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第一話 婚約破棄された挙句、鉄仮面男の嫁になりました。

こんばんは、純粋な恋愛ものとスカッとざまぁを書きたくて投稿いたしました。


誠実なセレスティーヌと不器用で優しいフェリックス、彼女らを助けるソフィア少年の活躍をまったり見守ってくれると嬉しいです。

 それは、社交パーティで起こった。

「セレスティーヌ、この悪しき女め。お前などこの王太子イデオットの婚約者にふさわしくない!! 今日をもって貴様との婚約を破棄し、国外に追放してやろう!!」

 それぞれの格式あるお家柄の面々が会話に花を咲かせていた時、この国の王太子イデオットがそう宣言したのだ。


 彼の罵声の先にいるのは、公爵令嬢セレスティーヌ・シンセリーテ。艶やかな銀の髪に金色の瞳が特徴の、貴族らしい輝く美貌のお嬢様だ。

 しかし、彼女は今、婚約者であり母国の王太子によって、突如婚約破棄を一方的に宣言された。


「王太子、そのようなお話はこの場でするべきことではないかと」

 セレスティーヌは突如自分を名指して罵声を浴びせられたにも関わらず、取り乱すことをせずに姿勢を正して穏やかに問うた。


 王太子イデオットはフンと鼻を鳴らす。

「貴様のような、女の分際で男よりも知性があるといわんばかりの傲慢ちきな性悪などよりも、なによりもこの僕に寄り添いつくしてくれるマリアンヌ・サロペ嬢こそが真実の相手である!!」


 王太子イデオットの傍には、桃色の柔らかでたっぷりとした髪と妖艶な紫色の瞳、なによりもその豊満な乳房を強調したドレスを纏う美少女がいた。

 彼女の名はマリアンヌ・サロペ。もとは平民出身の母を持ち、伯爵家の妾となって彼女が生まれた。その持ち前の美貌と愛くるしさ、王太子好みの肉付きが次期王となる青年の心をつかんだというのか。


「イデオット様…、このマリアンヌのためにそこまで…!」

「ああ、愛するマリアンヌ。僕の真実の恋人。あのセレスティーヌと婚約が決まった時からずっと隠れて互いに愛し合ってきたが、僕の心はずっと君とともにあった!!」


 正義の主張とばかりに大きな声でそう叫ぶ王太子イデオットに、周囲の貴婦人らは信じられないと目を見開き互いを見やった。


「……つまり、そちらのお嬢さんと貴方様は、このセレスティーヌと婚約してから…ずっと恋人であったと? この国では不貞行為は重罪であるのはご存じのはずですが?」

 セレスティーヌは静かに落ち着いてそう問うた。

「それがなんだというのだ。真実の愛を前にすれば、政略結婚など悪の所業。貴様のような悪女に捕らわれた哀れな僕を、マリアンヌは陰で支えてくれたのだ!! そもそも正妻以外に恋人を作ることなど、暗黙の了解だろう!!」

 その言葉に周囲はさらにどよめいた。

 まさか、この王太子は婚約者がいながらほかに愛人を作っていたというのか?


 セレスティーヌは大きく深呼吸をした。

「…王太子様、確かにこの国では側室制度は認められております。しかし、それはあくまで妻側の承諾と妻が自ら認め選んだ女性に限ってのこと。わたくしのみならず、貴方様のご両親であらせられる国王夫妻にも許可なくして愛人を作るなど…」

 セレスティーヌは長年の婚約者イデオットに対し、癇癪を起した子供をなだめるように語りかけた。彼女は幼少期から、この落ち着きがなく自分の欲望に従いやすいフィアンセに対しての言葉のかけ方を知っていた。


「国王夫妻は僕がすでに説得した!! 家柄だけはよい貴様を正妃とし、真実の愛と言えど身分が低いマリアンヌは公式の妾としてよいとな!! 今頃、貴様の家にもその通達は届いている頃だろう!! …だが、セレスティーヌ!! 貴様のような傲慢で性悪女のことだ。この王太子イデオットの寵愛が豊満で愛くるしいマリアンヌに向けられることを妬み、世界で一番愛するマリアンヌを迫害することは目に見えている!!


