定やレベル2以上なら簡易的にスキルの開示、性格診断みたいなテスト、それから面接によって合否が決まる。⋯⋯らしい。
らしいと言うのは、幼馴染から話を聞いただけで実際に俺が受験した訳ではないからだ。
募集定員が少ない事もあり、極一部の限られた人間しか受験できないシステムにも関わらず毎年倍率は凄い事になっている。
他にも勇者学科が設けられている学校は数多くあるが、国立魔物対策高等学校本部は勇者を目指す者にとって憧れであり、一種のステータスにもなっているのだ。
噂によると卒業後の進路や配属先等もかなり優遇されるらしい。
「い、い今から編入試験を受けるのは⋯⋯流石に無理か」
新しく勇者になった者が全員高校入学前とは限らないので、中学生の場合は必要な者だけ政府の施設でサポートを受けられる。高校卒業以降なら基本的に政府直轄施設の魔物対策科へ配属され、必要ならば研修を受けられる。これも幼馴染の受け売りである。
「⋯⋯てか俺の戸籍ってどうなるんだ?」
当然、今の俺には生きてきた記録が存在しない。だって女の子歴一週間ちょっとだし。
⋯⋯このままだと学校どころか、日常生活にすら影響が出るんじゃないか?
「ぅああ、こ、国外逃亡の準備を⋯⋯」
「落ち着け」
ひょいっと、いつものようにテーブルの上に飛び乗ったマモ様。いやこれが落ち着いていられるかと。
「だ、だってこのままだと俺、日本に居られなくなるかも⋯⋯」
「阿呆、そんな訳あるか」
「どういう事?お兄は大丈夫なの?」
半分パニックでまともな思考回路をしていない俺の代わりに、風兎がマモ様と話をしてくれる。⋯⋯頼りになる妹だなぁ。
「野良と言っても国は流石に認知している。事情を説明すれば、代わりの戸籍くらい用意するだろう」
「でもそれだと政府に所属しちゃうんじゃないの?」
「⋯⋯我が話を付けてやるから問題無い」
勇者ってこんなに大変なの?俺一人だったら間違い無くやっていけてなかった自信があるんだが?
⋯⋯皆、俺の知らない所でしっかりやっていたんだなあ。
「普通ならこれ程面倒な事はそう起きん。まあ貴様はまだ新米だ。その辺も追々慣れていけば良かろう」
「マジで助かります⋯⋯」
いや本当、何から何までお世話になりっぱなしです。けど俺には荷が重過ぎるから仕方無いって事でどうか⋯⋯。
「学校はどうするんだ?戸籍が何とかなるなら、そのまま普通科に通うのか?」
「いや、勇者学科に転科だな」
「え?そんな事出来るの?」
「通常は無理だが、あそこなら伝手がある」
何でそんなに顔が広いの?あなた結構偉い存在でしょ?⋯⋯いや、だからこそなのか?
「何とかなって良かったね!」
「ギリギリで生き過ぎな気がするけどな⋯⋯」
何かこう、セーフとアウトの境目を反復横跳びしているような気分。正直心臓に悪い⋯⋯。
「貴様は運に恵まれていないのだろうな」
元凶がそれ言うのかよ⋯⋯。
× × ×
そんな感じで無事に入学出来たは良いのだが、はっきり言って環境が今までと違い過ぎる。
今まで勇者とは見て憧れるだけの存在だった。それが突然クラスメイトだ。しかも、当たり前だけど皆俺より勇者歴が長い。
俺のように受験が終わってから勇者になる人もいるにはいるが、そういう人たちは大抵次の新学期から転科や編入をする。
つまりここにいる人たちは、同学年ながら俺よりも圧倒的に先輩なのである。
だから俺みたいに自分が勇者である事に過度に緊張したりしないし、相手の経歴を一々気にしない。『お前、勇者歴何年よ?』なんて会話、クラス内で微塵も聞いた事が無い。
しかも慣れない事はまだあって──────
「志衣奈ちゃん!おーはよっ!」
「⋯⋯お、おはようございマス」
これである。⋯⋯いや、挨拶が慣れないとかそんなボッチ精神を発揮している訳ではなくて。
女の子にやたらと話し掛けられるのである。当たり前だ、だって俺も女の子なんだから。
まあ男にも声は掛けられるけど、そっちは適当で良い。だって男だし。
「もー、同級生なんだからタメで良いっていつも言ってるのに〜」
「すみません、慣れなくて⋯⋯」
「大丈夫だよ。志衣奈ちゃんのタイミングで好きに変えてくれて良いからね〜!」
そう言って彼女は他のクラスメイトにも挨拶をしに行った。嵐のような人だなあ⋯⋯。
今の人は月島 茶瑠兎さん。金髪ツインテールで制服を着崩した、所謂ギャルっぽい人だ。
気さくで良い人なんだけど、どうにも距離感が近いというか⋯⋯。話す度にドキッとする。もちろん恋愛的な意味ではなく罪悪感で。
⋯⋯いや、だって俺の心は男だから。何となく騙している気がして申し訳無く感じるのだ。
ああ、それと戸籍を新しく作るにあたって、名前も少しだけ変えた。今の俺は坂富 志衣奈。後ろに『奈』がくっ付いただけである。
あんまり変え過ぎても自分が呼ばれた時に気付けなくなりそうだし、全く同じ名前だと知り合いに名乗る時に都合が悪いので、まあ無いよりはマシだろうという理由でこうなった。
志衣の従姉妹で、進学のために下宿させて貰っているという設定である。因みに志衣も進学で家を出た事になっている。少し悲しい。
──────こうして数多くの不安を抱えつつ、俺の勇者としての新しい生活は始まった。
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