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1-6

 

 少年たちはその年頃に特有の分別の無さ、無鉄砲さ、そして勇気でもって、無謀なことをやってしまう。身軽く勢いをつけ、幸運を引き寄せ、とんでもないことやってのける。


 作戦らしい作戦も立てないまま、とにかく、魔物を「むっちむち♡の樹」へ誘導させようと畑へ急ぐ。

「わーお、クライマックス?」

 ルキーノが声を上げる。


 そこには畑から前衛画のような目を引く格好でにょきにょきと伸びる植物をむっしゃむしゃと食べる魔物と、それらを追い払おうと振り回した枝の先にがっきと噛みつかれる「神秘植物研究部」の部員、彼に枝を離させようとするシスト、といったこちらもなかなかのカオスぶりを見せている。魔物は五、六頭いる。うろついているのと恐ろし気な姿への恐怖で正確な数字が分からない。


「あー、囲まれそう」

 バルドの気の抜けた言葉の通り、シストと「神秘植物研究部」の部員に対し、じりじりと包囲網を作りつつある。

「畑の植物よりもイキの良い肉がいいって思ったとか?」

 アルフォンソが怖いことを言う。


「危機―――ィ?」

「イッパーァツ!」


 さすがは、「武術研究部」。危険なところだろうと、出向く。しかし、気が散ることこの上ない。

 これで怒気がそがれて鎮静化することもあるので、学院の方でも黙認している向きがある。ちなみに、互いが真剣に向かっているときにやるものだから、双方の怒気が武術研究部に向けられることもある。そのため、実況者と解説者は逃げ足が速くなければならないと部則に定められている。そこまでするのか。

 しかし、今は魔物が相手だ。声に反応した魔物が彼らを見た。「武術研究部」の実況者と解説者は部則どおりにスタコラサッサと逃げている。


「助けなくちゃ!」

 鼻に皺を寄せ、唾液にまみれた牙をむき出しにする姿に、リエトはとっさに石を拾い上げて魔物に投げつける。ふだん、アーテルに「取って来い」遊びをねだられまくっているリエトだ。狙い過たず、魔物の後頭部にがつんと命中する。

「ギャン!」

「こっちだ!」


 リエトは石を投げたと同時に校舎に向かって走り出していた。バルドたちの傍にいたら、彼らを巻き込む。魔物を一匹でも二匹でも、引き付けようとしたのだ。校舎に駆け込んだら、どこかの教室に入って扉を閉め、籠城すれば良いと思っていた。

 しかし、なぜかバルドたちも走って追いかけてきた。その後ろを、これまたなぜか、魔物全部が付いて来た。


「な、なんで?!」

「それでリエト、どうするつもりなんだ?」

 涙目になりながらも走る速度は落とさないリエトに、アルフォンソが余裕綽々でついてきながら問う。

 もう、こうなってしまえば仕方がない。

「当初の予定通り!」

「アイアイ、キャプテン!」

「あいさー。ほいさー」

 リエトのやけくその叫びに、バルドが笑いを含ませた声で、ルキーノにいたっては、なんの掛け声だという緊張感のない答えが返って来る。最近では口数が増えたアルフォンソは無言で走っている。


「ねえ、これ、ヤバイ状況だよね」と思いつつ、リエトはなんだか笑いがこみ上げてきた。ちょっと声も出ていたらしく、後日、バルドとルキーノに真剣な表情で「さすがにあの局面で笑いながら走っている姿は正気じゃねえと思った」「いやあ、リエトさん、ッパねえっす」などとからかわれてきゅむっと唇をひん曲げてムクれたものだ。ルキーノが緊張感がないこと言うからなのであって、リエトとて、あまりの危険な場面で正常な精神状態ではなかったのだ。

 アルフォンソもこのときばかりはフォローの言葉が出て来ず、肩をぽんと叩かれた。実は、それが一番ヘコむ。


「リエトは実に雄々しかった」というバルドたちのしみじみとした評価に、シストなど涙ぐみながら「英雄的な行動だ。助けてくれてありがとう」などと言っている裏ではそんな闇のやり取りがあったのだ。闇取引は秘密にしておくに限る。


