狂気と正気
「バカと天才は紙一重」と良く言われるが、20世紀の天才と言えば、アインシュタインが挙げられるだろう。しかし、ここで天才を云々するつもりはない。ごく普通の人と頭のおかしい人の違いはなんであろうかと推察するに留まる。
もう一昔前の話だが、パリの地下鉄の駅で声を張り上げて喋っている人に出会うことが多かった。これといった人に話し掛けるでもなく、見た目には精神異常者がうろついて所構わず、咆えているという感じだ。空間を見詰めて喋り続けるこの人たちは聞いている人がいると妄想するのであろうか?幻覚を見ているのか?
近年、パリの地下鉄では、むしろ、携帯の通話相手と長らく喋ってる人が目立つ。話の内容はというとごく普通の会話。手短に話せばいいのにと思いきや、延々と続く。うるさく感じられる人もいるだろう。この人たちは周りの人のことを考えないのだろうか?あるいは、周りの雰囲気が感じられないのか?昔一人で誰も居ないのに大声で喋っていた人が携帯という機器を手に入れ、満足気に喋っているのだろうか?
はてさて、正気の人と頭のおかしい人との違いはなんであろうかについて、G・K・チェスタートン*は次のように言っている。
「狂人は正気の人間の感情や愛憎を失っているから、それだけ論理的でありうるのである。実際、この意味では、狂人のことを理性を失った人と言うのは誤解を招く。狂人とは理性以外のあらゆる物を失った人である。」
*チェスタートン Chesterton、Gilbert Keith
[生]1874.5.29. ロンドン
[没]1936.6.14. バッキンガム、ベコンズフィールド
イギリスの批評家,小説家。ジャーナリズムに入り、ユーモアに富んだ逆説や警句を駆使した。