AM3:05~AM4:23
超強い女の子が書きたいなあと思って書きました。
空虚。彼女――ヒガノヤマミチルに言わせれば、自分の人生はその二文字で表せるものだ。誰かと楽しんでいる時も、喜んでいる時も、心のどこかでいつも寂しさを感じるのだ。
友人がいてもある程度の距離を保ち自分が距離をとっていることを相手に悟らせないために、状況に応じて意見を変え、信条を曲げた。笑顔の仮面を張り付けて、喜ぶ道化を演じて見せた。
彼女には他人の感情を理解できない。共感ができないのだ。
共感する力というものは生きる上で大切なようで、一言でも的外れなことを言ってしまおうものなら特異の目で見られてしまう。彼女はそのようになりたくないために、意見を合わせて生きていた。
彼女は自分がどこかおかしいと気づける程度には賢かった。いじめられないようにと、始めたその生き方が大学生になった今でもそれは体に染み付いて取れないものになっていた。
友人としての交流はするが自分の本心は隠し通した。その生き方は社会的に生きる上で失敗することはないが、虚しいものだった。
面白い本を読んでも感想を共有する相手がいない。怖いのだ。自分が周りとは違うような感想を抱いていたらと思うと怖くて感想を言えないのだ。そんな生き方に虚無を感じるようになり、日々虚しさを感じるだけだった。
そんな空虚な日々はいつの間にか終わっていた。
暑くなってきたので、コンビニに寄り道して涼んだ後、まだ明るいうちに店を出てアパートに戻ろうとしたところ、誘拐された。
過去に一度だけされたことはあったのだが、それも小学生の時だったし、まさか大学生になってまで誘拐されるとは思わなかった。
筋骨隆々という言葉がよく似合う男が三人がかりでの誘拐だった。後ろからなにかよく分からない匂いのするハンカチで口と鼻を押さえられ、吐き気と共にくらくらとして、気づいたらゆらゆら揺れる船の上のコンテナの中だった。
彼女もまさか小学生の時に誘拐された経験が役立つとは思ってもいなかったが、その頃得た知識を活かし、手足を縛っているゴム紐の拘束から抜け出すことに成功した。
船の揺れが波によるもののみになり、船が目的地に到着したことを知り、じっと息をひそめてコンテナから出される瞬間を待った。
コンテナの扉が開いた瞬間、自分の全力で走り出した。船を瞬く間に飛び出て、大きく跳んでアスファルトで舗装された道に移り、全力疾走した。
「てめえ!」
「待てや!」
怒号が後ろから聞こえてくるが、それに従っていいことが起こるわけがないのを彼女は知っていた。そんなことよりも彼女は焦っていた。
人がいない。さらに言えば、ビルしかない上に真っ暗なのに周囲のビルに光がない。コンビニも公園もない。街灯もない。道を照らすのは月の光のみだ。
彼女の計画では、逃げ出した後、少しの間匿ってもらい警察に駆け込もうというものだったが、民家どころか、交番や警察署すらないため今の彼女に残された選択肢は走って逃げるのみだった。
まだ走ることはできるが、脇腹が少し痛くなってきている。このままずっとは走り続けられないだろう。
「だれでもいいから助けて!」
それは特定の人物に向けての叫びではなかった。助けてくれる誰かがいるわけもないことをよくわかっていたが、それでも誰かに助けてほしいという藁にも縋る思いでの願いだった。
「よしきた!」
まさかの答えが返ってきた。
「は!?」
「どっしーん!」
目の前に声の主が降ってきた。ミチルは驚いて地面に座り込んでしまった。
中学生ぐらいの少女だった。白いセーラー服に白いプリーツスカート、それに似合わない茶色の無骨な軍靴。そして細長いバットケースを背負っている。
透き通るように白い肌。不敵な笑みを浮かべたその顔は、誰が見ても可愛いと思うだろう。そして何よりも目を引くのは、月光を乱反射して輝く白銀のローポニーテールだ。
「どうも、万事屋経営者兼社員ハル。よろしく」
そう言って少女――ハルは手を出して握手を求めた。
「あ、え、はい、あ、ヒガノヤマミチルです」
ミチルは流されるままに握手に応じた。
ハルはうんうんとうなずいて、満足したようだった。
「あ、なんだ?1人増えてるのか?お前も逃げてきたのか」
「女じゃねえか。なんだ、風俗から逃げてきたのか?ハハハハハ!」
ミチルは振り向くと、そこにはさっきの3人が大声で下品に笑っていた。
「あいつらから助けてほしいってOK?」
ミチルはハルのその言葉に首をがくがくと縦に振って答えた。
「よっし、依頼は初回無料。おねーさん足早いじゃん。やるねえ」
「あ?お前みたいなガキに何が」
ハルはバットケースから鈍色のバットを取り出した。
「こいつの名前は『粉砕王』♪ぎっしり詰まった金属バット♪」
ハルは楽しそうに歌いながらまるで古い映画に出てくるコメディアンがステッキを回すように『粉砕王』をぐるぐると回している。
ミチルには背中しか見えなかったが、男達にはハルの顔が見えていたのだ。ハルの悪魔のような笑みが。
