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1-7

 

 地面に落ちた魔物たちはリエトが目測した通り、生きていた。リエトたちは駆け付けた教師によって開錠された扉から無事に教室へ入り、廊下を経て階段を下り、外へ出ることができた。

 魔物たちは教師たちによって、「むっちむち♡の樹」の枝から縄で拘束し直されているところだった。


「危険だから、早くあっちへ」

 なにがどうなったのか知ろうと集まってきた物見高い生徒たちの方へリエトたちを追いやろうとする。


「武術研究部」の実況者と解説者が素早くやって来て、人垣の最前列を陣取っている。

「いやあ、実にすばらしい活躍でしたね、解説のトマスさん!」

「まさしく。危険を顧みず魔物を惹きつけ、深追いさせ、罠へ導く。これぞ、戦略というものです」

「そうすると、教師の動きの鈍さが気になって来るところですが」

「うーん、まあ、彼らの第一は生徒の安全ですからねえ」

「お? ここで魔物に動きがあったようすです。さあ、どうでるか?! どうでるか?!」

「ああっ! 魔物が! 魔物が縄から抜け出た様子です。縛り具合が緩かったようですね!」

「まさかの、まーさーかーの!」

 緊迫した状況のはずが、道化芝居さながらの様相を呈してしまう。


 さて、リエトからしてみれば、笑劇どころではなかった。

 一番小柄だから与しやすいと思われたのか、それとも罠にはめたことを知っているのか、魔物の一頭がこっちへ向かってきた。


「退避っ、退避ーっ」

「逃げろお!」

「押すな、押すな」

「わぁぁぁっ」

 一気に騒乱と混乱に叩き落される。

 逃げようにも周囲には慌てふためく人がひしめいていて身動きが取れない。


「リエト!」

 リエトは大きな瞳を見開いた。変則的な跳躍を繰り返して人を縫うようにして狙いを定めて飛び掛かって来る魔物を、ただただ見つめていた。


 そこへザッと黒い影が飛び込んでくる。

 リエトの前に立ち、四肢を踏ん張る。光沢のある黒い毛並みをしている。威圧感たっぷりの唸り声、しわを寄せた顔、牙を剥きだしにする。魔物が気圧されてその場に縫い付けられる。しかし、リエトにとってはこれほど頼もしい後ろ姿はなかった。


「アーテル!」

「わうん!」

 打って変わった甘えた表情でリエトにまとわりつく。生き別れの兄弟が再会したかのようだ。


『リエト、リエト。おれ、リエトのそばにいる!』

 その言いぶりにリエトはアーテルがタウンハウスを出た理由について予想をつける。

「もしかして、危険を察して来てくれたの?」

『そう! リエト、危険! おれ、守る!』

 アーテルは得意げに顎を上げて尾を振る。はじめて単独で人間社会に飛び出して、ちょっぴりまごついてギリギリになったのはご愛敬である。リエトの危機に間に合ったのだから。


「リエト、もしかして、それがアーテルなのか?」

 アルフォンソがおずおずと声を掛けてきた。

「いや、どう見たって、犬じゃないだろう?」

「黒いけれど、狼だよな?」

 バルドとルキーノも困惑したように言う。彼らは逃げられないのであれば、向かってくる魔物になんとか反撃を試みようと身構えていた。意外な助っ人が現れたものの、ちょっとほかでは見ない獣だ。


「それにさあ、魔物が怖がって怯えているんだけれど」

「そうそう。向こうで縛られているやつも」

「なんなの、一体?」とそろって首を傾げる。


「それ以前に、言葉を話しているところがまずもってしておかしいだろう!」

 突っ込んだのは、いつの間にか合流していたシストだ。お馬鹿さんたちの中にあっては常識人とは突っ込み役を押し付けられやすいものなのである。


 アーテルの声はちょっと不思議な響きのあるものだ。リエトも初め、どこから聞こえているのか、と驚いたものだ。

「ええと、でも、アーテルは小さいころからいっしょにいるから、危険はないよ」

 リエトは腰をかがめてアーテルの首に両腕を回す。大きなアーテルだから、しゃがんでしまったらできないのである。


『おれ、リエトといっしょ!』

 大きくて魔物を威圧できてしまうが、むやみやたらに襲いはしないと言うリエトに、アーテルが無邪気に頬を擦り付ける。リエトなどやすやすと引き倒してしまえそうだが、力加減は抜群である。


「まあなあ。あれだろう? リエトがしょっちゅう遅刻する原因」

「毎朝そんな風に引き留められるんだろうなあ」

 これが噂の、とばかりにバルドとルキーノがうんうんと二度三度うなずく。


「なにはともあれ、アーテルが見つかって良かったな、リエト」

 アルフォンソの言葉に、そうだった、魔物が学院に入り込むことがなければ、アーテルを探しに行こうとしていたのだったと思い出すリエトである。

「うん。良かったよ。アーテルが見つかって」

 顎が発達していて、そのせいで頬骨が高くなり、目が吊り上がっていて、ちょっとコワモテな感じは確かにする。大きくても穏やかなまなざしをしているから、恐怖は感じない。それどころか、甘えて来て可愛い。


 アーテルと出会ったころ、リエトは病弱だった。ほとんど外にも出られないほどだった。けれど、可愛い黒い子犬に誘われて、遊ぶようになった。アーテルの尾がぶんぶん振られているのが、「遊ぼう遊ぼう」というように思われた。

「あれ? 子犬? アーテル、会ったときは今と同じくらい大きくなかった?」

「わうん?」

 リエトにはアーテルから答えを得る間は与えられなかった。


「リエト、そちらの狼は魔物か?」

 縄を抜け出した魔物をもう一度しっかり捕縛し直した教師が困惑しきりで聞いてきたのだ。

 リベラルな学院では身分に隔たりなく遇するということを標榜している。そのため、リエトもライネーリ伯爵子息とは呼ばれない。

「アーテルはうちで飼っているんです。危険はありません」

 リエトは立ちあがろうとしたが、アーテルに阻まれ、そのままの体勢で必死に教師に訴えた。アーテルが邪魔した理由は、ようやっと会えたリエトが離れていくのが嫌だったからだ。


「しかしなあ、魔物たちがこうも怯えるなんて」

 リエトはアーテルの首筋に回した腕に力を入れる。心臓が早鐘のように打つ。

『リエト?』

 きょとんと首をかしげてリエトを覗き込むアーテルに、ぜったいに守らなければ、と決意を改める。


「お待ちください、そちらの方は危険な獣ではありません」




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