表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

悪質な転売に制裁を! 〜欲は出しても飲まれるな〜


 もう少しで豊かな実りを迎えるその土地は、酷い干ばつで地面が乾き切っている。例年なら様々な作物が豊富に採れるはずが、こんな状態が続けば作物は育たず枯れ始めていく。その先に待ち受けているのは……大飢饉。


「これは……聞いていた以上に酷いですね、カイルさん」

「……あのケチな領主が、俺を雇ってまでそれを運ばせる理由も頷けるか」


 そんな荒れ果てた地の道を進むのは、行商人である若い男のレイと、その護衛として雇われた細身のカイルという男。二人は荷馬車に水を生み出す魔鉱石をこの先にある村へと運んでいる最中であった。荷台が重い為、仕入れた村から三日ほど経過している。

 普段は強欲でケチな領主ではあるが、流石に干ばつという緊急事態では早めに手を打っている状況だ。強欲であるが故に、何が自身の利益になり、何が損害になるのかを正しく理解しているのだから、何が幸いするか分からないものである。


「……それにしても、後ろから着いてくる連中はなんですかね?」

「野盗にしては身なりは良いな。……その割には下衆な顔をしているが」

「……あはは、まぁチンピラって感じもしますもんね。カイルさん、例の奴らって可能性は?」

「今の段階だと何とも言えんな。だが、それならそれで手筈通りにだ」

「……そうですね。何事もなければそのままやれば良いだけですし」


 そんなレイとカイルの後ろを、ガラの悪い三人組がずっと着いてきていた。それこそ、水の魔鉱石を仕入れた町からずっとである。

 装備の整った冒険者と言うには強そうではなく、かといって弱そうかと言えばそうでもない。それを言い表すのなら、ガラの悪い冒険者崩れのチンピラが適切であろう。



 それから、レイとカイルは目的地の村へと辿り着く。干ばつが酷いため、馬に無茶はさせられない為に移動に時間がかかってしまったが、それでも無事に辿り着いた。


「さてと、それじゃ水の魔鉱石の販売をしていきましょうか」

「……そこでしっかりと金を取るのが、あの領主らしいとこだな。まぁ適正価格よりも安く売るのには文句はないが……」


 今は水が貴重な状況にはあるものの、そこで強欲さを出さない領主なのだから実は優秀なのである。ただし、それで豊作になった分は多めに税を徴収するのだから、油断ならないものだ。



 そうしてレイとカイルが水の魔鉱石の販売を始める為に準備をしていると、それに気付いた村人達が集まってきた。その様子を見た死んだような目をしていた村人達に光が戻ってきている。


「干ばつ対策用の水の魔鉱石の出張販売です! 領主様の意向により有料とはなりますが、通常よりも控えめな値段設定にはなっていますのでご安心を!」

「おぉ、助かりますぞ! これだけあれば――」

「おーっと、横入りすんなよ、爺さん」

「な、何をするんじゃ!?」


 村人の老人を突き飛ばしたのは、レイとカイルの後ろを着いてきていたチンピラ達。その動きを見て、レイとカイルはアイコンタクトで意思の疎通を図る。……作戦開始だと。


「行商人さんよ、これは俺らが買ってもいいんだよなぁ? 俺ら、旅の途中なんだが水が尽きちまってよ?」

「おや、そうなのですか? 数に制限はかけないようにと指示を受けているので、それは構いませんが……」

「言ったな? だったら、あるだけ全部売ってもらおうか! 金はしっかりと払うぜ?」


 そう、自信たっぷりにチンピラ三人組のリーダーだと思われる男が言い放つ。その手には、大量のお金が入っている。少なくとも、レイとカイルが運んできた魔鉱石全てを買い取れるだけの金額が。


「……何故ですか? それほどの数が必要だとも思えませんが……」

「いや、なに。ここまでの道中や、この村の連中の様子を見たら、昔の故郷の事を思い出して助けてやりたくなってよ! あの強欲領主は支援を理由に後から税を吊り上げるんだから、俺らを一旦経由しちまえば応じる必要もねぇよな?」


 村人が直接買ったのではないとなれば、領主としても増税の口実を作りにくくはなる。後で余裕が出来た分だけ税を持っていかれる事になる村人達の中で、その男の言葉を聞いてざわめきが起こり始めていた。

