狂犬の初恋
気晴らしに短編書いたらなぜか十万字。
最大七万文字らしいので、約六万文字まで削ってみました。
後半バッサリ切ってますが、呼んでいただければ幸いです。
なお、3/4より連載版始めました。
よろしければご覧いただければ幸いです。
「ニフェール・ジーピン、あなたとの婚約を破棄いたしますわ!」
「……誰ですか?」
「は?」
昼休み中、食堂でゆっくり塩パスタ特盛を堪能しているとどこからともなく現れた女性が婚約破棄をしてきた。
ちなみに武門貴族であるジーピン男爵家三男である僕、ニフェール・ジーピンはまだ誰とも婚約をしていない。
そして、この女性を僕は見たことがない。
同学年っぽいが、授業でも見た記憶が無いので、学部が違うのかもしれない。
周囲の観客がざわつく中唖然とした表情をする女性に対してもう一度問いを行う。
「もう一度聞きます、あなたは誰ですか?
僕はあなたと会ったことが一切ないのですが。
それと、僕に婚約者はいませんよ?」
「嘘ですわ!
あなたの御父上であるアダラー様と我が父ニーロ・セリンとの間で婚約の書類にサインをしております!」
父上から聞いたこと無いんだが?
それと、確かセリン家って文官貴族にいた気がするなぁ。
なんか有名なあだ名をつけられていた記憶が……。
「それはいつの話ですか?
一度も聞いたこと無いのですが。
また、セリン家の話を家族と一度もしたことが無いので」
僕の説明にショックを受けつつも女性は噛み付く勢いでしゃべり倒す。
「五年程前ですわ!
王都の我が家にアダラー様をお呼びして書類を作成しましたのよ!」
知らんが?
聞いたこと無いぞ。
「五年前ですか。
その話自体初めて聞きましたが」
「そんな!」
「確認ですが、婚約後一度でも僕から手紙とか届いてますか?
また、あなたから僕に手紙を送られましたか?
最低でも僕は一度もあなたに手紙を送ったことがありません。
なんせ、あなたの事を知りませんから」
「なっ、なっ、なんてことを!」
いや、そんな文句言われても。
こっちは全く知らないんだから。
「先ほどから申し上げておりますが僕はあなたを一切知らず、話をしたこともなく、手紙を送ったこともございません。
多分、人違いかと思います。
もしくは、我が父上の名が出ていたので、うちの兄弟の婚約者なのでしょうか?
とはいえ、記憶の限りでは長男以外に婚約者はいなかったはずですし、長男の婚約者は僕も知ってます」
「流石に今学園にいる範囲の年齢よ!
あなた、ジーピン家の末っ子でしょ!」
「いえ?」
「は?」
なぜ驚くんだ?
名指しで婚約破棄を求めてきたのに。
「僕はジーピン家の三男で、下にもう一人おりますよ?
ただ末っ子となると、まだ十歳なので学園にはおりません。
あなたの発言はどれが真実なのか分からないのですが?」
僕が「発言の真偽をちゃんとまとめろや」という思いを遠回しに言うと黙ってしまった。
そこで黙られると困るんだけど。
「とりあえず、僕が対象であった場合は婚約破棄で構いません」
「えっ?」
「まず、父上から婚約話を一切聞かされておりません。
そんな状態で一切お会いしたことも無い方に懸想する理由もありません」
「……」
ポカンとしているが、なぜそんな顔をするのでしょう?
知らない相手に懸想するってどんだけ妄想豊かな人物と思われているんでしょ?
「ただ、本当の婚約者がどなたかちゃんと確認してはいかがでしょうか?」
悔しそうにこちらを睨んでくるけど、あなたの訳の分からない発言がきっかけなんですからね?
そこ間違えないでくださいね?
「それと僕とあなたの間に実際婚約の話があったとして、家同士の話になるので基本的にニーロ様と我が父上の間で整理することになります」
これは当たり前なんだけど、分かりますよね?
「なので、まずそちらはセリン伯ニーロ様にお伝えして処理を進めてみては?
こちらからも父上にこのような話が出ている理由を問いただしたいと思います」
黙って頷いているのでそのまま話を続けるが、大丈夫かこの子?
妙に不安を感じるんだけど?
「ただ、領地に手紙を出すことになるので回答に十日は見る必要があります。
また、その後に王都に来るとなると、ケリをつけるまで一月はかかりますがそこはご了承ください」
淡々と「婚約破棄を受け入れる、書類処理を進めるために親共の尻叩け」という内容をデコレートした言葉で伝える。
女性はまだ何か言いたそうだったが、これ以上騒いでも話が進まないというのは感じたようで急ぎ自宅に戻っていった。
多分、婚約破棄の書類を急ぎ作成しに行ったのだろう。
食堂では先程のやり取りについて噂好きな者たちがこちらを見ながら囀っていたが、無視してすこし冷えた塩パスタを楽しむ。
冷えたからなのか、訳の分からない婚約破棄に巻き込まれた怒りが燻っているのかいつもより固く、味が落ちている気がした。
学業の時間も終わりさっさと学園生寮に帰ろうとすると、三人のガラの悪い奴らに絡まれた。
レスト、トリス、カルディア。
三人とも僕の家と同じ寄り親に仕える者、まぁ取り巻きたちだ。
僕も取り巻きの一人だったが、とある事件を経て有能と判断されて側近の末席の立場を頂いている。
その頃から僕のことが気に食わないのかよく無駄な嫌がらせをしてくる。
まぁ、僕もこいつらが嫌いだが。
「よう、【狂犬】。
お前何やらかしたんだ?
噂では食堂で婚約破棄されたって話だが?」
妙に苦しそうな呼吸をしながらレストが話しかけてくる。
体調悪いのなら無理に声かけなくてもいいのに。
ちなみに【狂犬】のあだ名については後ほど。
「僕も知らないよ。
第一、まだ婚約者はいたことがないんだから」
「「「は?」」」
「親が隠しているのでない限り、僕に婚約者はいない。
なので、あっちの勘違いの可能性が高い」
「おいおい、そんな馬鹿な話あるかよ」
胸が苦しいのか胸元を押さえながらトリスが否定してくる。
だが、こちらとしては情報が無いから何とも言えないんだよなぁ。
「そう言われてもなぁ、騒いでいた女の顔も初めて見たし」
「「「はぁ?」」」
そんな呆れないでくれよ。
本当に知らない人物から声かけられてこちらも困惑してるんだから。
「え~っと、それ本気で言ってる?」
立ち眩みを起こしているのかフラフラしながらカルディアが聞いてくる。
お前は関心持つ前に保健室に行ってきた方が良くないか?
「本気だよ。
というか、もしお前らが何か知っているのなら教えて欲しいくらいだ」
「いや、噂で聞いただけだから俺たちは何も知らねぇ。
だからこそ聞きに来たんだがよ」
「なら諦めてくれ。
僕も情報が欲しくて困ってるくらいなんだ。
それに『あちらの勘違い』と『うちの家が僕に婚約者居るのを伝えない』。
どちらが可能性高そう?」
「流石に家のやらかしは想像しづらいな。
チッ、何か情報得られるかと思ったんだが、無意味だったか」
三人は僕が本当に何の情報も持っていないと判断したのかそのままいなくなってしまった。
多分、揶揄おうとしたのだろうが無駄だったな。
そのまま学園生寮に戻り、急ぎ父上に「事態の報告」「セリン家と当家の関係」「自分の婚約についての確認」の追及をする手紙を書く。
ただし、少々心がささくれ立っていたからかかなり汚い言葉で書き殴っていた。
内容を見れば父上にもこちらの怒りを理解してもらえるだろう……多分。
まともに対応してくれないのならば、母上にいくつか情報を流すか。
確か執務机の右側最下段の引き出し、そこの二重底になっている所に隠してある若い女性の詳細な裸絵画数枚入っていたはず。
そんな感情に振り回されていると、一つ大事なことを思い出す。
……あれ?
……あの女性に名を名乗られてないぞ?
……セリン家のどのお嬢さんだ?
結果、
「この婚約破棄を言い出した娘から名を名乗られておりません。
父上とセリン家当主の名を出しているのでそこから誰なのかそっちでご判断ください」
と、何とも締まらない記載をする羽目になった。
手紙の準備が終わり急ぎ学園の庶務課に依頼をする。
今は雨の少ない季節なので三日か四日で領地に届くだろうとのことだ。
となると急ぎ回答してくれたとしても、八日と見た方がいいな。
庶務課の方に礼を言い寮に戻ろうとすると、我が家の寄り親で武門貴族のトップであるジャーヴィン侯爵家の三男、フェーリオ・ジャーヴィンがこっそり近づいてきた。
いつも通り家の紋章――狼の横顔と二本の槍を交差させた形――のリボンタイをつけて、ってそのリボンタイ、この前婚約者に貰ったとか抜かしていたやつか?
こちらが気づいたのを見て一瞬ニヨニヨしつつもすぐに真面目な表情に戻し質問してくる。
「ニフェール、今日の昼の件は本当に何も知らないのか?」
心配してくれているのは分かる。
気持ちはありがたいのだが、答えようがないんだよなぁ。
「全く知らない。
と言うか、今もあの女の名前が分からないんだ」
「は?」
なおフェーリオに対して立場(寄り子)的に敬語で話すべきなのだろうが、妙に気が合ったのか普通に話していいと許可をもらっている。
まぁ、場所をわきまえてという条件は付くけど。
「先ほどの食堂であの女名乗ってないんだよ。
セリン家の者であることは会話から分かるんだが、むしろお前知らないか?」
「おいおい。
いや、俺も知らんけど」
「正直、こちらからするとその程度の認識しかないんだよ」
「そんな輩がうちの側近に喧嘩売るとは、なかなかいい度胸だな」
「寄り子としては喜ぶべき言葉なのだろうけど、なんとなくあの令嬢そこまで理解していない気がする」
「ふむ、そこまでか。
名前くらいならこっちで調べようか?」
フェーリオの提案に驚きつつも僕はお願いする。
「すまないが頼めるかい?
ちなみにどうやって調べるの?」
「え?
ジルに聞くだけだからそんな大変なことじゃないよ?」
「あぁ、婚約者殿か」
婚約者のいない僕としてはなんとなく負けた気になる。
しかし情報を得ることは大事だと自分に言い聞かせ調査を頼むことにする。
翌日、フェーリオと婚約者で宮廷貴族トップであるチアゼム侯爵家令嬢ジル・チアゼムから今回の婚約者騒ぎの人物の名を聞くことができた。
「あの方の名はグリース・セリン。
うちの寄り子であるセリン伯爵家の長女ですね。
婚約者はいるようですが、どなたかまでは存じ上げませんわ」
「へぇ、チアゼム家でも掴めなかったのかい?」
「えぇ、過去にうちの親族の子爵家次男が婚約申し込みをしたのですが、既に婚約者がいると断られております」
フェーリオとジル嬢の会話に気になるところがあったので僕は会話に割り込む
「その申し込みっていつ頃です?
確か、五年前にうちと婚約したとか言ってたけど」
「二年前なので齟齬はありませんわね」
齟齬があることを期待していたんだが、ダメだったか。
「婚約者と王都でパーティとかに出たという話はありますか?」
「聞いたこと無いですね」
「ダメですか」
こっちもダメなら後情報得るルートが思いつかないなぁ。
あれ?
「なぁ、セリン家ってあのセリン家?」
「あのが何処を指しているのかにもよりますが、『善人の家』とはよく言われてますわね。
まぁ、だからこそ側近にはせず取り巻きレベルで止めているのですが」
「善人の家」
当主の人格は文句なし。
ただ、当主の能力は期待できない。
それを揶揄した言葉。
そんなあだ名をつけられる程周りの家から舐められているということだ。
「まぁ、これ以上は悩んでも仕方ない。
親父さんが来るのはどのくらいになりそうだ?」
「よほど運良くて六日だな。
一応八日で考えているけど」
「ならそれまで俺たちと一緒に行動するか?」
フェーリオの提案はとてもありがたい。
ただでさえ食堂で「婚約破棄された男」と言われ変に有名になってしまった。
それに一部の女子からは女の敵扱いされ始めている。
ただ……。
「気持ちはありがたいがそれは断る。
代わりと言ってはなんだが、頼みたいことがある」
「……それは俺にできることか?」
「むしろ、お前がやらないといけない。
それと、ジル嬢も同じ条件で頼みたいのですが?」
「あら、わたしもですか?」
「えぇ、条件は――」
その条件を二人に説明すると、ものすっごい表情で僕を見てきた。
無理に言葉にするとしたら「アンタバカァ?」だろうか?
「そこまでやるのか?」
「そんな無理しないでいいのですよ?」
二人が心配してくるが――
「ちょうどいい機会だと思うんだが?」
――と、真顔で聞くとフェーリオが少々怒りを交えた声で聞いてくる。
「それやってお前が危険な目にあったらどうすんだよ!」
「【狂犬】がちょっと暴れるだけだよ?」
真面目に答えてやったのにフェーリオに呆れられてしまった。
ちなみに、先のレストとの会話でも出てきた【狂犬】の異名について。
フェーリオとジル嬢がデートしている時に襲い掛かろうとした暴漢二名を叩きのめしたことに由来する。
当時、取り巻きとしてそばにいたのだが、運悪く護衛として行動を取れるものがおらず、他の取り巻き共はフェーリオたちを守らずに逃げ出してしまった。
そこで体張って二人を守った結果、側近の末席を頂いている。
ただそのやり方が……後から考えるとまずかった。
殴る蹴るだけではなく目を抉り喉笛に噛み付き衛兵が来たときには暴漢が被害者と思われていた。
フェーリオが根気強く衛兵に説明してやっと信じてもらえたという。
ちなみに、ギリ殺していなかった。
あともう少しだったみたいだが、善意の医者が助けてしまったらしい。
チッ!
なお本件については学園長から雷を落とされ、ジャーヴィン侯爵からはお褒めの言葉を頂き、王都の衛兵長からは『行動は正しいがやり過ぎだ!』という言葉を貰っている。
まぁ側近の末席につけたのもあるので差し引きプラスかな。
「ニフェール様、本当に危険……はあるのでしょうけど命を落とすようなことはありませんよね?」
「流石に命落とす程度の事は僕もゴメン被りたいです」
まぁ、こんな言葉で信じてくれるとは思っていないが。
「予想だが、今回は愚か者が僕を悪者に仕立て上げるべく噂を広めるか、直接クズ呼ばわりしに来るくらいじゃないかな。
それなら決着つくまで我慢しておけばいいかと」
微妙に二人とも悩んでいる。
「決着ついても言い出す輩は……まぁ【狂犬】と戯れてもらいましょうか」
こちらのヤル気を理解したのか、二人とも渋々ではあるが協力を約束してくれる。
いや、持つべきは(権力のある)友達だな。
その間女子生徒からのクズを見るような視線や男子生徒からの嘲笑に耐え、可能な限り他の奴らと接しないよう気を付けていた。
とはいえ、グリース嬢もベラベラと話しているようで噂は広がる一方。
鎮静化させるのも難しくなってきた。
ただ、クズ扱いする奴らの中にはフェーリオやジル嬢の取り巻きもいた。
レストたちが言いふらしているのを見たそうだ。
予想通りと言うかなんというか。
そして八日後に返信が届き大急ぎで読んでみると、予想を超える回答を貰ってしまった。
ちょうどフェーリオ&ジル嬢と一緒にいたのでそのまま手紙の内容の話に移る。
「さて、何て書いてあったんだ?」
「まず、俺に婚約者がいない。
そこは認識合っていた。
ただ……弟の婚約者があの女だったらしい」
「えぇ!」
「嘘でしょ!」
二人ともとても驚いているが、それは俺も同じだ。
これ読むまで弟に婚約者がいたことも知らなかったしなぁ。
普通、家族内で情報共有するだろう?
「言いたいことは分かるが、事実らしい。
そして弟が婚約していたこと、俺は今まで情報を貰えてなかった……」
二人ともそんな痛々しそうな表情でこっちを見ないで欲しい。
流石にダメージがデカすぎる。
「んで、この件でセリン家に伺うから同席しろと書かれている」
「ん~、同席はまぁ仕方がないかな。
なんせ、無関係なのに罵られ学園での立場を最悪な状態にされたんだから、最低でもその点については学園で謝罪はしてもらわないとな」
「そうですわね、でもちょっと気になるのですけど」
「なんだい?」
ジル嬢が顎に指を当て懸念点を説明してくれる。
「食堂でのやり取りを聞く限り、会話の中に弟君の名前は出てないんですよね?」
「「……あっ!」」
「もしかしてあの令嬢、婚約相手勘違いしてません?
