Ep1-3 尊厳破壊
「⋯⋯胸、邪魔だな」
戦闘中は気にならなかったけど、屈んだりすると今までに無かった部位の違和感が凄い。
逆に下は下でスースーするのでそっちもそっちで違和感が凄まじい。
「良くやった。初動こそ遅かったが初陣にしては中々良い動きだったぞ」
黒い狐に尊大な態度で褒められる。いや、実際偉いんだろうけど。貸し与えているのは神力って言ってたし、多分この狐、神様でしょ?
⋯⋯あれ?でも最初に『我は神でも精霊でもない』って言ってなかったっけ?
「⋯⋯何だ、他人の顔をジロジロと」
⋯⋯人?こ、細かい事は良いか。
「⋯⋯いや、結局あんたは神様なのかなって思って」
「言った筈だ、我は神でも精霊でもない。ただ少なくとも、その呼び方は不敬である」
「じゃあ何て呼べば良いの?」
「マモ様とでも呼ぶが良い」
この黒い狐はマモ様と言うらしい。
⋯⋯本当に何者なんだろう。こんな存在、どこの文献でも読んだ事が無い。
神力を扱うという事は、少なくともこちら側の世界の神的なナニカであるのは間違い無いと思うんだけど⋯⋯。
「何を呆けている。魔物も片付いたし、早う帰るぞ」
「⋯⋯あ、うん」
× × ×
「⋯⋯ところで、この身体いつになったら元に戻るの?」
あれから何事も無く帰宅した。知り合いに見つからないかヒヤヒヤしたけど、幸い誰とも出会わずに玄関のドアを潜る事が出来た。
「⋯⋯戻らんが?」
「いや、戻らんが?じゃないが??」
⋯⋯え、マジ?もしかして一生このままなの?
「仕方無いだろう。お前の適正が想像よりも高かったのだ」
「⋯⋯詳しく説明して」
⋯⋯で、色々とマモ様から話を聞いたんだけど、この狐、話し方が一々高飛車なので偶に説明が分かり辛い。
質問も交えたりしつつ、結局俺が全ての話を呑み込むまでに30分くらい掛かってしまった。
今は椅子に座りながら会話していて、マモ様はテーブルの上にちょこんとお座りしている。
「⋯⋯要するに、俺は神力との親和性が高すぎて性別まで変わってしまったって事?」
「ああ、そうだ。古くから神子は女がやるだろう。あれも、女の方が神力に適正がある事が多いからだ」
「何で親和性が高いと男が女になるの?」
「恐らく、器が神力を受け容れるのにより適した形になったのだろう。普通なら魂が器に干渉する等あり得ない事だが、ここまで適正が高いとさもありなんと言った所か」
「⋯⋯俺は優秀って事?」
「現時点ではまだ神子としての経験が浅過ぎて何とも言えぬな。将来性は期待出来るだろうが」
⋯⋯お、俺が、今までどんなに頑張っても勇者になれなかった俺が、将来に期待出来る?
何かの夢じゃないだろうか。それとも、文字通り狐に化かされてでもいるのか?
「⋯⋯おい、何故泣いている」
「⋯⋯え?いや、なんか、その」
手を目に当てると、確かに涙が流れていた。
「な、何で俺、泣いて⋯⋯」
それを皮切りに、喉からも嗚咽が漏れる。
自覚すると、余計に涙が溢れた。
⋯⋯自分でも良く分からない。勇者になれたのが嬉しかった?勿論それもあるが、それだけじゃない。
こう、何だろう。俺という存在が認められたというか、世界が俺を受け入れてくれたというか、そんな感じ。⋯⋯流石に大袈裟過ぎだろうか。
「ぅぐっ、あ、悪魔に魂売って良かった⋯⋯」
「⋯⋯本当に無礼な奴め」
マモ様に呆れた目を向けられる。言葉は厳しいが、視線にはそれ程咎める姿勢を感じない。
それっきり彼は身体を丸めて目を瞑ってしまった。
⋯⋯
⋯⋯⋯⋯
⋯⋯⋯⋯⋯⋯
「⋯⋯⋯⋯はっ!?」
あれ、もしかして寝てた!?
