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怪盗勇者アルセーヌ  作者: 十河 水屑
Chapter1, 悪魔の契約
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Ep1-1 邂逅





「「「グギギャギャッ!」」」




 ──────倒れ伏す俺が見上げる視線の先には、醜悪な笑顔があった。



 鼻は大きく、眼はギョロギョロとしていて、大きく裂けた口からは鋭い牙が覗いている。


 精々小学校低学年程度の身体に対して頭部は異様に大きく、頭でっかちで非常にバランスが悪い。


 極めつけに、肌は緑色でとても人間とは思えない。


 実際、人間では無いのだけど。



「ギギャアッ⋯⋯」



 世間一般でゴブリンと呼ばれるソレは、等級的には最下級の魔物だ。出現する頻度こそ高いが脅威度はレベル1と、それこそ小学生でも倒せる。





 ⋯⋯手段があれば、の話ではあるが。



 ──────腹からドクドクと流れ出る自らの血液を眺めながら、覚束無い頭でそんな事を考えていた。







× × ×







 今から丁度20年前、後に『魔物』と呼称される異形が世界中に出現した。


 異次元より侵食して来た魔物はどうやらこの世界の法則が適用されないらしく、現代兵器の一切が全く歯が立たなかった。


 後に『災厄の日』と名付けられたそのたった1日で世界は蹂躙され、一時は世界人口が大幅に減少したと言われている。



 このまま人類は滅びるのかと世界中の誰もが思った時、突如として一筋の光が現れた。


 自らを『勇者』と名乗るその光は次々と魔物を打ち倒し、6人の仲間と共に人類滅亡の危機を救ったのである。



 本来下界に無闇に干渉しない(はず)の地球の神々だったが、異なる次元から当時の人類にはとても手に余る侵略を受けた。

 流石にこれを良しとはせず、世界に存在する神々や精霊の力の一部を適正の高い人間に与える事で、魔物への対抗手段としたのだ。







× × ×







 今日(こんにち)においてもその仕組みは変わっておらず、数多の勇者たちが世界の平和を守っている。



 流石にこれは珍しい事だが、俺、坂富(さかとみ) 志依(しい)の母は勇者だった。と言っても所謂(いわゆる)サポート特化の勇者で、元々研究者だった事もあって自らの能力を利用、研究し、様々な功績を残した。

