Ep2-27 校外学習ex-9
【夜霧】。それは勇者リンドウの扱う技の1つであり、周囲一帯を魔力で生み出した深い霧で覆い尽くすというもの。
霧自体は普通に白い色をしているのだが、余りにも濃い霧によって太陽光が遮られて辺りが暗くなるためにそう名付けられたらしい。
黒馬の視界は恐らく頭部や花に着いている大量の眼に依存したものであり、索敵においても魔力等による探知ではなく肉眼(花の眼に対してはその呼称が適切かは不明だが)によって行われている。
そのため、シンプルに視界を奪う攻撃、要するに煙幕系統は有効であると判断した。
初めは俺が赤いボール1つで発動する煙幕を大量に展開するつもりだったのだが、ボール1つで張れる煙幕の範囲は甘く見積もっても精々数メートルが限界で、巨大な黒馬の視界全てを奪うには流石に手間が掛かり過ぎる。
どうやらリンドウは俺より広範囲に影響を与える煙幕攻撃が出来るようなので、そっちの方は任せる事にした。それ以外にもやらなければいけない事は山程あるから、適材適所といったところだろう。⋯⋯というか、役割をきちんと割り振らないと明らかに俺の手が足りなさ過ぎるのだ。
出来る事は多くても、残念ながら俺の身体は1つしかない。一度にあれもこれもとやろうとするとすぐにキャパオーバーを起こしてしまうだろう。
まあそれは兎も角、今の俺には頼れる仲間がいる。俺は俺のやるべき事をきっちりと遂行するのみである。
▷ ▷ ▷
リンドウがなけなしの魔力を振り絞って作り出した煙幕は、黒馬の触手によっていとも容易く振り払われる。数度に渡って増殖し続けたその触手は、アルセーヌの奇襲により随分と減ったとは言え、その巨大さも相まって振るった際の風圧だけでも霧を吹き飛ばすには十分過ぎる威力だった。
「ウチの魔力量じゃ長くは持たない、けど⋯⋯」
──────少しの間で良い。彼女が次の手を準備する、その一瞬さえ稼げれば。
「⋯⋯さて、ウチはウチの仕事やるか」
これまでに処理し切れなかった地中から生える触手。黒馬本体に比べれば程遠いものの、魔力がほぼ枯渇寸前である現在のリンドウにとっては十分脅威となる。
しかし、今ここで花付きの触手を野放しにすると作戦そのものが失敗してしまう可能性が高い。故に絶対、疎かには出来ない仕事だった。
地面から生える触手が減ると黒馬は逐次補充してくる。よって黒馬本体より先に周りの触手だけを全滅させる事は実質的に不可能。
そしてアルセーヌもスウィートも本体に掛かり切りになっている今、こいつらの相手が出来るのは自分しかいない。
自身は満身創痍、敵は末端とはいえ大幅に格上。任せられたは良いが、このままではリンドウの方が先に倒れるのは自明である。
「⋯⋯んー、こんなもんか」
残り少ない魔力で多数の触手を相手にする。そのためにリンドウが用いたのは、なんと今この場で編み出した、新たな技だった。
彼女の良く使う技の1つである【水刃】。超高出力の水流を放出する事によって驚異的な切断力を有する輪を飛ばす攻撃だ。威力は高いが1つ放つのにもそれなりの魔力を使うこの技は、もう何発も撃てるものではない。
しかし他の技では明らかに火力不足。
⋯⋯そこで彼女は、水刃を飛ばすのではなく、留める事を選んだ。
両手に持つ扇の少し先に1つずつ、計2つの水の刃を漂わせる。
その状態を維持したまま、扇の動きに合わせて刃を動かす。維持するのにも魔力は必要だが、新しく刃を生み出すのに比べれば微々たるものだった。
これにより、射程というアドバンテージは無くなったに等しいが、魔力消費と技の威力という2つの問題を同時に解決したのだ。
「ふふっ、技パクったった」
モチーフにしたのは勇者リンドウ、⋯⋯いや、水倉 凛に最近出来た、不思議な友人が使った技。
本来は投擲するためのナイフを糸で無理矢理手繰り寄せ、簡易的な武器として再利用するというもの。
役割は全く異なるものの、その行動にインスピレーションを受けてこの技が生まれたのは事実である。
「【流纏】」
──────流れる刃を纏って敵を斬り裂く。着物をふわりふわりと靡かせて戦う姿は、まさに戦巫女とでも形容するのが相応しい艶やかな舞踏だった。
▷ ▷ ▷
「Gyaroaッ!?」
煙幕を全て振り払った黒馬の眼にまず写ったのは、黒馬の周囲に展開された無数のアルセーヌの姿だった。
「⋯⋯⋯⋯」
一言も発さず、ただ悠然とした微笑みを湛えているアルセーヌたち。空中に浮かんでいるように見えるのは、恐らく張り直した糸の上に立っているからだろう。
驚嘆による一種の静寂が場を包む。しかしそれは大量に存在するアルセーヌたちの内、十数体程が動き出した事によってすぐに崩れてしまう。
「Gyarooonッ!!」
真っ直ぐ突き進んで来るアルセーヌたちに対して触手による迎撃を行う黒馬。
黒馬の攻撃に対して抵抗の素振りを見せない彼女はあっさりと被弾し腹部を大きく抉られてしまう。
──────ボフンッ!