婚約したのは弟君だけど、当人はあなたと婚約したと思ってたとか?」
僕はフェーリオと顔を見合わせ、互いの視線で通じ合う。
(ありそうだよな)
(可能性高そう)
「あ~、正直可能性は高そうですけど……」
「けど?」
「その場合なぜ我が家なのかが分からないのですよ。
弟の婚約まで家同士でのやり取りが無かったようなんです。
なので、父上も婚約の話を聞き困惑していたようです」
元々文官系のセリン家と武官系のジーピン家。
それに加え寄り親は別。
これで突然婚約なんて話がでるなんて予想はできない。
「まぁそうでしょうね。
セリン家は我がチアゼム家の寄り子で伯爵家。
普通だったら男爵家と婚約するのは無いとは言いませんがセリン家側に利が無いと判断されますわね」
「でしょうね。
こちらもそう考えていたのですが」
ジル嬢と一緒になって首を捻る。
「それに加え、セリン家でもどこからグリース嬢が我が家を知ったのか不明のようで皆が困惑する事態だったようです。
まぁそれでもグリース嬢の希望――というか我儘――を通したようですが」
「正直【狂犬】を婚約者に求めるタイプには見えないがなぁ」
「その異名と色恋沙汰を合わせるのやめてよ、恥ずかしい。
元々兄さんたちからは愛玩犬扱いされてたんだから恥ずかしさが増すんだよ」
ニヨニヨするフェーリオ。
恥じる僕。
そしてそれを見守り楽しむジル嬢。
どう見てもカオスだった。
「ちなみに武門貴族より宮廷貴族を求めそうなタイプに見えたが違いますか?」
ジル嬢に問うと困りつつも返答をくれる。
「確かにうちの寄り子たちは武門貴族に嫁に行きたがる人は珍しいですね。
ただ、グリース嬢の情報が少なすぎて判断できる情報が無い。
むしろ、この後修道院に向かうと言われた方が信憑性があるんですよね」
「そこまでですか?」
「婚約しているという情報が無ければあまり目立つ行動を取っておりませんの。
関心がないのかとも思ったのですが」
皆で頭を抱えるが理由を思いつけずに結局同席して出たとこ勝負となった。
後で結果報告は求められたが、それは仕方ない。
家の恥を晒すことになるかもしれないが報告漏れの方が怖い。
「……ちなみに、あっちの方は?」
「悲しいが入れ食い状態だ」
「うちもですわね。
まぁ、配置変換の検討はもう始めておりますわ。
この件が片付いたころには新体制で始動できますわね」
「やっぱりあったのか。
まぁそこはお二人にお任せしますよ」
それから数日後の夕方、父上と弟であるアムルが領地からやって来た。
二人とも目に見えて分かってしまう位疲労が濃い。
「お久しぶりです、父上。
それと、アムル」
「うむ、ニフェール、息災だったか?」
「えぇ、今回の事が無ければ平和に学業を修められる予定でした。
それに事前にアムルの婚約を教えておいてくれれば、ここまでこじれることも無かったのですがね」
嫌味ついでにちょっとキツいことを言うと、流石に迷惑をかけたことを反省しているのか――
「……すまない」
――と、あっさりと謝罪した。
ここで追い打ちをかけるのも手だが、それよりも優先すべきことを成すべきだ。
悲しみの最中にあるアムルに近づき、優しくハグする。
「アムル、元気だったか?
あのバカ女にいきなりふざけた連絡受けて辛くなかったか?
辛かったろう、怖かったろう、悲しかったろうなぁ。
ごめんなぁ、兄ちゃんあれがアムルの婚約者になってたなんて知らなくってな。
本当に父上の頭の中が空っぽすぎて呆れてしまうよ。
知ってたらあの女の目を抉り耳鼻を削ぎ顔の形が変わるまで殴り倒したってのに……」
心配する僕に(なぜかヒかれつつも)弟は「大丈夫です、兄上!」と神々しい笑顔を見せてくれた。
なぜか、焦っているようにも感じられたが多分気のせいだろう。
アムルを慰め(個人の認識です)た後、父上と実家側の情報をいくつか聞いていく。
「アゼル兄やマーニ兄はどうしたの?
よくあの二人を置いてこれたね?」
「あいつらは準備を始めている」
ん?
「回答如何ではセリン家に特攻も辞さないと言っている」
「あぁ、そりゃそうだろうね。
ただ、一緒にセリン家を滅ぼしに来ないのが分からない。
いつもなら既に処してるでしょ?」
「今回の婚約の経緯が単純にセリン家壊滅で済む話ではなさそうなので待機してもらっている。
グリース嬢一人の暴走に感じているのだ」
「まぁそうだろうね。
それでもあの二人が大人しくしているというのが信じられないんだけど」
「……アムルが泣いて止めた」
「あぁ……」
うちの家は兄弟仲がいい。
特に末っ子のアムルに対して僕を含めた年上の三名はとてもかわいがっている。
そう……とても。
領地でアムルをイジメた輩には僕が顔の形が変わるまで殴り倒す。
領地でアムルを誘拐しようとした輩にはマーニ兄が身体の骨を砕きまくる。
領地でアムルに(性的に)襲い掛かろうとした輩にはアゼル兄が胸と股間を削ぎ落す。
……一応記載するが、アムルを狙うのは男女問わずだ。
まぁ可愛いからなぁ。
僕たちの不断の努力の結果、アムルは無事素直で優しい男となった。
ただ同時にアムルを害しようとする輩に対しても慈悲を与える聖者のような心を持ってしまった。
それが悪いわけではないのだが、優しすぎることからそれにつけこむクズが湧いて出てくるので、兄三人でゴミ掃除(比喩表現)をしている。
だが、アムルはその優しさをもって僕たちのゴミ掃除(比喩表現)を泣いて止めてくるのだ。
僕たちはその涙に勝てず、諦めるしかなくなる。
ちなみに、マーニ兄は学園で【魔王】、アゼル兄は【死神】と呼ばれていたようだ。
それに比べれば僕の【狂犬】なんて実際は【愛玩犬】程度のものだろう。
その後、二人を宿に案内しセリン家と予定を合わせ明日朝から会談を開くことになった。
その情報はフェーリオとジル嬢にも伝え、ついでに明日の会談後に会えるよう調整しておく。
そして会談当日。
「さて、セリン家に行くぞ。
この面倒な話にさっさとケリをつけたい」
「ええ、早く終わらせてのんびりしたいですよ」
「ニフェール兄さん、無茶はしないでくださいね」
「大丈夫だよ、無茶なんてしないさ。
いつも通りにするだけだよ」
(そう、人の形を留めない位に殴るだけだよ。
やらかすのならな)
アムルには言えない部分は心の中にしまい込み、戦場に向かう。
戦場で双方顔合わせというところで、僕の方に異変が起きた。
擬音で説明すると、こんな感じだろうか?
ズ ッ キ ュ ー ン ! !
グリース嬢……の隣に座られた女性。
二十歳くらいの……胸に大きなお持ちものが鎮座しておられる。
お恥ずかしながら、うちの家族の男どもは皆似たような性癖を持っている。
直截的な発言は避けるが、大きな包容力(比喩表現)のある御姿をされた女性に釣られている。
包容力(比喩表現)の範囲は個々で微妙に好みは違うが。
僕にもその血は流れていたようで既に心を奪われていた。
だが、それと同時に自分のものにはならないことも分からされていた。
席の並びが当主・当事者である娘・心奪われた女性の順で並んでいる。
となると、この女性は当主の奥様である可能性がとても高い。
ただ、当人の年齢と娘の年齢から察するに後妻って奴だろう。
(伯爵ともなれば若い嫁さんゲットできるんですねぇ、ケッ!)
と心で思ってしまった。
なお、僕にとっては初恋だった。
声を発する前から破れてしまったよ。
戦場で双方顔合わせというところで、グリース嬢の罵声から始まった。
その罵声がまともな内容だったらまだ会話になったのに。
「さて、この度は婚約破棄について――」
「そちら、ニフェール殿の不始末による婚約破棄ですわね(ペペッ)!」
「「「「「はっ?」」」」」
なお、この場にいるのはセリン家から当主ニーロ殿とその奥方であるラーミル様、そして当事者であるグリース嬢。
ジーピン家からは当主アダラーと当事者アムル、そしておまけで僕ニフェール。
初手の罵声はグリース嬢。
呆れと疑問の混じった発言は他五名。
なぁ、セリン家はこの婚約をグリース嬢に説明してないんじゃないのか?
流石にこの場での頓珍漢な罵声は冗談抜きに賠償金増額確定なんだが。
それと、唾吐き出すなよ、汚いなぁ。
確か、食堂ではそんなことしてなかったはず。
となると、素がこっちか。
「グリース、訳の分からないことを言うのは止めなさい!
それと唾を吐かない!」
「お義母さま、事実を言うことの何がいけないのです(ペペッ)!
ジーピン家の過ちなのですからはっきり言うべきでしょう(ペペッ)!」
ニーロ殿は頭を抱え、ラーミル様は説明しようとしているがグリース嬢は暴走を続けている。
おいおい、ラーミル様以外グリース嬢を止めようとしてないし。
うちの父上に視線を送ると右手を払うかのように動かし左手で顔を隠す。
この馬鹿親、仕事放棄しやがった。
母やアゼル兄やマーニ兄に後で報告しておかないと。
双方の父親がまともに行動取る気が無いようなので、僕の方で話を進める。
できれば暴力に訴えたいが、とりあえず事実を説明し自分がやらかしたことを理解させ、心をへし折ってから身体を砕こう。
「あ~グリース嬢、あなたの言い分は僕、ニフェールの行動に問題があるから僕との婚約を破棄するということでよろしいですか?」
僕の質問に唾を飛ばしまくりつつグリース嬢は答える。
「そうですわ(ペペッ)!
あなたが婚約者としてまともな行動をしないから(ペペペッ)!!
こちらも婚約破棄と言い出すしかなかったのですわ(ペペペペッ)!!!」
すっごいな。
ここまで唾飛ばしまくって、余程唾液が溜まっているのだろうか?
と言うか、セリン家では唾飛ばしまくってしゃべるのって恥ずべき事と教えないのか?
ラーミル様の反応を見る限りちゃんと礼儀作法を教えているように見えるんだが。
「まず婚約者を勘違いされているようですが、あなたの婚約者は僕ではなく弟のアムルです」
「……え?」
僕の説明が聞こえたようで、唾を飛ばしまくるのは終わりを告げた。
ただ「何言ってるの、こいつ?」という反応を見せているが。
「僕の発言を信じられないようですが、あなたのご両親にお聞きになればよろしいのでは?
と言うか、学園の食堂で婚約破棄ぶちまけられた時にも僕ではないと申し上げましたが、ご両親に確認されなかったのでしょうか?」
暗に「事実確認怠ったのか?」と問うとグリース嬢は慌ててニーロ殿に問いかける。
「え、あ、お父様、嘘ですよね(ペペッ)!
このような場でそんな噓をついてもすぐにばれるのですよ(ペペッ)!
恥ずかしいと思わないのですか(ぺペペッ)!!」
最初はニーロ殿に聞いているようだが、首を横に振り「嘘ではない」と行動で示そうとしていたのを見もせず僕に叱責(のつもりの恥さらし)をしてきた。
大変だねぇニーロ殿。
「いい加減になさい、グリース!
そちらのニフェール殿の言う通り、あなたの婚約者はそちらのアムル殿ですよ!
なぜそんなに意固地になって事実に目を背けようとするのですか!」
おぅ、ラーミル様ブチ切れましたね。
僕はあなたがセリン家の良心と認識しました。
双方男親が役に立たないのでどうかあなたのお力でそこの暴走娘を正論で叩きのめしてください!
「だって、ジーピン家の末っ子を婚約者にって言ったのよ(ペペッ)!
なぜ、アムルって子が出てくるのよ(ペペッ)!
婚約を申し出たときの末っ子よ?
その後にできた子ではないのよ(ペペッ)!」
……は?
何言ってんだこの人。
「え~っと、婚約を申し込まれた時点でのジーピン家の末っ子はアムルですよ?
そうでなければ、おかしいでしょうに。
もしかして、今のアムルが五歳未満に見えますか?」
「そうですよ、申し込んだ時点で五歳と聞いてますから、今は十歳ですわね。
流石に婚約成立させる時点で旦那様も先妻のベラ様も一度ジーピン領に伺って確認していると聞いてます。
お二人が確認したのは信じられないと?」
僕に追加する形でラーミル様もアムルが婚約者であると説明をする。
グリース嬢は「信じられない!」という反応をみせる。
「いくつか確認ですが、『ジーピン家の末っ子を婚約者に』とおっしゃいましたが婚約時点で名前を知らなかったってことですか?
知らないのなら、どうしてアムルと婚約したいとおっしゃったのですか?
グリース嬢、お答えください」
名指しで問うと、「こいつ何言ってんだ?」という困惑と「こいつ覚えてねぇな?」という怒りを足したような表情を浮かべてまた唾を撒き散らかす。
「あ(ペッ)・な(ペッ)・た(ペッ)・と(ペッ)!
五年前チアゼム家のパーティで(ペペッ)!
お会いしたのが(ペペッ)!
きっかけですわ(ペペペッ)!」
……はぁ?
「そこで(ペペッ)!――」
「――あ、ちょっとお待ちを。
まず、五年前に僕はチアゼム家のパーティって行ったこと無いですよ?
誰かと間違ってませんか?」
「……え?」
怒りの表情が消え、困惑の表情だけが残ったグリース嬢は固まってしまった。
とりあえず、追い打ち掛けておくか。
「僕は、王都に来たのは学園に入るときが初めてです。
なので、五年前には王都にいたことはございません。
父上、補足説明願います」
僕が振ると父上は慌てて説明を始める。
……ちゃんと話を聞いてろよ。
「あ、あぁ、五年前の時点でニフェール、アムルとも王都に行ったことは無い。
その後学園に入り今に至るが、特にチアゼム家と我が家には接点は無い。
故にパーティに呼ばれるなどと言うことはありえないな」
「うそっ……うそよ(ペペッ)!
だって、チアゼム家で私が迷ってた時に声かけてくれたじゃない(ペペッ)!
その時、ジーピン家の末っ子と名乗ったじゃない(ペペッ)!
あれは嘘だったの(ペペッ)?!」
「嘘も何も、その頃王都に行ったことが無いので声かけるなんて不可能ですよ」
こちらの説明が納得できないのか、まだやいのやいの言ってくる。
ラーミル様が叱責するが全く止まる可能性がない。
本当にこれでどうしろというんだ?
会話が成立しない。
父親共は「大変ですなぁ」「いや本当に申し訳ない」とか話しているが、今その会話意味あるのか?
大事なのはグリース嬢の暴走を止めることだろうに。
「グリース嬢、あなたが記憶しているチアゼム家のパーティで会われた方の特徴は?」
こちらからの質問に思い出そうとするかのように目を閉じ黙る。
やっと静かになったなぁ。
ここに来て初めてじゃないか?
ラーミル様が僕を見て丁寧に頭を下げてくる。
いや、そんな頭下げないでください。
それと、胸元が見えるからもう少し頭を上げて……って声に出せないけど。
「同年位の男の子で……」
ほうほう。
「身長は私よりも高くて……」
ふむふむ。
「目が二つあって鼻が一つあって……」
「ちょっと待て!」
流石にこんな戯言が出てきたら止めるでしょ!
ラーミル様も呆れている。
父親sはノータッチ。
アムルはどうしたらいいのか困り続けている。
ごめんなぁ、急いで終わらせるからな。
「目が二つとか鼻が一つとか言わなくてはいけない程の特徴じゃないでしょう?
そういうのより、例えば目の色とか、髪の色とか、もしくはその子の持っていた物で特徴的な物とかありませんでしたか?」
「目は……薄い青系、髪は……くすんだ金髪、特徴的な物は……あ!」
「どうされました?」
「パーティで道に迷って偶然助けて頂いてハンカチを頂きましたわ(ペペッ)!
ちょっと待ってください(ペペッ)!
取ってきますわ(ペペッ)!」
そう言うと「ドッゴ~ン!」と部屋の扉を開け、そのまま自室に向かったようだ。
扉を閉めもせずに。
「本当に申し訳ございません!」
ラーミル様が全力で、先ほどよりも深く頭を下げてくる。
「お気持ちは分かりますし謝罪も受け入れますが……その……」
「?」
こちらが言いづらそうな雰囲気を察して頂いたようだが、その理由が分かっていない。
「谷間を隠してください!」なんて直接言うのも不味いので、指で自分の胸を指す。
ラーミル様はきょとんとしてご自分の胸を見、一気に顔を赤くする。
慌てて騒がれる前にこちらから声を掛ける。
「すいません、ちょっと刺激的だったもので……」
「い、いえ、その、粗末なものをお見せして……」
いえ、最高のお持ち物でした!
できればずっと見ていたかったです!!
ちなみに、一般的に巨乳と呼ばれるサイズのはずだ!!!
目測だけど!
ラーミル様と僕が顔を赤くしていると、グリース嬢が「ドッカ~ン!」と勢い込んで戻って来た。
即ラーミル様から叱責を受けるが、そんなことどうでもいいとばかりにハンカチを見せる。
なお、父親sは互いのおしゃべりに専念してこちらを見ようとしない。
まぁ、顔を赤らめていたのがバレなくてよかったと思おう。
「これをあなたから頂いたのですわ(ペペッ)!
これに見覚えがあるでしょう(ペペッ)!」
見せられたハンカチには学園に来てから何度か見たことのある紋章が刺繍されていた。
狼の横顔と二本の槍を交差させた形。
ジャーヴィン家の紋章だった。
(え、ってことはこのバカ娘は五年前のフェーリオに惚れた?
でも、もっと昔にジル嬢と婚約してなかったっけ?
フェーリオが浮気?
無いな。
あの二人のイチャつきっぷりは婚約当初――五歳位からだと聞いてるし。
というか、これ伝えたらこの猪娘が学園で暴走しないか?
そしてその報復としてセリン伯爵家はジャーヴィン侯爵家とチアゼム侯爵家からボコられる?)
アッチャーと頭を抱えてしまう。
この娘さん、バカ娘から危険物にクラスアップしやがった。
「兄さん、大丈夫?」
「ニフェール殿、大丈夫ですか?」
アムルとラーミル様が心配して声を掛けてくる。
ちょっとヤバい未来を推測してしまったからか、顔を青くしていたようだ。
「二人とも、大丈夫です。
ちょっと危険な未来を予想してしまったので」
「危険な未来?」
「ええ、ニーロ殿と父上、そろそろ会話に入ってください。
最悪、セリン家を潰さないように動かなきゃならないんですから」
「は?
セリン家を潰さないように?
