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1-2

 

 石造りの学院の廊下は中庭と接する側は石柱がアーチを支える構造となっている。


 うららかな陽射しが、次の授業を受ける教室へ向かって歩いているというのに、昼食を食べた後ということも相まって眠気を誘う。うっかり足元がふらついたリエトの首筋ぐるりを、バルドが太い腕を回して支えてくれる。ありがたいことではあるが、大柄なバルドがすると掬い上げるような体勢となる。リエトはきゅむっとへの字口になりながら見上げる。


 リエトはアルフォンソに持っていた教科書やノートを持ってもらい、空いた両手でバルドの腕にぶら下がる。脚を曲げ、床から足を離す。バルドは拳を顔に近づけ、力こぶを作るような形を取り、リエトを吊り上げる。そのまま歩き出した。リエトの身体がぶらぶら動く。


 リエトは、しょっちゅうアーテルにせがまれて「取って来い」をするためにボールを投げている。楽しそうにするものだから、左右の手を休ませるために交互に投げてやる。これが結構な運動になるのだ。


「おー!」

 ルキーノがなんの拍手か分からないが、感心した様子で手を叩く。ちなみに、今日も今日とてパンを持っている。指先でパンを持ち、掌を打ち付ける。腹ペコ男子は昼食を摂った後でもパンのひとつやふたつは軽く入る。昨日などは、ポケットに入っていたプラムを取り出してかじりついていた。


 カフェテリアは無料で飲食ができるから、もちろんお代わりをしている。ルキーノとバルドで各自三回ずつ。そのうち、お代わり制限ができるのではないか、というのは、ルキーノとバルドがお代わりしまくってカフェテリアのおばちゃんが青ざめたことから出てきた噂だ。


「ふたりが三回ずつお代わりした」という字面だけで判断してはいけない。カフェテリアとは大皿に盛られた多様な料理から好みのものを皿に取る形式だ。ふたりのトレーにはリエトの三回分くらいの料理が山盛りになる。リエトの一日分の食事量がトレーに載せられるのだ。まあ、リエトは食が細いから、一般人からしたら、もうちょっと減るけれども。


「あーあ、魔装回路基礎論なんて、難しくて熟睡しちゃうぜ」

 リエトをぶら下げたままのバルドがぼやき、アルフォンソがぼそりと「バルドは違う授業でも寝ている」とつぶやく。

「どこで役に立つのかねえ」

 ルキーノがパンの残りを口に放り込んだ後、ポケットに丸めて突っ込んでいた教科書やノートをようやく手に持つ。


「いや、めっちゃ役に立っているよ! 魔装冷蔵庫とかお世話になっているでしょう?」

 リエトに言われてふたりは顔を見合わせる。

「そうだな。俺たちは魔装冷蔵庫がなかった時代は知らないけれど、聞くだけで大変そうだ」

「一気にカフェテリアや寮の食事の質が落ちる」


 魔力という動力によって作動するものを魔装回路と言い、これを持つ道具のことを魔装器具と呼ぶ。これは過去に失われた知識や技術が発見されてから確立された手法を用いたもので、今では生活に欠かせない便利アイテムとなっている。

 そして、この学院の生徒が掘り起こされた知識や技術で魔装器具を発明している。大人顔負けの発明者たちである。


「その特許権のおこぼれが学院にもある」

 アルフォンソが意味ありげに言う。

「もしかして、その優秀な先輩たちのおかげで、食堂のメニューが充実しているとか?」

「おお、マジか?」

 ルキーノが珍しくキリッと表情を引き締め、バルドがごくりと喉を鳴らす。

 こんな時ばかり、ふたりは妙に察しが良くなる。人はどうしたって、自分の興味のあることにしか気を回し得ないのだ。ルキーノとバルドは食べ物に関して最も真剣になる。


「あるだろうな」

「そっか、じゃあ、俺、先輩たちを尊敬する」

「俺もだ」

 腹ペコ男子は単純なのだ。いつだって胃袋を満たすことに忠実だ。味が良ければ、なお良し。


 学院では学年を追うごとに基礎論から応用論にカリキュラムが変容する。また、深く掘り下げるために分野を分けて学ぶ。選択制の授業であるから、自分の学びたいもの、特性に見合うものに出席することができる。

 初級の必要単位を取り卒業する者がいれば、同じ年数学んだ後、卒業せずに上級クラスに上がる者もいる。さらには自身の研究の進行具合によってより長期間にわたって学院生活を送る者もいる。つまり、学ぶ事柄によって在籍年数が異なってくる。


 先述のような魔装回路を自分たちで作り、さらにはそれを実装した魔装器具を作る授業もある。しかし、魔装器具作成の授業ばかり受けることはさすがにできないので、放課後に着手する。授業外のことだから、自由に作ることができる。個人的に行うものもいるが、大抵、設備や素材が揃っているクラブに入部する。

 その名も「魔装器具研究部」である。


 このクラブが学生とは思えないクオリティの魔装器具を作りだすことがある。回路によって必要設備が異なったり、試行錯誤するには素材が大量に必要だ。その点、クラブであっても設備が整い、素材が潤沢にあることから、学院に長く居すわる学院生がいる。卒業に要する授業の単位をすべて取った後も、のらりくらりと残るのだ。授業に出席する分の時間を魔装器具作成に費やされる。さらには寝るところ(寮)や食事があるので、なんの憂いもなく研究に没頭できる。だからこそ、優れた発明品が生み出されるのだ。人はどうしたって、自分の興味のあることにしか努力をし得ないのだ。


