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ハルはバケモノ。  作者: 門田代々木
5/15

AM9:34~AM10:12

ミチルは、重力から解放されたように錯覚した。

ハルの髪とと自分の髪がパンパンに貼ったマストのように膨らんでいる。風が獣のような唸り声を上げ、体全体を飲み込んでいる。

そして一瞬だけ自分にかかる力が0になり、自分以外のなにもかもが何時間も止まっているような気がした。

もちろんその一瞬が永遠に続くわけもなく、すぐに9.8メートル毎秒毎秒の加速度がかかる。急にかかるそれはいつも以上に2人を下へ下へと引っ張っていく。


「お、おちっ」


落ちる、そう思った瞬間に様々な自分が脳裏を巡った。潰れたトマトのようになる自分、全身の骨が折れているのに生きようと必死にもがく自分、ゴポゴポと血で溺れる自分。悪い想像は止めるこができず、凄惨な死に方が何個も脳裏によぎる。ミチルは死の危険を感じているというのにおかしなことに気が周って、漏らさないようにと下腹部に力を込めることにていた。


「よっと……」


唐突な軽い衝撃。ハルが隣のビルの屋上の縁に着地した。

ミチルの心臓が今にも爆発しそうな勢いで脈打ち、息も荒くなっている。


「な、な、何するんですか!せめてもぐふぁぶ!」


ミチルと言えども、苦情の一つぐらい言わねば気が済まぬ、と口を開いた瞬間、ハルがミチルの口に指を突っ込んで舌を押さえ、無理やり黙らせた。

ミチルの口に自分のものではない血の味が広がった。さっきハルにかかった返り血だ。

血がついているのもまずいと思い、ハルは服で拭いたのだが、雑だったため完璧ではなかった。ミチルの口にほんのりと広がる不快な鉄の味は、血がついていたことを雄弁に語っていた。

ハルがもう片方の手の人差し指を口元に持っていき静かに、とサインを送る。口から指を抜き、ゆっくりと階段室の側まで行きドアに耳を当てて音を聞いた。


「よし、誰もいない。小さめなら喋っていいよ」


ハルは甘いホイップクリームでも舐めるかのようにして、じゅぶると音をたてながら指についたよだれを舐めとった。


「うひゃ……いや、もう、いいです」


少女のものとは思えない色気にあてられ、自分の頬が少し赤くなっていることを感じたミチルは、それを見せないようにして俯いた。

自分は変態ではないと思っていたのだが、今の状況に少し興奮している自分がいた。

遺物であるハルはそのように作られている。誰が見ても美しく、その色気は男女を問わずに魅了する。彼女の前では童話の姫も、戯曲の娘も霞んで見える。


「じゃあヒガノヤマさん。このビルからそっと抜け出す。そのあとはまず一旦服屋で服を変える。そのあと電車かバスでその八咫烏大学?近くに降りる。おけー?」

「あ、チャイナドレス脱いじゃうんですか?」

「こんなもん着てられるか」


ハルはそう言ってビル内部へと忍び込み、完全に気配を消して進み始めた。さっきまでの溢れるような存在感とは違い、そばにいるミチルも存在するかどうかすら怪しく感じるようになった。見えていても存在感が希薄で、まるで霧を見ているようであった。

バットケースとチャイナドレス、そして白い髪。そんな目立って仕方がない服装をしているのに存在感が薄いのだ。

そこから特にビルの人間に気づかれることもなく、簡単に脱出することに成功した。それもそのはず、ハルの襲撃の現場を見に行き、野次馬になっているのだ。


「あっ……キュウさん、大丈夫ですかね?」

「普通は無理。屋上を調べないバカはいない」

「えっと、キュウさんは普通じゃないんですね」

「その通り。あいつどこで手に入れたか分かんないけど遺物持ってんだよ。確か『不可逆不可視不可能立体』だったかな。認識阻害って感じ」


ハルはそう言いながら、そしらぬ顔をしてビルからどんどん離れていく。ミチルもそれにぬき足さし足でついていった。

チャイナドレスを着ている白髪美少女なんて目立つに決まっているのだから、人通りのないジメジメとした路地裏を通り、時折バキバキにヒビ割れたスマートフォンで道を確認しながら近くにあった古着屋を目指した。

古着屋の裏に着くとハルは一万円札が今にもはちきれんばかりに詰まった長財布をバットケースから取り出してミチルに手渡した。


「さすがに目立つから隠れる。適当にサイズとか合いそうなのとヒガノヤマさんのは……いらなそうか。私の買ってきて。普通によく見るやつ」


そう言ってるハルはミチルを大通りに押し出した。あたふたしながらも店に駆け込み、適当に服を見繕う。

ミチルは流行に疎かったが、大学でよく見かける、黒のスキニーパンツと白のオーバーサイズTシャツを選んだ。

レジでは、金額も見ずに適当に1万円札を何枚か掴んで出した。大量のお釣り出ることに、レジ担当のファンキーな格好をした男性店員は、嫌そうな顔をしながらも機械的にレジを打った。