 ともかく、リエトは「あっはははは」と笑いながら駆け続け、バルドたちをぎょっとさせつつ、目的の教室へたどり着く。


「扉は開けていて!」

 言い置いて、勢いのままベランダに続くガラス戸を全開にする。風が前髪を揺らし、額を撫でる。向こうの校舎の建物が見える。今いるのは、狭いコの字をした校舎の両先だ。特に、二階はベランダが両側からせり出しており、手を伸ばせば届く、とはいかないが狭まっている。

 建物のコの字の縦線部分の一階は列柱が支える外廊下となっており、そこを突っ切ると中庭だ。その先に奥庭がある。つまり、リエトは奥庭の入り口を見下ろす格好となっている。下を見れば、二階分の高さは、運が悪ければ骨折するかもしれないな、というくらいの高さである。


 なにかないかと周囲を見渡し、黒板のチョークをあるだけポケットに詰め込む。

「あっちの校舎に飛び移る! みんなは端に隠れていて」

「ばっか、君だけに良い恰好をさせられるかよ」

「えー、俺がいちばんヤバそう」

 リエトの言葉に、バルドが腰に両手を当て、ルキーノが足首の腱を伸ばす運動をする。文句を言っているものの、やる気満々だ。


「すぐそこまで来ているぞ」

 廊下を窺っていたアルフォンソがこちらを向く。


 リエトはひとつ頷くと、教室の端まで寄って駆けだした。助走で勢いをつけ、踏み切り、跳ね、ベランダの手すりに足をのせる。その足に力をこめ、一気に宙を舞う。華奢な身体が空へ飛び出す。


 中空にふわりと浮いているかのように見えた。その背中に翼が生えているようだった。陽光を浴びて輪郭がきらきらとぼやけた。

 刹那、輝きが翼となって、重力から解き放たれ、自由を彼に与えた。


 隣の校舎のベランダに飛び移る。リエトは身軽に手すりに着地して勢いを殺し、ベランダの床へ下りた。

 少年特有の怖いもの知らずの向こう見ずさが幸運を引き寄せることがままある。


 続いて、バルドがどんとベランダの手すりを揺らす。リエトは慌てて奥へ避けた。教室の扉を開けようとして、はっと顔を上げる。

「鍵がかかっている!」

「それは考えていなかったのか!」

 ふたりがそんなやり取りをする間にも、アルフォンソがひょいっと乗り越えて来る。

「うわぁぁぁぁぁぁ」

 騒がしく跳んできたのはルキーノだ。抱き着いた手すりが「がうぅぅぅん」と振動する。


「来るぞ!」

 魔物たちがリエトたちと同じように跳躍し、飛び越んで来ようとしていた。バルドは蹴り落としてやるとばかりに手すりを掴んで片脚を振り上げる。


 リエトはポケットに手を突っ込んでチョークを取り出す。斜め下に投げつける。

「ノーコン!」

 先ほどと同じく魔物に投げつけたのだと思ったルキーノが手すりにしがみついたまま言う。アルフォンソはルキーノの背中を引っ張り上げようとしている。


 しかし、リエトの目論見は魔物にチョークを当てることではない。裏庭を門番よろしく守る「むっちむち♡の樹」の枝にチョークを当てることだ。

 そして、今度もまた狙いは外さなかった。ひとつで反応しなければ、ふたつ、みっつと投げつける。


 すわ、敵襲か?!とばかりに、名前とは程遠い枯れた枝を、名前と同じく鞭のようにしならせる。

 ジャンプしている最中は隙となる、という定説どおり魔物たちは次々に「むっちむち♡の樹」の枝にしたたかに打ち据えられ、墜落した。ベランダの少年たちと、顔だけ上げて落下する魔物たちの視線が絡み合う。「ひぃぃぃ、おーたーすーけぇぇぇ」とでも言わんばかりの表情を見守った。ぼすんという鈍い音がする。恐る恐る下をのぞき込めば、すぐさま、わさわさと「むっちむち♡の樹」の枝が捕縛にかかっているのが見える。シュールな光景だ。


「すっげえ!」

「やったな、リエト!」

 バルドとルキーノがハイタッチする。ルキーノは、まだ手すりの上で亀のようにもたついているのに、よくも片手を放せるものである。

「怪我はないか?」

「う、うん。でも、僕たちはどうやってここを出よう」

 沸き立つバルドとルキーノ、心配するアルフォンソに、リエトは眉尻を下げた。三人は「そう言えば!」とばかりにぱっかーんと口を開けた。一難去ってまた一難。




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