⋯⋯が、なんと触手に貫かれたアルセーヌの姿が膨張し、触手も巻き込んで小爆発を起こしたのだ。
威力自体は触手に傷一つ付かない小さなものだが、花の眼がそれなりに潰れてしまった。⋯⋯何より、相変わらず余裕そうに笑みを携えたままの無数のアルセーヌの存在が、手玉に取られているという事実を黒馬に強く叩き付けていた。
「Gyurararaaaaッッ!!」
激昂する黒馬。小爆発しか起こせないただのハリボテなど無視すれば良いと、自ら攻撃を仕掛け出した。
⋯⋯それが罠であるとは露知らず。
──────ザシュウッ!!
「Gyuroaaaッ!?」
黒馬が攻撃を仕掛けた方向とは逆側から巨大なナイフが飛来し、黒馬の首に深々と突き刺さったのだ。
⋯⋯そう、無数の分身は囮。分かりやすく目を引き、その間に自らは攻撃の準備を整える。
貴重な戦力を割いてまでリンドウに周囲の触手の相手をさせたのは、自身を探す『眼』を1つでも多く減らすためだった。
「Gyuッ、Gyuraaaaッッ!!」
「あははっ、翻弄されてんね〜!」
怒りに震える黒馬の叫びに応えたのは、アルセーヌやリンドウと比べると幾分か高い声。
黒馬が首だけで振り返ると、特徴的な金のツインテールを輝かせた勇者スウィートがやや後方に立っていた。
少し話は変わるが、黒馬には標的の優先順位が存在する。基本的には最も仕留め辛く様々な技で自身を翻弄するアルセーヌを脅威度が高いと判断し、多くの眼で追跡し触手で狙う。
⋯⋯しかし、とある状況においてそれは覆る。
「顔怖っ!これチュイッターに載せたらバズるかな〜?」
そう言うと徐に自身の専用武器『文明板』を取り出したスウィート。
「⋯⋯ッ!!」
あからさまに警戒した様子を見せる黒馬。そして若干焦ったように触手でスウィートからの射線を塞いだ。
文明板はカメラで撮影した敵の動きを封じる。速射性に優れ、隙も少ない。加えて攻撃は不可視かつ、まともに喰らえば追撃による大ダメージは避けられない。
一見防御不可能の技に思えるが、実はこれの対処は非常に分かりやすい。
綺麗な写真、勇者スウィートが言うところの『エモい写真』を撮らせなければ良いのだ。
つまり射線を切ったり、激しく動いたりすれば微妙な写真しか撮れなくなり、少なくとも同レベル以上であればスタンをする時間は殆ど無いに等しくなる。
⋯⋯特に、スウィートは写真を撮る際にお決まりの掛け声を発するので、折角の速射性という利点を少々活かし辛い。カメラ写りやスウィート本人の拘り的に仕方が無いのだが、そのような事情もあって撮影によるスタン攻撃を防ぐのはそれ程難しくはない。
「ほら、目線ちょーだい?はい、チーーズっ!」
既に数回喰らって痛い目を見ている黒馬にとってこの技を脅威度が非常に高いと認識し、咄嗟に防御を行うのは極々自然な判断であった。
──────カシャッ!
