14 テッドを救いたい
夕食のあと。
アビーとギルバートはソファーに二人で並んで腰かけ、絵画のカタログを眺めていた。
最近のギルバートは、なんだかんだと理由をつけて二人でおしゃべりをするようになった。おしゃべりに飢えていたアビーも楽しみで、誘われると喜んだ。
最初になんの感情もなく打算だけで結婚したのが嘘のような状況だ。
そこへオルトがトレイに載せた封筒を運んできた。
歌劇場で出会ったエルダ・ワイズ伯爵夫人からお茶会の招待状だった。
期日はかなり先で、「その頃にはお怪我も治っていることを期待しています」と添え書きがあった。
「行きたくなければ行く必要はない。俺が断っておくよ」
「ありがとうございます。ではお願いします」
迷う素振りも見せずに即答するアビーを見て、ギルバートはさりげなく尋ねる。
「君は女性の集団が苦手なのか?」
「いえ。女性がっていうより、私は、」
「人間が苦手なのか?」
「ええ、そうですね、はい」
アビーは「はい」と答えたあとも理由を説明しようとしない。ギルバートもそれ以上は尋ねなかった。深追いすればアビーに壁を作られると思った。
なんとしてもテッドに毒矢を使わせた人間を捕まえたいギルバートは、毎日のように毒に関係する事件の記録を探しに城や警備隊詰め所に出かけている。
オルトは街の情報屋に話を聞いたりしている。
しかし二人ともこれといったものは見つけられていない。
「テッドのことなんだが」
テッド、という言葉を聞いただけで、アビーの顔に緊張と必死さが浮かぶ。そのあまりに急激な表情の変わり方に、話しかけたギルバートのほうが驚いた。
「テッドのこと、何かわかったんですか?」
「いや。まだだ。テッドとは子ども時代にどんなことをして遊んでいたんだ?」
「遊び、ですか。テッドの家は父親が突然いなくなったので、テッドは十歳になるかならないかで働いていました。ですから、一緒に遊んだのはもっと幼い頃です」
「働くとは、何をして?」
「配達です。テッドは足が速かったですし、住所を聞けば王都のほとんどの場所がわかる賢い子でしたから」
ギルバートが次の質問を迷っていると、アビーが恐る恐る聞いてきた。
「テッドを捕まえたら、どうなさるおつもりですか」
「テッドに依頼した人間を捕まえたいと思っている」
「テッドのことは? 旦那様、私の一生のお願いと言ったら、テッドが死刑や無期限の強制労働にならずに済むようにしてくださいますか?」
ギルバートはアビーのあまりの必死さに、目を見張った。
幼なじみとは、こうまでも必死になる存在なのだろうか。テッドが子供の頃から働いていたのなら、アビーが言うとおり、そんなに頻繁に遊ぶ暇などなかったはずだ。
ならばなぜこうも必死になるのだろう、と思う。
「アビー、テッドと最後に遊んだときは、何をして遊んだんだい?」
「最後、ですか。あまり覚えていません」
「一緒に遊んだ記憶もないのに、そんなに必死になるのはなぜだい?」
「それは、物心ついたころから仲良しで、テッドが働くようになるまでは、幼いあの子の面倒を見るのが楽しかったし、可愛かったから」
「そうか」
「旦那様、どうか、どうかテッドをお許し願えないでしょうか。私はあの子に……」
「あの子に?」
「いえ、その、なんでもありません。私、そろそろ寝ます。では、おやすみなさいませ」
アビーは突然立ち上がり、部屋を出た。
残されたギルバートが、出て行ったドアを見ながら考え込んだ。
一方、会話を打ち切ったアビーは自室に戻り、部屋のドアを閉めてから「ふうぅぅ」と息を吐いた。
「失敗。こんなふうに必死にお願いしたら、変だと思われる。もっとさりげなくよ、アビー。さりげなく、旦那様に可愛がられて、お願いを聞いてもらえるようにしなきゃ」
そう思うのだが、自分がギルバートを騙して利用していることが、最近はとても後ろめたい。
最初こそ冷酷な人だと思っていたが、骨折してからは自分を大切にしてくれるし、楽しい時間を過ごせるように配慮してくれている。本当は優しい人だとわかった。
自分はその優しい人と親しくなって言うことを聞かせようとしている。それがなんとも心苦しかった。
アビーはベッドにポスンとうつ伏せに倒れ込み、ボーッと考え込んでいた。
しばらくそうしていると、ドアがノックされ、「どうぞ」と返事をするとキャシーが入ってきた。
「奥様、なにかご用はありませんか」
「特にないわ。もう休んでいいわよ、キャシー」
「なにかございましたか? 旦那様が居間でずっと何か考え事をなさっていますが」
「あら。そう? 何もなかったわよ。おやすみ、キャシー」
「はい、おやすみなさいませ」
またベッドにうつ伏せて、考える。
アビーはただただ、テッドを救いたかった。あの子がそうしてくれたように、自分もテッドを助けなければ、と焦っていた。