なんじゃそりゃ?」
潰すなんて危険な言葉が交じったからか全員がこちらを向く。
父上、話聞いてればあなたでも推測くらいはできたでしょうに。
「まず、このハンカチの持ち主は僕ではありません。
この紋章とグリース嬢や私と同年代となると、該当するのは一人。
フェーリオ・ジャーヴィン侯爵子息です」
僕以外の部屋にいた全員が「えっ!」と驚きの声を上げる。
「ニーロ殿、父上、この紋章はジャーヴィン家のだと思いますが念の為ご確認願います」
「う、うむ」
「承知した」
二人は急ぎ確認し――
「ニフェールの言う通り、ジャーヴィン家の紋章だな」
「ええ、その通りですね」
――紋章に間違いない事を確認する。
グリース嬢は「えっ、えっ?」と理解が追い付いていないのかまともな言葉を発してこない。
まぁ、唾撒き散らかされるよりかはいくらかマシだが。
「ここからは推測交じりの発言になりますが、よろしいですか?」
皆が首肯したのを確認し予想を説明する。
「五年前のチアゼム侯爵家でのパーティにグリース嬢が会ったのはフェーリオ様だった。
フェーリオ様はジャーヴィン家の末っ子だからそう伝えたのでしょうが、グリース嬢はジーピンとジャーヴィンを聞き間違えたのだと思われます。
で、我らジーピン家の末っ子を婚約者に望み、アムルと婚約者になった」
僕の推測を検討するが、特におかしなところは無いと皆納得してくれた。
「ただ、この推測が正しくてもちょっと変なところがあるんですよねぇ」
「変なところ、ですか?」
「えぇ、まず婚約時点でアムルは五歳、グリース嬢は十歳。
それだけ年の差があれば手紙とかのやり取りでなんとなくわかりませんかねぇ。
具体的に言うと、五歳児に十歳児が喜ぶような文章を書くのは難しいのでは?」
「あっ!」
ラーミル様が感づいたようだ。
もしかするとその続きも気づいたか?
妙に怒りの気配がするのだが。
「さて、アムル質問だ」
「は、はい!」
なんか怯えられているが兄としては悲しいぞ。
怖がらなくていいから正直に教えておくれ。
「アムルが婚約者になってから、グリース嬢に何かしたかな?
例えば手紙を送ったとか、贈り物をしたとか。
それと、婚約後グリース嬢から手紙や贈り物等頂いたかな?」
顎に人差し指を当て「ん~っと」とか言いながら記憶を呼び出そうとするアムル。
うん、可愛い!
「手紙は毎月出しました。
婚約時点でまだ五歳だったので難しい言葉とかは書けませんでしたが」
まぁ、そりゃそうだな。
「グリース様からは婚約後半年くらいまでは届いておりますが、その後は全く」
……え?
「贈り物は誕生日だけですがお贈りしてます。
ですが、頂いたことはありません。
だからと言って贈らないのは失礼なので毎年贈り続けておりました」
……おい。
アムルの答えにニーロ殿、ラーミル様お二人は顔を真っ青にしている。
普通の貴族ならそうなるよなぁ。
当人は全く気にしていないようだが。
「うん、それだけやってれば婚約者としては十分だ。
流石に五歳児に完璧なエスコートなんぞ求めないだろうしな」
そんなことを言いつつアムルの頭を撫でる。
……ぼかぁ、幸せだなぁ(ホワァ)。
もう少し幸福に浸りたかったが自制心を総動員してバカ娘のやらかしの説明を続ける。
「今の言葉からジーピン家からの手紙、贈り物は届いているはずですが、グリース嬢、あなたはアムルになぜ手紙を送らなかったのでしょう?」
「だ、だって、同年代の子があんな手紙を送るなんてありえないじゃない(ペペッ)!」
カ ッ !
「あんなって言うなよ!
お前のわがままで婚約者にさせられたアムルが頑張って書いたものだぞ!!
どこまでこっちを侮辱するつもりだよ!!!」
流石にこの物言いは許せず、立ち上がり本気で怒るとグリース嬢は顔を青くしてガタガタ震える。
「兄さん、僕は大丈夫です!
だから落ち着いてください!
いつもの優しい兄さんでいてください!!」
ブチ切れた僕をアムルが必死で止めてくる。
流石にアムルを振り切る訳にもいかん。
とはいえ、ちゃんと言うこと言っとかないとな。
グリース嬢を睨みつけ――
「グリース嬢、次にふざけたことを言ったら【狂犬】の名が付いた時と同じことをやってやるよ」
「へ?」
「お前の喉笛嚙み切って殺してやるって言ってんだよ!!」
「ヒ、ヒィ!!」
――死刑宣告を告げる。
まぁ、前回殺してはいないんだけどね。
グリース嬢はガクガク震えてラーミル様にしがみついている。
ったく、発言に気を付けろよ。
深呼吸し心を落ち着かせて先程の続きを確認する。
「話を戻しますがニーロ様、婚約者に何かを贈るのってグリース嬢の小遣い範囲で想定されてましたか?
それとも贈り物は予算別でした?」
「あ、あぁ、手紙は小遣いから、贈り物はグリースが選んで家として払う形にしていたが?」
「あれ?
でもあなた、ちゃんと贈り物用の予算は使われてますわよ?
なので、私も安心していたのですが?」
ニーロ様のお言葉にラーミル様が疑問を呈す。
え?
それってまさか?
「まさか、グリース嬢が予算ちょろまかした?
贈り物を求めるふりしてご自分の欲しいもの買ったとか?」
一斉に皆の視線がグリース嬢に集まると、まずいと思ったのか視線を逸らしだす。
ニーロ殿は神速と言ってもいいくらいの速度で土下座した。
……僕の目では追いきれなかった。
ラーミル様も謝られた。
……よく揺れる胸元しか見れなくなった僕はイケない子です。
「グリース嬢がどれだけちょろまかしたのかはそちらの家で調査、叱責してください。
話を続けてもよろしいでしょうか?」
頷き席に戻るニーロ殿を見て説明を続ける。
「グリース嬢は婚約相手をフェーリオ様――名前は知らなくても同年代の人物と見ていたからアムルの婚約者としての対応に不満を感じていた」
グリース嬢を見ると頷いている。
いや、頷く前に反省しろよ。
「その不満が積もり積もって学園で勘違いをしたまま僕、ニフェールにぶつけた。
それも学園生が多くいた食堂で」
ラーミル様が顔を青くする。
そりゃそうだよな。
無関係な人物に冤罪被せたようなもんだし。
「で、僕はアムルが婚約していたことも知らなかったので、婚約破棄に応じると答えた。
これが今回の原因と推測してます」
大人たちは僕の発言を頭の中で精査しているのだろう。
みな黙っている。
アムルは不安そうだが、頭を撫でてやったら落ち着きを取り戻しつつあるようだ。
「そして、グリース嬢からしてみれば一目ぼれしたフェーリオ様じゃない以上アムルとの婚約は意味がないのでしょう。
なら、破棄ではなく解消ということで互いに悪影響を及ぼさないようにすべきかと」
大人たちは僕の言葉に首肯する。
「下手に破棄にしてしまうと、この後別の意味でセリン家が悲惨な目に遭うかと」
「ひ、悲惨な目?」
ラーミル様が恐る恐る聞いてくるが、もしかしてグリース嬢が学園で何したのか知らないのかな?
「まず、僕は今回の婚約破棄をされた時点でグリース嬢の名前も知りませんでした。
なので、調査するにあたってフェーリオ様とジル嬢に協力を願ってます。
また、グリース嬢とアムルの婚約について父上から手紙が届いた時点で同様に相談に乗っていただいております」
グリース嬢はあまり反応しなかった。
分かっていないのかな?
ご自分の暴走が好きだった相手と寄り親関係者に駄々洩れなの。
ニーロ殿とラーミル様は分かったようで、顔を真っ青にしているけど、もう遅い。
だって今日この後会う予定だし。
アナタたちには教えないけど
「明日学園で会う予定ですのであちらの二人と情報共有することになります。
当然、婚約の経緯やそれに対してのセリン家の対応等全て話します」
「ちょ!」
ニーロ殿が割り込もうとするが、最後まで言い切る。
「さて、ジャーヴィン侯爵家とチアゼム侯爵家にここでの話が聞かれた場合、あちらはどういう反応をするでしょうか?
それに加え、これを説明したうえで二つの侯爵家がセリン家をどうするでしょうか?」
「ちょっと待ってくれ!」
ニーロ殿が騒ぎ出すが、今更なんだよなぁ。
「なんでしょう?」
「こ、この件黙っておくことは――」
「できませんね」
気持ちは分かるけど、ねぇ。
「訳の分からない婚約破棄を、それも学園の食堂でされてしまいました。
学園で学ぶ者たちほぼ全てが知っております」
まあ昼時にあんな騒いだら皆知ってしまうよなぁ。
「それに加え、この話を面白可笑しく広めているようですね。
はっきり言って今の学園の生徒、彼らの大半はグリース嬢の戯言が真実であるかのように振舞われております。
故に、今の僕は婚約破棄されるほどのクズと学内では見做されてますね」
「あっ……」
ラーミル様は気づいたようだ。
これで黙ったら僕の人生終わりなんだけど?
僕の未来を潰せと?
「そして、フェーリオ様とジル嬢のお二人に相談して既に動いてもらってます。
具体的に言うと今回の件をお二人のお父上――ジャーヴィン侯爵とチアゼム侯爵――にお伝え頂くようお願いしております」
ニーロ殿、辛くなりましたか?
ヒューヒューと呼吸困難のような音が聞こえてきますけど。
「さてジーピン家の寄り親であるジャーヴィン侯爵家とセリン家の寄り親であるチアゼム侯爵家。
どちらも今回のセリン家のやらかしを既にご存じです」
ニーロ殿を睨み、宣言する。
「この状態で隠せると本気でお思いですか?
むしろ隠したらセリン家に対する不信から何されるか分かりませんよ?」
ニーロ殿が膝をつき、それをラーミル様が支える。
「それに、グリース嬢がこの後学園で暴走したら?
例えばジル嬢に喧嘩売るとか?
フェーリオ様に『ジル嬢と別れて!』なんて言い出すとか?
セリン家潰されても仕方ない行動をしないと言い切れます、ニーロ殿?」
追い打ちをかけると黙って首を横に振るニーロ殿。
何も言えなくなるラーミル様。
グリース嬢、ご両親から一切信頼されてませんね。
「最後に、これは完全に僕個人の都合なんですが……」
「な、何かしら?」
ラーミル様が怯えの表情を作りつつも聞いてくる。
「先ほども申し上げましたが、学園の食堂なんて目立つところで婚約破棄をぶちまけられましたね。
その結果、僕は今学園内でとても立場が無くなってます。
なんせ、知らない人たちから見れば婚約者が食堂なんてところでぶちまける位にろくでもない男と見られてますし、それを面白そうに吹聴する輩もおります」
「……」
ラーミル様も理解しているのか、黙っている。
「僕は、僕自身の誇りの為、この件でついた汚名を返上するために声を上げなければならないんです!」
セリン家一同を睨み宣言すると、流石にニーロ殿もこれ以上黙ってくれとは言わなくなった。
アムルも「お兄様、大変だったのですね」なんて可愛いことを言ってくれる。
まぁ、声を上げた後にくだらないこと言う輩は暴力で黙らせるんだけどね。
剣術の授業で事故に見せかけて、とか。
まぁ、そこはまだナイショと言うことで。
「そういう訳でこの件は黙っておくことはできません。
ただし……」
「何かしら?」
「セリン家の不味い立場を解決することはできませんが、潰さないように動くことはできるかと思います」
「えっ!」
「ちょっと待て、それはどうやって?!」
驚きの声を発したラーミル様だけでなく膝をついていたニーロ殿まで起き上がって来た。
まぁ気持ちは分かるが。
「まず、フェーリオ様とジル嬢に報告は必須となります。
今更誤魔化せませんからね。
そして、今後の僕の学園生活の為にも事実を周知させること、これは譲れません。
ただし、報告時に二人に様子見してほしいと伝えるつもりです」
「様子見ですか?」
ラーミル様が困惑した表情を浮かべる。
美人ってどんな表情でもイイなぁ。
「ええ、具体的に言うと……セリン家は今回の事反省している。
婚約は双方に悪影響無いように破棄ではなく解消とする。
グリース嬢は僕に勘違いしたことを公式に謝罪をし僕はそれを許す。
場所は、学園の食堂で皆のいる前で謝罪して頂きましょうか」
ラーミル様を見ると頷いてくる。
ニーロ殿も苦い顔をするが理解はできるようだ。
「そして、以降フェーリオ様に近づかないことをジル嬢に宣言する。
こちらの宣言は皆に言う必要はありませんので、あのお二人に対してのみでいいでしょう。
後で中庭ででも話せばよろしい。
ここまでやれば流石にあの二人も文句は言えないと思います」
ニーロ殿は苦悩の表情で考え始めた。
ラーミル様も思考の海に入っていったようだ。
グリース嬢は、って思考が追い付いていないのか?
口を開けてポカンとしている。
「僕としても誤解が重なった結果の話である以上、あまり大事にしたくないというのがあります。
ですが、流石に食堂の件とフェーリオ様の件があり、そこはちゃんと反省と関わらない旨伝えないと納得してもらえないと思います」
一通り説明したところでセリン家の皆さんを見回して言う。
「さて、セリン家としてこの提案に乗る気はありますか?
そして、グリース嬢にここまで対応させられますか?」
ニーロ殿の苦悩の表情が絶望の表情に変わった。
ラーミル様は思考の海から虚無の海に入りなおしてしまったようだ。
いや、これグリース嬢がちゃんと対応してもらわないと、冗談抜きでセリン家は二つの侯爵家に消されますよ?
ジャーヴィン侯爵家からすれば寄り子、それも息子の側近を馬鹿にされた。
チアゼム侯爵からすれば寄り子がジャーヴィン侯爵家に喧嘩売って面子を潰された。
しかもそのジャーヴィン侯爵家は娘の婚約者。
この二つをどうにかしないとかなり不味い。
まぁ、分かっているから絶望したり虚無になったりしているんでしょうけど。
ちなみに、中心となっているグリース嬢は?
黙ったままだけど?
「ちなみにグリース嬢、対応できますか?
というか対応できないと伯爵家の未来が潰える可能性があるのですが?」
話を振ると、ブルブルと肩を震わせ僕に吼える。
「なにふざけたこと言ってるのよ(ぺペペッ)!!
セリン家が潰される?
そんなことあるわけないじゃない(ぺペッ)!
というかチアゼム侯爵家がそんなことするわけないじゃない(ぺペペッ)!!」
どっから湧いて出てきたんだ、その根拠は?
「そのチアゼム侯爵家のご令嬢であるジル嬢があなたの行動に不快に思われているんですが?
そして、ジャーヴィン侯爵家の末っ子であるフェーリオ様も同様の感情を抱いておられる。
だからこそ僕は先程の提案をしたのですが?」
「だ(ペッ)・か(ペッ)・ら(ペッ)!
仮にジル様があたしの行動に不快を感じていたとしてもそれだけで潰すなんてありえないでしょ(ぺペッ)?!」
なぜそう思うんだろう?
ただでさえ「善人の家」なんて言われているセリン家。
チアゼム侯爵家からすればさっさと消したいのが本音では?
「ふむ、ではグリース嬢はどうなるとお思いで?
まず、アムルとの婚約については?」
「婚約破棄でも解消でもいいけど終わらせることに変わりはないわ」
「次にフェーリオ様に対しては?」
「流石にジル様の婚約者を奪うなんてしたら本当に家を潰されるから諦めるしかないわね。
後でジル様含めてお二人に謝罪するのも納得いくわ」
ほう、そこまでは判断できたのか。
ご両親も安堵の声を上げている。
ということは最後が問題か?
「では最後に僕の名誉の回復については?」
「そんなのどうでもいいじゃない」
ピ キ ッ
空気が固まる音が聞こえたかのように感じた。
グリース嬢以外の全員の表情が固まった。
「第一、男爵如きが伯爵に楯突く時点でお話にならないでしょうに?」
「その発言がフェーリオ様とジル嬢に突っかかるという意味になってもですか?」
「なんでよ(ぺペッ)!
男爵如きにジル様が手を貸すはずないじゃない(ぺペッ)!」
「男爵如きに手を貸しているから言っているのですが?」
「はん、そんなことあるはずないわ(ぺペッ)!」
このバカ女、本当に喉笛喰いちぎってやろうか?
呆れつつもセリン家のご両親に確認する。
「グリース嬢はこのようにおっしゃってますが、セリン家としても同様の考えでよろしいでしょうか?
ニーロ殿、ラーミル様?」
「違う!
婚約は解消で進めるし、ニフェール殿の名誉回復もちゃんと対応する!」
「そうですわ、今回の騒ぎはグリースの暴走でありニフェール様は被害者であることは明らかです!」
全力でご両親が否定するのを聞き、グリース嬢は愕然とする。
「お父様、お義母様、なぜこいつにそこまで?」
「貴族として事の善悪も理解できないような行動はそれだけで無能であると判断されるのですよ。
それもこれだけ学園内で表に出ている話です。
下手をすればジャーヴィン侯爵家とチアゼム侯爵家が不仲、むしろ戦争待ったなしととられる可能性があるのですよ」
「は?
こいつにそんな価値無いでしょ?
たかが男爵なんだし」
グリース嬢の発言にラーミル様は呆れつつも懇切丁寧に教えていく。
でも、理解できるかな?
「なぜニフェール様がフェーリオ様とジル様に相談できる立場にあると理解できないのですか?
その時点で親の爵位はともかくニフェール様当人はフェーリオ様の側近、もしくはそれに近い立場とみて間違いないでしょう」
「え゛、こいつが?」
こいつで悪かったね!
「ええ、そうよ。
そしてフェーリオ様がご自分の婚約者であるジル様に相談することを認めている。
そしてジル様がそれを手伝ってる時点であなたよりも価値があると見られているのですよ」
グリース嬢は「まさかぁ」という顔をしているが、ラーミル様の認識の方が正しいぞ?
