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ハルはバケモノ。  作者: 門田代々木
3/15

AM4:41~AM8:53

「そんなことした覚えないんですけど!」 

「証拠はねえけどな」


 男が嘘をついているような様子もないが、ミチルも嘘をついているわけでもない。ミチルは自分で依頼して逃げるなんて酔狂なことをするような人間ではないし、加えてこんな島など聞いたことも見たこともなかった。


「うーん、兄弟姉妹いる?」

「えっと、いないです」


 ハルは腕組みしながらうんうん唸り始めたが、すぐに思考力が限界に達して、5秒もしないうちに考えることををやめた。頭が悪いわけではないが、考えることが好きではないのだ。何事も暴力で解決できればいいと思っているし、常にそうして解決する。


「よし、考えるのやめ!生き別れの双子でもいるんでしょ。とりあえず家に帰る!そこになんかある!多分!」


 ハルはシガレットラムネを新しく出して噛み砕いて食べた。直後に一瞬で食べたことを後悔して、箱を見ると無くなってしまっているので、ハルはとても悲しそうな顔をした。


「え、どうやって帰るんですか?」

「こいつらの船あるじゃん」

「いや、でも、運転できないし、たとえハルさんができたとしてもどこに向かえばいいのかさっぱりですよ」

「あーね、どうしような……よし決めた」


 ハルは袋から画お面が異常なほどにひび割れたスマートフォンを取り出した。

 ヒビの入り過ぎで、真っ白になっているのにタップ機能は生きているようで、アプリアイコンなんて目をこらしても見えないのだがハルは手慣れた様子で電話をかけた。


「あーもしもし、はいはい。うるさいな。あんたんとこヘリとか船出せる?使い道?依頼だよ依頼。ただじゃ出せない?ったく強欲かよ。本土でのイザコザひとつ解決してやんよ。うん、じゃあヘリ出して指定のところの近くにおろすだだけだかんよ。上の人に話通しといて。あ、そうだ。喪服持ってきて。はいはい式服。うん、男物。サイズ?あー1番小さいやつ。代わりに男3人分の臓器あげんよ。ここに置いといてやるかんよ。ういーおけー」


 ハルは電話を切り、男たちに向き直った。そして嫌らしい笑みを浮かべながら言った。


「というわけでお前らは死ぬ。安心しろ、ロリの肝臓になれるかもしれねえかんよ」


 男たちは力を振り絞って結束バンドから逃れようとするが、もがいているだけでバンドは外れそうもない。全員怪我をしているので、手を使わずに立ち上がって逃げることもできず、ジタバタと陸に打ち上げられた魚のようにもがくことしかできていない。

 ハルは嫌味に大声で笑いながら、ミチルの手を引いてビルに入った。

 ミチルはなぜか緊張した。可愛らしく小さくすぐ壊れてしまいそうで、柔らかなシルクを触っているようだった。

 内部に光源がないのでほぼ何も見えないのだが、ミチルは辛うじて入り口に『高梁』と大きく刻まれているのを見つけた。


「ここアホ暗いから私の手を離さないでね」


 ハルに手を引かれながら、ミチルは階段を上り続けた。

 2人がコンクリートの階段を登る音だけが暗いビルの中に響く。


「ハルさん、いいんですか……?可哀想ですよ……」


 ミチルの声を聞きハルは心底おかしそうに笑った。


「ハハハ!ヒガノヤマさんもおかしな人だね。あんな犯罪者たちに同情してるの?」

「な、なにも殺すことないんじゃないかなって」

「いやいや、あいつらは私もあんたも殺そうとしたんだから。殺す側は殺される側でもあるんだよ」


 ハルはヘラヘラしているのにやけに真剣な声色で言った。

 窮鼠猫を噛むという言葉があるように、追い詰められた相手が逆転することもある。よって殺す側=殺される側としてもいい。ハルはそう思っているので同情も容赦もしない。


「そういう……ものなんですかね……」

「そんなに思いつめなくてもいいよ。郷に入っては郷に従えってだけだかんよ。ま、ここから出るヒガノヤマさんには関係ないかんよ」


 ハルは少し突き放すような口調で言った。自分とお前は違う、そうやって境界線を明確に示したのだ。ミチルは少し孤独感を感じたが、自分がいつもやってきた行為と見かけこそ違うが同じであることに気づき心の中で自分を嘲笑った。いつか自分の元に返ってくるとは思っていたが、こんな時に返ってくるとは思いもよらなかった。

