49 ガーデンパーティー
契約期間の折り返し地点、結婚式からちょうど一年を過ぎた五月。
イーガン伯爵家では盛大なパーティーが行われていた。
この日のために庭師たちは花壇を華やかに彩るよう花の苗を育てていたし、料理長は『あの』焼き菓子を繰り返し焼いて腕を磨いていた。
サマーはよそ行きのドレス姿で緊張している。
ガスは正装して窮屈そうに喉元を緩めてはサマーに叱られている。
アビーはごく薄いピンクのドレスに身を包み、ギルバートと腕を組んで客たちの間を挨拶して回っている。
今日はイーガン伯爵家初のガーデンパーティーが開かれていた。
主賓席には国王夫妻が座っている。
国王が臣下のパーティーに参加することなど初めてで、参加者は皆緊張を隠せない。
アビーの両親は緊張のあまり顔がずっと引きつっている。国王と同じ場に参加することなど今まではありえなかった。アビーの父は何度も国王をチラリと見ては「信じられない」と繰り返している。
王妃パトリシアは、ギルバートが見たこともないような優しい笑顔なのに驚いていた。
ギルバートは何かと言うとアビーを抱きしめ、抱き上げ、膝に乗せ、ガスが「あれはあんまりデレデレしすぎじゃねえか?」と言うほどアビーを甘やかしていた。
アビーは主催者としてあちこちに気を配りたいが、ちょっとでも離れようとするとギルバートが引き戻すので何もできないでいる。
オルトは「私が全てやりますので、奥様はご心配なく」と如才なく動き回っている。
果実水を飲みながら、アビーが隣のギルバートに話しかけた。
「旦那様、どうしてこんな盛大なパーティーを開こうと思ったのです?」
「あんまり寂しい結婚式を挙げさせてしまったからね。俺の妻として君をお披露目する場が必要だなと思ったんだ」
優しい人ね、とアビーは微笑んで下を向いた。
(十分大切にされているのだから結婚式のことは気にしなくていいのに)
ガーデンパーティーは和やかな雰囲気のまま大成功で幕を閉じた。
夜、ゆっくりとお湯を使い、アビーは自室でぼんやりしている。
結婚して一年が過ぎた。あっという間に過ぎた一年だった。
そろそろベッドに入ろうという頃になって、ギルバートが部屋を訪れた。
「疲れてるか?」
「いえ、それほどでも」
「結婚してちょうど一年の節目だから、君に伝えておきたいことがある」
改まった口調のギルバートに、アビーは姿勢を正した。
「俺は、君を危険に晒したくない。でも、君がこの屋敷からいなくなったら、俺はきっと後悔する。それは俺の自分勝手な欲だ。だけど、君が危険な目に遭うかもしれなくても、君にそばに居てほしい。アビゲイル、君はどうしたい?」
アビーは困ったような顔をしていた。
「旦那様、私はずっとここにいたいと思っております。今まで自分にはそんな資格がないと思っていました。でも、旦那様が私を必要だと思ってくださるのなら、もういらないと言われるまで、旦那様のそばにいたいです」
それを聞いてギルバートが「ふぅぅぅ」と息を吐きだした。
「俺、『やっぱり二年が過ぎたら実家に帰ります』って言われるかもと不安だったよ。君の実家は居心地が良さそうだったからな」
「あの、こんな時にお名前を出していいのかどうかわかりませんけど」
「うん?」
「王妃殿下がお茶会に招待してくださったとき、繰り返し繰り返し旦那様のことを『女心がわからない人』とか『女性の扱いがわからない人』とかおっしゃってたんですよ。私、失礼だなとは思いながらも同意も反論もしなかったんですけど」
「けどなんだ」
「旦那様は確かに女心がわかってないと、今思いました」
「えっ。どこがだ?」
アビーは笑うだけで答えない。
「答えろアビゲイル」
「いやです」
「俺のどこがだめだったんだ?」
「だめと言いますか、わかってないと言いますか」
「だからどこがだ」
アビーはスッと立ち上がり、ギルバートから距離を取った。
「私のことを捕まえられたら教えて差し上げます!」
「ほぅ?」
ギルバートも立ち上がり、手を伸ばしてアビーを捕まえようと迫ってきた。アビーはヒラリヒラリと身をかわし、腕の下をすり抜けて逃げ回る。
ギルバートは最初こそ半笑いで追いかけていたが、そのうち本気で追いかけた。
あまりにバタバタしていたのでオルトが心配して様子を見に来ると、二人は長椅子を挟んでゼーゼーと荒い息をしながら笑い続けていた。
「失礼しました」とオルトが苦笑して引き下がり、それもまたおかしくて二人で笑う。
「そろそろ俺のどこがだめだったのか教えろ」
「それはですね、くっくっく、女性の側は『君にいてほしい』『行かないでくれ』とすがってほしいというか、甘えてほしいというか。『君はどうなんだ?』と聞かれて本心を言わされたくないというか」
「ワイズ伯爵は夫婦は話し合いが大切だと言ってたのだが。なんだ、そうなのか」
「やっぱり旦那様って、女心に疎い……」
そう言ってアビーは笑ってしまった。
心から幸せだった。
「旦那様、私、ずっと旦那様のおそばにおりますね」
「そうしてもらわないと俺が困る」
「私、いつか子供に『うちの両親は世界一仲がいい』って言ってもらえるようになりたいです」
「ああ、全力で努力すると誓おう。それと、」
ギルバートはポケットから鍵を取り出して自分の寝室とアビーの寝室を区切っているドアの鍵を開けた。
「ここは今夜から鍵はかけない」
「ではその鍵は私に預けてくださいませ」
「ん? なんでだ?」
「旦那様が陛下にまた変なことを自慢したら私のほうから鍵をかけますので」
ギルバートは窓を開けて、思い切り遠くに鍵を放ってしまった。
「まあ!」
「これでよし」
「子供みたい」
アビーはあきれ顔だ。
「アビゲイル、ずっと俺の妻でいてくれ。頼む」
「はい、旦那様」
「これでいいのか?」
「はい、それでいいのですが、また私に聞いたので減点です」
「厳しいな!」
アビーはまた笑ってしまった。
「殺戮の使徒様は私を幸せにする天才ですね」
※・・・※・・・※
アビゲイルはその後、少女たちがさらわれないよう、地域自警団に毎年寄付を続けた。
アビーが作ったアビゲイル基金は今も街の安全のために役立っている。
基金にあのクリームの配当が使われていることはもちろんである。
その後のイーガン伯爵家はまもなく子宝に恵まれる。庭に捨てられた鍵はいまだに見つかっていない。
最後までお読みいただきありがとうございました。
つらく悲しいニュースが続いていますが、小説の世界が皆様の心を少しでも元気にできますように。
繰り返される悲惨なニュースを見ながら、(次はとことん優しいお話を書こう)と思いました。
次の作品は、タイトルとあらすじだけはできてます!w
ブクマ、いいね、評価をありがとうございました。励みになります。
ではまた。
守雨





