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怪盗勇者アルセーヌ  作者: 十河 水屑
Chapter1, 悪魔の契約
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Ep1-6 【デビュー戦】怪盗勇者アルセーヌ




 『BraveTube』というサイトが存在する。


 そこでは現役勇者たちが魔物と戦う様子を、凄まじい編集技術とカメラワークによって大迫力で閲覧する事が出来る。


 (ちな)みに編集もカメラも神由来による謎技術が用いられており、人の手は入っていない。

 勇者側からカメラなど何処にも見えず、魔物討伐後に編集済みの動画が勇者専用のスマホに送られてくるだけである。


 それを投稿するか否かは勇者個人の自由なので、数多くの動画をアップロードする者も居れば、必ず投稿されるデビュー戦以降動画を全く載せていない者も居る。


 更に勇者個人のアカウントについても、多種多様な絵文字や顔文字、特徴のある文章でプロフィール画面を彩る者、初期に設定されているデフォルトのプロフィール画面そのままの者など様々だ。



 BraveTubeには原則的に魔物との戦闘後に送られて来る動画以外をアップロードする事が出来ない。

 なので一般の動画投稿サイトで様々な動画を投稿し、知名度を獲得している者も居る。



 このサイトは政府が管理しているが、動画その物については謎技術だけで全部済んでいる。

 そのため、彼らの主な仕事は動画をそれぞれの勇者やデビュー時期等で仕分けしたり、動画を更に編集して見どころのある場面を切り抜いたりする事である。



 政府所属も野良も関係なく動画は撮影されるため、ここまでの一連の流れは全勇者に適用されるものである。とは言え仕分けや切り抜き等までは政府側はしないので、政府所属組に比べると野良勇者は非常に認知され辛い。やはり人気が伸び易いのは政府所属勇者なのであるが。


 このサイトは勇者しかアカウントを作成出来ない(と言うよりも勇者としてデビューした際に勝手にアカウントが作成される)ので、有望な野良勇者のまとめやその切り抜きを見たいなら一般の動画サイトで有志が投稿するのを期待するしか無い。



 尚、1人の勇者につきアカウントは1つ、初期から設定されているアカウント以外を作る事は出来ない。過去に、これを利用して所謂(いわゆる)裏垢で身分を隠して色々と悪さをする者が居たからだ。

 


 因みに勇者がこの様に著しくモラルに反する行いをすると、神々や精霊の加護を失う。更に、勇者関連の記憶は全て消えて普通の一般人に戻る。

 これは一般には知られておらず、政府に所属した際に注意事項として教えられる。

 そのため野良勇者の(ほとん)どはこの事を知らない。勇者と契約しているのは大多数が精霊であり、精霊は人間と意思の疎通が出来ないからだ。


 別にこれは政府側が意地悪をしている訳ではなく、単純に野良勇者とその様な話し合いをする機会を設けるのが難しいのだ。基本的に野良勇者は、政府と関わる事自体を極力避ける傾向にある。


 とは言え、これも一部の人間しか知らない事ではあるが、勇者は神々や精霊が人間の魂を見て選ぶので、余程の事が無い限りその様な事態は起こらない。



 前置きが長くなってしまったが、そのBraveTubeについ先日、新たな動画がアップロードされた。


 タイトルは『【デビュー戦】怪盗勇者アルセーヌ』。サムネイルは題名通り、白髪のサイドテールの逆側にちょこんと乗った黒いシルクハットに、肩から下を覆い隠せるくらい大きな黒マント。おまけに目元を覆う白い仮面といった、正に怪盗風の衣装を身に纏った少女が魔物と対峙している画像である。