「仮にあなたの方が大事ならば、あなたが婚約破棄を表明した後にジル様が問い合わせをするのでは?
でも一切なかったでしょ?」
頷くグリース嬢。
「でもジル様はニフェール様の話はちゃんと聞き、婚約者であるフェーリオ様と一緒になって手伝う。
この時点であなたよりニフェール様の方を重用しているのは分かるでしょ?」
無言&無表情のグリース嬢。
そこは、頷くなり反抗するなりしないの?
まさか理解できてない?
「ジル様がチアゼム侯爵家を継ぐ予定だから、フェーリオ様は婿入りされるわね。
さて、当主と配偶者が信用している人物の名誉を誤解とはいえ傷つけた者をどう扱うかしら?
軽くて縁を切られ、最悪はチアゼム、ジャーヴィン両侯爵家から敵対されるわ。
そうなったらセリン家は平民落ちかしらね」
流石ラーミル様、事態を完璧に理解してらっしゃる。
グリース嬢、理解できたか?
今のお前は崖っぷちなんだぞ?
セリン家を崩壊させるレベルでな!
「え~、僕の推測もラーミル様の仰る内容とほぼ同じです。
なので、先ほど説明した小芝居をして可能な限り被害を最小化させなければならないと考えております。
後はグリース嬢がどうしたいかですね」
グリース嬢に視線を向けにっこりと微笑んで(個人の感想です)大事な質問をする。
「どうします?
セリン家存続させます?
それとも滅ぼします?」
(ヒクッ!)
「……わかったわよ」
なぜかフェーリオたちを助けた後にやって来た王都の衛兵たちと同じような引きつった表情を見せつつも、グリース嬢ははっきりと諾を返す。
不安なんだが、本当に大丈夫なんだろうな、こいつ。
その後、婚約解消の書類に互いがサインをし終了。
明日必ず昼休みに小芝居すること、無視した場合ジャーヴィン侯爵家経由でチアゼム侯爵家に本件について申し立てを行うことを確認して解散となった。
昼前に終わったことから、三人で昼食を取る。
何の役にも立たなかった父上は放置して可愛いアムルとにこやかに会話を楽しむ。
当然頭なでたり要所要所で褒めて恥じらいつつも誇らしげな表情をするアムルを見て生きるのに必要なエネルギー――萌えともいうが――を補給する。
昼食後、そのまま王宮に書類提出の上、ジャーヴィン家に挨拶してそのまま帰るとのことだ。
僕は王宮までは一緒に向かい、その後は予定通りフェーリオたちと合流し先程の会談について報告するためチアゼム家に向かう。
ジル嬢が手を回してくれたのか、あっさり応接室に通してもらう。
なぜか、チアゼム侯爵とその奥方まで待機していた。
流石に侯爵夫妻がいるのならタメ口は無しだな。
「さてニフェール、セリン家で話されたことを説明してくれるかな?」
なぜフェーリオが仕切っているのか謎だが、かくかくしかじかと会談内容を説明する。
予想はしていたが一通り説明が終わると皆頭を抱えていた。
「嘘だろう?
嘘だと言ってくれよニフェール……」
「言うだけなら構わないけど、そんなたわごとが聞きたい訳ではないでしょう?
現実は残酷だがそれでも夢や戯言に逃げないでください。
まぁ、気持ちは分からんでもないですが」
フェーリオの嘆きに僕は共感はしつつも現実を見据えるよう叱咤する。
僕だって自分が絡まなければあんなのには一生近づきたくないよ。
「現セリン伯はまともな人物なのに。
実力はまあ、アレだが」
「そうね、とても誠実な人なのだけど。
仕事はまあ、アレですけど」
チアゼム侯爵夫妻のコメントにフェーリオと一緒に引きつった笑いしか出せなくなったが、それよりも確認しなければいけないことがある。
「失礼、チアゼム侯爵、奥様。
セリン伯爵の奥方についてご存じであればお教えいただきたいのですが」
「ん?
どんなことかな?」
「話し合いの中でセリン伯爵夫人は後妻であるとお聞きしました。
ただアムルと婚約の時点では先妻のベラ様が対応されていたようです」
コクコクと頷く侯爵夫妻。
「で、確認なのですがベラ様、そしてラーミル様は娘への教育を放棄するような方だったのでしょうか?
会談中、ラーミル様はグリース嬢の暴走をよく止めておられました。
となると最初の伯爵夫人がちゃんと教育できていなかったのか、もしくはちゃんと教育してもアレなのかと困惑しておりまして」
僕の質問に奥様が思い出しつつも答えて頂けた。
「先の伯爵夫人はとてもまともな方ですよ。
噂を聞いた限りでは娘の教育にも努力してたと聞いてますわ」
特に嫌な感じは持っていないように見えるなあ。
「ただ、家庭教師を雇ってたはずですが長くて数年、短くて数ヶ月で交代していると聞いてますわね。
今の伯爵夫人――確かラーミル様だったわね――も悪い噂は聞かないわね」
あ、家庭教師も匙投げたんだ。
気持ちは分かります。
「となると、グリース嬢自体が?」
「失礼、奥様、ニフェール様」
予想外の方――先ほどから壁際で待機していたメイドから声を掛けられた。
奥様は少し不快な表情を見せるが発言を許す。
「先ほどから話題になっている現セリン伯爵夫人、ラーミル様はもしかして元ノヴェール子爵家の方でしょうか?」
僕はきょとんとしつつも質問に答える。
「僕は話はしたけど夫人の実家までは聞いていないですね。
年齢は二十歳あたりだと思います。
グリース嬢の姉位の年齢だなと思ったくらいですし」
胸が素晴らしかったというのはこの場では流石に不適切なので言わないが。
「ちなみに、それ以外に目立つ特徴とかありますか?」
「……金髪碧眼、それと胸がかなり大きかったかと。
具体的には最低Gカップ位、今の私より大きいですね」
ブ フ ォ ッ !
男性陣が噴き出しそうになりつつも、なんとか被害を抑えていると奥方が視線を僕に向けてくる。
直前に不適切と思った内容をいきなり聞かれてうまく反応できない。
メイドさん、微妙に楽しそうな表情をしないで欲しいです。
後フェーリオ、ニヤニヤすんな。
ジル嬢が睨んでいるぞ?
「……確かに金髪碧眼、そして胸は……かなり大きかったように思います。
カップサイズはわかりませんが……確かにメイドさんを超えているかと」
顔を赤らめて「どんな羞恥プレイだ!」と思いつつもちゃんと回答するとメイドさんは頷き、ラーミル様を知っていたようで僕と奥様に説明を始めた。
「多分わたくしが学園にいた頃の先輩かと思われます。
学業は学年五位とかなり成績良く、また周りから好かれ、会話からは知性を感じられる、そんな方でした。
先程のお話ではグリース嬢のおかしな行動の原因とはなりえないかと」
僕からも会談でのラーミル様とのやり取りから推測できるところを報告する。
……邪な思いは無いからな。
「確かにあの会談でセリン家側でまともな会話ができたのはラーミル様がいたからと感じております。
セリン伯はうちの父上と同じで会話に入ることは稀でしたし」
セリン伯の事もうちの父上の事も知っているチアゼム侯爵夫妻は『あぁ、やっぱり』と言わんばかりにため息を吐く。
まぁあの二人に任せたら決まるものも決まらないだろうしなぁ。
となると、結論はこんなところかな。
「とりあえずグリース嬢の性格はセリン伯、先妻、後妻の誰の矯正も受け付けなかったのでしょう。
結果、今の暴走が成立してしまった。
多分、彼女の頭の中では男爵子息なんて謝罪する必要が無いと考えているのでしょう」
実際謝罪嫌がってたしね。
「とはいえ、爵位とは無関係に問題行為をやらかして謝罪なしと言うのはありえません。
むしろ、これを放置していたらこの国の恥にしかなりません。
なんせ、家同士の約定を勝手気ままに破るなぞ誰も信用しなくなりますから」
「その認識はチアゼム家としても同感だ。
そして、この恥さらしな寄り子を放置することは我が家の恥でしかない。
ただし、そなたの説明では最後の温情をかけようとしているようだが、この娘はそれを理解できておるのか?」
おっしゃる通り、全く理解してなさそうですよ。
「セリン伯爵ご夫妻が口酸っぱく説明されてましたが無理なようですね。
ですが、それも当人のご決断ですから。
こちらとしても、何度も機会を与える理由もありませんし」
僕はグリース嬢を見捨てる発言をする。
まぁ、僕からすれば助けて利にならないしね。
ラーミル様を助けるのなら努力する価値もあるが、グリース嬢にはそのような価値は無い。
チアゼム侯爵夫妻もこちらの意図を理解いただけたのかイイ笑顔でこちらを見る。
「なので、フェーリオ様とジル嬢、申し訳ないが明日の昼食時にあなたたちに報告するという形ですべてを暴露する」
「あぁ、かまわんよ。
それと、一部側近を別席に座らせておくので『食堂で聞いた話』という形で噂を撒いておこう」
「そうね、私の方も同様に準備しておくわ」
「了解しました。
では、明日の昼食時に」
その後、僕は学園の寮に戻り、フェーリオはチアゼム家で話した内容をジャーヴィン家に伝えるために帰宅する。
寮では明日何をするのかバレないよう飄々と生活していく。
グリース嬢の暴走を止める……どころか叩き潰すこと、それは全く罪悪感は無い。
ただ、この結果ラーミル様に負担がかかってしまう。
良くて没落、悪くて平民落ち、最悪娼館堕ち。
僕たちジーピン家の誇りのためにも全力で抗わなければいけないが、そのためにラーミル様を悲しませるのはちょっとなぁ。
そんなことを悶々と考えつつ夜が明けた。
◇◇◇◇
ニフェール様が帰られた後、私ジルは母と相談をしていた。
「お母様、先ほどのメイドに一つお願いをしたいのだけれど」
「おやジル、珍しいおねだりね、何かしら?」
お母様、分かっているくせにその表情は性格の悪さがにじみ出てますわよ?
「先ほどニフェール様の反応からするに、もしかしてセリン家のラーミル様に懸想しているかと思ったのですが?」
「う~ん、懸想はしているけど諦めているといった感じかとわたしは思ったのだけど」
「諦める?」
「懸想はしているけど、それを云う訳にはいかない。
なんせ、他の人の妻だから。
そんなところでしょうね」
あぁ、そりゃそうですね。
寝取ったなんて言われるのは家の恥になりかねません。
「セリン家はほぼ潰れるのですから、ラーミル様を家で確保してニフェール様をうちの味方に、できれば信用出来る寄り子になってくれればと思ったのですが」
「なるほどね。
なら、あのメイド経由でラーミル様に【狂犬】の事実とチアゼム家が全面的にニフェール様の味方であることを情報として渡しましょう。
それと……」
こっそりお母様は作戦を開陳してくださいました。
やはりゲスいです、お母様。
◇◇◇◇
あのくだらない婚約破棄――あぁ婚約解消だったかしら――も終わりまたつまらない学園生活に戻る。
「グリース!
ちゃんと謝罪するのですよ!
やらなかった場合、平民落ち確定ですからね!
旦那様からも言われているでしょ?」
あたし――セリン伯爵家令嬢グリース――があくびをするとお義母様がピリピリしながら学園に送りだす。
うるっさいなぁ。
「大丈夫よ、あいつにそんな権限無いんだし」
「寄り親のジャーヴィン家とチアゼム家があなたの行動を許すわけがないじゃないですか!
そして、ニフェール様にはその二つの家が後ろについているのですよ!」
そんなわけないじゃない。
あんな奴の口車に転がされて、お義母様大丈夫?
「大丈夫だって!
チアゼム家はあたしたちセリン家の寄り親でしょ?
ならこっちに味方してくれるわよ」
「ありません。
チアゼム家がセリン家とジーピン家を比べたら確実に向こうの味方をします」
は?
「ジーピン家にはそこまで味方をする価値がないかもしれません。
ですが、ニフェール様はジル様とフェーリオ様の命の恩人であるそうですよ。
はっきり言えば、セリン家はニフェール様に信用という一点で完敗しています」
セリン家は【狂犬】より信用できない?
馬鹿言わないでよ!
「そんな戯言どこから聞いたのよ」
「チアゼム家でメイドをしている後輩からですが?
既にセリン家潰しは動いています」
「ありえないわ!
第一、【狂犬】が何したってのよ」
男爵子息如きが大した事できないでしょ。
「ジル様とフェーリオ様が不審者から暴行されそうになったのを助けたのだそうです。
その際の不審者への対応があまりにも非人道的だったので【狂犬】というあだ名が付けられたようです」
へ?
お二人を助けた?
「ですが寄り親の子弟を全力で守ったという点において双方の侯爵家から最高の評価をされたそうですよ。
正直犬繋がりで【護衛犬】【忠犬】でもいいのではと思う位ですが、貴族の面倒な嫌がらせの結果、【狂犬】なんてあだ名になってしまったのでしょうね」
お義母様が淡々と説明するが、流石に信じられない。
それが真実なら既に男爵位でも貰っていそうじゃない?
それがジーピン家の三男坊の地位から変わってない時点でないと思うわよ?
「ジル様とフェーリオ様の命の恩人に対しての恩義、そしてお二人がニフェール様を味方にしておくためにセリン家を見捨てるでしょう。
むしろ、無駄な家系を潰すいい機会と思われてます」
はぁ、なんでお義母様はそこまで悲観的なのかしら。
「そんなことありえないわよ。
お義母様の言い分通りなら、セリン家はいつ潰されてもおかしくなかったって言ってるようなもんでしょ」
「実際そうですよ?
人格はまともだけど仕事はイマイチ。
旦那様の評価はそんな感じですよ」
ちょっと、お父様そこまで仕事できないの?
「だからって伯爵家潰すなんてありえないでしょ」
「潰しても国政に影響ないとみなされていますよ。
既にいつ潰されてもおかしくないと旦那様も仰ってますし」
全く、お父様も心配性なんだから。
伯爵家がそんな簡単に潰れるわけないじゃない。
「大丈夫よ、どうにかなるわ。
んじゃ、行ってきます」
眠い目をこすりつつ馬車で学園に向かう。
まだ騒いでいるようだが無視しよう。
学園前で馬車を降り校門に近づくとクラスメイトの――誰だっけ、同じ寄り親で子爵家だったはず――子が挨拶してくる。
「おはようグリース、今日も眠そうね」
普段通りの話し方にしたいけど唾が飛ぶのが失礼だとか言い出すのでそれっぽく振舞う。
「おはよう。
昨日婚約破棄してきたのでちょっと疲れちゃったの」
「あ、昨日だったんだ。
あの【狂犬】はなんか言ってた?」
「正直、覚えてない。
あいつの言葉聞く気にならなかったし。
親に任せっきりにしちゃった」
まぁ、実際面倒な話し合いには関わりたくないしね。
「ははっ!
まぁ、あなたらしいわね。
あ、今日のお昼一緒に食べない?
あの【狂犬】の馬鹿話聞きたいわ」
「えぇ、いいわよ」
あれ?
確か昼に何かしろってお義母様が言ってた気がするんだけど。
まぁ、思い出せないんだから大した話じゃないでしょ。
その子と別れ、眠らないように授業を受けてやっと昼休み。
合流して何を食べるか選ぶ。
今日チキンの香草焼きか。
うん、これにしよっ!
二人で席に着くと、少し遠くにジル様とフェーリオ様が見える。
運命が少し変わればフェーリオ様の隣はあたしだったかも知れない。
でも、ジル様に喧嘩売るのは自殺行為だから、諦めるしかないわね。
あ~あ、新しい男見つけなきゃなぁ。
そんなことを思っていると、【狂犬】がジル様達の所に移動してくる。
皆が一斉に黙り、【狂犬】に視線を集中させる。
あたしたちも会話を止め盗み聞きの体勢に入る。
「すまん、待たせたか?」
「いや、俺たちも来たばかりだ。
座って報告を頼むよ。
とても面白い話だと聞いているが?」
「面白いとは言ってないぞ。
面倒臭いとは言ったがな」
「ハハッ、人の不幸は蜜の味。
第三者として見る分には喜劇でしかないさ。
さ、話してくれたまえ」
フェーリオ様の表情がとてもにこやかな感じだけど、なんか嘘くさい。
ジル様も見る者を蕩かせるような笑顔だが、なぜか悪魔の笑いにしか見えない。
周りのクラスメイトの子は特に感づいていないようだけど。
アタシだけ?
「まず、僕は婚約をしていなかった。
婚約していたのはグリース・セリン嬢とうちの四男のアムル・ジーピン。
ちなみに、うちのアムルは今年で十歳。婚約を打診された時点で五歳だった」
ザワッ!!
周りから「嘘だろ」「え、人違い?」なんて声が小さいながらも聞こえてくる。
「婚約はセリン家から『ジーピン家の末っ子と婚約させてほしい』という依頼だったそうだ。
うちとしてはダメと言う理由は無いが、特に接点の無い家だったので困惑していたそうだよ」
なんか「ショタ趣味?」なんて聞こえてくる。
勘違いだって。
「で、約五年間婚約していたが、昨日婚約解消となった。
セリン家の都合によるものでありウチのアムルに一切責任ないことは整理付いている」
「ニフェール、どうしてセリン家から婚約の話を受けたか確認はしたか?」
なぜかフェーリオ様の表情が硬いように見えたわ。
そうね、言いづらいことを聞く時にあんな表情をよくするわね。
そして【狂犬】はその顔を見て妙にいやらしい表情をしていたけど。
「あぁ、聞いたよ。
その前にフェーリオに質問だ。
お前、五年程前にジル嬢の家でパーティに参加してないか?