 そう続ける王太子イデオットは、懐から宝石がはめられた指輪を取り出した。これは、婚約指輪。セレスティーヌとイデオットの名前が彫られた世界で立った二つの…。


「これこそが王太子の答えだ!!」

 王太子イデオットは、婚約指輪をセレスティーヌに向けて投げつけたのだ。

 ああ、と誰かが悲鳴を上げた。


「本日より、こちらの愛らしき淑女マリアンヌ・サロペが僕の婚約者であり次期王妃となる!! このパーティに参加された者たちは、マリアンヌを宮廷最高の女性として平伏せよ!! これは、次期国王たるこのイデオットの勅命ぞ!!」


 正義は遂行されたと言わんばかりに誇らし気な王太子イデオットだが、周囲は騒然としていた。


 まさか、このような公の場で次期国王となる王太子が、フィアンセを前に長年の不倫を宣言したあげく、婚約指輪を投げつけ一方的に破棄なさるとは!

 このような辱めを受けたセレスティーヌ様のお心はいかほどばかりか…!?


「王太子、お待ち――…!」

 王侯貴族の中でも誠実と有名な侯爵家の者がそう声をあげるが、まばゆい白い手がそれを遮る。

 公爵家令嬢セレスティーヌだ。

「王太子様のお心、しかと受け取りました」

 この日のために、王太子との久方のパーティのために仕立てたドレスを纏うセレスティーヌは姿勢を正し、

「シンセリーテ公爵家を代表し、セレスティーヌ・シンセリーテは婚約破棄を受け入れます」

 静かに王太子への敬意を示すお辞儀を見せたのだった。



 シンセリーテ公爵家に戻ったセレスティーヌであったが、

「あの小僧を引きずり連れてこい!! 儂があのふざけた首を斬り落としてくれるわ!!」

「まぁ、貴方。斬り落とすだけでよろしいのですか? 身ぐるみをはいで恥部をさらしたままどぶ川に捨てないのですか?」

 シンセリーテ公爵夫妻が今でこう言いあっていた。

 軍人として戦果を挙げたシンセリーテ公爵は、愛娘をこれでもかと甘やかしていたし、物静かに見えて実は修羅を見せる母の顔は笑顔なのに言ってることが怖い。

「ソフィア、これはいったい」

 ぎゃあぎゃあ騒ぐ父と、静かであるが同じく憤怒を抱く母を前に、側に控えている美少年の名を呼んだ。

「お言葉ですが、お嬢様。オレぁ、パーティで起こったことをそのままご夫妻に伝えたまでですヨ」

 ソフィア少年はセレスティーヌを見上げると、そのまま再度壁に寄りかかった。

「ソフィア!!」

「はい、旦那様」

「今すぐ国王をここにお呼びせよ!! 応じなければシンセリーテ公爵家は今後一切王家の後ろ盾となる務めを放棄すると伝えろ!!」

「へーいへい」

 顔を真っ赤にした公爵に、ソフィア少年は肩をすくめた。



 結果として、国王夫妻は王太子に愚行を知らなかった。

 元々、政略結婚相手のセレスティーヌとイデオットが不仲であったのは気づいていたが、王家に連なる血筋の公爵家とのつながりを深めたかった狙いもあり、何とか二人の仲を取り持とうしていた。

 今回の社交パーティも、国王夫妻はイデオットより「セレスティーヌに真実の愛を伝えたい」と説得された。その時の説明から見て、国王夫妻はてっきりようやくセレスティーヌ和解したのだと思っていたそうだ(「おそらく、自分に甘い両親をだますなどあの王太子には朝飯前だろう」とソフィア少年はセレスティーヌにそう耳打ちをした)。



「まさか、イデオットに不貞の相手のみならずあのような愚行を…なんとおわびすればよいのかわからぬ…!!」

 建国以来最も誠実で賢き王として民に慕われる国王は深々と公爵家に頭を下げた。

「イデオットのせいで、セレスティーヌ嬢にいらぬ大恥をかかせて…!!」

 王妃も涙を流して口元を抑えた。

「………」

 シンセリーテ公爵は困った顔になった。

元々、シンセリーテ公爵家は元をたどれば王家の血筋。要は国王とシンセリーテ公爵は従兄弟であった。多少抜けたところあれど国民を愛し素朴な暮らしを好むこの従兄弟である国王が、まさか汚らわしい略奪行為を認めるとは思えない。