 相手となるのは、通称化蜘蛛スペクター・スパイダーと呼ばれるレベル()の魔物である。







▷ ▷ ▷







 都内でも特に人通りの多い某駅。だが今、その周辺に人間の気配は一切無い。

 本来ならあり得ない程静まり返っているのは、ここが『狭間』の世界であるためだ。


 その駅前に大きく広がる広場と、隣に伸びる道路に(またが)る様にして巨大な蜘蛛がキチキチと不気味な音を立てながら徘徊している。


 大きさは凡そ5メートル程度。体高は約3メートルで、脚を伸ばせばその長さは2メートルも余裕で超える。


 黒い体表に不気味に輝く8つの赤い瞳が、ギョロギョロとそれぞれ別々に動きながら辺りを見回す。



 そんな化蜘蛛から少し離れた場所に、件の少女が現れた。


 ブーツをコツコツと鳴らし、さも魔物など見えていないかの様に自然体で近付く。

 白い仮面で隠れていない口元には、薄い笑みを携えている。



『Kishaaaaa!!』



 化蜘蛛はすぐにその接近に気付き、虫特有のシャカシャカとした挙動で警戒を(あら)わにした。


 全ての眼を少女に向け、8本の脚をバラバラに動かし、かなりの速度で彼女との距離を詰めて行く。



『Kishikishikishiッッ!!』



 やがて彼我の距離が15メートルを切った辺りで更に化蜘蛛が加速。前脚を振り上げて少女に勢い良く叩き付けた。


 コンクリートの地面は砕け、破片と粉塵が撒き散る。




 ────砂埃が晴れると、そこに少女の姿は無い。


 いつの間にか彼女は化蜘蛛の後方に移動していた。





 ⋯⋯手に、化蜘蛛の脚を携えて。



『Gishaaaaaaッッ!!!!』



 自身の脚が1本無くなった事に気が付いた化蜘蛛が、身体から血を流しながら怒声か悲鳴か分からない怪音を響かせている。


 しっかりと脚は7本になっており、根元から綺麗に消失している。無くなったのはどうやら叩き付けた方とは逆側の前脚らしい。



 少女はさっきまでと変わらない笑みを浮かべていて、仮面の存在も相まってその感情は伺えない。


 巨大な脚をその辺に放り捨てると、再び化蜘蛛へ向かってゆっくりと歩き出した。



『Gishashashashaッッ!!』



 今度は化蜘蛛は少女の周囲を、臀部から大量の糸を吐き出しながら高速で動き出した。挙動は立体的で、周囲の街灯や木々の間をまるで飛び回っているように見える。


 その間、少女は何もしない。黙ったまま、蜘蛛の動きを目で追う事すらしていない。



 やがて化蜘蛛と少女の周囲には巨大な蜘蛛の巣が出来上がった。


 蜘蛛を中心として巣は広がって行き、少女を取り囲む様に糸が至る所に張り巡らされている。



 化蜘蛛は器用に糸を伝い、巣を駆使した複雑な軌道で少女に前脚による攻撃を仕掛ける。



 ⋯⋯しかし、少女の背後を突いた完璧な奇襲だったにも関わらず、またもや攻撃は当たらなかった。

 しかも勢い余ったのか化蜘蛛は着地に失敗し、自身の巣を巻き込みながら派手に転倒した。


 画面を注視すると、化蜘蛛が前脚を振り抜く直前に少女の姿は消え、また気付けば蜘蛛の後ろに出現しているのが分かる。




 ⋯⋯しかも今度は脚を3本抱えていた。


 化蜘蛛が転んだのは勢い余ったのではなく、自身の脚が片側丸ごと(・・・・・)消失したためだったのだ。



 化蜘蛛は脚が半分無くなったので起き上がれない。残った片側の脚をジタバタと動かして血を撒き散らすだけで、満足に移動する事も出来なくなった。


 ⋯⋯と、思われたが──────



『Giッ⋯⋯!Gyaaaaashッッ!!!!』



 爪状の脚を地面に引っ掛け、自身の身体を引っ張るように動かしてタックルを繰り出したのだ。


 5メートル程の黒い塊が高速で飛んでくる様は、(さなが)ら巨大な大砲の弾である。



 瀕死とは思えない程、十分驚異になり得る化蜘蛛の渾身の足掻きだった。



 ⋯⋯しかし、残念ながら彼女には届かない。


 姿は消え、化蜘蛛の後ろに再度出現する。




 直後、化蜘蛛から一際大きな血飛沫が飛び散った。


 タックルで飛び出した際の慣性によって蜘蛛の身体は着地後も少しの間進み続け、地面に大きな血の道を作り出した。




 ──────血に塗れた少女の右手には、化蜘蛛の頭部が乗っていた。







□ □ □







 結果を見れば圧倒的。怪我どころか、一度の被弾すら無く戦闘は終了した。

 本来レベル3の魔物との戦いでこれ程一方的になるのは珍しい。勇者がレベル3でやっと一人前と言われるだけの強さは間違い無くあるのだ。


 新人野良勇者の動画なので再生数は数える程であるが、新たな野良勇者を逐一チェックしている類の変態と、野良勇者の同行を把握しておきたい政府の人間がこの動画を見ていた。


 彼らも伊達に長年この界隈に居る訳では無い。相手の魔物がレベル3である事に(いち)早く気が付き、変態は驚きの早さでスレを立て、政府関係者は上司に報告をしに行った。



 この動きによって徐々にではあるが、怪盗勇者アルセーヌのお披露目動画は再生数を伸ばして行く事になる。



 そしてその頃丁度、少し前にとある野良勇者からレベル3魔物の討伐を請け負いたいと連絡があったという情報が、各部署へと広がり始めていた。




ここまで読んで頂いてありがとうございます。

もし宜しければ、ブックマークや下の☆から評価をして下さると作者が喜び攻撃と素早さが一段階上がります。

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