時期的に今の季節あたりだが」
「あぁ、している。
ジルをエスコートして毎年参加しているからね」
「そのパーティでグリース嬢はお前に会ったんだとよ。
道に迷ったところでお前に助けてもらってハンカチ貰ったって言ってたな。
そこで、お前は『ジャーヴィン家の末っ子です』って答えたそうだな」
「まぁ、そんなことを言ったかもしれないな。
私、もしくはジルの邪魔をする奴はいるから名をぼかすことはたまにやるが」
「そこでジーピン家と勘違いしたらしい。
そして、我が家の末っ子に婚約を申し込んだ」
「マジかよ……」
額を手で覆い上を向くフェーリオ様。
ジル様もフェーリオ様をおかわいそうな目で……って、あれ?
なんか悪戯っぽい目で見ているようにしか見えないんだけど?
なんで?
困惑しているとクラスメイト達から指で色々と突っつかれる。
「ねぇ、あの話ホントなの?」
「先日の【狂犬】の責任って何も無かったってこと?」
なんか真顔で聞いてくるが、男爵如きが伯爵家に何か言えるはずないじゃない。
落ち着かせようと声を出そうとするが、先に【狂犬】が続きを話し出す。
あたしにとってまずい部分の話を。
「んで、それだけならばグリース嬢の勘違いの積み重ねで済んだ。
ただ、それ以外に大きな問題が二つあった。
一つはグリース嬢が婚約者としてすべきことを放棄していたこと」
ザワザワッ!!
周りから「それって契約違反?」「ヤベッ、あの家終わってね?」なんて声が聞こえてくる。
なぜ皆騒ぐのかしら?
たかが男爵子息如き、伯爵令嬢が気に掛ける必要なんてないじゃない。
「うちのアムルは毎月手紙を送り、誕生日にはプレゼントを贈っていた。
流石に五歳だから文章は年相応のことしか書けていないだろうがね。
そしてグリース嬢は……」
「グリース嬢は、どうなさいましたの?」
ジル嬢が鈴の鳴るような声で、でもなぜか地獄の底から聞こえるような声で聞いてくる。
「婚約開始から半年くらいは手紙を送って来たらしい。
ただ、それ以降――四年半ほど一切届いていないそうだ。
それとアムル曰く、贈り物は一切届いたこと無いそうだ」
ザワザワザワッ!!
周りから「え、婚約者にその仕打ちって最悪じゃね?」「え、セリン家ってそこまで常識無し?」という声が聞こえる。
「あらあら、セリン家はそこまで愚かだったのですねぇ。
『善人の家』が聞いてあきれますわ」
ジル様が笑顔で発言すると周りが一斉に静かになる。
なぜかフェーリオ様までビクついてるが、そこは何故か分からないけど。
「ちなみに、ジーピン家としてセリン家への賠償は?」
「五年婚約していた場合の一般的な婚約破棄で支払われる額で手打ちにしてます」
「ん?
それ安すぎないか?
セリン家だけが悪いのならもっと分捕れるはずだろ?」
「確かに、今回のセリン家側のやらかしを考えると今回の額は安すぎます。
ですが、下手に騒ぐと第三者が事実を捻じ曲げてうちの家を強欲だの守銭奴だの言い出しかねないので、程々にするしかありませんでした」
「あぁ、それはあり得るか」
「それに、これ以上アムルに奇異の視線に晒されるような状態を作りたくない。
婚約自体あちらの我儘だってのにこれ以上負担がかかるのは嫌だ。
弟にそんな目に遭わせたくない!」
「確かに今年十歳の子に嫌な思いさせるのは無いなぁ」
「えぇ、本当に」
「それに、賠償を求めてちゃんと払う気あるの?
分割とか言って一回目から金送ってこないとかありそうで不安。
伯爵自体はちゃんと払ってくれそうだけど、あの娘男爵如きとか言ってたから信用が地の底なんだよね。」
「「うわぁ……」」
(((((うわぁ……)))))
え、ちょっと待って。
皆、なぜ私に冷たい視線を送ってくるの?
「あぁ、ちなみに贈り物についてはセリン家の中でケリをつけるらしい」
「ん?
ケリをつけるって何で……って、まさか!」
「金をちょろまかしていたらしいよ。
流石にセリン伯も土下座していた。
贈り物はちゃんと送っていると思っていたらしい。
親の方はちゃんと理解しているようだが、グリース嬢は……」
「おい、まさか悪いことしてないとか言い出した?」
「フェーリオ、正解だ。
問題の二つ目が、男爵如きに謝罪も何もする必要は無いとか言い出した。
ちなみにご両親はちゃんと謝罪していたが、グリース嬢は悪くないの一点張りでな」
当然じゃない!
皆も、ってねぇ、なぜ離れていくの?
ちょっと、名前思い出せないけどそこの子爵家の子。
なに顔色青くしてんのよ!
「一応、この件について婚約解消の処理で行ったついでに王宮に報告してある。
セリン家の夫婦自体は問題ないが娘の行動が不安視されるとも伝えた。
後は王宮側がどう判断するかだな」
周りから「ヒッ!」「わ、わたしはセリン家とは関わりはないわ!」という声が聞こえる。
いや、あんたらちょっと前まで一緒になって【狂犬】バカにしてたでしょ!
逃げられないわよ!
「……そこまで行くとかなり不味くないか?」
「不味いというか、貴族として認められないという判断もあり得るのでは?
国としてもこのようなことが横行するのは避けたいでしょうし」
そこまで?
伯爵家よ?
気にするほどの事じゃないじゃない!
「ただ、ご両親がまともという情報を渡した以上、国として残しておきたい貴族ならばグリース嬢を修道院にでも送り込めば済むと思いますわ。
ただ不要と判断されたら、伯爵といえども貴族として残れないでしょうね」
「で、チアゼム家としては?」
「潰す一択ですね」
ヒィッ!!
じょ、冗談でしょ?
ジル様、強い言葉使いすぎ!
「ご当主の人格だけで残っている家なのに、それを継ぐ人物が貴族として不適格となれば残す理由がありませんもの。
親族に頼むという選択もありますが他の親族はお話にならない、現当主が一番マシと聞いておりますわ。
なら混乱を起こさないように潰すのが最適かと」
ちょ、ちょっと待ってよ!
ジル様、いきなりそこまで言っちゃうの?
「第一、このような人物が我らチアゼム家の寄り子のままでいるということ自体我が家の恥でしかありません。
このような自分を律することもできない人物が貴族、それも伯爵位を持つ可能性があるのでしょう?
冗談じゃありませんわ」
……そこまで言っちゃうの?
……え、もしかしてお父様やお義母様の発言って真実だった?
……まさか、崖っぷち?
「ニフェール、お前この件どうするんだ?」
「セリン家に婚約解消の話をしたときに既に伝えてある。
期限までに伝えた通りの行動を取れば良し、取らなければ……」
そこまで言って肩を竦めた。
いや、そこちゃんと言ってよ!
何すればいいの?!
頭を抱えていると一緒に昼食に来た面々がさっさと逃げ出した。
他の食堂にいる面々もあたしを見て嘲笑うか目を逸らす奴しかいない。
「ふ~ん、んじゃ、時間が来たら教えてよ。
その後は寄り親として動いてもらうように伝えるからさ」
「お、サンキュ。
んじゃ、さっさと飯食っちまおうぜ。
ペペロンチーノ冷えちまうよ」
「お前、パスタ好きだよな」
え、なんか普通に食事に戻ったの?
もしかしてまだ時間ある?
ならあたしも急いで家に帰って何すればいいのかお義母様に確認しないと!
あたしは食事もそこそこに急ぎ家に帰った。
そこで期限と条件を半狂乱になったお父様とお義母様に聞かされ、大慌てで学園にとんぼ帰りしたが既に遅かった。
◇◇◇◇
……え?
あれ?
ちょっと、本気か?
なぜ出ていくの?
本気で謝罪のつもりがないの?
僕の困惑を見てフェーリオはヒクついた表情で確認してくる。
「なぁ、ニフェール。
お前の説明通りならここで謝罪するはずだよな?」
「あ、あぁ、その予定だった。
流石にここまで学園内でやらかしたこと暴露され、それで謝罪もせずにいなくなるとは思わんかった。
普通、ここまで寄り家側がキレてたらどう思おうと謝罪するだろうに」
男二人で頭抱えていると、ジル嬢が何かに気づいたのか僕たちに説明してくれる。
「あの、もしかしてセリン家で話されたこと忘れて確認しに戻ったとか?」
「はぁ?」
「いや、それは……あ、でも」
呆れるフェーリオに同調しようかと思ったが、セリン家でのやり取りに思うところがある僕は考えなおす。
あの時の会談をまともに聞いてなかった?
そしてグリース嬢の周りも同調すると思ったがむしろ皆消えてった。
慌てて内容確認してくる?
「……可能性あるかも」
「その場合どうされます?」
「セリン家とは今日の昼休みに謝罪することで整理付いてる。
これを無視した以上謝罪する気が無いと判断するしかない。
一応午後の授業始まるギリギリまで待つけど、帰ってくるの難しいのでは?」
「先ほどの推測が正しい場合、セリン家に戻って確認して学園に戻っても昼休み終わってますね」
「ですよね。
二人にも謝罪させるつもりだったのに、初手から失敗かよ」
予定が狂い、頭を掻きむしっているとフェーリオから慰めにならない慰めをもらう。
「まぁ、ここまでやらかしたならこれ以上騒いでも無駄だろう。
放課後、すぐに両侯爵家に伝えるからお前はとりあえず普通に生活しとけ」
「あぁ、すまんな」
ここで終わればよかったのだが、フェーリオが火種を投げてきた。
「あ、ちなみに、今日放課後うちに来い」
「は?
なんでだよ?」
「昨日、お前の親父さんがうちに来て状況説明していったが、ちゃんとした説明になっていないんだ」
「はぁ?」
「できる限りアムル君から聞き出したが、親父さんはまともに報告できなくてなぁ。
正直ジーピン家の当主変更してほしい位だ」
「マジですまん!」
「そんなわけで、当事者の説明が欲しいとうちの親も頭を抱えてな。
流石にアムル君の説明だけでは足りないところがあってお前を呼ぶしかなくなった」
あんのクソ親父、何考えてやがる!
学園生に尻拭いさせんなよ!
その日の放課後、ジャーヴィン家で僕は全力で土下座した。
セリン家当主ほどではなく速度も芸術点も低かったがこちらの想いは伝わったようだ。
なお、グリース嬢は昼食後一切見かけなかった。
セリン家も諦めたのか、それともまた暴走したのかそれは分からない。
説明後寮に戻り手紙を書く。
セリン家でのやり取り、ご両親はまともだったこと、グリース嬢がろくでなしだったこと。
うちの父上が役に立たなかったこと。
ジャーヴィン侯爵への報告もまともにできなかったこと。
侯爵から直々に当主変更検討してほしいとまで言われたこと。
学園でグリース嬢から謝罪無かったので両侯爵家が動き始めたこと。
全て書いた。
ついでに僕の知らないところで誰かが婚約したとか無いか聞いてみた。
具体的に言うと次兄のマーニ兄。
長兄のアゼル兄は流石に知っているのだが。
できることならこれ以上厄介事無いよう祈りペンを置く。
もう遅いので庶務課には明日出そう。
一通り片付けて、さて眠ろうというときに一人の事を思い出してしまった。
ラーミル様……。
あの方を一目見て好きになってしまった。
……いや、顔や胸の谷間だけの話ではないのだが。
でも、今回の件でラーミル様は伯爵家ごと潰される。
ご実家の子爵家――ノヴェール子爵家だったか?――離縁と言う形で戻られるのか、伯爵家没落してもニーロ殿と一緒に生きていくのか。
どちらであっても僕は伯爵夫人と言う地位にあったラーミル様を没落させる存在。
好かれる要素は全く無い。
惚れたことを自覚すればするほど、相手に嫌われる立場であることを思い出し落ち込んでいく。
そんなことをウジウジと考えていたら夜が明けていた。
そんな僕の心と裏腹によく晴れた朝。
「昨日はお楽しみでしたね(ニヤニヤ)!」
「お前が言うな!」
通学してきたフェーリオが朝も早くからぶっ放してきた。
何が楽しみだというんだ?
婚約破棄の件か(泣)?
無能な父上の尻拭いの話か(泣)?
僕がそれを楽しむ要素が何処にある(号泣)!
フェーリオにからかわれつつも庶務課に手紙を依頼し授業に向かう。
昨日の昼食時のやり取りを聞いていた者たちはサッと顔を背け目を合わせようとしない。
そこまでビビらなくてもいいのに。
そのまま授業を受けて昼休み。
カルボナーラを食べているとフェーリオがジル嬢を連れてやってきた。
「昨日のやり取りまでにニフェール様の悪い噂を広めた者たちを一通り把握しましたわ。
徐々にではありますが私たち両侯爵家ともこの者たちを閑職に移したり寄り子から外すことを始めます。
私たちの側近の一部、そして取り巻きの者も半数ほどは入れ替えとなりますわね」
「な、半数?」
流石にそこまでやらかした者がいるとは思わず、驚きの声を上げる。
「えぇ、予想以上に確認を取らずに面白半分で噂を広める者が多すぎてこちらでも驚いておりますの」
「実際悪意を持って噂を広める者もいてな。
そんな奴らは側近や取り巻きにすることはできん。
多分ではあるが婚約の解消もそこかしこで起こりそうだ」
次期侯爵家の側近の予定が外されるのなら婚約しておく価値がないってことか。
世知辛いねぇ。
「まぁ、あまり重要な仕事を任せられるような者は関わらなかったようなのでそれだけはホッとしているよ。
能力的に期待していない、寄り子の関係で使っているだけの輩だから消えても困らないしね」
「そのようなわけで、ニフェール様がご提案なされた『現在の側近含めた寄り子たちの能力と人格の確認』はある意味大成功となりましたわね」
「それならよかったですよ。
あれだけキッツイ侮蔑の視線浴び続けた甲斐があるってもんです」
にこやかな三人の会話が聞こえたのか、周囲の者たちはどんどん顔色を悪くする。
自覚ある者は自分の輝かしい未来が崩れていくのを感じ、
無関係な者は両侯爵家が本気で断罪することに恐怖を感じた。
「あぁ、それとセリン家についてですが……当主であるニーロ・セリン殿が昨夜我が家に報告に来られましたの」
ジル嬢が言いづらそうに伝えてくる。
「一つはグリース嬢の件についての謝罪と修道院に入れること。
もう一つは伯爵位を売爵――国に返還――して当人自体は平民としてグリース嬢が入る修道院のそばで過ごすとのことですわ」
あぁ、やはりそうか。
表向きセリン家――というかグリース嬢がジーピン家を侮辱したという形だが。
実際はジャーヴィン侯爵家の末っ子の側近を貶めたり、そして自分たちの寄り親であるチアゼム侯爵家に恥かかせたりしているからなぁ。
後は個人的にだが、ラーミル様もニーロ殿と修道院近くに引っ越すのだろう。
初恋は実らないとどこかで聞いたが真実だったようだな。
表情には出さず悲しみに浸っていると、ジル嬢がその感情をぶち壊す報告をし始めた。
「セリン伯爵夫人ラーミル様は当主ニーロ殿と離婚することになったそうですわ」
ブ フ ォ !
僕の唾液付きカルボナーラを飛ばしかけた。
手で押さえたのでセーフだったが一歩間違えればジル嬢にぶっかけてしまうとこだった。
あっぶねぇ。
「元々グリース嬢のために後妻として娶ったそうですの。
ですが今回の件でグリース嬢が修道院に入り伯爵家を売爵するため、平民にまで付き合わさせるのは申し訳ないと離婚を決めたとか」
このときの僕はかなり変な表情をしていたのだろうと思う。
先ほどまでの初恋に破れた悲しみ。
離婚の結果フリーになり告白するチャンスが訪れた喜び。
この事態を作ってしまった僕に対してラーミル様がどう思われるかの不安。
そしてラーミル様の不幸を喜んでいる自分に対しての怒り。
ジル嬢は僕のラーミル様への想いを気づいていたのだと思う。
だって、あんな危険な妖しい笑みをうかべているんだもの。
フェーリオが学園内のパーティで他の令嬢の胸元がかなり開いたドレスを鼻の下伸ばして見ているのにジル嬢が気づいた時の表情にそっくりだ。
その後ジル嬢のハイヒールストンピング三連発喰らって苦しんでたけど。
「と言うことはご実家――確かノヴェール子爵家でしたか――にお戻りになったのでしょうか?」
「いえ、別の貴族の屋敷に働きに出たと聞いておりますよ」
元伯爵夫人、離婚したので子爵令嬢のラーミル様を雇える貴族?
最低でも伯爵家ですが、元同格の家に行きますかね?
揶揄われいびられるだけと思う。
子爵以下はもっとありませんね。
となると、侯爵家ですがラーミル様から見て一番安全な侯爵家って?
伯爵夫人としても子爵令嬢としてもお世話になった寄り親ですよね?
ジロッとジル嬢を睨みつけるとものすごくイイ笑顔でこちらを見ている。
まるで「分かるでしょう?」と言わんばかりの態度。
悔しい、でも感じ……たりはしないけど、ラーミル様が欲しい。
そう思ったら自然に体が土下座をしていた。
「ジル様、ラーミル様と会わせてください!」
「ちょ、ちょっとそこまでしなくとも会わせますわ!
だから食堂でそんなことしないでくださいまし!」
ジル嬢もここまで効果があるとは思っていなかったようだ。
フェーリオは唖然として僕とジル嬢を交互に見ている。
僕は改めて席に座り直し交渉に入る。
「で、何をすれば会わせていただけますか?」
「別に無条件で会わせますわよ!
そんな意地悪しませんわ」
え?
