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ハルはバケモノ。  作者: 門田代々木
10/15

PM1:36~PM2:12

「公的にってことはどういうことなんだ?」

「そこのアパート、私が住んでた部屋でどうも私と顔貌が同じ人間が殺されてるみたいで。そしてそれが生きた遺物で、複数いて、私を殺す気満々なんです。そこの血溜まりが、ハルさんが撃退した私のコピーを叩き潰してできたやつです」

「理解はできねえが分かった。災難だったな」


同情の目を向けるキュウに対して、ミチルは愛想笑いをした。

キュウはタバコに火をつけて咥え、口から煙を吐き出した。


「じゃあビルに戻るか」


ミチルはハルのバットケースを背負い、次に『粉砕王』を持ち上げようとしたが、 重すぎて1mmも上げられない。


「あの、『粉砕王』はどうすればいいですか?持てないんですけど……」

「あー、どうしようか。置いていくわけにもいかねえしな」


キュウは少し考えて、ハルを地面に下ろして袖をまくり、『粉砕王』を片手で掴んだ。

一筋の汗がキュウの頬を流れる。彼の腕に力が篭もり筋肉が隆起する。そして『粉砕王』は……びくともせずに動かなかった。


「持てるわけねえよなそりや」

「いや無理なんですかい!」


キュウが地面に腰を下ろし、ため息をついた。

タバコの煙がゆらゆらと上り、薄く拡散していく。地面が血に濡れているし、すぐそばには目を閉じた少女が倒れているのでまるで戦争映画のワンシーンのようだった。

その時、携帯のバイブレーションの音がして、キュウがタバコを地面に捨てて火を踏み消した。


「悪い。ちょっと電話にでてくる」


キュウはミチルから少し離れて電話に出た。どうやらキュウよりも上の立場、つまり金龍会の会長からの電話のようで敬語で静かに丁寧に喋っていた。ミチルはただその姿をぼーっと何も考えずに見ていた。

その時、キュウが携帯を落とした。

キュウの表情からは驚愕、焦り、哀しみ、それら全てが混じった複雑な感情が見受けられた。


「すいません、いや。オヤジ、確かなんですよね。はい、分かりました。フェスカに連絡しておきます」


オヤジ、つまりは会長からの電話の内容よほど衝撃的だったらしく、表情こそ元に戻ったが、手は小刻みに震えていた。

キュウは電話を切り、画面を何回かタップして今度は電話をかけた。


「フェスカ。俺だ。キュウだ。ああ、頼む」


キュウは自分の名前を伝えただけで電話を切り、ハルの側に行くと彼女の腹を全力で殴った。


「ちょちょちょっ!何やってるんですか!?」

「ハルを叩き起こす。緊急事態だ」


キュウが言った通りハルは咳き込みながら目を覚ました。ヒューヒューと消え入りそうな呼吸をしながらも、開いた目には敵意がこもっている。


「キュウ……てめえ……なにしやがんだ……」


ハルは、腹を抑えながらそばにあった『粉砕王』を杖のように使ってふらふらと立ち上がり、キュウを睨んだ。


「緊急事態だ。本土の事務所が襲われた。たった1人の男にな。金龍会からの直接の依頼だ。そいつを殺さずに裏東京に連れてこい」

「ちっ、誰が乗るかそんな面倒くさい依頼。なぁー、ミチルー?」


不機嫌そうなハルの問いに対して、ミチルが返答に困り苦笑を漏らしていたら、キュウは土下座をした。

大の大人が土下座をするその姿はハルも悪態をつく口も閉ざしてしまった、


「俺の子分が何人も死んだ。俺はこいつらの仇討ちをしてやりてえ、いや、しなきゃらならねえんだ。だから、お前の力を貸してくれ、ハル」


頭を地べたに擦り付けながら、キュウは実直にそう頼んだ。

彼は力が強いわけでも、頭の回転が速いわけでもなかった。『不可逆不可視不完全立体』をたまたま手に入れたため今まで死なずにいられただけの人間である。

しかし、彼はとことん、情けないほどに仲間思いだった。己だけでなく、(会長)はもちろん、子分の利益や幸福のために自分を犠牲にできる男だった。彼はそれが見込まれて若頭になった。