いつも通りのシャッター音がフラッシュと共に鳴り響いた。
黒馬の真正面から。
「⋯⋯⋯⋯なぁんちゃって」
後ろ側にいるスウィートの顔が愉悦に歪む。
ニマァ、と、普段の彼女からでは考えられない程に邪悪な笑顔を浮かべている。
ボフンッ、と一瞬だけ彼女の周囲を煙が包むと、中から現れたのは不敵な笑みを湛えたアルセーヌの姿であった。
「Gyiッ!?!?」
「知らないのか?怪盗は変装が得意なんだ」
硬直したまま器用にも驚愕の表情を見せる黒馬。それに対し、嘲るようにアルセーヌが種を明かす。
「やったね〜!流石アルセーヌっ!」
「先に目を潰しておいて正解だったな」
邪悪ではない純粋な笑顔で歓喜する本物のスウィートの下に、変装を解いたアルセーヌが転移で戻ってくる。
アルセーヌの言った通り、此度の作戦では黒馬の目を如何に掻い潜るかが重要であった。
草食動物、特に馬の視界というのは外敵を素早く発見するために、真後ろ以外の約350°もの広範囲を見渡せるというのは有名な話である。魔物である黒馬にも当てはまるかどうかは不明だが構造自体は似通っているし、何より周囲に生える触手に咲いた華にある眼も考慮すれば黒馬の視認出来る範囲はとてつもなく広大であると推測される。
スウィートに変装したままアルセーヌの能力を使うところを絶対に黒馬に見られる訳にはいかなかったため、可能な限り黒馬の視界を奪うのは必須だったのである。
実の所、アルセーヌはこの最終局面を予期して一番最初に黒馬の目を攻撃した訳ではないのだが、何をするにしても広い視界をどうにかする必要があるという考えは結果的に大正解であった。
「⋯⋯おー、そっちも良い感じじゃん」
「あっ、リンちゃん!」
「え、もう終わったのか?」
そこへ周囲の触手を全て処理し終えたリンドウが合流する。
まさかリンドウが単騎で触手を倒し切れるとは思っておらず、可能な限り早く黒馬を撃破して助けに行こうと考えていたアルセーヌは若干驚いたような声色だ。
「よゆーよゆー」
「嘘吐け、フラフラじゃないか!」
「無理しちゃダメだよ!?」
虚勢を張るリンドウだが既に魔力は底を尽きており、とっくに限界を迎えているのは誰の目にも明らかであった。
「ウチの事は良いから、早く黒馬やんなきゃっしょ」
「⋯⋯そうだな」
致命的なスタンが入っているとはいえ、いつ黒馬が動き出すとも限らない。一瞬でも時間を無駄には出来なかった。
「最後の仕上げだ。頼むぞ」
「よーし、頼まれたっ!」
気合い十分といった様子のスウィートが応え、隠れるために一度帰還させていた【人形兵】の内、クルちゃんと呼ばれていた魔道士風の編みぐるみを再び召喚する。
またも【菓子砲】をするかと思われたが、アルセーヌが待ったを掛ける。
「中途半端に黒馬を攻撃すると、あの異常な耐久でまた立ち上がって来るかも知れない」
その所為で何度も反撃を喰らったため、今度こそここで決め切るための一手が必要だった。
「だけど現時点で俺には黒馬を倒し得る程の攻撃手段が無い」
何度も彼女が言い続けてきた言葉。それ自体には全く嘘偽りは存在しない。
「俺には、な」
そう述べると、アルセーヌは奇術帽からハンカチーフを2枚取り出し、巨大化のマントを作る。
そしてそれを、クルちゃんをすっぽり覆うように被せた。
軈て被ったマントを振り払い現れたのは、なんと一般的な人間の倍程にまで巨大化したクルちゃんの姿であった。
『〜〜〜〜〜〜っ!!!!』
編みぐるみの眷属は声を発する事こそ出来ないものの、その動きや表情からは喜びとやる気を漲らせている事が十分に伝わってくる。
「いや、でっか⋯⋯」
「クルちゃんかっこいい〜〜っ!!」
アルセーヌの巨大化のマントは、『魔力を持つ非生物』を巨大化させる事が出来る。基本的にソロ活動主体であるアルセーヌは自分の攻撃を強化するためにこの技を使うが、実は他人のものでも条件さえ満たしていれば巨大化は適用される。
勇者たちが呼び出す眷属は、間違い無く生きてはいるものの、人間の定義する有機生物とは全く異なる魔力生命体である。
そのため巨大化可能な条件に偶然当てはまり、こうしてスウィートの召喚した眷属の強化に成功したという次第だ。⋯⋯ややズルいというか、制限の抜け穴っぽさはあるが。
「やっちゃえ、クルちゃんっ!!」
『〜〜〜〜〜〜っ!!!!』
その巨大な姿相応に巨大なお菓子を黒馬へと飛ばすクルちゃん。その威力はきっと先程までの比ではないだろう。
「Gyuruoooッッ⋯⋯!!」
巨大なお菓子で次々とデコレーションされる黒馬。燃える鬣も大量の触手も関係無く、まるでお菓子の家を建てるが如く盛大に飾り付けられていく。
「皆もっとこっち来て!」
「はぁっ!?俺も撮るのか!?」
「当たり前じゃん、早く早く!」
そして一頻り飾り付けが終わると、締めの自撮りをするためにスウィートが呼び掛ける。
「いや、俺はそういうの良いから!」
「ここまで暴れといてそれはナシっしょ」
「ぐっ⋯⋯!」
どこにそんな元気が残っていたのかリンドウも加勢し、一気にアルセーヌが不利になった。
「ちょ、2人とも近いって⋯⋯!」
「え〜?だって画面に入らないもん〜」
「ほら、詰めて詰めて」
両脇をガッチリと固められ逃げ場を失うアルセーヌ。【神出鬼没】を使えば簡単に脱出出来るが、それは言わぬが花だろう。状況的には両手に花の方が正しいかも知れないが。
「じゃあ撮るよ〜!はいっ、チーーズ!!」
──────ズドォォォォォオンッッ!!!!
大気を震わせる程の大爆発と共に、黒馬は跡形も無く消滅した。
⋯⋯余談ではあるが、3人+クルちゃんの写真は後日スウィートのSNSにアップロードされ、過去最大級に鬼バズりした。
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遂に決着です。長かった...
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