 村人達はレイやカイルに視線を向けていく。このちょっとしたチャンスで、少し生活に余裕が持てると……そんな期待をしている様子である。


「それは確かにそうですが……」

「だったら、良いよなぁ? 代わりに売るのもやってやるよ。これでも善意で言ってるんだぜ?」

「いえ、流石にそういう訳にもいきませんよ。これは領主様からの直々な依頼ですし……」

「村人を助けようって言ってんのに、なんで断るんだ? あぁ?」

「……販売の手間も省ける。レイ、売ってしまえ」

「カイルさん!? はぁ、分かりましたよ……」

「なら、これは代金な! おい、お前ら! 売る準備を手伝え!」

「「おう!」」


 そうして、レイとカイルはチンピラ三人組に水の魔鉱石を受け渡していく。荷馬車の中から魔鉱石を下ろし、見た目とは裏腹にテキパキとチンピラ達は販売の準備を始めている。


「これは、助かるのぉ……」

「支援があっても、最終的には普段と変わらない状態になるもんなー」

「もうちょい俺らに残してくれりゃ、生活ももっと楽になるんだが……」


 損害への反応は早い領主ではあるし、危機的状況を回避する事には長けている。だが、強欲さ故に、領民の生活水準を引き上げるという形での反映は殆ど行わない。

 緊急時に対する一定の信頼はあれど、それ以外の部分ではそれほど信頼はされていない領主なのであった。


「さーて、販売開始だぜ! どんどん買ってけよ!」

「それじゃ、まずワシが……ぬっ!? 販売価格が二倍じゃと!?」

「おい、あんたら! これってどういう事だよ!?」

「どういう事も何も、これらはもう俺らが買い取ったもんだ! いくらで売ろうが文句は言わせねぇぜ!」


 そのチンピラのリーダーは悪気もなくそんな事を言い放った。それに対して村人達は次々と苦情を投げかけていくが……。


「別に良いんだぜ、買わなくてもよ? ただ、次が来るまでに水が足りて、手遅れにならなきゃいいけどなぁー!?」


 その言葉に村人達はただ呆然と立ち尽くす。今の時点が、耐えられるギリギリのライン。既に井戸は枯れかけているし、仕入れ直して運んできてもらっても間に合うかどうかは怪しい。


「はっはっは! 欲に目が眩んだな! さぁ、このまま干ばつで飢饉になるのを選ぶか、俺らから買って生きながらえるか、選んでもらおうか! なーに、増税分と同じ程度で済むし、俺らは儲かるし、これぞWin-Winの関係ってやつだ!」

「くっ、お主ら!」

「あぁ? お前らだって、俺らが売るのを望んでたじゃねぇか! なぁ、行商人さんよー?」


 煽るようにチンピラはレイへとそんな問いかけをする。そんな言葉を聞いたレイはため息を吐き、面倒そうにカイルの方へと一度目を向け、再びチンピラを見据えていく。


「まぁ、確かに欲をかいてそれを望んだのは村人達ですね……」

「そうだろうよ! だから、こいつらに文句を言う資格はねぇ! さぁ、どうするか早く――」

「選ぶ必要はありませんよ。カイルさん、お願いします」

「……了解だ」

「なっ!? あ、雨だと!?」


 そのレイの言葉を受けたカイルが、どこからともなく短かな杖を取り出して魔法を発動していく。それは、使える者が非常に少ない気候を操り雨を降らす魔法。

 そうして降り出した雨が乾いた大地へと、カイルの魔法によって水が染み込んでいく。その光景に、チンピラ達も村人達も言葉を失っていた。


「さて、あちこちの村で悪質な転売を繰り返しているというのは、あなた達で間違いなさそうですね。領主様からの特命により、あなた達を捕縛します。カイルさん!」

「……捕縛する」

「「「がっ!?」」」


 そして、チンピラ三人はカイルが魔法で生み出した水で顔面を覆われて、息が出来ずにもがき苦しんで、意識を失っていく。

 殺さないように加減を見極めつつカイルは水を消滅させ、レイが手際良く三人のチンピラを縄で縛り上げて、荷馬車の荷台へと乱暴に押し込んでいく。その扱いは、非常に乱暴なものであった。


「お、お主らは……行商人ではなかったのか?」

「いえ、私は行商人ですよ? カイルさんは領主様から、転売で荒稼ぎしている連中の捕縛依頼を受けていましたけどね」

「……あぁ、そうなる」

「そういう事じゃったか……」

「あ、そうそう。村人の皆さんの気持ちは分かりますけど、変な甘言には騙されないようにして下さいね? がめついところはあっても、領主様は悪徳ではないんですし」

「それは、そうじゃのう……」


 自分達の利益だけを考えた結果、このチンピラ達にいいように騙されたのである。それこそ命に関わる可能性があるという状況で欲を出した者と、その欲に付け入ったチンピラ共が悪いのだが……。


「……それで、この雨については、どうなるんじゃ? ワシらが払わなくてはならんのか?」

「いえいえ、魔法分だけの魔鉱石の取引量を減らすだけで構いませんよ。そういう領主様からの依頼ですので」

「……既に俺は報酬はもらっている」

「そ、そうじゃったか」


 老人を筆頭に、村人達に安堵の表情が広がっていく。流石に欲を出した事で水の支援が無くなる事を考えてしまって、どうしたらいいのか分からなくなっていたのだろう。


「さて、それじゃ折角並べてくれてますので、水の魔鉱石の販売していきますよ! 数はあるので、焦らずにお願いします!」

「……申し訳ないの」


 そうしてその村は干ばつからは救われた。悪質な転売を行うチンピラ達を捕縛した事で、他の地域への干ばつ被害の支援も順調に進んでいく。邪魔さえ入らなければ、順調に進んだものであった。

 チンピラ達は自分達が荒稼ぎする為に悪質な転売を繰り返していて、それが領主の怒りを買って処刑となった。強欲な領主の個人的な怒りもあるが、大飢饉という大惨事を防ごうとしたのを妨害していたのだから当然ではあるが。


 最終的には大飢饉は避けられた。そして、欲に負けて転売被害に遭った多くの村からは、解決へと迅速に動いてくれた領主に罪悪感から色々と献上品が送られたのであった。欲を出したとしても、やるべき事はきちんとやる事が大事という事なのだろう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 豪遊して無くて、強欲なだけなら、支援も出来るしね~
[良い点] 悪質転売ヤーの買占め行為は許されないな。 特に命や生活に関わる物で… [一言] 海外では日本以上に貧富の格差が在るから悪質転売ヤーが猛威を奮っているから大変ですね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