第3話 新たな攻略対象との出会い
ハイネス魔法学園。
乙女ゲーム『虹の彼方へと続く』の舞台である魔法を学ぶための学校である。
そう、このゲームの世界には魔法という物が存在する。そして、魔法を使う魔力の有無というのが重要視される世界でもある。
基本的に魔力があるのは貴族のみではあるが、その中でも稀に魔力を持った平民が生まれたりする。
この物語のヒロインであるティア・ブロワはまさに平民で魔力を持った人間である。そして、その中でも光の魔法の適性が極めて高い。
光の魔法は傷を癒すことができる魔法で、この世界でもその魔法適正が高い人材は重宝されるのだ。
そんな少女がこの学園で男の子達と恋愛を謳歌する、恋愛シミュレーションゲーム。それが『虹の彼方へと続く』というゲームなのだ!
そう、それがこの世界の主人公のお話。
そして、そんなゲームキャラとは一切関りがなく、攻略対象である王子様とヒロインが出会うためのきっかけを作るのが私、エリ―・アルベルト。
何の手違いが私の代わりに、ティアが魔物に襲われて一時的に学園を休むことになったけど、私はあくまでこのゲームのモブなのだ。
……だから、目の前で本来ヒロインが体験するはずのイベントがあっても、無視をしてもいいはずなのだ。
なんで私の目の前でこんなイベントが起きてるんだろ、本当に。
目の前に落ちているのは、可愛らしい動物の刺繍が入った白色のハンカチ。
一見女の子が持っていそうなハンカチなのだが、この持ち主というのが何を隠そう目の前を歩いている攻略対象なのだ。
目の前にいるのは藍色の髪をしている男子生徒の後頭部。ルークよりも線が細くて、少し背も低い。
それでも、歳の割には大きい背丈をしている。
魔法省のトップの息子で、女性嫌い。それでも、幼いころから姉に教え込まれた感性が抜けず、鋭い目つきからは想像できないくらい可愛いものには目がない青年。
このゲームの攻略対象である男の子、エルドナ・ミラー。
そんな青年が落としたハンカチを拾うことで、ティアとエルドナは出会うのだ。
これ、完全にヒロインが攻略対象と接触するイベントなんだよなぁ。
何の間違いなのか、本来ヒロインが見つけるそのハンカチを私が見つけるという手違い。まぁ、ヒロインであるティアは今は学園にいないわけだし、誰かが拾わないとではあるんだけど。
これ、拾ってあげた方がいいのかな?
でも、これを拾ったら、いよいよ私がヒロインの代わりとして、この物語を進めていく羽目になる気がする。
それだけは、避けたい。
だって、もしも私がヒロインの代わりに物語を進めでもしたら、私は死亡エンド確定になってしまうのだ。
この学園に入学して二ヶ月ほど経つと、定期試験が行われる。そして、その試験の内容はダインジョン攻略。
そこで、ヒロイン達はそのダンジョンの中でイレギュラーという、本来は生じない現象に巻き込まれてしまうのだ。
その時にティアの光の魔法があるおかげで、なんとか帰ってくることができたのだが、今はそのティアがいない。
そんな状況で私がティアの代わりにと出しゃばったら、私はダンジョンの中で死んでしまうことになる。
そんな破滅エンドは避けなければならない。偶然とはいえ、何とか魔物から生き延びたこの命なのだ。
できることなら死にたくなんかない。普通に死ぬの怖いし。
だから、ここに落ちているハンカチを拾わなくても、誰かに何か文句を言われる筋合いはないのだ。
……そう、筋合いはない。でも、これを簡単に無視するのも心が痛むというもの。
確か、このハンカチは男が買うのは恥ずかしいとかで、店の前まで行っても買うことができずに家に帰るというのを何度も繰り返して、ようやく買ったハンカチだ。
それもプレゼント用という体でなんとか買った大事なハンカチなのだ。
おそらく、エルドナは学園から落し物があると言われても、このハンカチを回収することはないのだろう。
この男、可愛いものが好きなのに、それをひた隠しにしようとしているのだ。
それゆえに、どれだけ大事な物であっても、恥ずかしくて後から取りに行くなんてことできるはずがない。
面倒なことこの上ない。
……ほんとうに、面倒だ。
私は自分のしょうもなさに溜息を漏らしながら、そっとそのハンカチを拾った。
さすがに、ゲームのキャラといっても、その人にとって大事な物を失くした現場にいながら、それを無視をするなんてことはできない。
それに、接触をしなければ問題はない。
不自然ではあると思うけど、バレないように制服のポケットにハンカチを突っ込んでやればいいだけ。
少し激しくぶつかるフリをして、そのままハンカチをポケットに戻してやればいい。そのくらいなら、ぎりぎり接触とは言わないだろう。
そんなことを思いながら、私はエルドナにばれないように近づいて、後ろから拾ったハンカチをエルドナの制服のポケットにねじ込もうとしてーーかわされた。
「あっ」
周りに見えないようにと手のひらに握りしめていたハンカチを握った拳は、ひらりと宙を舞い、振り返った先にいたのはこちらを険しい表情で私を睨むエルドナの姿。
「何の用だ?」
急に見知らぬ女が殴り掛かってきたと思ったのか、その目は女性嫌い云々以前に単純に不審者に向けられているそれだった。
まぁ、握りこぶしで腰付近を狙われれば警戒もするか。
「……」
マズいな、ばれないようにハンカチを戻すはずが、思いっきりバレてしまった。
まさか、背後からの一撃を避けられるとは思っていなかった。完全に予想外の展開である。
なんだろう、あまりにも簡単に避けられたのはなんだか悔しいな。
そんなことを考えた私は、エルドナの方に体を向けて向かい合うように立った。そして、簡単に避けられた悔しさをぶつけるように、私はそのまま無言でポケット目がけて突っ込んでいった。
「っ! な、なんだ! 急に何をしてーーおいっ!」
「くっ、このっ!」
それから、ただポケットにハンカチを押し込もうとする女子と、その手を必死に弾く男の攻防戦が始まった。
「な、何がしたいんだ! おいっ、話を、きけっ!」
「いいから、黙って私の拳を受けてよ!」
「やっぱり、殴る気なのか! なんなんだっ、本当に!」
後から考えればあまりにも不毛すぎる戦い。でも、その時はなぜか必要以上に熱中してしまい、謎の攻防戦が数分続いたのだった。
「な、何なんだお前は、変態かっ、変態なのか?」
不本意な言葉と周囲からの視線向けられながら、私が何度もポケットに向けて拳を打ち続けた。
根気強く打ち続けると、先に体力の限界を迎えたらしいエルドナが、膝に手をついてうな垂れていた。
「今だっ!」
私はその一瞬を見逃すことなくハンカチの入った拳を向けると、そのまま強引にポケットの中にハンカチをねじ込んだ。
そして、ハンカチがねじ込まれたのを確認するなり、私はその場から一目散に逃げることにしたのだった。
「おい、ちょっと待――」
後ろから聞こえてくる声を無視しながら、私はポケットにハンカチをねじ込むことのできた勝利に満足して、小さくガッツポーズをしたのだった。
これで無事イベント回避――回避?
何か大きく間違っているような気がするのは気のせいだろうか?
しかし、白熱した攻防の後だったので、そんなことを深く考えようともしなかった。
何かが間違っている気がする。そんな確信だけが胸の奥にあった気がした。
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