「王妃様、イデオット様への処遇は…」

 乱暴な言動があれど根は優しい公爵に対し、公爵夫人は冷静に国王夫妻を見つめる。

「わたくしどもを騙し不誠実な言動を繰り返した事実にそって、今は謹慎処分を下しております」

「王太子の地位をはく奪、とまではいかないようですわね」

 にっこりと公爵夫人は微笑んだ。

 その突込みに国王夫妻はギクリとする。

「お母さま…」

 セレスティーヌはわかっていた。


 現時点において、次期国王の資格を持つものはイデオット以外にいない。

 国王夫妻の間に生まれたのが彼だけだからだ。王妃はイデオット出産後、なかなか子宝に恵まれず、一時は側室をもうけろという元老院の声が上がった。

 国王は王妃以外の妻はいらないと断言し、その姿勢が国民からの支持を強めたのはよく覚えている。

「まさか、一途の愛情がこんな事態を産むとはね……」

 ソフィア少年が皮肉ったように言った。

「ソフィア、無礼ですよ」

 セレスティーヌはそう言うと、何か言葉を続けようとする母の肩に手を添えた。


「国王両陛下、セレスティーヌは王太子様には今のままでいてほしいと思っております」

「セレスティーヌ」

 公爵夫人は娘を見た。

「もちろん、此度の一件は国民にも知れ渡り、一時的には支持を失うかもしれない。しかし、王太子様は自ら真実の愛を見いだされました。そのお姿は、過程こそ間違っていたけれど堂々とされており、むしろ感心いたしました」

 セレスティーヌはそう言って母に目配せをした。

 公爵夫人は娘の意図を悟り、目線を娘から国王夫妻へと移す。

「……セレスティーヌの言う通りですわ。間違った愛とやらも、王太子様が民に尽くす姿勢を守り続ければ、いずれ国民は王太子様とマリアンヌ・サロペ嬢を認めてくださるでしょう」

 まるで天上の女神そのものの笑みを浮かべ、公爵夫人はそう言った。

「同じく王家の血を引く分家たる我がシンセリーテ家は、これからも変わらず“あなた方の御世”をお守りいたしますわ」

 にぃっこりと微笑み続ける公爵夫人を、「おお…儂の嫁さん素敵…」と乙女のような目で見つめる公爵であった。

 ソフィア少年は、優しい笑みを張り付け続けるセレスティーヌを見つめ続けていた。


 国王夫妻を見送ったその夜、セレスティーヌは自室にいた。

「ふー、この数日間、様々なことがあったわ」

「そだな」

 ソフィア少年は勉強机に積み上げられた、王妃教育のための書物を縄で縛る。

「これももういらねえよな。王妃にならねえし」

「そうね」

 セレスティーヌは寝間着姿でベッドに座る。

「10年間、王妃になるために勉強したなぁ」



 6歳の時、公爵家で行われたパーティで初めて一つ年上の王太子イデオットと出会った。政略結婚の顔合わせだった。

 まばゆいブロンドに明るい青色の瞳の、とても美しい少年だった。

「おい、セレスティーヌ。これをお前にやる!!」

 イデオットはセレスティーヌに一つの宝石がはめ込まれた指輪を差し出した。

「これは…ペリドットの指輪?」

「夫婦の愛を記した宝石だ!! いずれお前は僕の妻となる。その時はもっと大きな宝石をくれてやるぞ!! 覚悟しておけ!! お前を世界一幸せにしてやる!!」

 顔を真っ赤にしたイデオットはそう言うと大急ぎで背を向けて走り去った。

 


