20 テッドからの手紙
翌朝、昨夜のことをほとんど覚えていないアビーは、食事をしながらギルバートに話しかけた。
キャシーはお茶の用意で部屋におらず、給仕をしてるオルトと夫婦の三人だけだ。
「旦那様、昨夜、私の寝室に入っていらっしゃいましたか?」
「ああ。君の具合が悪いと聞いたからな」
「そうでしたか。具合は悪くありません。疲れて食欲がなかっただけです」
「昨夜もそう言ってたな」
「あら、私、旦那様とお話したんですね。全然覚えてなくて。失礼しました」
「気にするな」
アビーはパンを飲み込み、目玉焼きを食べているギルバートに昨日のお茶会のことを報告する。
「昨日のお茶会ですが、クラリス・エドモンズ侯爵夫人に旦那様のことを根掘り葉掘り質問されました」
「エドモンズ侯爵夫人が? 何を聞かれた?」
「旦那様がお屋敷で何を着ていらっしゃるか、お好きな食べ物はなにか。私たちはどこで知り合ったのか。まるで恋する乙女みたいでした」
ギルバートがさも嫌そうに顔をしかめたので、アビーは少しほっとしたが、給仕をしていたオルトがギクッとした。
「オルト、侯爵夫人は、結婚前に旦那様に熱を上げてさんざん追いかけまわしていたそうね?」
「いえ、わたくしは全く存じあげません。申し訳ございません」
「あら、そうなの? お茶会に参加している全員が知っていることだと言われたのに」
「アビゲイルは気にしなくていい。あちらはとっくに結婚しているのだし、俺は独身時代の彼女に全く興味がなかった。それだけの話だ」
「いえ、そうではなく、妻なら当然知っているべきことを知らないのは、他人に不審がられるでしょう?」
「それはそうかもしれないが。そのことで相談だが、このあと話をしたいのだが」
「申し訳ございません、今日はこれからマナーの勉強がございますので」
「それは休めばいい」
「とても楽しみにしているんです。お話、夜ではいけませんか?」
「ああ、まあ、かまわないが。では夜に」
ギルバートはこの時の判断をとても後悔することになる。
※・・・※・・・※
「奥様、おはようございます。さあ、今日もマナーのレッスンを始めましょうか」
「はい、先生」
「では、複数の高位貴族の方々と挨拶するときの順番から始めます」
「はい」
マナーの先生が高位貴族の役を演じ、アビーは伯爵夫人としてどのような挨拶や会話をすればいいかを教わった。
男女入り混じっているときの挨拶の順番。
相手の話題に含みがあった場合のかわし方。
身内の話題になったときに身内の恥は晒さず、無難に受け流す方法。
嫌味を言われたときの切り返し方、受け流し方。
コートニー先生の授業は実践的で、とても有益だった。
「先生、とても勉強になりました。いつも先生の授業が楽しみなんです」
「私も熱心な生徒さんを相手にレッスンをするのはやりがいがありますわ。それで、奥様、その、」
「なんでしょう、先生」
「昨日、我が家に訪問客がありまして、これを奥様に渡すよう、熱心に頼まれましたの。お渡ししていいかどうかずいぶん悩んだのですけれど、もしかしたら大切な内容かもしれないと思いまして。一応お渡しいたししますわ」
先生が差し出したのは、がっちりと糊で封をされた封筒で、安物のザラついた紙でできていた。先生は封筒を渡すと、気まずそうにそそくさと帰り支度をする。
「では、わたくし、本日はこれで失礼いたします」
「また次回を楽しみにしております、先生」
コートニー先生が部屋から出るのを待ちかねて、アビーは封筒を開けた。なんとなくこれを渡した人が誰なのかわかる気がしていた。
封筒の端をハサミで切り、中から手紙を取り出して開いた。紙は便箋ではなく、なにかの包み紙だった。
予想通り、手紙の書き手はテッドだった。
『アビー
お前があの男と結婚したと知って驚いている。
その結婚はもしかして俺がやったことと関係があるのか?
俺のためならやめてくれ。俺なら無事だ。お前の犠牲は何の役にも立っていない。
そんな男と暮らすことはない。自由になってほしいと思っている。
あの日、怪我をしたお前を置いて逃げたことを、俺はずっと後悔している。
お前が望むなら、俺がお前を助け出す。
昼の一時半。カフェ・青バラに来てほしい』
名前はなかったが、間違いなくテッドだ。
(誤解を解かなきゃ。それに、カフェなんかにいたら、テッドは捕まってしまう)
アビーは慌てて部屋にある柱時計を見た。時刻は十二時半。こっそり歩いて行くならそろそろ屋敷を出なくてはならない。
先にカフェに着いて、テッドが来るのを外で待っていた方がいいだろう。
手紙を封筒に戻し、バッグに突っ込んだ。部屋にあるお金を、あるだけ全部バッグに放り込む。
(何はともあれ今のテッドにはお金が必要なはずよ)
アビーはテッドが心配で、助けたくて、必死だ。
会って、ギルバートと結婚した理由を説明し、誤解を解かねば。テッドを安全な場所にかくまって、旦那様に相談しよう、と思った。
旦那様ならちゃんと話を聞いてくれる。きっと助けてくれる。そう思いつつも焦って動き回った。
出かける用意を済ませ、服は先日実家から持ってきた町娘風の服に着替えた。そして使用人用の裏口からこっそり屋敷を抜け出した。