 最初の魔物侵略からたった20年という年月で復興が果たせたのも母の影響が大きいと言われている。

 父は勇者では無かったが、そんな母を支える立派な研究者だった。


 更になんと俺の家の隣にも勇者が1人住んでいる。

 幼馴染として昔からお世話になっている3歳年上の女子高生が現役勇者なのだ。


 それは兎も角、基本的に魔物には発生の予兆が存在するので、余程の事が無い限り一般市民に被害が出る前に各エリア担当の勇者が到着し対応する。



 (ちな)みに弱い魔物程予兆から出現までの時間が短いので、最弱と名高いゴブリンはかなり発生が早い。

 なんと20年前の災厄の日等の例外を除けば、一般市民への被害数はどの魔物よりも多いのである。



 ⋯⋯結局何が言いたいのかというと、運が悪かった。


 魔物は別世界から俺たちの暮らすこの世界に渡る際、一旦世界と世界の『狭間』を通る。

 狭間は世界のすぐ裏側にあるとされ、裏世界なんて呼ばれる事もある。


 現在では、こちらの世界に侵入される前に勇者が狭間に突入して魔物を倒しに向かうので、滅多な事が無い限り魔物が俺たちの世界にやって来る事は無いのである。


 そして、一般人が運悪く俺たちの世界側から狭間に迷い込んでしまう事故が極稀に起こる。

 更に不幸な事に、迷い込んだ先で勇者に処理される前の魔物に出会って命を落とすケースも年に数件だが存在するのだ。



 ⋯⋯今の俺の様に。



「ギギギャア⋯⋯」



 勇者でさえあれば、もしくは勇者の力由来の『魔道具』と呼ばれる道具があれば小学生でも余裕で倒せるとは言われている。

 ただし、当然の事ながらどちらもただの一般人には縁の無い物なので、俺にとって目の前のゴブリンが悪夢そのものである事に変わりは無い。



 魔物に出会ったら即逃げるのが鉄則なのだが、運悪く複数のゴブリンに囲まれてしまった。



 最弱魔物の攻撃であろうと一般人には致命傷だ。簡単に皮膚は裂け、肉は抉れ、臓物は飛び出る。




 ⋯⋯よりにもよってゴブリンに殺されるのか。



 こいつらはその残虐性でも有名だ。

 獲物を嬲り、ゆっくりと痛めつけて苦痛に歪んだ顔を見て何故か悦ぶという性質を持っている。



 俺も(かつ)ての被害者たちと同様の、悲惨な末路を辿るのだろうか。



 ⋯⋯傷口は焼けそうな程熱いのに、身体は妙に寒い。





 ⋯⋯自分の血が、生命が、どんどん流れ出ていくのが嫌という程分かる。







 ⋯⋯このまま、両親と同様の末路を辿るのだろうか。








 結局、何も守れずに、俺は──────







『助けが欲しいか、矮小な人間よ』



 それは唐突に聴こえた。頭に直接響く様な声。



『奴らに抗う力が欲しいか』



 高くもなく低くもなく、男性か女性かすら分からない。



『選べ。このまま卑しい畜生共に嬲り殺されるか、我と契約して奴らを屠る術を手にするか』



 非常に落ち着いた、この場にはとても似つかわしくない悠然とした声音で俺に語りかけて来る。



『早くしろ。我は気が長い方ではない』



「⋯⋯しま⋯⋯す」



『ふむ。先に言っておくが、これは施しではない。それ相応の対価は貰うが、本当に良いか』



「⋯⋯それ、でもっ!この、まま⋯⋯、死ぬ、くらい、ならっ⋯⋯!」




 ⋯⋯今まで、ただ眺めるだけだった。



 テレビやスマホで勇者が活躍するのを、ただ眺めるだけだった。



 幼馴染の彼女が周囲に期待されるのを、ただ眺めるだけだった。




 ⋯⋯妹が魔物に傷つけられるのを、ただ眺めているだけだった。




 俺には2歳年下の妹が居る。5年前、俺たち家族は大規模な魔物災害に巻き込まれた。




 俺が勇者だったら、あの日妹は心と身体に傷を負う事は無かったかも知れない。




 ⋯⋯父さんや母さんは死ななかったかも知れない。




 仕方無いと諦めるには、勇者の存在は身近過ぎて。



 そりゃあ親が勇者で、隣の家にも現在進行形で大活躍の勇者が居るとなれば、何故俺だけがと思うのも無理はないだろう?



 もう何度も助けられてきた。みっともない姿を何度も見せてきた。

 実際、その日魔物に殺されそうだった妹と俺を救ってくれたのも、その幼馴染である。



 死ぬ程勉強して、次の春から彼女と同じ国立魔物対策高等学校本部に通える事になったのだって、諦め切れなかったからだ。



 どれだけ努力しても、俺は勇者になれなくて。



 どれだけ訓練しても、勇者である彼女とは身体能力が違い過ぎて相手にすらならなかった。



 その度に向けられる視線が、悔しくて、情けなくて。



 曰く、神々や精霊の魔力で身体が強化されるから、普通の(・・・)人間は相手にならないらしい。



 ⋯⋯結局俺は、何処までも普通の人間だった。





 そんな俺が、もし、勇者になれるのなら。





 誰かを、救えるのなら──────





「悪魔に、魂を売っても良いッ⋯⋯!」





 ⋯⋯姿は見えない筈なのに、謎の声の主がニタリと嗤う。そんな気配がした。



『良かろう。ならば契約成立だ』




 ──────その瞬間、黒い風が吹き荒れる。




 ゴブリンたちは塵のように吹き飛び、遠くで尻餅をついている。


 俺も吹き飛びそうになるのを堪える。⋯⋯と言っても倒れているので何も出来ないが。


 (しばら)くしてつむじ風の様に渦を巻く風が収まると、いつの間にか真ん中には黒い狐が鎮座していた。



 野性味溢れる出で立ちと、黒ベースに赤のアクセントカラーといった創作でしか存在しない様な色合いが、妙にマッチして存在感を際立たせている。



 黒い狐は、とても救いの手を差し伸べるとは思えない獰猛な笑みを浮かべて俺を見ている。



「では、早速働いて貰おうか」



 ⋯⋯その直後、俺は光に包まれた。





ここまで読んで頂いてありがとうございます。

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