⋯⋯どうやらテーブルに突っ伏したまま眠ってしまっていたらしい。
泣き疲れたのだろうか。子供っぽくて何か恥ずかしい。
「起きたか」
「あ、おはよう、マモ様」
「馬鹿者、もうとっくに夕方だ」
スマホで時間を確認したら午後5時を過ぎたところだった。今は3月前半だし、既に外は薄暗くなっている。
ゴブリンを倒して帰って来たのが午後2時頃で、そこからマモ様から話を聞いて3時を過ぎたところまでは覚えている。
⋯⋯結構寝てたな。
「まあ仕方あるまい。回復したとはいえ、死ぬ寸前だったのだからな。そこから神子となったのだから、身体的には相当無茶をさせている」
「⋯⋯言われてみれば死にかけだったんだよな、俺」
ゴブリンに襲われて死にかけた事も、勇者になってゴブリンの群れを倒した事も全部夢だった様な気がして来る。
⋯⋯けど。
──────たゆんっ
「たゆんっ、じゃねえよ馬鹿野郎」
この重みが俺に現実を突き付ける。
「⋯⋯テーブルに乗せたらめっちゃ楽だ」
「⋯⋯貴様はさっきから何をやっているのだ」
マモ様が残念な子を見るかの様な目を向けて来る。
「現実を受け入れられなくて混乱しているに決まってるだろ」
「⋯⋯そ、そうか。すまん」
真顔で言ったら、マモ様は少し狼狽えた様子で謝罪を口にした。
今は兎に角、何でも良いから考えたり話していないとパニックでどうにかなりそうなんだ。
「⋯⋯お風呂入って来る」
マモ様がじっとこちらを見ている事に気付かず、俺は風呂場へと向かった。
× × ×
「⋯⋯トイレ行きたい」
トイレに行きたい。
お風呂の前に、トイレに行きたいのである。
「⋯⋯どうしよう」
既にトイレの便座の前で、出すものを出す準備は万端なのだが⋯⋯。
「⋯⋯やり方、わからん」
⋯⋯いや、何となくイメージは出来るけども。
「⋯⋯やば、漏れそう」
⋯⋯覚悟、決めるか。
⋯⋯⋯⋯
「⋯⋯色んなものを失った気がする」
色んなもの(物理)を失いました。この後にお風呂も控えてるってマジ?これ以上何を失えと言うんだ。
「⋯⋯無心で乗り切ろう」
そう決心して風呂場に向かう。⋯⋯が、
「⋯⋯良く考えたら、これから一生この身体で過ごすんだよな」
一旦、洗面所の鏡の前で冷静になった。
良く考えなくてもそうだったわ。
今日を乗り切っても、明日も明後日もこのままだ。
これから先、毎日無心で風呂に入るのか⋯⋯?
「⋯⋯無理だろ」
⋯⋯そう言えば、女になった自分の姿を見るのは初めてだな。
鏡に映った自分を改めて観察する。
顔立ちは基本的に、男の時の俺とそこまで変わってはいない。
元の俺の顔を女性っぽくしたらこうなるんじゃないか?って感じの顔をしている。
問題は身体の方だ。
「⋯⋯でかくね?」
胸部には立派な装甲が2つくっ付いている。
⋯⋯皆こんなもんなのか?俺が知らないだけか?
「⋯⋯何をブツブツ言っておるのだ」
「おわぁぁあっ!?な、なんでここにいるんだよ!?」
「⋯⋯貴様の様子が変だったから、見に来てやったのだ」
「そ、そっか」
⋯⋯もしかして、心配して見に来てくれたとか?
「その様子だと大丈夫そうだな。余程女体を観察する事に夢中だったと見える」
「⋯⋯ちょ、言い方ァ!」
「事実であろうが」
「いや、それは、そうなんだけど⋯⋯」
他にもっと言い方があったと思います。
「⋯⋯ところで何でこんなに胸大きいの?」
靴がまあまあブカブカになっていたし、目線の高さ的に多分身長も縮んでいるとは思うんだけど⋯⋯。
何故か胸だけやたら大きい。同級生でこんなに大きい人見た事無いんだけど⋯⋯。
「富を象徴するこの我の契約者なのだから、身体付きであろうが貧相なのは許さん」
「⋯⋯あ、そういう存在なんだ」
⋯⋯益々凄い神様っぽいんだけどなあ。
「とは言え、生物の身体を好き勝手に弄るのは流石の我にも出来ん。貴様のその姿は遺伝子に記された情報とそれ程離れてはいない筈だ」
⋯⋯???
「⋯⋯要するに、もし貴様が女だったら大体その様な姿になっていただろうと言う事だ」
「俺が女だったらこれだったの⋯⋯?」
「⋯⋯血筋か何かだろう。兎に角、それは我の所為ではない」
衝撃の事実なんだが?なんか、男としての尊厳がゴリゴリと削られて⋯⋯、って今更か。
「⋯⋯なんか疲れたからもう良いや。て言うかマモ様って男性?女性?」
「我に性別は無い」
「⋯⋯ふぅん。そうなんだ」
神様ならそういう事もあるだろう。知らんけど。
「⋯⋯一々気にするのが逆に恥ずかしくなって来た。さっさとお風呂入るわ」
「うむ。まだ話さなければならない事が幾つかある故、余り時間は掛けるなよ」
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