 代々の「魔装器具研究部」の部員たちが手掛けた魔装器具の特許権を折半することで、学院側も潤い、またその名を世に知らしめることができるので、容認している。


「うちってヘンなクラブばっかりあるよなあ」

「そういや、なんのクラブに入るか決めた?」

 回廊から屋内へ入り、階段を上がる段になってようやっとリエトはバルドの腕から手を離した。ずっとぶら下がっていたため、さすがに手がぷるぷると震える。情けなさそうに眉尻を下げてアルフォンソを見上げれば、ひとつこくりと頷く。まだ教科書とノートを持っていてくれるようだ。


 えっちらおっちら段差を上りながら、息を弾ませることもなくバルドが言う。

「あ、なあ、あれは? なんかほら、むっちむちな植物を育てているってクラブ」

「ああ、あったな。なんだっけ?」

 水泳を得意とするバルドとは違ってルキーノはとぎれとぎれに言う。


「「神秘植物研究部」のこと?」

 小柄なものの、ふだん運動量の多いリエトが身軽に階段をのぼりながら首を傾げる。朝と帰宅後、待ち構えていたアーテルと散歩するのが日課だ。散歩は次第に駆けっこになる。笑い声を上げながら駆けまわって、体中を動かすことになる。良く動き、良く食べ、良く寝る。今やリエトは健康優良児だ。良く学んでいるかは別として。


「そう、それ。神秘植物」

 神秘植物を栽培しつつ観察するクラブだ。植物の生長を見守るのだから、一朝一夕では結果が出ないため、結果、こちらもまた、学院に長く居すわる学院生が所属している。

 そこに至るまでには生徒と学院の熱い戦いがあったのだという。


「なんで「魔装器具研究部」は良くてうちは駄目なんですか! うちだって有用な研究をしている!」

「そうだそうだ! だから予算を!」

「たっぷり素材を買いたいです!」

「高級品が欲しいなんてゼイタク言わないからあ!」


 むろん、学院とて慈善事業ではない。いや、実はわりに慈善事業に近いものがあるのだが、一応違う。なにかをなそうとすれば、金銭が必要だ。だから、学院側が容認していることからも、「神秘植物研究部」もまた一定以上の成果を出している。口先だけのクラブではない。


「神秘動物研究会はないの?」

 今度はルキーノが首を傾げる。

「そういうのに興味がある人は学院に留まらないで世界を放浪する」

「「「なるほど」」」

 さもあろう。

 アルフォンソの言葉に三人が頷いた。


 バルドの言う「むっちむちな植物」というのは、「神秘植物研究部」が神秘植物を品種改良して作り上げた一風変わった植物である。なにしろ、動くのだ。

 動くのは神秘植物の中ではそう珍しいことではない。鞭のように枝をしならせる植物で、番犬ならぬ番樹として「神秘植物研究部」の畑を守っている。

 正式名称は、「むっちむち♡の樹」である。


「ちゃんと「ハァト」な語尾で発音していただきたい」

 作成者である学院生は査察に来た後援者(おかねもち)候補に真面目なまなざしをまっすぐ向けて言い切った。それでいて、「ハァト」の部分だけ妙に可愛らしく発音する。

 阿呆あほうである。

 非常に有用な研究をしている。なのに、この主張が引っ掛かり、なかなかパトロンが現れないのだという。

「これだけは譲れぬっ!」


 リベラルな校風が多様な研究を生み、すばらしい発明がなされるが、あまりにも自由すぎて好き勝手している向きがある。しかし、そうであるからこそ、突飛な、もとい突出した発明がなされるというのも事実なのである。ここにジレンマが生じる。天才とお馬鹿さんは判別しにくいのだ。


「なんか、ぱっつんぱっつんに張りがあるっぽい名前だけれど、あれだろう? ガリガリ」

「ガリガリっていうか、枯れ木だよね」

「ということは、スカスカ?」

 適当な名前で憶えていたバルドにリエトがクラブ見学のときに見た樹木の姿を思い出し、ルキーノがなるほどなあ、と唸る。


「そう。それが歴戦の勇者の扱う棒術のようにしなって襲ってくる」

 ふだんは口数が少ないアルフォンソも、仲間たちといるうちに次第にしゃべるようになった。彼もまた、リエトといっしょにクラブ見学をしていた。

「うわーお」

 恐ろしい神秘植物の門衛である。


「そうなんだよなあ。だから、今まで盗みに入ろうとしたやつらはことごとく阻止されている」

「食い物があるんなら、俺もチャレンジしてみるんだけれどなあ」

 やるのか。

 そのうちポケットからくすねた神秘生物の果実を取り出しそうだ。なにが出て来るか分からない不思議ポケットだ。もちろん、食べ物に限る。

「いくら腹ペコが常態でも、盗みは駄目だよ」

 リエトはうろんな目でバルドとルキーノを見る。

「「えー!」」

 ふたりの声が揃う。

「やるなよ? ムチでビシバシだ」

「「いやーん!」」

 アルフォンソに、ふたりは奇しくも、同じ動作をする。両手を両ほほに当てて高い声を出す。




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