そんな彼だからこそできる、恥も外聞もかなぐり捨てた土下座であった。


「けっ!なんだってんだ。私がやる義理も何もねえだろ。無様だな」

「無様だからなんだ。あいつらのためなら土下座なんて何回やってもいい」

「ああああああっ!イライラするっ!てめえの土下座なんぞで動くかっ!ちゃんとした報酬をよこせ!」

「『不可逆不可視不完全立体』をやる」


キュウの衝撃的な言葉を聞き、ハルは一瞬フリーズした。

遺物は簡単に手に入れられるものでは無い。地面を掘れば出てくる石油や宝石では無いのだ。

そんな貴重なものを依頼を達成するだけで手に入れられる。ハルにしてみれば乗らない理由がなかった。


「不可視の遺物『不可逆不可視不完全立体』をくれるんだな?」

「ああ、そう言ってるだろ」

「じゃあやってやんよ。面をあげい」


ハルは声を弾ませて言った。

キュウは立ち上がって砂を払うと、また電話をかけた。相手は子分で車を回すように指示した。

電話の最中に、ハルは依頼を遂行するのに相応しいスーツがないことに気がついたので、電話するキュウを止めた。


「あー、ちょっと待て。私に合う式服持ってこい」

「ん、分かった。ここに来る時小さい式服持ってこい。サイズ?1番小さいのでいい、頼んだ」


キュウは電話を切り、ハルたちに向き直った。


「10分ぐらいで来るそうだ」

「よし、キュウ。依頼について詳しく話せ」

「その前にだな。俺は嬢ちゃんに話がある」

「へ?」


ハルはえー、とぼやきながらも早くしろよと、促した。

キュウは真剣な顔でミチルに向かった。

目をまっすぐに見据えられて、ミチルは緊張して背筋を伸ばし、足をそろえた。


「嬢ちゃん。ここからはもう裏の世界だ。今までもグレーゾーンでぎりぎり裏寄りだったけどな、もうここから先は真っ黒だ。嬢ちゃんがその気なら俺が適当な戸籍を作って表で暮らせるようにしてやる。それでも、ハルについて行くのか?」


キュウの藪から棒な提案に、ハルもミチルも驚いた。


「はあっ!?ミチルっ!」

「てめえは黙ってろ!口出しすんじゃねえ!」


横から口を挟もうとしてきたハルをキュウは一喝して黙らせた。

ドスが効いたその声にハルはたじろいでしまった。

キュウの提案は確かに魅力的だったし、それはミチルにとって最高の話だった。けれどもミチルはその提案に対して首を横に振った。


「えっと、わ、私、人を裏切るって言うのがやりたくないんです。ハルさんは私に手を差し伸べてくれたんです。だから、その、ごめんなさい」

「嬢ちゃん。そうじゃねえんだ。義理や人情で踏み入っていい世界じゃねえんだよ。踏み込む覚悟はあるのかって聞いてるんだ」


キュウの瞳は駄々をこねる息子を諭す母親のようだった。

鈍感なミチルにも、心からミチルのことを気遣っていて、こちらに来るなと言っていることが伝わってきた。

理性は、その美味い話にのってしまえと告げていた。でも、心は。心は理性と違い、ハルを裏切るなと叫んでいた。それはただの衝動的で情動的な近視眼的提案だと分かっていた。だから、どちら選ぶかなんて考えるまでもない。