 そこから2人は無言で足音だけを響かせてビルを上って行った。

 ミチルは暗闇で自分がどこにいるかも分からないし、時間もわからないので自分が上っているのか下っているのか分からなくなってきた。

 ミチルがそう思っている時は、既に屋上へと続く扉の前に着いていたようで、ハルは手探りでドアノブを探してゆっくりと開けた。

 溢れ出した光がミチルとハルの目を刺した。2人は目を細めながらも光に向かって一歩踏み出した。


「よーやく着いたー!」


 ハルはミチルの手を離して背骨を鳴らしながら伸びをした。

 風が少し強く、肌寒い。遠くの空では太陽が少し顔を出して、空に赤みがかかっている。


「綺麗……」

「こんな島でも景色は本土より綺麗だかんねえ。空気が澄んでんだよ」


 ミチルは景色に見惚れていたが、眺められる時間はそこまで長くはなかった。

 ヘリコプターの轟音が近づいてきた。ハルが口をぱくぱく動かしながらそれに向かって大きく手を振っているが、鼓膜が破れるかと思うほどプロペラ音が大きく何を言っているかわからない。

 ヘリコプターはゆっくりと垂直に降下して、着地した。


「ったく……乗れよ」


 男に言われるがままに乗ると、顔がよく見えた。気怠そうな瞳に、短くさっぱりとした金髪。おそらく30代前半だろうと、ミチルは思った。

 内部はある程度広く、ハルが寝転べる程度のスペースがあった。

 2人が乗り込むと、男は操縦席からミチルの方へ顔をのぞかせた。彼の顔は、近くで見るとより疲れが溜まっているように見えた。


「ん?こいつが依頼人か……ったくお面倒なことしやがって。話通すのめんどいからな……お前はいつもこう、急にくるよな、これがどんだけ……はぁ」


 男はミチルを少し見ただけでミチルには目もくれず、すぐにハルに向かって愚痴を垂れ流した。しかし、ハルがずっと笑顔でいるのを見て、いうだけ無駄だと思ったのか、すぐにやめた。


「ったく……で?どこまで飛んでくんだよ。あとほれ、式服」

「サンキュー。えーと、場所は……どこ?」

「あ、私ですか?え、えーと。八咫烏大学の近くで」


 急なことで戸惑いながらもミチルはなんとか答えることができた。彼女は元来コミュニケーションがあまり得意ではないのだ。他人に合わせることはできても自分主体の行動は目立ちたくないのであまりしたくない。


「あー。あそこか。結構いい大学だなお嬢ちゃん。ちょうどいい、ハル……ってなんで着替えてんだよボケ!」


 いつのまにかハルは血に染まったセーラー服を脱ぎ捨て一糸纏わぬ姿になっていた。ぷっくらと膨れた胸を手で隠したり、見せないようにしたりなどせずにふんふんと鼻歌を歌いながら着替えている。


「何見てるのーん。もーぅ、キューちゃんの、え、っ、ち」 


 ハルはふざけてそう言う程度には気にしていないのだが、男は律儀に見ないように顔を背けていた。


「誰がキューちゃんだ!さっさと着ろアホたれ!」

「ヘイヘーイ」


 ハルはそう言われ素直に着替えた。式服は少し大きかったのだが、袖を折ってハルはそれを綺麗に着こなしていた。


「あ、しまった。キュウ、お前お面持ってない?」

「そう言われると思って持ってきたよ。ほれ」


 男はため息をつきながらひょっとこのセルロイドのお面を投げて渡した。


「さっすがぁ!」


 ハルは嬉しそうにひょっとこのお面をずらしてかぶった。祭りではしゃいでいる子供のような笑顔なのに、式服を着こなしているその姿は奇妙で狂喜的な雰囲気があった。


「ハルさん、えーと結構いろんな質問があるんですけど……」

「俺が説明してやるからちょっと待て」

「は、はい……」


 ミチルは少し強めの語気に気圧されて縮こまってしまった。


「上昇するぞ」


 ヘリコプターは降下する時と同様に大きな音を鳴らしながらゆっくりとあがり始めた。

 振動が大きく、舌を噛んだら大惨事になるので、全員黙って静かにしていた。

 しばらく経って男は喋り始めた。


「えーとお嬢ちゃん。俺はムシヤキュウ。夢を志す谷を求めると書く。金龍会っていうヤクザの若頭やってるもんだ」


 キュウは淡々と名乗り、それ以降喋ろうとしなかった。ハルに肘で小突かれて、キュウが質問を待っていることを理解した。


「あ、えーと。なんでハルさんにお面を持ってきたんですか?」

「そいつは顔を隠すためになんかのお面をつける。ちなみに式服を着てる理由はそいつをぶっ殺すから葬式の服を着ていくってことらしい」

「じゃ、じゃあハルさんにした依頼ってなんですか?」

「敵対組織の壊滅。本土の方の俺たちのシマで稼ぎまくってるやつらがいてな。さすがに直接手を出すのは政治家様達との契約違反だからな、ハルにやってもらうわけだ。大丈夫だよ、たまたまあんたの大学の近くだった」