「………」

 セレスティーヌは昔の…おそらく婚約者時代として最も幸せだった瞬間を思い出していた。つらい王妃教育だって、世界一の幸せ者にすると言う約束があったから頑張れたのだ。

「ねえ、ソフィア」

「ん?」

 王妃教育書を縛るだけ縛り、箱に詰め終わったソフィアは振り向いた。

「わたしね、社交パーティでのふるまいも、国王夫妻へのお言葉も嘘じゃないのよ」

「うん」

「王太子様に思うところはもちろんあるけれど、あの方は自由意志をお望みで、あのマリアンヌ様ならそれをかなえてくださるから、あの結果になったのよ」

「…うん」

「今後の公爵家と王家のことを考えれば、国王両陛下の謝罪が聞けただけでよかった。これ以上、問題を大きくしたくなかったもの。あれが最善だったわ」

「………」

「ソフィア、わたし、イデオットのこと、好きだったのよ…?」

 セレスティーヌの両眼からは涙の粒が大きくあふれ出した。

「セレス…」

 ソフィアはハンカチを片手に、セレスティーヌの前に立つと優しく涙を取った。

「政略でも…幸せにするって言ったの彼なのに…っ、ひっく、ひどいわよねぇ」

「うん、うん」

 セレスティーヌはやがてしゃくりあげた。ソフィアはそのまま自分よりも背が大きいセレスティーヌを優しく抱きしめた。

「頑張った、セレスは頑張ったな」

「わあああん」

 この広い部屋にいるのは、民のためにあらんとする公爵令嬢ではなく、長年の一途な恋心をめちゃくちゃに壊された16歳の少女と、その従者のふたりだけ。

 その鳴き声は数刻続き、やがて止んだ。



 その三か月後、王太子イデオットとマリアンヌ・サロペ令嬢の盛大な結婚式が執り行われ、セレスティーヌらシンセリーテ公爵家一同も参加させられた。


さらにその一週間後、王太子イデオットの命令によってセレスティーヌは辺境の公爵家…――冷徹な鉄仮面と恐れられるフェリックス・ヴァンスの妻になることが決まったのだ。

「本来ならば、マリアンヌにとって危険因子である貴様など処刑してもよかったのだが、王家の連なる公爵家の身分に感謝するがいい。辺境の地も良いところだぞ? お前のような傲慢な性根を叩き直すにはうってつけな場所だ。王家の血を絶やさぬ務め、公爵家息女たるお前がこなせ」

 国王夫妻の憂いをことごとく破壊した王太子イデオットの理不尽な命令を、セレスティーヌは受け入れたのであった。




 嫁ぎ先へと向かうキャリッジの中で、セレスティーヌは手鏡サイズの絵画を手にしていた。その絵は辺境の公爵家フェリックスの似顔絵だった。

「あのさ、一応聞いてもいい?」

 向かいに座るソフィアは言う。

「なに、ソフィア」

「それって人間?」

 そうなのだ、似顔絵と呼ぶべきかというくらい、セレスティーヌの次なるお相手フェリックス・ヴァンス公爵の顔はひどく描かれていた。

 ひしゃげた顎に真っ黒でボサついた髪、無精髭を生やして目はどんよりとしているし、猫背な感じがこれまた…。

「絵画がすべて正しいとは限らないわ。国王夫妻もヴァンス公爵は誠実なお方だとおっしゃっていたでしょう?」

「婚約破棄された挙句にほかの領地に嫁入りしろって言ってくる国王夫妻が、ね」

 この話が出たとき、セレスティーヌの両親である公爵夫妻が大激怒するかと思った。しかし、意外なことに、

「セレス、この御方は誠実で寡黙なお方と聞きました。きっと貴女を幸せにしてくれると思います」

 公爵夫人がそう賛同してきたのだ。

「見損なったゼ、夫人にゃあ! セレスを道具みてぇに!」

「ソフィア」

 セレスティーヌは絵画をしまった。

「あのお母さまがただ王家の言いなりになるとは思わないわ。きっと、この結婚には大きな意味があるのよ」


 やがて辺境にそびえる大きな城が見えてきた。

 社交界でも有名な冷徹非情の鉄仮面公爵――フェリックス・ヴァンス、セレスティーヌの夫となる男が住まう古城である。


 かくして、此処から“真実の愛”が生まれることを、セレスティーヌは知らぬまま、馬車は門をくぐったのだ。



婚約破棄ものを書いてみました。

以前投稿した作品のキャラ名を使用していますが、まったく別世界のお話です。

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