「私は、何もないんです。それでも私を必要としてくれるなら、相手が怪物だろうとなんだろうとついて行こうって覚悟はしてます」


顔が変わり、環境が大きく変わろうと、自分の性格ならそれなりにやっていける自信があった。しかしそれはただの空虚な生活に戻るだけだ。

迷いのないその真っ直ぐな瞳を見て、キュウが口を開きかけたが、それをハルの声が遮った。


「ざまあみやがれ!ミチル(これ)は私のもんだ!誰にも渡さねえし手放したりしねえよ!」


ハルはミチルの胸を叩いて言った。

それを見てキュウは腹を抱えて笑い出した。


「く、ククク、ハッハッハハ!お前、ミチルがどっか行きそうで怖かったんだろ?」

「〜っ!ぶっ殺す!」


図星だったハルは、言葉にならない叫びをあげると顔を真っ赤にしてキュウに殴りかかった。


「おっと車が来た。依頼の話をするから殺さないでくれ」


ちょうど公園の外に黒いワゴン車が到着した。

キュウが車に近づいて、運転手の子分に礼を言うとハルとミチルを手招きして呼んだ。

後部座席に2人とも座り、キュウは助手席に乗り込んだ。


「銃弾を補給したい。KINGに寄ってくれ」

「うす。これ、式服です」


運転手の男は短くそう答えて、紙袋を渡した。キュウがハルに渡すと、ハルが着替え始めた。

また全裸になるハルにキュウは頭を抱えながら、あることを思い出した。


「お前そのドレスはマツリのだからな。愛で倒される覚悟しとけ」

「げえっ……。最悪」


ハルはあからさまに嫌そうな声を出して悲しげな表情になった。逃れられない厄災への諦めと悲しみがこもった表情であった。

そして表情をキープしたまま、黙々と着替えた。

表情と動作のどれをとってもハルらしさがまるでない。あの傲慢不遜な感じがまるでしないのだ。ミチルにはハルが別人に見えた。


「KINGってなんの店なんだ?」

「表向きはスナック。本当は金龍会の武器庫だ」

「お前ら警察のガサ入れとかなんも気にする必要ねえだろ」

「警察も繋がってないアピールをするためにちゃんとガサ入れするんだよ。そこで見つかっちゃあ双方まずいからKINGが必要なんだ」

「ふーん」

「っと、とりあえず今からお前たちにはこの男を確保する手助けをしてもらう」


そう言ってキュウは身体をハルに向けて写真を映したスマートフォンを投げて渡した。

履歴書に使われた証明写真のようで、スーツを着て、目だけがギラギラしているだけの、見てくれは普通の痩せ細っている男が写っていた。


「標的はサカガミシコウ。俺の四分六の兄貴だ」

「てことはお前兄貴を差し置いて若頭になったんだ。へー、どうせそれの恨みで襲撃されたんだろ」


さっきまでとは打って変わって、ハルはニヤニヤ笑いながら言った。


「ああ。おそらくな。俺も兄貴を差し置いて若頭になるなんて辞退したかったが、オヤジの顔に泥を塗ることになっちまう。だから若頭を責任をもって果たして兄貴が恥じない弟分になろうとしたんだ」

「ん、それで?」

「気持ちが伝わらなくてな。そのまま暴れて絶縁だ。そっからは東南アジアに行ったとか、(ヤク)の工場で儲けてるとか、噂話だけだ。何で襲撃なんてしちまったんだろうな」


その言葉にはキュウの深い哀しみがこもっていた。

ミチルは理解できないその感情に嫌悪感を抱いた。

自分勝手の癖して、他人に理想を求める。他人が理想でなかったから哀しむ。そんな姿が本当に気持ち悪くて、そんな態度が気に入らなくて、そして期待されている人間が羨ましかった。

他人から期待されることなんて無かった。だから、本当にそんなことを期待する人間が嫌いだったし、期待される人間が羨ましかった。


「兄貴分の襲撃だけならお前らで何とかしろって言いたいんだが、どうせ遺物でも使ったんだろ?」

「ああ、その通りだ。大鎌の形をした遺物でどんどん殺していったらしい。そうだよな、アキオ?」


アキオと呼ばれた運転席の男は震えながら頷いた。

パンチパーマにサングラスと、サカガミシコウという男性よりもこちらの方がよっぽど凶悪な極道という感じがする。


「定例会議中でした。あいつが、急に現れたんです。あいつの後ろには血まみれの奴らがいて、それで。俺は何もできずに逃げてきたんです」


声が震えているし、今にも泣き出しそうな声だった。

声と格好のアンバランスさに、不謹慎ながらもミチルは吹き出しそうになったが、必死で堪えた。

そんなミチルとは対照的に、ハルは難しそうな顔をして思考を巡らせていた。


「ん?ちょっと待て。お前この車が普通に無事だったのか?」

「え、ああ。この車な。車庫で無事だったんだよ。乗り込んでとにかく遠くへって逃げて、その時に連絡を受けたんだ」

「キュウ、今この車はどこに向かってるんだ?」

「どこって……っ!おい!」


キュウは焦った。この車は襲撃された本部に向かっている。

この隣の男の裏切りはキュウの想定外だった。


「おかしいと思ったんだよな。車だけ残したり1人逃したり。お前の悪いところだ。身内に対して甘すぎるし無条件に信じすぎだ」

「おい、アキオ!お前何やってんのか分かってんのか!?」


運転手は震えながらも首を縦に振り、さらにアクセルを踏み込んだ。


「ぎょえっぶっ!」


ミチルは急発進した勢いで前の座席に頭を打ち付けて気絶した。

ハルは焦らずに、ひょっとこのお面をバットケースから取り出して丁寧に装着した。


「おい、アキオ、どういうことだ。説明しろ!」

「……い、言えねえ!」


ぶんぶん首を横に振りながら、今にも泣き出しそうな目で男は言った。しかしハンドルを握る手とアクセルの踏み込みは全く緩くならない。


「キュウ、焦っても意味ねえよ。どうせ理由を知ってようと知るまいと私1人で全部終わるんだから」


ハルはひょっとこのお面の下でアイロニカルに言った。


「裏切り者ごと、1人残らず、ぐーっちゃぐちゃにしてやんよ。だーっははははははは!」


男たちと気絶した女を乗せて暴走する車で、少女は1人哄笑した。

どうも門田です。今年初めての更新ですので今年もよろしくお願いします。

さて、遅い更新ですね。丁寧さと速さを両立させることのできない不器用さが滲み出ています。まだまだ素人です。そうです、ただアークナイツとか原神とかをやっていたわけではないんです。

さて、ブックマーク、感想等々してくだされば幸いです。

門田でした

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