「あ、ありがとうございます……あと、さっきの人たちはどうなりました?」

「知らん。臓器売買に使うだろうとは思うが、オヤジ……会長が決める。ハルが俺らに売り払った感じだ」


 ミチルの質問が終わるとキュウは黙り込み、喋る気配がなくなった。元から必要以上に喋るタイプではないのだろうとミチルは思った。


「キュウは次期会長だからねぇ。本土でのイザコザとかも解決するわけよ」

「あ、そういえばさっきから本土本土って言ってますけど、あそこはどこなんですか?いや、あの、黙っておきますから……」


 キュウは答えるべきか少し迷ったが、他言無用だが、と前置きして話しだした。


「あそこは、表向きは殺人鬼とかの極悪人専用の国連管轄の流刑地だ、ニュースで聞いたことあるだろ?でも本当は犯罪者の楽園として作られた。さっき言ったみたいな犯罪者がこの島なら同類同士でやりあってもOKだからこいって感じだな。あと俺たちみたいな組織のボス+構成員25%が、本土での人身売買—誘拐じゃなくて親から売られたり自分で売ったりする場合のみだが—を許可された」

「え、なんでそんなことを……」

「俺たちみたいな組織の弱体化による犯罪の抑制と、死刑や終身刑とかの時のコストを抑える目的がある。政治家様方は俺たちよりも金の亡者だからな。削れるところは削って自分の懐の中ってわけよ」


 ミチルは何もかもが信じられなかったが、そこにいるハルの存在と、自分の身に起こったことがそれが真実だと雄弁に語っていた。

 裏社会に片足どころか頭の先までどっぷりと浸かってしまっていた。


「ま、このことは忘れろ。後3時間とちょっとで本土だ。家に帰ればハルとの取引は終了だろ?大丈夫だ。言い触らさない限りお嬢ちゃんを殺してコンクリ漬けにしようってわけじゃない。うちもハルの関係者には手を出さねえよ」


 そこでキュウは声を上げて笑った。ミチルはその笑い声を聞いて絶対にそんなことをしないと自分に誓った。


「着いたら起こしてやるから寝てていいぞ。というかやることがないなら体力温存するために寝とけ」


 キュウはそう声をかけた。ハルはそれを聞く前からいつの間にか眠っているようで、ひょっとこお面を被ったまま寝息を立てている。ハルも寝ているのだし自分も誘拐されて逃げてと、疲れているので寝ることにした。目を瞑ったらすぐに眠りこんでしまった。


「おい起きろ、着いたぞ」

「ふぁ、ふぁい!」


 キュウに揺り起こしされて、ミチルは飛び起きた。周りを見渡すと、顔を少しだけ出していた太陽はもう完全に昇っていた。すぐそこのドアが開いていて、キュウがそこでタバコを吸って待っていた。タバコ独特の不快な匂いはせず、むしろ気分の良くなるような爽やかな匂いがした。

 ミチルは自分でも思った以上に深く寝ていたようで、疲れがスッキリ取れていた。


「おいボケ!起きろ!何すやすや眠ってんだ!」

「あっづー!」


 キュウはミチルの時とは反対にハルの顔に火のついたタバコを押しつけて無理やり起こした。

 顔を押さえてジタバタするハルを無視して、キュウはヘリコプターにもたれかかってタバコを吸い続けている。

 ミチルはハルのことが少し心配になったので機内にいたが、キュウが外に出たので自分も出るべきだと思い、腰が座席から少し浮いたままの奇妙な格好でキュウからハルへ、ハルからキュウへと目線をせわしなく動かしてどうするか決断できていなかった。


「お嬢ちゃん、降りてきな」


 ミチルはキュウに促されて外に出た。ハルの顔の火傷はすっかり消えていて、ミチルは、ハルと自分はやっぱり種類として違うものなんだと再認識した。


「っつー……キュウ、ここどこだよ」

「奴らのアジトのビル。5階にいるぜ」

「最上階何階……?ふわぁ、眠い」

「8階。頼んだぞ」

「どうせヘリの音に気付いてるだろうしすぐにここまで来るでしょ……眠いし待っとこうぜ」

「バカタレ。音は対策してるに決まってるだろ。さっさといけ」


 キュウはそう言って銘柄も何も書いていない白色の無機質な箱から普通のタバコを取り出して、2本目のタバコを吸い始めた。

 ハルは大きく伸びをすると、バットケースから『粉砕王』を取り出して、それを引きずりながら気怠そうな足取りで階段室のドアを開けて5階に向かっていった。

 しかし、キュウにもミチルにもお面に隠れて見えなかったが、足取りに反して、ハルは楽しそうな笑みを浮かべていた。

ちょっと長くなっちゃいました。いつかこれをアニメ化とか漫画化とかして同人誌が出てきてそれを買い漁るのが夢です。

さて、感想、ブクマ等々待ってます。作家のエネルギー=読者の感想、ブックマークです。待ってます。

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