大量のお釣りは財布に入りそうもなかったので、すべてすぐそこの募金箱に突っ込んだ。店員は少し驚きつつも、募金のご協力ありがとうございます、と定型文で応答した。

コソコソとしながら店の裏側に戻ると、またハルが一糸纏わぬ姿になっていた。


「わーお」


『粉砕王』を白いハンカチで磨きながら全裸で待っていたのだ。ミチルは、ハルには脱ぎ癖があるのだろうかと思った。

声に気づき、ハルはミチルの方を向いた。


「ふーん。センスいいじゃん」


ハルはドレスをバットケースに入れて着替えた。そして手で首をごりごりと音を立てさせながら、360度回して服を見た。

大学で見るような格好にしたので、ハルのような中学生ぐらいの少女には似合わないような大人っぽい服装になってしまったが、ハルの顔が規格外に整っているので、そんな不釣り合いなコーディネートもそれなりのものには見えた。

顔の良さで全てを破壊できるのだなとミチルは半ば呆れつつ、感心した。しかし何故だか褒めるのが気恥ずかしく、別のところにコメントした。


「人間の首が一周回る光景って不気味です」

「死なないんだったら存分にできないことやってかねえともったいないじゃん。痛いけど。じゃ、行こうか。ここから八咫烏大学まで」


ハルはミチルに呼びかけたのではなく、スマートフォンを音声で操作し始めた。さっきの一言でマップを表示させて、ナビゲーションを開始してそれに従い歩き出した。ひび割れて真っ白になっている画面に何が描画されているのかがミチルにはまるで分からないが、ハルには分かるので、歩きスマホをしながらズンズンと歩いていく。


「案外近くじゃん。ここら辺見覚えあんの?」

「えっと、んー。いや無いですね。私、引きこもりみたいな感じで。大学近くの安アパート借りてそこから最短距離で大学、休日は適当に1週間分の食料をスーパーで買い込んで帰ったらゲーム、睡眠、レポート、SNSって生活してたから外に出る機会がなかったんですよね。あ、これでも高校の時は陸上部だったんですよ」

「ふーん。だからあいつらから走って逃げれたんた」


ハルはふんふんと鼻歌を歌いながら知らない道を進んでいく。白髪の少女という異質な存在は通行人の目を引くが、ハルはそんなものを意に介さず、堂々と進んでいく。

大学が見え、ミチルは少しホッとした。自分の置かれていた異常な状況とは対極の位置にある、空虚な生活の象徴を見て、少し涙が出そうになった。


「アパートってどこ?」

「ああ、こっちです」


そこはアパートがある方とは反対の門だった。

大学を通っていけばすぐなのだが、ハルを連れて目立つことを避けるため、大学の敷地内に入らずに大回りしながら自分のアパートへ案内した。

大学に面した大通りを離れて小道を通り、アパートのすぐそばにある公園についた。

寂れた小さな公園で、ボロボロのベンチと小さなブランコしかなく、公衆トイレなどもない。周りに植えられている木が影を作って公園全体を薄暗くして、不気味な雰囲気になっている。


「ここ、いいでしょう?人も来ないし夏なんか涼しくて最高ですよ。セミがうるさいですけど」


ミチルが笑いかけながら言っても、ハルは明後日の方向を見ていた。そして指をミチルに尋ねた。


「あれがヒガノヤマさんのアパート?」

「ああはいそうです……ちょっええ!?」


ハルの指差した自分が住んでいるアパートの前にはなぜか人だかりができており、パトカーが何台も止まっている。


「なんか事件があったみたいだね。えーと二階の、右から三つ目の部屋かな?」

「私の部屋じゃん」

「まじか!ダハハ!」

「笑い事じゃないですよ!ちょっと何があったか聞いてきます!」


急いで走り出したミチルに、ハルは足を引っ掛けた。


「すでもんぎゃ!」


すんでのところで手を伸ばして地面に顔を打ち付けずに済んだが、ボコボコした地面に掌を突いて怪我をした。


「な、何するんですか!?」

「落ち着きなよ。窃盗や何かであんなに警官来るわけないじゃん。警官が何人も行き来してるし。絶対何かとんでもないことがあったとしか考えられない。私が聞いてきてやんよ。見つからないようにそこら辺に隠れといて」

「……はい。分かりました」


ハルはバットケースを地面にそっと置いてアパートに向かって走っていた。


「隠れろって言われても……隠れる場所ないじゃん」


隠れなくても木々があるし人もこっちに来ないと思ったのでとりあえずブランコに腰掛けた。ギィーギィーと聞いていて不安になる音がするのですぐに立ち上がった。

暇だなあと思い、全裸になってキングコングの真似でもしてみるかと、やりもしないことを思案していたらハルは早くに帰ってきた。


「さ、ヒガノヤマさん。悪いお知らせと悪いお知らせがある。どっちから聞きたい?」

「どっちも同じじゃないですか」

「これだから素人は。全然違う。先言った方は超悪い。後から言った方はウルトラ悪い。SSRとURみたいな」

「えっと……じゃあURからで」


ハルの言いたいことがいまいち掴めずに困惑しながらもとりあえず適当に選択した。別にハルの言う、SSRの方でも良かったのだが、大きな不幸の後の小さな不幸は、とても小さく感じるから、ま、大っきい方から聞くか、なんて言う軽いノリだった。

まさか重大なことがあるわけないだろうと思っていた。


「ん。おけー。あんた何者かに四肢を切断されて五臓六腑抜き取らた状態で死んでるよ」

「は?」


ハルはミチルの困惑した顔にとても満足した笑みを浮かべていた。

書き上げました。ミチルちゃん死んでましたね、死んでないですけど。急展開です、次回をお楽しみに!

最後になりますが、ブクマ、コメント等よろしくお願いします!

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