47 死にかけていた心は
「サマーさん、この金貨全部ですか?」
「はい奥様。この金貨全部が配当金です」
アビーの目の前には十枚ずつ重ねた小金貨の柱が何本も並べられている。
化粧クリーム用の機械を発注するお金を出した時の配当金だ。
「奥様のお言葉に発想を得て色味を増やしたことが売り上げ増につながりました」
「お役に立てたなら嬉しいわ」
サマーの作った化粧クリームは爆発的に売れていた。色味を四種類にしたことで、より目立たなく隠すことができるようになった。少々値が張るものだったので、『欲しいけれどお値段が』と迷っていた人も、店頭でのお試しで『これは!』と納得して買ってくれるようになったそうだ。
「奥様、これをぜひ読んでください」
「何かしら」
手紙を手に取って読み始めたアビーの目がたちまち潤んだ。
年齢を重ねて両頬に茶色のシミが目立つようになり、外出するのが憂鬱になっていたけれど、このクリームのおかげでまた心軽く出かけられるようになった、本当に感謝している、という内容だった。
「こんなお手紙をいただけるのね」
「私も嬉しくて嬉しくて」
「人のお役に立てるって、幸せね。サマーさん、もし販路を広げるのに資金が必要なら、私、もう一度出すわ」
そう言ってアビーは金貨の柱をテーブルの上でズイ、とサマーの方に押し出した。
「いえ、これは奥様の受け取るべき配当金です」
「ええ、一度受け取りました。そして今、再びあなたの仕事に出資します。あなたの化粧クリームで笑顔になる人をもっと増やしてくださいな。私はドレスよりも宝石よりも、誰かを笑顔にしてあげられることの方が嬉しいの。あなたが妹さんの笑顔を取り戻したように、私も笑顔を生み出すお手伝いをしたいのよ」
「奥様ったら、もう。泣いてしまうではありませんか」
サマーが帰ったあと、アビーは庭に出た。
三月の庭に、雪はもうない。
新緑までは間があるものの、散歩しても走っても快適だ。
庭のベンチに座って、アビーは自分の心の中を覗く。
(あの手紙を読んだときの強い感動はなんだったんだろう)と考えた。
「私、生まれ変わったのかもしれない」
「どういうことだい?」
「ひゃっ!旦那様、いつからそこに?」
「今だよ。仕事を終えて窓の外を見たら君が歩いていたから。来客だったんだろう?」
「ええ。サマーさんとのお話し合いで、とても嬉しいことがあったんです。その嬉しさは、人の役に立てたっていうだけじゃない、別の嬉しさがあったんです」
「ほう?」
アビーは心の中にあふれる感情を、なるべく正確に伝えたくて言葉を選びながらゆっくり話した。
「あの焼き印を押された日から、私の心は死にかけていました。人間が恐ろしかったし、焼き印の存在を知られるのも恐ろしかった。人を好きになることも結婚することも諦めていました。でも、旦那様と結婚して、サマーさんに支援することができるようになって、誰かの役に立てました。半分死んでいるような私の人生が、息を吹き返したのです。私がどれだけ旦那様に感謝しているのか、こんな言葉じゃとても。胸の中を見せることができたらいいのに」
話をしているうちに、誰にも真実を話せず、孤独で色のない世界に生きていた頃の自分が哀れに思えて、じんわりと涙が滲む。
ギルバートは笑顔で話し始めたアビーが涙を浮かべながら「旦那様のおかげで生き返った」と言うのを見て胸が痛んだ。
打算で結婚し、急な日程を組んだせいでドレスも間に合わず、たった五人の結婚式を行わせた自分の思いやりのなさ、冷たさを後悔していた。
「俺は俺で、君にどう感謝と謝罪をしたらいいのかと思ってるよ」
「旦那様が謝罪だなんて!」
「俺を人間不信の塊から、人間らしい気持ちを持てるように変えてくれたのは君だ」
ギルバートは全てを言葉で伝えるのではなく、行動で知らせたいと思った。
どうすれば感謝と謝罪をこの愛らしい人に届けられるのだろうと繰り返し考えている。
しかし、その前に伝えなければならないことがあった。
アビーの隣に腰を下ろして、テッドの話を伝えることにした。
「テッドがキャシーと結婚したそうだよ」
「それ、いつのことです? 私、お祝いを言いたかった。でも、私は何も言わないほうがいいのでしょうか」
「君にではなく、俺に伝えてきたんだ。そこは汲んでやろう」
「……はい」
ずっとテッドは弟であり命の恩人だった。
安宿で「俺と一緒に逃げよう、一緒に暮らそう」と言われた時に、テッドが自分を姉でも幼なじみでもなく女性として見ていることを知った時はとてもショックだった。
それからは、距離を置くしかないと判断し、一線を引いてきた。
テッドの気持ちを知った以上、今までのように親しくするのは不誠実だと思ったのだ。
「いつか、幼かった頃みたいに何も考えずにテッドと会話できる日が来るといいのですが」
「きっと来るさ」
「そう願って時間が過ぎるのを待ちます」
その頃には自分はこの屋敷ではなく実家にいるのだろうか、とぼんやり想像した。