どれだけ無茶な命令が飛ぶかとドキドキしてたんですけど?
「元々ニフェール様がラーミル様に惚れていると理解しておりました。
なのでお母様と策を練って『伯爵家が消えるようであれば家で働きませんか?』と手紙を出しましたの」
それ、相手側からすれば「お前んとこ潰すぞ、その後家で雇ってやる」と言われたとしか思えないんだが?
フェーリオをチラッと見ると全力で首を横に振っている。
ほう、全く知らなかったってことか。
「で、ラーミル様は承諾して今はチアゼム家で働いていると」
「えぇ、メイドとしてね。
伯爵夫人をやっていただけあって礼儀などは完璧ですわね。
正直予想以上でしたわ」
「それで僕に告白しやがれと?」
「したいのでしょ?」
まぁねぇ。
でもちょっと待って欲しい。
「したいですけど、それ以前に詫びなくてはいけないことがいくつかあるので」
「「?」」
え?
二人とも気づいてないの?
「まず、セリン家を存続させられなかった詫び。
次に、グリース嬢が食堂からいなくなることを事前に想定できなかった詫び。
この二点は元々セリン家を存続させるための提案を僕が出した以上謝罪は必須です」
二人は顔を見合わせ、一言。
「「気にしすぎ(ですわ)」」
僕がキョトンとすると、フェーリオが説明を始める。
「お前が真面目に相手のことを考えていることは理解した
ただ、一つ目の存続についてはお前の策が成功しても存続の可能性は低かった。
まぁそれだけのことをグリース嬢がやらかしたんだが」
「とはいえ、男爵に落とされても貴族ではいられる。
それなのに売爵を選択させたのはこちらの作戦ミスだ。
なら策を提案した僕が謝罪するのは当然だろう?」
「それに二つ目はむしろ事前に想定できたらそっちの方が怖いぞ。
あの暴走は誰も分からない。
そんなとこまでお前が責任を負う必要は無い」
まぁ、あれが想像簡単についたらそれはそれで怖いが。
とはいえ、できることをしなかったのは事実なんだよなぁ。
「前提としてお前が被った被害をどうにかしてからだろう?
それをちゃんとしなかったのはグリース嬢の責任でありお前ではないよ」
う~ん、そりゃそうなんだけど。
納得できないんだよなぁ。
「よろしいのでは?
謝罪の一つや二つして納得するのであればやらせてみては?」
「ん~、ニフェールに謝罪の癖を付けさせたくないんだよなぁ。
特に今回は善意でフォローしまくっているのにセリン家、というかグリース嬢のやらかしで全ておじゃんになった。
そこまで責任とるなんて言ったら何もできなくなっちまうよ」
う~ん、言いたいことは分かるんだけどねぇ。
「僕としては互いに罪悪感とか申し訳なさとかを無くしてしまいたい。
それができて初めて次の段階に進めるかなと思っている。
ラーミル様だってこちらの作戦を潰したことを気にするように思うしね」
ん~、なんて説明すればいいかなぁ。
「まず、今回の問題はグリース嬢。
これは僕もラーミル様も認識している。
で、この件について僕もラーミル様も被害者&巻き込まれ側」
二人を見ると頷いているので、話を続ける。
「ただ、僕は策の提案者。
まぁ、セリン家当主が役立たなそうだったから首つっこんだだけなんだけど。
そして、ラーミル様はグリース嬢の義理の親。
問題に一切かかわっていないのに責任だけは被さってくる」
本当に面倒なんだよなぁ。
「互いに微妙……面倒(?)な立ち位置なんだ。
だからこそグリース嬢を抜いた状態で話せるように双方謝罪する形で終わらせたいと思っている。
そして今回の件を互いに水に流してそこから次の一歩を踏み出したい」
「互いのわだかまりを無くしたい?」
「それ!」
やっと伝わった!
「まぁ、気持ちは分からんでもないが。
ちなみにジル、あちらはどんな感じだ?」
「……実はあちらも似たような感じなのです。
セリン家として助けて頂く予定だったのを勝手に暴走した挙句作戦失敗させたことに責任を感じているらしくて。
ニフェール様も気にしないと思うと伝えたのですが」
あぁ、気持ちが分かってしまう。
自分が悪いんじゃないけど、責任は取らないといけない。
そしてその悩みを解消させる方法に困る。
僕そっくりじゃないか。
「ジル嬢、改めてラーミル様に会わせていただきたい。
互いの背負っている責任をこの機会に全て無くしてしまいたいのです」
「そして責任無くしたら次は告白?」
ジル嬢、笑顔がいやらしいからやめなさい。
フェーリオ、笑顔がエロ親父にしか見えないからやめなさい。
「そこまで考えておりません。
告白前に罪悪感という荷を下ろしたいのです。
まぁ、実際どうなるかはわかりませんが期待はしないでください」
「え~」
「ブー、ブー!」
ジル嬢、拗ねない。
フェーリオ、なんだそのブーイングは?
「あ、それと昨日フェーリオが言ってたジーピン家の当主交代。
そっちも朝に手紙を送ったから数日で当人たちが王都に来ると思う」
「なら、ラーミル様の件と合わせて来たときに一通りやればいい。
多分アゼル殿だけでなくマーニ殿も婚約者に会いに来るだろうから」
「え?
アゼル兄は分かるが、マーニ兄がなんで?」
「ん?
婚約者に会いにだろ?」
「……聞いてない、婚約者、いるの?」
ザワザワッ
「……嘘だろ?」
「嘘ならどれだけよかったか。
ちなみにお相手はどなた?」
フェーリオとジル嬢が顔を見合わせた後、意を決してフェーリオが説明する。
「セリン家との会談後チアゼム家で状況説明したろ?
その時ラーミル様が知った顔かもしれないと発言したメイドがいたろ?
あれがマーニ殿の婚約者」
うっそだろぉ!!!
え、僕、知らない間にマーニ兄の婚約者と会ってたの?
それもその時の話題がラーミル様の胸の大きさ?
「あ、ありえねぇ……」
頭を食堂のテーブルにつけて半泣きの声でぼそりと呟く僕。
二人して僕を哀れんで黙っていてくれる。
今はその優しさが嬉しくて辛いよ。
僕が落ち着いたところでフェーリオが大事なところを聞いてくる。
「ニフェール、ジーピン家では情報を共有しないのか?
家族の婚約者の有無なんて大事な話を隠すのはなんでだ?」
「僕が聞きたいよ……(泣)」
本当になんでだろう。
「とりあえず、うちの一家が王都に来たときにでもちゃんと話してみるよ。
最悪、家族相手であっても噛み付く覚悟はできている」
「まて、それは止めろ!
話し合いまでにしておけ!」
フェーリオが止めようとするが、正直止められる自信がない。
なんせ、今回のセリン家との話も事前に知っていればもう少し騒ぎは小さく済んだのに。
ラーミル様を悲しませずに済んだのに。
自分の心が荒み、目が死んでいくのが分かる。
アゼル兄ともマーニ兄とも仲良いつもりだったけど、流石にこれは許せない。
「ニフェール、フェーリオ・ジャーヴィンとして命ずる。
お前の家族に牙を剥くのは止めろ」
「それは……」
「お前の兄たちは婚約者を教えないなんてくだらない嫌がらせするような奴らか?
違うだろ?
多分だが一番やらかしそうなのはお前の父親アダラー殿だと思う。
ただ、アダラー殿は今回我が父からの当主変更指示に従うのなら以降隠遁生活になるのだろう。
なら牙を剥く必要は無いだろう。
最悪、アダラー殿が指示に従わないのならもう止めない。
その時は遠慮なく牙を剥け」
フェーリオの珍しく真面目な発言に僕は黙るしかなくなる。
まぁ、フェーリオの側近が親殺し兄殺しなんてなったらまずいしな。
「……わかった。
処分は保留としておく」
正直ムッとする気持ちはあるが今は大人しく受け入れておく。
今は、ね。
まともな回答貰えないのなら……処するか。
その数日後、グリース嬢が学園退学した話が聞こえてきた。
できることなら暴走癖と虚言癖を抑えまともになってくれることを願う。
それと並行してジャーヴィン家、チアゼム家の側近交代の情報が飛び交ってきた。
両家とも本格的に邪魔な寄り子を見捨てる方向で進むのだろう。
なんせ――
「いよう、ニフェール。
ちょっと顔貸してくれねぇか?」
――やっぱりと言うか、レスト、トリス、カルディアの三人が声かけてきた。
噂では取り巻きから外されたと聞いていたからもしかしてとは思ったが。
「なんだ?
愛の告白とかは勘弁してくれよ?」
「いや、それは俺たちも勘弁してほしい」
トリス、真顔で返すな。
ボケた側としてはかなり恥ずかしい。
「え?
ダメなの?」
カルディア、ボケにボケで返すとは成長したな。
でも、レストとトリスがガチで引いてるぞ?
……ボケ返しだよな?
……ガチじゃないよな?
グダグダになりながらも校舎裏に移動、話を聞くと予想通りの反応が返ってきた。
「フェーリオ様にちょっと聞いてみてくれねぇか?
急に取り巻きから外されて困ってんだよ」
「外された理由は?」
「わっかんねぇ。
説明も何も無ぇんだ」
は?
理由聞かずに困っている?
聞けばいいじゃん。
「理由聞かなかったのか?
話は理由聞いてからだろ?」
こういうと、三人とも妙に視線を彷徨わせる。
お前ら、何かやらかしてるのか?
「いやそりゃそうなんだけどさ、言いづらいじゃん」
「なんだお前ら、まさか言えないような何かをやらかしたのか?
それじゃいくら顔繋いでも無駄だろう」
「いや、そんなことはしていない……はずだ」
「なら、まずは理由聞いてこい。
そんなこともできない奴を取り巻きにしたがるとはとても思えないぞ」
レストが頭をボリボリと掻きつつつぶやく。
「ん~、言いたいことは分かるんだが、教えてくれっかな?」
「さあ?
でも僕が聞いても教えてはくれないだろうね。
第一誰を取り巻きにするかなんて僕が関われるはずないもの」
まぁそりゃそうかという雰囲気が漂う。
全くたかが男爵家三男に何期待してるのやら。
「ちなみに自分たちがやらかした自覚は?
例えばフェーリオ様の不利になるような行動を取ったとか?
取り巻きの間で火種となるような行動を取ったとか?」
三人ともウンウン悩んでいるが思い当たらないようだ。
まぁ、僕の婚約破棄騒動で悪口言いだしたんだろ?
悪いとも思ってなさそうだけど。
「正直、自分たちが外された理由も知らない、確認しようともしない。
この状態で僕が聞いてもフェーリオ様からの評価は下がるだけだと思う。
『こいつら、自分で確認もできないのか』ってね」
苦虫を噛み潰したような表情をしているが、そこちゃんとできないと意味ないだろ?
「さっきも言ったけど、まず理由聞いてきな。
全てはそこからだと思うよ」
僕の説得に納得したかは分からないが、一応大人しく帰っていった。
あいつら、多分フェーリオに何も聞けずに消えるんだろうな。
さて、僕が手紙を実家に出して十日。
ジーピン家が王都にやって来た。
しかも全員。
母上まで来るとは正直予想してなかった。
フェーリオから連絡を貰い急ぎジャーヴィン家に向かう。
案内され応接室に向かうと関係者が大量に集まっていた。
ジャーヴィン家からは侯爵夫妻、ご長男、フェーリオ。
そしてフェーリオの姉でアゼル兄の婚約者カールラ様。
なお、僕とアムルは「カールラ姉様」と呼ばないと拗ねられる。
呼ぶと性犯罪者顔になるが。
めっちゃ喜んでますねぇ、カールラ姉様。
アゼル兄とさっさと結婚から子作りのコンボを決めたいのにどっちの親もまだ早いとか言われイラついておられましたから。
こりゃ、本件収束したらアムルを避難させないと。
夜が激しそうでアムルの教育に悪い。
「本日、王宮に爵位をアゼルに譲る旨報告いたしました。
以後アゼルがジーピン家当主として対応することとなります」
「アゼル・ジーピンと申します。
今後もジーピン家はジャーヴィン家の寄り子として誠心誠意お仕えいたします。
よろしくお願いいたします」
父上とアゼル兄の口上を聞き侯爵様、ご長男とも頷き受け入れた。
……いや、侯爵様は少し苦々しそうな雰囲気を纏っている。
よほど父上の報告がダメだったのか?
そんなことを思っていると侯爵夫人から侯爵に声を掛けられた。
「まぁまぁ、これでカールラが嫁ぐ条件は満たされましたわね?」
「まて、それは今しばし様子を見てからだ!」
「然り然り、そこまで慌てずとも良いではありませんか?」
侯爵様、そして父上が結婚の様子見を言い出す。
失礼ながら、馬鹿ですか、あんたたち。
父上、もうアゼル兄が男爵なのですからくだらないことで迷惑かけない!
侯爵様、ただでさえ結婚待たせられてカールラ姉様に嫌われてるのにまだ嫌われたいのですか?
そんなことを考えていると、侯爵夫人が一喝!
「いつまで様子を見るつもりですか!
カールラを結婚させないおつもりですか!!
カールラもアゼル様も乗り気なのにあなたが邪魔をしているのがまだ分からないのですか?
だからカールラから嫌われるのですよ!」
侯爵様タジタジです。
ご長男は……あ、視線逸らした。
まぁ、お気持ちは分かります。
カールラ姉様は……めっちゃ怖いです。
そんな無言でじっと侯爵様を睨みつけて、父親なのにビビってますよ?
うちの家族は……あ、はい、怖いのでもう見ません。
母上、父上のことはそっちで処置しておいてください。
耳引きちぎる程度ならアリでお願いします。
アムル、そっち見ちゃダメだよ~。
今【魔王】と【死神】が降臨しているからね~。
それからしばし夫人無双の時間が続いた結果、アゼル兄とカールラ姉様の結婚式を半年後にすることが決まった。
なお、王都と領地の両方でするそうなので金が飛ぶとアゼル兄の表情が引きつっていたが、些細なことだ。
最大の懸案(結婚)が整理付いたことで双方の家が皆落ち着き始めた。
そんなところに僕は空気を読まずに父上に追い打ちをかける。
「父上、ちょっと確認なのですが?」
「お、おぅ、なんだ?」
「アムルが婚約していたことを僕に教えなかった本当の理由をお教えください。
それと、先日フェーリオ様からマーニ兄に婚約者がいることを初めて聞きました。
なぜ家族の婚約を家族に教えないのかご説明頂きたい」
ピ シ ッ
一気に場の空気が冷え切った。
侯爵様は驚き、侯爵夫人とカールラ姉様は呆れ、ご長男は頭を抱える。
フェーリオは覚悟していたか特に表情は変わらないが少し体が硬くなってるな。
男爵家は……二人の兄は驚きアムルは泣きそうになっている。
母上は……あぁ、【魔王】【死神】【狂犬】を生んだ女傑だけある。
ブチ切れ寸前で殺気をバラまいている。
これ、【邪神】とか呼んでも良くね?
「な、なぁ、ニフェール。
冗談だよな?」
「マーニ兄、真実なんだ。
兄さんの婚約もアムルの婚約も教えてもらえなかったんだ。
その結果がセリン家の娘が婚約について騒いでいた時にまともな対応できなかった」
「えっ?!」
「それに加え、先日チアゼム家でセリン家との会談について報告していた所でマーニ兄の婚約者の方が対応してくださったみたいなんだが、知らなかったためまともなご挨拶もできてない。
ゴメン、マーニ兄。
結果的に婚約者さんに失礼なことしたかも……」
マーニ兄は天を仰ぎアゼル兄はフォローしようと口を開いては閉じを繰り返す。
アムルは泣きそうな顔をしている。
ごめんなぁ。
「ニフェール、お前の言う失礼と言うのはなんだい?
メイドに対して変なことしたとかじゃないよね?」
邪し……母上は殺意を隠さず聞いてくる。
ちょっと色々と漏らしそうになるも正直に答える。
「メイドに対してと考えると普通の対応だったよ。
ただ、兄の婚約者としての対応ではなかったと思う。
だって、弟が兄の婚約者を知らない、婚約していることを知らないって普通に考えておかしいもの」
「なら良し。
どうせこの後顔見せに行くんだ。
その時に知らなかったことを謝罪しとけ」
【邪神】様の許可を受け、ちょっとホッとする。
「それで、あんた。
言わなかった理由はなんだい?」
僕は無罪放免となったようだが、父上はまだ保釈条件を満たしていないようだ。
皆の冷たい視線を受けてボソッと一言。
「……忘れてた」
( ハ ァ ? )
皆の心が一つになった。
いや、なって欲しくは無かったが。
「マーニの婚約者についてはニフェールが学園に入学するために王都に向かった後に我が家に来て歓待している。
その後で王都に手紙を送るつもりで忘れていた。
アムルの時は……アゼル、マーニに伝えて安心していたら……忘れていた」
「つまり、同じ家に住んでた時でも忘れてしまうほど僕に関心が無かったんですね。
マーニ兄の方はともかく、アムルの時は僕も家にいたのに?」
「い、いやっ、そういうわけでは!」
僕が愚痴ると誤魔化そうとするかのように言い訳をしようとする。
正直不快なだけなんだが。
そんなことを考えていると、アゼル兄が割り込んでくる。
「あ~、ニフェール。
父上は最低でも婚約直後はお前のことを覚えていたぞ。
何故なら『ニフェールには俺から伝える』とか言ってたから」
「は?」
呆れた声を出すと、マーニ兄もそういえばとばかりに発言する。
「確かに、『俺から伝えるからお前らは伝えなくていい』とか言ってたな。
アムルの時もだし、俺の婚約者の時もだな」
「……それってどっちの意味なんですかね?」
「「え?」」
僕が疑問を口にすると皆困惑した表情をする。
「忘れて伝えなかったのか、自覚して伝えなかったのか判断付かないんですよ。
なんせ、兄さんたちには『伝えなくていい』といったんでしょ?
