21 テッドとの再会
帽子をかぶり、平民の格好をしたアビーが平民街のカフェへと急いでいる。
やっと『カフェ青バラ』が見えたときには、一時を回っていた。
約束の一時半にはだいぶ早いからテッドはまだだろうと判断して、アビーはカフェの入り口が見える物陰で待つことにした。
(遅いなあ)と時計店の店内にある時計を見ると、今は午後一時四十分。
少ししてうつむいた若い男性が足早に歩いてきた。帽子をかぶり下を向いているが、アビーはすぐにテッドだと気づいた。物陰から飛び出し、テッドの腕をつかんだ。
「テッド、何やってるのよ。あなた追われてるのに! 昼間に街を歩いていたら見つかって捕まるわ」
「こっちに来い、アビー」
「テッド、話をしたいの」
「ああ、それは場所を移動してからだ」
有無を言わせぬ口調に(ここで揉めていては目立つ)と判断したアビーは従った。
テッドはアビーの肩を抱えながら路地に入り、路地から路地へと移動しながら進む。大通りを通るよりだいぶ遠回りして、裏通りの安宿に着いた。
「二人部屋を」
「前払いで小銀貨四枚です」
テッドが宿代を払い、二階の階段脇の部屋へとアビーを案内した。
ドアを開けて中に入ると、シングルベッドが二つ並び、壁にくっつけて置かれた正方形の小さなテーブルがひとつ。椅子が二脚。それだけの部屋だった。
「テッド、今までどうしていたの?」
「俺のことはいい。アビーこそなんであいつと結婚したんだ」
「この傷をつけた責任を取るって申し込まれたからよ」
そう言ってアビーは帽子をとり、前髪を持ち上げて傷を見せた。
テッドは痛ましそうな顔で傷を見て、目を逸らした。
「俺のせいだ。本当にごめん。ごめんなんて言葉じゃ取り返しがつかないな」
「テッド、あなたは私に何も頼んでないじゃない。私がテッドを守りたくて飛び出したの。これは私の責任よ」
「じゃあ、なんであいつと結婚したんだ。おかしいだろ」
「それを今から話すから。ちゃんと最後まで聞いてちょうだい」
それからアビーは結婚した理由を説明した。
ギルバートから形だけの妻役を申し込まれたこと。
ギルバートは陛下の結婚の催促から逃れるためにアビーを選んだこと。
報酬を貰えるのも魅力だったこと。
「というわけなの。犠牲とかじゃないの。双方納得した上での結婚だから。私を助けるなんて心配しなくていいの。わかってくれた?」
テッドの減刑を頼もうとしてることは言わない。自分が勝手にやっていることだ。恩着せがましいことは言いたくなかった。
テッドは難しい顔のまま黙って聞いていた。
「それで、あなたはなんで猛毒の矢をギルバート様に放ったの? 誰に頼まれたの? 毒が仕込まれてたことは、知らなかったんでしょう?」
「あのクロスボウの件は騙されたんだ。俺は毒が入ってるなんて知らなかった。本当だ。それよりアビー、俺と逃げよう。俺と一緒に遠くで暮らそう」
「何言ってるのよ。おばさんはどうするの? 病気なのよ?」
「それは……。だけど俺、アビーが他の男と結婚なんて嫌だ。俺はずっと昔からアビーが好きだったのに! あんな男の家から逃げて、俺と一緒に暮らそうよ」
「今、なんて?」
長年、弟と思って接していたテッドの言葉にアビーは愕然とした。
急にテッドが見知らぬ男になったように感じられて、テッドから一歩下がった。
アビーに顔を向けていたテッドがスッとドアを見た。同時にドアがノックされた。
テッドは懐からナイフを取り出して「誰だ」と低い声で問う。ドアの外から聞き慣れた声がした。
「アビゲイル、俺だ」
「旦那様!」
ドアに駆け寄ろうとしたが、テッドが自分を捕まえようとしてるのを察してドアの反対側に走った。窓に手をかける。
「アビー! 何をする気だ」
「テッド、私が何も考えずにここに来たと思う? 私、いろんな可能性を考えてきたわ。そしてどう対処するかも考えた」
アビーは二枚の窓を外に向かって押し開けた。
「アビー、下は石畳だぞ。やめろ、な?」
「私、テッドが私のために馬鹿なことをするくらいなら、こうするって決めて来たのよ」
「アビー!」
「テッド、本当なら十五歳で私の人生は終わってた。死ぬよりより恐ろしい日々が待っていたはず。あの時から私、いつだってこうする覚悟は、ある」
本当は本気ではない。だがテッドを止めるにはこうしようと安宿に入った時から決めていた。
アビーが窓枠から身を乗り出すのと、テッドがナイフを放り出してアビーに駆け寄るのと、ドアが蹴破られてギルバートとオルトがなだれ込んで来たのは同時だった。
窓から身を乗り出すアビーの身体に飛びついたテッド。
そのテッドにベッドを踏み越えて飛びつくギルバート。床に落ちているナイフを部屋の外に蹴り出すオルト。
ギルバートはテッドとアビーを部屋に引っ張り戻した。猛烈な力で引き戻され、二人は宿屋の床に倒れ込んだ。
ギルバートはテッドの襟首をつかんで顔を殴り、腹に拳を落としてテッドの動きを止めた。そのままギルバートはアビーを抱き上げてテッドから距離を取る。
オルトが素早く駆け寄り、倒れて動かないテッドの両手を後ろ手に回して縛り上げた。
「旦那様。どうして」
「お前は俺の妻だ。お前を守るのは俺の役目だろうが」
ギルバートはアビーが動けないようにガッチリ抱きしめている。だがアビーは焦っていた。このままテッドを連行されたら死刑もあり得る、と思った。
「とりあえずお前は家に帰れ。俺はこいつを牢屋に連れて行く」
「旦那様、あの子の命だけはお助けください。私が代わりになんでも言うことを聞きます。命を差し出せとおっしゃるなら代わりに死にます!」
ギルバートはなんともいえない顔になった。
「こんな安宿に二人きりで入るとは」
「えっ?」
「それでも今は俺の妻だ。俺のそばにいろ」
「いえ! いえいえいえ! 旦那様、勘違いなさってます」
「弁解は不要だ」
「旦那様!」
「ン、ンンッ! お取込み中失礼します。ギルバート様、人が集まる前に撤収したほうがよろしいかと。ドアの修理代は支払っておきますので、さあ、お早く宿の外に」