狩る側と狩られる側、さっきまで狩る側であったはずなのに、男たちは狩られる側になってしまったことに気づいた。とんでもない敵を作ってしまった。ハルの殺気に本能が逃げろと叫び、足が震えている。
「何歌ってやがんだよ!」
1人が恐怖に震える自分の体を鼓舞し、勇敢にもナイフ一本だけで、恐れる心を奮い立たせて果敢に立ち向かったのだ。
「満月大根切り!」
ハルは笑いながら手に持った『粉砕王』を振り下ろした。
「は……?」
男は『粉砕王』の重さに驚いた。男とて、誘拐に手を染める程度には裏側の人間だ。金属バットで殴られたことなど何度もある。それでも骨が折れるようなことはなかった。筋肉の鎧が守っていた。ましてや少女の細腕だ。自分の骨が砕けるはずがないと思っていた。
「ギャアアアアアア!」
肩に命中したのその一撃で彼の肩は機能しなくなった。
「あーあ。言ったじゃん。ぎっしり詰まったって。難聴かお前」
ハルは地面でジタバタと暴れる男を嘲笑い、蹴り飛ばして気絶させた。
「嘘でしょ……」
ミチルは今の一撃とハルの言葉からハルの異常さを知った。
普通の金属バットは中が空洞になっているため軽く、振り回しやすくなっているものだが、しかしハルの『粉砕王』はハルの言った通りぎっしりつまっている。ならば重くなり、攻撃力は格段に上がるだろう。しかし重すぎて振り回しづらく、持ち上げるだけで精一杯になるはずだ。ハルはそれを振り回していた。つまりとんでもない怪力の持ち主なのだ。
「あと2人っと。逃げんなよ」
ハルがゆっくりと近づいていくと、1人が懐に手を入れ、トカレフを素早く取り出してハルに向けた。
「さっさとそのバットを置け!」
「トカレフか。渋い趣味してるじゃん」
「うるせえ!早くしろ!」
「あーはいはい」
ハルはぱっと手を離して『粉砕王』を落とした。大きな重低音が響いた。
ミチルは今度こそ終わったと絶望した。ハルといえど流石に銃相手には軽い気持ちで手を出せないだろうと思ったのだ。
1人が銃を構えたままゆっくりと近づき、もう1人は肩を破壊された男を回収するために、もう1人はミチルを捕まるためにきた。
「ヒガノヤマさん。どう思った?」
ハルは唐突にミチルに話しかけた。ミチルはそれに驚きながらも正直に話した。
「いや、終わっ」
しかしハルはミチルが言い終わるのを待たずにバットケースに素早く手を入れて、ナイフを取り出して投げた。
「お前!」
「ぶわぁーか!」
男はナイフを避けようと一瞬ハルから目を離した。ハルはその隙に素早く『粉砕王』を拾い上げ、男に向かって槍投げのように投擲した。
「があっ!」
鳩尾にクリーンヒットし、男はトカレフを落として地面にうずくまった。
ハルの思わぬ反撃に驚いて動けずにいる、もう1人に素早く近づきアッパーを打ち込んだ。脳が揺らされ、男は意識を保たずに後ろに倒れた。
「ほい形勢逆転っと。そこのお二人どうする……って聞こえねえよな。気絶してるし、本当全員バカみてえに筋肉ダルマで分かりにくいんだよ。骨が砕けてるお前と、支えようとしたお前とーー」
「ハルさん!」
ミチルは大声で叫んだが、ハルはすぐに反応できなかった。
ハルがわがままな文句を言っている時に、腹を押さえながら倒れていたはずの男がハルの首にナイフを突き刺した。そのナイフはハルが投げたものだった。
「おっと……そんな元気あったの……」
前後にふらふらと揺れながらも、ハルはしっかりと地面を捉えて立ち続けた。
「あぁ……いっけねえんだよなぁ。いっつもこうやって油断するからなぁ……あぁ……」
「う、るせえな、さっさと、死ね!」
男は息を切らしながらも、ハルに突き刺したナイフを引き抜いた。
ハルの首元から噴水のように血があふれ、ハルの白い服をどんどん赤黒く染めていく。ミチルはこの少女の小さな体にこんなにも血液があるのだろうかと思った。
ハルの目つきが変わった。どこか調子に乗っているような目つきから、虚な目になった。
何も読み取れない。死んだ目とはこのような目のことなのだろう。
「はぁ……もーいーや。ヒガノヤマさんの前だったからできるだけ気を使ってたんだけど頭きた。決めたよ。ぐちゃぐちゃにしてやんよ」
ハルは一瞬だけ、ニヒルな笑みを浮かべた。
この話、大筋は決まってるし本文もわりとサクサク進んだんですけどタイトル決めるのが大変でした。プロの作家さんってよくあんな活かしたタイトルつけられるな。個人的にタイトル長いの嫌いなんです。作品を娘だと思ってるので娘に長すぎる名前つけたくないのでそこだけは必死に頭捻って考えました。
最後になりますが、コメント、ブクマ等々よろしくお願いします。コメントとか見た瞬間声上げて食玩の猿みたいに手を叩いて喜びます。コメントするのが恥ずかしいシャイな方はブクマで応援してください。笑い袋みたいな声上げて笑って喜びます。とりあえず応援してください。ここまでお読みくださり、ありがとうございました。