本気で自分で伝えるつもりだったのかな?
それとも情報を展開することを止めるために言ったのかな?」
ここまで説明すると皆ハッとして父上を見る。
父上は大慌てで「ちがうちがう!」と大きく手を振り、僕の襟を掴む。
「そんなわけないだろう!
ふざけるのもいい加減に――」
バ ッ チ ~ ン !
「――ふざけてるのはどっちだい!
自分の息子をここまで追いつめた癖に怒りをぶつけるなんて何考えてる!!」
母上が父上を全力で引っ叩き、僕は父上と一緒に吹っ飛ばされた。
……吹っ飛ばされるときに襟を離してよ、父上。
「そ、その程度で泣き言をいう方がおかしい!」
「なら、あんたの存在を無視してアゼルやマーニの結婚、そしてニフェールやアムルの婚約を進めて一切情報を渡さなくていいんだね?」
「ぐっ、それは親として……」
「もう、あんたは親として見てもらえてないのに気づかないのかい?
それだけあんたは子供たちの信頼を裏切ったんだよ!
今後あたしが親として対応するからあんたは領地から一切表に出るな!!」
やべぇ、【邪神】様に改宗してしまいそう。
「そ、それだけは!
ニフェールやアムルにいい女性を宛がってやりたい!」
「あ、不要です。
また忘れたとか言って放置される可能性が高いので自分で探します」
なぜ、そんなショックを受けたような表情をするのですか、父上?
「第一、アムルにあの女を宛がったこと自体が不快です。
伯爵家からの希望なので断れなかったのは理解できます。
ですが、手紙が届かなくなった時点で父上から伯爵家へ文句を言うこともできたはず。
なのに一切手を出さなかったという時点で問題でしかありません」
「……ニフェール、それ本当かい?」
母上、なぜ驚いておられるのです?
「手紙に書きましたよ?
母上、見てないのですか?」
「あの人が手紙を見て簡単に説明しただけなのさ。
なので、今日ここにいるのは侯爵家からアゼルに爵位を譲れと言われたから来た。
カールラ様との結婚についての話し合いと思ってたからアタシも驚いているよ」
母上はこう言い出すが他の面々は――兄上たちも同じみたいだね。
「……一応確認ですが、セリン家でのやり取りはどうお聞きで?」
「アムルとの婚約は解消となった」
「え?
それだけ?」
「……それ以外の情報があるのかい?」
「かなり分厚い手紙を出したつもりなのですが。
アムルからも聞いてませんか?」
母上は首を横に振った。
アムルは?
「父上から『わしの方から説明しておくから気にしないで良い』って……」
全員で睨みつけると父上はやらかしたことを理解したのか縮こまっている。
いや、これだけやらかして「わしは悪くない!」なんて言ったら喉元食いちぎるが?
「ニフェール、説明しな!」
「いえす、まむ!!」
滔々と手紙に書いた内容を説明する。
なお僕の膝がガクブルしていたが全身ガクブルしている父上よりはマシと気にしないことにした。
……【邪神】様、スゲー。
……一睨みで父上がブレて見える。
一通り婚約破棄騒動と当主交代騒動について説明し終わると皆頭を抱えたり天を仰いだりしている。
気持ちはよく分かる。
対応していた者として本気でキツかったし。
「大体事態は理解したと思う。
それを踏まえて」
邪……母上が僕に近づき、抱きしめて――
「よくやった」
――褒めて――
「ニフェールがやったことは間違ってない」
――正しいと認めてくれて――
「むしろ本来旦那がやらなければならない部分までよくできたな」
――正しき評価をしてくれて――
「良い子だ(ガシガシッ)」
――頭を撫でつつまた褒めて――
――正直予想しなかった母上の行動に僕は――
「―――――――――――――っ!!!」
――声にならない叫びと恥も外聞もない号泣でしか返すことができなかった。
婚約破棄騒動の結果、学園内でクズ男を見るような視線に耐える苦痛。
何とか軟着陸させるために考えた作戦を一瞬で潰された悲しみ。
父上のやらかしからくる不安。
そして、父上からもフェーリオからももらえなかった評価。
これらを全て打ち消すほどに、心に響く称揚。
僕の今までの苦痛や悲しみを耐えるために拵えた心の壁を母上に一撃で壊された。
……さすが【邪神】様。
◇◇◇◇
俺は何を見ているのだろう。
俺を守る側近として力を尽くしてきてくれた【狂犬】。
いつも俺のそばにいて、暴漢にも立ち向かい俺とジルを守ってくれた友。
それが、あそこまで感情を爆発させて前男爵夫人に泣きついている。
あの【狂犬】が。
暴漢の喉笛に噛み付き血塗れになって守った勇敢なる者が。
赤子のように。
弱者のように。
見たことも無い姿をさらけ出している。
あんなニフェール初めて見た。
「フェーリオ、もしかして驚いているのか?」
ジャーヴィン侯爵である俺の父上が少し驚きつつ聞いてくる。
「ええ、ニフェールがあそこまで泣き叫ぶのは想像もできませんでした」
父上は少し考え質問してきた。
「フェーリオ、お前はニフェール君を褒めたり評価したりしたか?」
「いや、当然してますよ?」
「では今回の件では?」
はたと考える。
確かに普段褒めるし評価もする。
【狂犬】の異名が付いたあの時もちゃんと評価し褒めた。
だが、今回は?
俺を守ったわけでもないから評価は特にしていないが?
「お前は確かにジャーヴィン家の者だ。
だが、ジル嬢と結婚すればチアゼム家の者として動くこととなる。
さて、今回の件、ジャーヴィン家とチアゼム家の視点では?」
ジャーヴィン家としては、グリース嬢の暴走の結果僕がグリース嬢を誑かしたと言われる可能性があった。
まぁ、グリース嬢がまともな判断をしてたのでダメージは無かったが。
チアゼム家としては、寄り子の暴走によるジャーヴィン家との関係悪化。
それと、俺とジルの婚約への影響か。
「気づいたようだが、両家の関係悪化は避けねばならなかった。
国としても国内が割れるような諍いは望んでおらん。
お前たちの婚約の影響はお前の想像以上に大きいのだよ」
ジルとの婚約者としての付き合いが当たり前だった。
だからこそ、今回の件が暴走したら……両家だけでなく国まで影響でる?
「それを男爵三男がお前たちの力を借りてではあるが、かなり穏便な方向でケリをつけた。
それも学園生の年齢でだ。
国としてはこの騒ぎを鎮静化させたことをとても評価しておる。
流石に表立っては言えんがな」
国まで評価している?
そこまでだったのか?
俺の想定以上の評価に驚きを禁じ得なかった。
「しかもセリン家の影響を最小化する努力までしたと言うではないか。
助けようとしたセリン家の自滅により失敗したとはいえ、あの子の年でそこまで気が回せたら上出来だ。
さてフェーリオ、あの子の評価は?」
「……文句つけようのない、最高評価でしょう」
「なら次回からはちゃんと当人にそれを伝えよ。
寄り子の尽力を評価し褒めてやらねば寄り親の意味は無い」
寄り子の行動がどれだけ自分に影響するのか、それを気づけるのか。
ニフェールはセリン家へ気を回し過ぎだと思っていた。
元伯爵夫人に惚れたから頑張っているんだろうとも思っていた。
ただ、それが僕らジャーヴィン家とチアゼム家の被害を軽減するためだとしたら?
俺は両家を助けた友人を……揶揄ってた?
「確かにそうですね」
自己嫌悪になりつつも言われっぱなしは悔しいのでちょっとだけ反撃する。
「であれば父上もさっさと姉上とアゼル殿との結婚を認めたらいかがです?
子供の尽力を評価せず嫌がらせし続けていたら冗談抜きで母上と姉上がいなくなりますよ?」
グ フ ッ !
かなりのダメージを与えた様だが後でもう一押ししておくか。
まぁ、そんなことよりニフェールに……いや、今褒めても前男爵夫人の二番煎じと受け取られかねないな。
ジルとも相談してニフェールに別の形で礼をするか。
……都合よくジルがご褒美を確保しているしね。
◇◇◇◇
「その、突然泣きわめいてしまい、誠に申し訳ございませんでした」
やっと落ち着き、恥ずかしながらも周りに号泣を謝罪すると、侯爵様から予想外の言葉を頂いた。
「いや、二つの侯爵家の仲に亀裂が入るのを防ぎ、一伯爵家を存続させようと動き、寄り子たちの選別のためにデコイになる。
ここまで成し遂げるには相当の心労があっただろう。
それに加えご母堂に久しぶりに直接褒めてもらったのだろう?
そりゃあ泣いてしまうのもわかるさ」
「そう言っていただけるとホッとします」
じ ゅ る り
恥ずかし気に言うと侯爵夫人とカールラ姉様の方から何故かヨダレを啜るような音が聞こえた。
チラッと見てみるがお二人とも平然としている。
気のせいかな?
「ふむ、大体話は終わったようだが、この後は?」
「マーニの婚約者にご挨拶をと考えておりましたが、流石に時間も遅い。
明日にでもご挨拶に伺おうかと」
侯爵様とアゼル兄の会話にフェーリオが割り込んできた。
「なら今日ここに泊まって明日チアゼム家に行ったらどうだい?
それと、うちも一緒に行ったらいいんじゃないかな。
今回の一連の話について認識合わせと今後について整理するのもアリだと思うけど?
そして姉上、義理の妹と顔合わせした方がよくない?」
侯爵家ご夫妻は少し悩んで賛意を示された。
なお、カールラ姉様はノータイム、かつ全力で賛成された。
アゼル兄の妻としての扱いをされたことにお喜びなのだろう
で、だ。
フェーリオ、お前何考えてる?
まぁ簡単に予想できる範囲のネタなんだろうが。
そんなに僕がラーミル様に恋心を伝えるのを特等席で見たいのか?
五分入れ替え制にして金取るぞ?
さて侯爵家でおいしい食事にすばらしいベッド。
侯爵家ともなるとこんないい生活できるのか。
そんな戯言を心に留めチアゼム家に家族&ジャーヴィン家総出で向かう。
その途中、馬車の中で【邪神】様よりお言葉を賜る。
「さて、ニフェール。
フェーリオ様の行動から推測だが、あんた好きな子できたね?
とっとと白状おし!」
これに逆らうなんてとんでもない!
命が惜しいのでおとなしく全て白状する。
「……本気かい?」
「惚れたという点では本気です。
同年代でまともな女性は既に売約済み。
残っている者たちは妻とするには人格等に問題あり。
そんなことを考えていた所で今回顔を合わせ頭も人格も問題ないと判断しました」
チラッと【邪神】様を見ると『続けろ』と合図してきたので今日の方針を伝える。
「まずマーニ兄の婚約者さんに謝罪。
そしてラーミル様に元伯爵夫人に対しての謝罪。
多分あちらも作戦を失敗させたことについて娘の代わりに謝罪してくるでしょう」
皆首肯する。
「そこで双方手打ちにしてこの件はこれ以上蒸し返さないことを確約。
その後で想いを伝える予定です」
二人の兄たちはこちらの作戦を検討しているようだ。
笑ったりしないのが本当にありがたい。
「ですが離婚して間もない相手ですので、まずは想いを伝えるに留めておこうと考えてます。
こちらが冗談や憐れみで告白したわけでは無いことをまず理解していただくことが先決かと」
一通り説明終わると【邪神】様は母のような――いや、ガチで母だが――の顔で一言。
「大体分かった。
今更覚悟は問わない。
後はぶつかってきなさい」
「いえすまむ!」
なおこの間、口出ししたそうな父上がいたが全員無視していた。
「あ、ちなみにアムル、ちょっと教えて欲しい」
「何でしょう兄上?」
ちょっとアムルから情報を聞く。
このネタで未来のお姉様方に少しでも良き感情を持ってもらおう。
チアゼム家に到着するとほぼ顔パスで屋敷に入る。
ジャーヴィン家とジーピン家は関係者全員(置物の父上は放置)。
チアゼム家からは侯爵夫妻、ジル嬢。
そして二人のメイド。
一人は先日マーニ兄の婚約者と知ったあのメイドさん。
もう一人は……ラーミル様。
二人とも、今日はメイドとしてではなく令嬢としての装いでいらっしゃる。
ヤバい。
何と言うか……似合いすぎててヤバい。
このままお持ち帰りしたいくらいに似合っている。
ラーミル様が恥ずかしかったのか顔が赤くなっている。
ちょっと視線が集中していたかもしれない。
怒ってなければいいのだけれど。
◇◇◇◇
なぜでしょう。
私、ラーミル・セリン――いえ、離婚したので今はラーミル・ノヴェールですね――は現在チアゼム家のメイドとして働いております。
本日なぜかジャーヴィン家、ジーピン家が大挙してお越しになりました。
チアゼム家を継ぐジル様の関係上ニフェール様が来るのは覚悟しておりましたが、なぜ一家総出で?
いや、元娘のグリースが多大な迷惑をお掛けして正直顔合わせ辛いんですよね。
申し訳なさ過ぎて。
でも、ニフェール様がこっちを見ておりますね。
妙にじっと見られると恥ずかしい(赤)。
まだ私にも乙女な部分があったのですね。
で、それはいいんですけど、一つ疑問が。
なぜ、私も顔合わせに参加?
それもメイドとしてではなく?
なんででしょうか、侯爵様?
え、奥様の命令?
いや、メイドとして先輩であり学園の後輩でもあるロッティが参加するのは分かりますよ。
婚約者と久しぶりの顔合わせってのは聞いてますし。
でも私一切関係ないですよね?!
え、それでも来い?
来なきゃ給金やらん?
分かりました行きますよ(泣)!!
ちくせう!
という訳で応接室に集まりましたが、人多いですね、これ。
同僚の侍従、メイドたちが苦労してセッティングしてます。
ごめんなさいね、今日は手伝えなくて。
ん?
この後大変だろうし気にするな?
……ねぇ、何を隠してる?
ちょっと待て、逃げるな!
同僚に逃げられた悲しみを背負いつつ打ち合わせ場所に大人しく座りました。
可能な限り空気と化しておきましょう。
ええ、私は当時そんなことを考えてました。
今では甘ちゃんだったと恥ずかしく思います。
ここまで仕込まれておいて全く感づいていなかったんですかから。
「あら、アゼル様もついに結婚ですのね」
「ええ、夫もやっと認めてくれまして、これ以上待たせるのなら……ねぇ」
「あぁ、分かりますわ。
少しの焦らしは楽しみですけど、長いとただの嫌がらせですものねぇ」
ジャーヴィン侯爵夫人とチアゼム侯爵夫人がチクチクと夫イビリを始めました。
めっちゃ楽しそうで、止めようがありません。
なんか、ジャーヴィン侯爵小さくなってます。
ジーピン前男爵も大豆並みに小さくなってませんか?
って、チアゼム侯爵まで!
男って本当に……。
あれ、ニフェール様がジーピン前男爵夫人に合図送ってますね。
OK出たようでロッティに話しかけました。
「ロッティ様」
え?
確か次男――マーニ様――の婚約者だったのでは?
ロッティも困惑しているようですが。
「申し訳ありません!」
え?
なぜ謝罪を?
ロッティも理解できないのか困惑した顔を見せ謝罪の理由を聞こうとします。
「えっと、ニフェール様、なぜ謝罪を?」
「私どもジーピン家のやらかしなのですが、私はロッティ様がマーニ兄の婚約者であることを先日初めてお会いした時点で知らなかったのです!」
「「はぁ?」」
あら、私まで一緒に驚いてしまいましたわ。
驚きと困惑に満ちた私たち(といってもロッティメインですが)に最近分かった騒動の話をニフェール様は説明していきます。
セリン家での話。
グリースが弟君であるアムル様の婚約者であったことを知らなかったこと。
その報告をしにチアゼム家に報告しに行ったとき婚約者と知らずにいたこと。
どころか、マーニ様に婚約者がいるとは知らなかったこと。
その後処理を学園内で実施している時にフェーリオ様に教えてもらったこと。
そして、昨日父上を締め上げると「伝えるのを忘れていた」と言われていること。
また、その言葉が真実なのか、それともニフェール様を追い詰めるために嘘をついているのか未だ誰も判断できないこと。
……マジですか?
いくら何でもひどすぎます。
確かに嫌がらせと言われても信じてしまうほどろくでもないですね。
「ロッティ……」
おや、マーニ様が……。
「ニフェールの言っていることは真実なんだ。
元々、僕と入れ替わりに学園に入る弟がいるとは伝えたと思うが、それがニフェールだ。
他の兄弟や母上も、父上の『自分が伝える』を信じて連絡していなかった。
それ故、誰もロッティの名をニフェールに教えることができなかった」
ホントろくでもない父親ですね。
「もしかするとジーピン家から婚約者として認められていなかったかのように捉えてしまったかもしれないが、それは無いことは明言しておく。
とはいえ、ロッティに不安な思いをさせてすまない。
僕からも謝罪する。
本当に申し訳なかった」
マーニ様まで謝罪し始めた。
何と言うか、親の尻拭いで子供が謝罪ってかなりヒドイ。
「はぁっ……」とため息をつきロッティは頭を下げている兄弟を見て声を掛ける。
「マーニ、それとニフェール様、頭をお上げください。
ニフェール様、謝罪は受け入れます。
知らなかったのに責任を負わすなんてことはしませんよ。
それとマーニ、婚約破棄とかいう訳ではないわよね?」
「当然だ!
むしろアゼル兄の結婚予定が決まったので、次に結婚できるように調整に来たってのに」
おやおや、お熱い事で。
ロッティ、顔赤いわよ?
