Ep1-2 むにゅっ
⋯⋯力が、漲る。ほんの数秒前まで致命傷を負っていたとは思えない程に身体が軽い。
呼吸はまだ少し苦しいが、これなら十分動ける。寧ろ倒れる前よりも何倍も元気だ。
立ち上がって黒い狐の方を見ると、相変わらず獰猛な笑みを浮かべてこちらを見ている。
まるで『存分にやり返してこい』と言わんばかりである。
ふと、狐との間に繋がりの様な物を感じた。契約したためだろうか?
その繋がりを追っていくと、自分の身体の中に広がっているのが分かった。
⋯⋯なるほど、これが『神々や精霊から力を授かる』という事なのだろう。授業でも習った、魔力というやつかも知れない。
⋯⋯魔力を感じる過程で、ふと身体に違和感を感じた。
──────むにゅっ
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯は???」
冗談抜きで思考がフリーズした。
⋯⋯胸が、ある。
妙に呼吸がし辛いと思ったら、怪我ではなく物理的に胸が締め付けられていた所為だったらしい。
徐に下半身に手を伸ばす。
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯無い」
15年間共に生きてきた相棒が、そこに無かった。
「⋯⋯ど、どどどう言う事???」
「⋯⋯対価は貰うと言った筈だが?」
いや、言ったけどさぁ⋯⋯。なんか、その、ねぇ⋯⋯?
「そう来るとは思わないじゃん⋯⋯」
驚き過ぎて今まで気付かなかったが、そう言えば声も少し高くなっている。ハスキー系の、女性にしては低めの声だ。
「⋯⋯まあ、それは対価とはまた別の物なのだが」
違うのかよ!一瞬信じたじゃねえか!じゃあ結局何なんだよ!
て言うかなんでそっちも若干気まずそうにしてるの?さっきまでの威厳はどうしたの??
「⋯⋯後で説明してやるから、取り敢えずさっさと済ませて来い」
いや、今更キリッとしても遅いよ?もうそこまで神秘的じゃないよ??
「⋯⋯はぁ。どうやって攻撃すれば良いの?」
「何でも良い。あんな雑魚共相手なら何をしても死ぬ」
その雑魚相手にさっきまで殺されかけてたんだが?煽ってんのか?お??
「⋯⋯面倒な奴だな。良いから早う行け」
まだ言いたい事はあったが、そろそろゴブリンたちが戻って来そうだったので意識を切り替える。
⋯⋯改めて良く良く観察して見れば、なるほど。確かに、狐が『何をしても死ぬ』と言ったのも頷ける。
何と言うか、存在の格?の様な物が全然違うのだ。
ゴブリンと狐ではまるで蟻と象、いや、ミジンコとシロナガスクジラくらい違うのでは無いだろうか。
彼?彼女?にとっては、本当に何をしても死ぬレベルの雑魚なのだろう。
⋯⋯まあ、それが俺にも当てはまるとは限らないけどな!
狐から力を与えられているとは言え、流石に俺にそこまでの力は無い。当然だ。俺は、力の一部を狐から貸し与えられているに過ぎないのだから。
⋯⋯武器とか無いの?ほら、勇者って大抵、剣とか槍とか、後は魔法とかで戦うじゃん。
⋯⋯という思いを込めてチラッと狐の方を見る。
「⋯⋯臆病者め。今の貴様なら素手でも余裕で倒せるわ」
だそうです。本当かなあ⋯⋯。
「良いか。そもそも奴らの攻撃が一般人にとって絶大な威力を誇るのは、奴らが魔力を纏っているからだ」
⋯⋯ふむ。確かにゴブリンから何かオーラ的な物は感じる。先程の存在の格の話もここから来たものだ。
「そして、今我が貴様に貸し与えているのは神力。魔力とは似て非なる物であり、この世界特有の力とも言える。因みに、精霊が貸し与える場合は霊力となる」
⋯⋯結局その神力やら霊力やらは、魔力と何が違うのだろうか。
気持ちが顔に現れていたのだろう。やや呆れた顔をしながら狐は話を続けた。
「簡潔に言えば神力や霊力は、魔力の上位互換という事だ。恐らく奴らの世界では、魔力とは誰もが持つ普遍的な力なのだろう。それ故に、密度が薄い。余程向こうの格が上でない限りこちらの攻撃は通るし、逆に向こうの攻撃はこちらに通らないだろう」
「⋯⋯要するに、似た力だから同じ土俵で戦える。しかもこっちの方が力が強いから超有利って事?」
「⋯⋯まあ、厳密には違うが今はその認識で良い」
つまり、俺たち一般人と魔物の力関係をそのまま魔物と勇者に置き換えれば良いのか。
勇者は魔物が持つ魔力とは別物の、より強い力を持っているから魔物を倒せるという訳だ。
多分、ゴブリンは勇者でさえあれば小学生でも倒せるって話もそう言う所から来ている気がする。それだけ勇者という存在がチートって事だね。
⋯⋯さて、ゴブリンはもう起き上がっているのに、どうしてここまで話し続けていられるかと言うと、奴らが何故か攻めて来ないからである。
先程まで厭らしい笑顔だったのに、今は警戒した様子で顔を顰めている。どちらも醜い事に変わりはないが。
⋯⋯ジリジリと、機を伺う様に距離を詰めたり離したりしている。何してるんだ?
「畜生でも、流石にここまで力の差があると分かるらしいな。もう良い、さっさと片付けて来い」
「えぇっ!?俺から攻撃するの!?ど、どうやって!?」
「⋯⋯知らんわ。殴るなり蹴るなり、何でも良いと言ったであろうが」
「⋯⋯そうでした」
⋯⋯こんなので本当に勇者なんてやって行けるのだろうか。
とは言え、狐の言う通り負ける気はしないので、気持ち的にはかなり余裕がある。
新米勇者の丁度良い練習と言った所だろうか。
⋯⋯いっその事、まっすぐ走ってさっさとやってしまった方が良い気がしてきた。
「⋯⋯う、うおぉぉぉおっ!!」
気持ちが萎えない内に叫びながら走り出した。
「おぉぉぉおっ!?」
⋯⋯のは良いものの、思ったよりもかなりスピードが出て困惑する。
なるほど、これが魔力、いや神力だっけ?による身体能力の上昇か。これでは確かに一般人の俺では相手にすらならない訳である。
とは言え制御出来ていない訳ではなく、純粋に自分の身体とは思えないスペックに驚いているだけだ。
動体視力とか瞬発力とか、制御の為の能力も強化されているのだろう。
「ギギィッ!?」
一瞬でゴブリンとの距離を詰め、拳を振り抜く。
バキィッ!と鈍い音が鳴って、ゴブリンが吹っ飛んだ。
顔面は見るも無惨な様相で、暫くするとゴブリンの身体が淡い光となって消滅した。
光の跡には小さな石が落ちている。これは魔物を倒した時に得られる『魔石』と言う物だ。
使い道が多いらしく、新時代のエネルギーになるかも?とか言われている。実際、魔道具を作ったり動かすのに必要だそう。
魔石の話は兎も角、魔物は何故か死体が残らない。ぶっちゃけ後処理が楽なので俺的には嬉しい。
そんな事を考えながら、2体目、3体目と全てのゴブリンを殴り飛ばす。無双ゲーをやっているかの様に吹っ飛ぶので少し面白いかも知れない。
あれだけ日和っていたのが嘘のように一瞬で片付いた。流石雑魚と言った所なのだろうが、だとしたら今までの俺の苦労は一体⋯⋯。
⋯⋯まあいいや。魔石拾って帰ろ。流石に疲れた。
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