6 謁見の準備
ドレス店の人たちが大量の荷物を持ち込んで、立っているアビーに次々とドレスを当てている。前もってアビーの体格を伝えられていたらしく、どのドレスも十代の少女が着るサイズとデザインだ。
「奥様は瞳の色がはっきりした緑色ですので、これと、これと、そうですね、こちらも」
「そんなにですか」
「まだまだ足りません。伯爵家の奥様ともなればこの十倍二十倍でもおかしくはございません」
「あの、お支払い金額は、いったいおいくらになるのでしょう」
「伯爵様がなさいますから、奥様は心配御無用でございます」
(慎ましく節約してきた身には、めまいがするような話だわ)と思うアビー。
「それにしても急なお話でございますね。今日の結婚で今夜、陛下に拝謁なさるのですか」
「そうなんです」
ドレス店の店主が声をひそめて耳元で囁いた。
「お急ぎになるのはもしや赤ちゃんが? それでしたらもっとゆったりしたものをご用意いたしますが」
「まさか。伯爵様とお会いしたのもつい最近ですから。いろいろ事情がありまして」
「さようでございますか。ではとりあえずこの五着にいたしましょう。デザインが少女向けですので本日お召になるドレスの手直しは今! 今すぐ! こちらで手直しいたします」
そう言うなり五人の女性が一斉に作業に取り掛かった。殺気さえ感じる素早さで、飾りつけられたリボンと襟のレースを外している。
みるみるうちに愛らしさを強調したドレスが、しっとりとした大人の女性が着るドレスへと変わっていく。感心して眺めていると、オルトが入ってきた。
「オルトさん、私になにか?」
「お肌と髪の担当者が到着しました。それと私のことはオルトとお呼びください」
「わかりました。気をつけます」
オルトに案内された部屋には、四人の女性が手荷物を持ってアビーを待っていた。
女性たちはアビーに向かって丁寧に頭を下げた。
「今夜の顔合わせに向けて、お手入れをさせていただきます」
「あの、オルトさ、いえ、オルトは元軍人さんかと思いましたが、よく気がつく人なのね」
「私は上に姉が三人おりますので」
「なるほど、納得しました」
そこからアビーは長い時間をかけてお肌を磨き上げられ、髪にも身体にも香油を塗りこまれ、化粧を施された。最初に全裸になることを要求されたが、アビーは
「絶対にいや。背中に生まれつきちょっとしたアザがあるから人に見られたくないの」
としょんぼりしてみせた。
すると女性たちは諦めて、透けない素材の短いキャミソールを着ることを勧められ、うつ伏せの施術は受けずに済んだ。
途中、あまりの空腹に「ぐうぅ」とおなかが鳴ったが、まるでそれを聞き取ったかのようにタイミング良くオルトが片手でつまめる軽食を差し入れてくれた。
それを少しずつ食べながら、アビーは髪を結い始めた女性にそっと話しかけた。
「髪を高く結い上げたら少しは身長が高く見えませんか?」
「奥様、それはお勧めいたしません。『身長のことを気にしています』と大声で触れ回っているようなものですわ。貴族の方々は、すぐにそれを攻撃の材料になさいますよ」
「う。恐ろしい世界ね。私に乗り切れるかしら」
「奥様、イーガン伯爵様がきっと守ってくださいますよ」
「ええ、そうね」
(愛され、望まれて結婚したのならね。お互いの目的のために利用し合っている間柄だからこそ、私は頑張るのみよ)と自分を励ました。
じっと動かず化粧をしてもらい、包帯を巻かれた状態で髪型を工夫され、アビーのかわいらしさを引き立てるような自然な形にゆるくまとめられた。
大急ぎで手直しされたドレスにも袖を通した。
薄い水色のドレスは上半身が華奢な身体に寄り添いつつ、ウエストから下はふんわりとボリュームがある。
姿見の中には品の良い小柄な貴婦人が映っていた。
「愛らしいですわ、奥様」
「かわいらしさの中にも大人っぽさが漂って」
「髪はゆるくまとめて正解でしたね」
ドレス店の女性たちと化粧担当の女性たちは「成し遂げたわ!」という満足そうな表情。
ドレスは年齢相応のシンプルなものに変わり、ドレスに合わせて女性たちが持ってきてくれたアクセサリーも身につけた。
小さめのイヤリングとシンプルなチョーカーが視線を上に集めてくれている。
「視線を上に集めることで、すっきりした印象と大人っぽさが印象付けられます。奥様、どうぞ胸を張って行ってらっしゃいませ」
「ありがとうございます。気がついていらっしゃるでしょうけど、この手のことに不慣れな私なのに、良くしてくださって。お世話になりました」
「奥様、そこは『ありがとう』だけでよろしいのですよ」
「ありがとう」
『男爵家の娘が玉の輿に乗った』と思われるかもと構えていたが、思いがけず応援された。アビーの胸がほっこりする。
「私どもはいつだって女性の味方です。お客様がどんなお立場でも、己の仕事に誇りを持って取り組むだけですわ」
この九年間、どうしても必要な時以外は実家の中だけで生きてきたアビーには、自分の腕で世間の荒波を乗り越えて生きている彼女たちがまぶしく見えた。
そして『いつだって女性の味方』という言葉が胸に沁みた。