「なら問題なしです。
謝罪は受け入れますが、気にしなくていいですよ」
緊張した空気だったのが弛緩した空気に変わっていく。
よかった、あんな雰囲気はもう十分ですわ。
そう思っていたらニフェール様が危険な発言をしてきた。
「あ、そうだ、ロッティ様。
アムルに聞いたのですが『ロッティ姉様』と呼ばせているとか」
「ええ、そうですが?」
「僕も『ロッティ姉様』ってお呼びしてもよろしいですか?」
ブ フ ォ ッ !
ちょ、ちょっと待って!
それロッティにはまずい!
というか、アムル様も合わせて二人で首コテッて傾けるの無し!
チラッとロッティを見ると……あぁ、やっぱり。
年下に「姉様」呼ばわりされるのが性癖にクリーンヒットしていた。
恋愛は同年代がいいけど、年下に「お姉様」呼びされるのは止められないとか学園生の頃に抜かしていた。
性犯罪者にならないかヒヤヒヤしていたがチアゼム家に就職できたと聞いて安心していたのですが、直ってなかったんですね。
とりあえず、ヨダレを拭くようハンカチを渡すと慌ててゴシゴシと拭き始める。
マーニ殿は、ってあぁ諦めているのですね。
とりあえずロッティに「返事位しなさい」と伝えようとしたところ、なぜかジャーヴィン家のカールラ様――長兄アゼル様の婚約者――が割り込んできた。
「ロッティ様、お気持ちよ~く分かりますわ!」
……え?
「アムルちゃんとニフェールちゃんが『姉様』なんて呼んでくれるのですよ!
涎垂らして鼻血噴いてもやむ無しですわ!」
え、そっち?
ジャーヴィン家長女もそっちの趣味?
「そしてロッティ様、私たちだけが”二人から”『姉様』呼びされますのよ?
そんな神からの贈り物を捨てるなんてありないでしょ!」
あ……ああ……ロッティの同士がこんなところに居たの?
これじゃあ、ロッティが!
「その通りですわね!!」
暴走するだけじゃない!
誰か止めてよ!!
「カールラ様、『お義姉様』ってお呼びしてもよろしいかしら?」
「よろしくてよ!
むしろ、あたしも『義妹』と呼ばせていただくわ!」
「光栄ですっ!!」
ねぇ、誰か本当に止めて!
ジャーヴィン侯爵夫人!
チアゼム侯爵夫人!
なぜ止めな……まさか、お二人もそっち?
その笑顔はそっちの人ね!!
アゼル様、マーニ様、止めて……って何ですの、その諦め顔は!
負けないで!
もう少し!
最後まで足掻いて!
誰かいないの?
弟妹趣味”以外”の人!
この世の儚さ(?)を嘆きつつ暴走するカールラ様とロッティを私は見守ることしかできなかった。
そこに【女神】が現れた!
パン! パン!
前ジーピン男爵夫人が手を叩き注目を集める。
皆の視線が集まったのを見て発言される。
「お嬢さんたち、あなたたちの趣味にどうこう言うつもりは無い。
だが、本来の目的である『ニフェールがロッティ様のことを教えられていなかった件』については片付いたと思っていいかい?」
カールラ様とロッティは互いに顔を見合わせ――
「申し訳ありません。
はしゃぎすぎましたわ、『お義母様』」
「申し訳ありません。
それと、目的の方は謝罪を受け入れましたのでこれで終わりということでお願いいたします、『お義母様』」
――謝罪までし始めた。
うっそでしょ、ロッティがこんなに早く暴走から立ち直るなんて!
ひどいときは一時間くらいしゃべりっぱなしだったのに!
ロッティがまともになったのか、前男爵夫人が凄いのか。
……どう考えても後者でしょうね。
本当に【女神】様ですわ。
そのようなことを考えていると【女神】様から次の指令が。
「ラーミル様、このあとあなたに二つ話がある。
すまんがニフェールの話を聞いてはもらえないだろうか?」
二つの話?
何の話か分からないけどニフェール様も真面目な表情をしているし、先ほどと同等の驚かされる話だろうか?
不安になりつつも覚悟を決め頷く。
ニフェール様は緊張しているのか大きく息を吸って――
「まず、先の婚約解消の件でグリース嬢の暴走をうまく止められず誠に申し訳ありませんでした!」
――は?
「え?
いや、あれって、完全にグリースのやらかしですよね?
それをニフェール様が気にされなくても……」
「あ、いや、元の予定では食堂で一通り説明し、グリース嬢が謝罪の流れだったじゃないですか?」
そうですね、それをバックレたあのバカ義娘は!
「ですが、打ち合わせの時点で既にやる気のなさが見え隠れしていたのに対応を怠ったこと、それが謝罪の理由となります」
え?
いやいやいや、それは無理じゃない?
「あの子から聞いた話では、あの事態を回避するのは正直無理なのでは?
私には思いつきませんでしたが?」
「ぱっと思いつくのだけでも、事前に食堂の入口に人を配置して逃げられないようにするとか。
ジル嬢のご友人に協力頂いてグリース嬢の両脇を固めて頂き、謝罪のタイミングで強制的に連れてきていただくとか」
ちょ、そこまでするんですか?
あぁ、でもそこまでしないとあの義娘は無理かもしれませんね。
「被害を最小化させると言いつつも暴走の可能性を矮小化させ過ぎたこと。
暴走する可能性があると判断したらその部分を補完しなければならなかったのに手を打たなかったこと。
これが今回の作戦失敗の理由と考えております。
なので、僕としては謝罪するのは当然と考えております」
はぁ……全く。
赤の他人である私どもに対してそこまで気を使っていただき、むしろ被害者なのに手助けをして貴族でいられるようフォローまで考えていただいた。
本当に、そこまで私どものために苦労されなくてもいいのに。
正直、セリン家の愚かさが際立ってしまうのですよ。
元夫や元義娘はそこまで気が回らなかったようですが。
全てニフェール様におんぶにだっこ。
それでよく恥ずかしげもなく伯爵の地位でいられると考えましたわね。
ありえないでしょうに。
周りで少しでも頭が回る人ならセリン家がおかしいこと気づいてますわよ!
「善人の家」なんてあだ名をつけられてますが、本当に善人なら自分たちでケリを付けなさいよ。
まぁ、義娘を修道院に送ったこと、伯爵位を売爵し平民となったこと。
そして私に離縁を申し出たことはありがたかったですけどね。
義娘のために結婚を求められましたが没落までは付き合わなくていいと判断したことは、夫と出会って最も好評価な行動でしたわ。
あぁ、ニフェール様が不安げな表情をされてますね。
少々考え事に集中し過ぎてしまったようです。
まぁ、ニフェール様だけに謝罪をさせるのは流石に心苦しい。
なので、こちらからも元夫や元義娘の謝罪をして相殺としましょうか。
「ニフェール様、元セリン伯爵夫人として謝罪を受け入れます」
ニフェール様の表情が笑顔になりますが、まだ話は終わってませんよ?
「また、私からも謝罪させてください。
まずはグリースがニフェール様を婚約者だと勝手に勘違いして学園で婚約破棄を申し出た件」
ホント、これがなければ今回の騒動は無かったんですよね。
迷惑極まりない義娘でしたよ。
「次にグリースがニフェール様への謝罪を拒否した件」
次のこれ、迷惑かけた相手に謝罪もできないとは!
ちゃんと義母として指導してきたのに、流石にショックでしたわ。
「三つ目、グリースがアムル様に婚約半年以降手紙を送らず、贈り物を一切送らずにいたこと」
これを聞いたときはショックで倒れそうでしたわ。
こんなふざけたことをするならこちらの有責でさっさと婚約解消すればまだマシだったのですが、本当にあの子は!
「四つ目、グリースがニフェール様の策をぶち壊しにし学園の食堂から逃げた件」
ニフェール様から作業の流れ聞いてたわよね?
私からも説明したよね?
なんであのタイミングでバックレるのよあの子は!
「最後にニフェール様にあれだけご尽力いただいにも関わらず売爵と平民になったことをご報告できなかった件」
ロッティは驚いてますね。
ジル様から聞いてませんか?
他は……皆ご存じのようですね。
「これら全てセリン家の責、今更と仰るかもしれませんがこの場にて謝罪させていただきます」
久しぶりに淑女らしい行動を取りましたが、おかしくありませんかね?
最近メイド仕事しかしてないので、貴族っぽい事忘れかけているもので。
ん?
ニフェール様を見ると顔を赤くして慌てているようです。
このくらいの謝罪想定してなかった?
流石にそれは無いですよね?
困惑しているとニフェール様が視線を逸らしつつ指でご自分の首を指し示してきます。
首?
違うわね、喉元?
いや、指がもっと下の方向を向いて……まさか!
最初にお会いした時と同じ?
いや、ジル様にお借りしたドレス、妙に胸元開いていると思ったけど!
ジル様を睨みつけると「グッジョブ!」とばかりにサムズアップしてきました。
ちょっと、人を娼婦か何かのように扱わないでくださいよ!
私も顔を真っ赤にしていると、ジル様がいけしゃあしゃあとニフェール様と私をとりなそうとする。
胸の谷間ニフェール様に見させておいて言うセリフじゃないですよ!
「ニフェール様、セリン家側からの謝罪を受け入れますか?」
「はい、受け入れます」
「では提案ですが、ニフェール様とセリン家――というかラーミルとの間においてこの件は手打ちとしては如何?
お二人とも互いの謝罪と許しがあっても引きずる性格のようですから、ここできっぱり終わらせた方がいいと思うのですけど?」
ふむ、確かに私も引きずりそうな気がするので個人的には賛成ですが。
谷間見させようとしたことは忘れないですからね!
「元セリン家として賛成いたします」
「ジーピン家、というかニフェール・ジーピンとして賛成いたします」
「よかった、ではこれで一つ目の話は終わりですね。
ではニフェール様、二つ目の話をお願いします」
ジル様が妙にニヤニヤしながら話を進めるよう指示される。
ねぇジル様、何狙ってますの?
正直、あなたのその笑い、物凄く不安なんですけど?
「ラーミル様……」
おっと、ニフェール様が真面目な顔でこちらを見ておられますね。
静聴、静聴。
って、あれ?
なぜ、席から立ちあがるので?
なぜ、ぐるっと回ってこちらに来られているので?
なぜ、跪いておられるので?
困惑する私を置き去りにしてニフェール様は私に視線を向け言われました。
「会談でセリン家側で唯一まともに対応して頂き、あの場所において真面目にセリン家の未来を考えて下さるのを見てからお慕いしておりました」
え?
お褒め頂くのはうれしいですが、その頃人妻ですよ?
まさか人妻スキー?
「当然、セリン伯の奥方である以上この初恋は実らないものと諦めておりました」
あ、初恋だったのですね。
それは光栄です。
それと諦めてはいたのですね。
よかった、NTRが趣味ですなんて言われたらどうしようかと。
「ですが離婚されたとお聞きし、初恋の時の想いが再燃してしまいました」
……あ。
やばっ、そういや離婚してましたね。
え、ということは、この場ってまさか?
「ラーミル様、僕の妻になっていただきたいのです」
ま、マジですか?
いや、嬉しいですよ?
でも、その、年上ですよ?
それに離婚歴付きですよ?
最近だとバツ1と言うんでしたっけ?
お若いニフェール様に私のような女よりもっと若い……いや、私もまだ若いですけど!
「一応申し上げますが、過去に離婚してようと思いは変わりませんからね」
考え読まれてます?!
「それと僕と同年代、婚約者なしの娘でまともな判断が出来そうな女性がいないのです。
口が軽いとか、股が緩いとか、頭がお花畑とかまともな方が残っていなくて」
あぁ、私たちの代にもおりましたわ。
遊び過ぎて性病うつされた者とか。
親の溺愛と子の散財のコンボで家傾けたとか。
「そういう意味でもまともどころかロッティ姉様から学年五位の学力をお持ちで、また周りから好かれ、会話からは知性を感じられたと聞いております。
そんな素晴らしい方を手放したいとは思いませんよ」
ロッティ、あんたどこまで言ってるの?
睨みつけるとめっちゃイイ笑顔で微笑んできやがった。
ジル様もわくわくしながらガン見してるし!
ああ、どうしよう!
優良物件だけど!
フェーリオ様の側近ってことは能力的にも問題なさそうだけど!
むしろ、セリン伯より良さげだけど!
そんな感じで頭の中が沸騰しそうなところでニフェール様が立ち上がり自席に戻られた。
……あれ?
「ラーミル様、いきなり驚かせて申し訳ない」
なんか、普通に謝罪されてしまいました。
「会談以外の接点が無いのに急に告白されてノータイムで回答できるとは僕も思ってません」
ま、まぁそうですけど。
「なので、今後求婚し続けますので僕で構わないと思われたら返答頂けたらありがたいです。
また、断られても文句言いませんので」
ん~、よろしいのですか?
「とても私に都合の良い提案に聞こえますが?」
「えぇ、それだけあなたを想っております」
ちょ、ちょっと!
顔真っ赤になっちゃうじゃないですか!
一人でモジモジしていると、【女神】様がニフェール様と話し始めました。
「ニフェール、言いたいことは言ったね?」
「ええ、母上。
後は僕が努力するべきことなので今はこれで十分です」
ニフェール様の宣言を聞き頷く【女神】様はこちらを向き――
「一応話しとこうかね、ラーミル嬢。
ジーピン家としてはニフェールが選んだ相手なら無条件で受け入れる。
なので、後はあなたの気持ちだけだ。
年齢、爵位、そんなものは関係ない。
ニフェールが信じられる相手であればそれでいい。
それを踏まえて検討しておくれ」
――ジーピン家としても受け入れ態勢が整っていることを明言してくださいました。
何というか元夫より漢らしいんですよね【女神】様。
私が男性だったら多分堕ちてた。
ん?
と言うことは、ニフェール様も未来は【女神】様のような漢らしい感じに?
もしかして別の意味でも有望?
◇◇◇◇
一世一代の告白が終わりジーピン家の一部は領地に戻ることになった。
父上、母上、アムル、この三人だ。
兄二人は婚約者ともう少しイチャついてからということで三日後に帰るとのこと。
……流石に孕ませちゃダメだよ?
僕は当然学園に戻るつもりだったが、フェーリオとジル嬢に阻まれてしまっている。
いや、ガニマタで両手広げて阻もうとされても。
なぜだろう、「ディーフェンス!」という単語が頭に浮かんだ。
いや、意味は分からないのだがね。
「ニフェール、あれは無いだろう?」
いや、お前がグチグチ言うなや、フェーリオ。
「そうですわ!
もっと激しく『もう君を離さない!』くらいぶちまけて欲しかったですわ!」
なにジル嬢、フェーリオにそんなこと言われたの?
え?
実体験ではなかったからここで見てみたかった?
僕にくだらないこと言う前にフェーリオにおねだりしなさい!
「元々ラーミル様に思いを伝えるのだって確定ではなかったはずだぞ?
お前ら期待し過ぎだ」
「ブゥ……」
むくれても回答は変わらんぞ、フェーリオ。
「それとジル嬢、どうせラーミル様に会いにチアゼム家にお邪魔することが増えるから、そこで見てりゃいいのでは?
まぁあなたからすれば焦れ焦れでイラつくかもしれませんが」
「いえいえ、下手な恋愛小説よりも楽しませていただいてますわ♡
胸元見て赤くなるニフェール様を見ていると笑顔がこぼれてしまいますの」
やっぱりガッツリ見てたんかい!
この後僕たちはまだまだデートしたり厄介事に巻き込まれたりしますが、今日はこれまで。
……いつ婚約できるのやら。
最後までお読みいただきありがとうございます。
お話はもっと続くことを想定してましたが、気分転換になったのでとりあえずはここまで。
とはいえ、評価が良ければ消した部分追加とか、それ以降を書くとかあるかもしれません。
ちなみに、作者の中で本作「高血圧物語」と呼んでます。
理由は以下キャラクター情報見て頂ければ。
一部、作者も服用してます。
では、また次回作で。
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【ジーピン家】
・ニフェール・ジーピン:主人公
→ ニフェジピン(狭心症、高血圧の薬)から
・アダラー・ジーピン:父親
→ ニフェジピンの商品名アダラートから
・アムル・ジーピン:弟:
→ アムロジピン(高血圧の薬)から
・アゼル・ジーピン:長兄
→ アゼルニジピン(高血圧の薬)から
・マーニ・ジーピン:次兄
→ マニジピン(高血圧の薬)から
【セリン家】
・ニーロ・セリン:伯爵
→ ニトログリセリン(爆薬ではなく狭心症治療薬として)から
・グリース・セリン:伯爵子女
→ ニトログリセリンから
・ラーミル・セリン:後妻
→ ベラパミル(抗不整脈薬)から
旧姓のノヴェールはノーベル(ダイナマイトの発明者)から
・ベラ・セリン:先妻(死亡)
→ ベラパミル(抗不整脈薬)から
【ジャーヴィン家】
・フェーリオ・ジャーヴィン:侯爵家末っ子(三男)
→ フェロジピン(高血圧の薬)から
・カールラ・ジャーヴィン:侯爵家長女&アゼルの婚約者
→ アゼルニジピンの商品名カルブロックから
【チアゼム家】
・ジル・チアゼム:フェーリオの婚約者
→ ・ジルチアゼム(血管拡張薬)から
【カル―ス家】
・ロッティ・カル―ス:マーニの婚約者
→ マニジピンの商品名カルスロットから
【ジャーヴィン家の取り巻きとアンジーナ家】
・レスト・アンジーナ:取り巻きその1
→ 安静時狭心症から
・トリス:取り巻きその2:
→ ラテン語で胸のペクトリスから
・カルディア・パッロ:取り巻きその3
→ 頻拍症の名前(英語:タチカルディア?)から
家名は発作性から